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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の二 水走編
20/172

018 渡人と神々

 カランカラン――。


 ベルを鳴らしてレブの店に帰還。

 私は我が家に戻ったかのように「ただいま!」と告げて、カウンターを覗き込んだ。グラスを磨いていたレブは「おかえり」と家族のように迎え入れてくれる。真神を出て早々、こうも気心通じる渡人わたりのおじさんに出会えたことは、この旅の幸先のよさの表れではないだろうか。あ、三代目からは嶋人だったね。

 ちなみに、店に戻ったのは元の三人。南風さんは神庭こうにわを出る前に済ませておく用事があると言って、鎮守の杜から飛び去ってしまった。合流は明日の朝、出発の時になるだろう。


「あれ? レブさん、お昼の営業はしてないの?」

「さっきまで開けてたけど、二時までだからね。夜まで休憩さ」


 懐中時計を覗けば午後二時を少し回ったところ。中々きっちりしてらっしゃる。


「お休みの日とかは決まってるんです?」

「八日働いて二日休みだね。末尾に零と一が付く日がお休みだ。まあ里山は関係なしに働いているけど、渡人の住んでる街ではそうなってる」

「そうなんですねー。初めて知りました」


 脳裏に大嶋のカレンダーを思い描く。

 大嶋の暦では本来休日も平日もない。けれど渡人の来訪以降、週休的な考えも持ち込まれたということか。要は十日で一週間。大嶋は毎月が三十日だから、ピタッと嵌まって小気味がいい。


「年休七十二日は黒いですね」

「黒い? ああ、まあでも、年始は嶋人の慣習に合わせて三箇日があるし、八大宮やひろのみやの例大祭は全て祝日になるから、計算すると八十三日にはなるよ。他でも都合で閉めることはあるからね」


 言いながらレブは、当然のようにカウンターに陣取る私たちに冷たい飲み物を出してくれた。休憩中にすみませんね。


「ぷはー、冷たくって美味しい! 氷、どうやって作ってるんですか?」

「街ぐるみで地下に幾つか氷室を作ってあるんだよ。この街には魔法使いが住んでないから、立ち寄ってくれた時にお願いしたりもするね」

「魔法使い?」


 予期せぬメルヘンチックな言葉に思わず鸚鵡返し。


「御業を使える渡人のことだよ。彼らは金銭で術のやり取りをしてくれる。まあ向こうにとっても飯の種だね。百縁も払えば桶一杯の水を凍らせてくれるよ」


 そういうものかと思いながら南風さんのことを思い出す。この先色んな御業を教わったらそれで商売ができちゃうな、などと欲をかいていたら、阿呼と目が合って首を横に振られてしまった。


「お姉ちゃん今ちゃんと黙ってたよね? 心の声だったよね?」

「なんのこと?」


 妙な気分になった私は妹から目を逸らしてアイスティーを飲み干した。 

 それからレブに、店歩きの地図のお陰でスムーズな買い物ができたとお礼を述べ、鎮守の杜で気にかかったことを尋ねてみた。


「あの、神庭こうにわの街にはお社を管理する宮守衆っていないんですか?」

「街にはいないね。どのお社も街の信徒がお世話してるよ。勿論、定期的に宮守衆が立ち寄ってくれる。芽喰めくら神社なら転宮衆。真神三社なら犬神衆。たまに大宮衆や蜘蛛衆も来るとは聞くけど、おっちゃんは見たことはないな」


 確かに犬神神社は目と鼻の先だし、大宮と蜘蛛神社への代参も兼ねる神社だから、犬神衆だけじゃなく大宮衆も蜘蛛衆も出入りはしている。そう考えると街の鎮守である真神三社を管理するのに問題はなさそうだ。


「ならこの街って、狼信仰の人ってどのくらいいるんですか?」

「そりゃ多いよ。水走みずはと言ってもここは真神の御膝元も同然だ。おっちゃんはくちなわトーテムだけど、神庭だと狼は蛇と並んで一番人気のトーテムだろうね」


 そこそこ居て欲しいなと期待していたら期待を上回る回答にテンション爆上げ! と行きたいところなんだけれども、やり過ぎると馬脚を露す羽目になるのでグッと堪える。一応ここでは犬神衆ってことにしてるからね。


「そーなんですね! 真神の者としては鼻が高いです」

「まぁ、神庭は本当に水走に間借りしてる真神の街って感じ、あるからね。街並みを大嶋の雰囲気に留めてるのもいにしえの地である真神を意識してのことだし。閑野生しずやなりへ行ってみなよ。こことはガラッと変わるから」


 閑野生しずやなりというのは転宮街道を行った先にある次の街。水走三宮である閑野生神社のお膝元だ。その先の一宮を目指す以上は私たちも必ず通ることになる。


「質問ばっかりであれなんですけど。街を歩いてると嶋人も勿論そうなんですけど、渡人の視線を物凄く感じるんです。耳とか尻尾とか。この温度差ってなんなんでしょう?」


 レブは今度は温かい紅茶を淹れながら、私の質問にこう答えた。


「それはねぇ、んー、そうだなぁ。嶋人にとって神様ってのは昔から居て当然の存在だろう? 特に里山なんかになると、土地の小さ神とはご近所付き合いみたいなもんさ。けど、渡人にとっての神様はそうじゃない。大嶋に辿り着くまでは想像の中だけの存在だったんだよ。西の大陸にも古くからトーテム信仰はあるけど、全てのトーテムの本宮ほんみや本社ほんやしろはこの大嶋にしかない。それはつまり、神様は大嶋にしかいないってことさ。渡人が大嶋へ来て千年にもなるけど、ひい爺さんの代からいる俺とは違って、大嶋の土を踏んで日の浅い連中も沢山いる。そうなると宮守衆だろうとは思っても、ひょっとしたら神様かもしれないと考える。彼らにしてみれば神様ほど好奇の対象はないからね。だが接し方が分からない。嶋人のようにお隣さんのようには行かないんだ。だから見るだけならばって……。それでつい不躾な視線を向けてしまうのかもしれないな」


 長々とした答えには実感が籠っていて、レブも過去にはそういう経験があったんだろうなぁと感じられた。私は、渡人って随分引っ込み思案なんだなと思った。気になるなら普通に声をかけてくればいいのに、と。あんな態度を取られるとこっちだってちょっと遠慮したい気分になる。まぁ、でも……。


「神様のいない大陸から来た……か」


 なら彼らが実際に神を前にした時、胸に抱くのはどんな感情なんだろう。千年という時を経ても嶋人のようには神の存在を身近に置けないという。なら私なんかが「はい神様ですよ」と手を挙げて前へ出て行ったらどうなってしまうのか?


「とは言っても、嶋人だって星霊が創り給いし原初の九つの宮の神々には、畏れ多くて近寄れないなんて言っているのを聞くけどね」


 今こうして貴方と普通に会話してるけどね。

 適当に笑って返しながら、みんながみんなこのくらいの距離感だったらありがたいのになぁと、勧められた紅茶を一口含んだ。


「よっ」


 隣の放谷が突然手を掲げた。見れば腰裏にある筈の出糸突起が掌にあって、そこから飛び出した糸が何かを絡めて引き寄せた。アホなのこの娘? なんでレブの前でそーゆーことするかな。


都乃牟之つのむし捕まえたー」

「ちょっ、汚っ! 早く捨ててっ」


 どう見てもGなんだよね。私は放谷の襟首を掴んで外に連れ出し、即座にGをポイさせた。前世ならペチンと行ってたけど、今生では無暗に命を奪っちゃならない。無罪放免となったGはどこかへ飛んでった。


「手ぇ洗ってきなさいよ。洗うまで何処も触らないこと! てゆーかなんで捕まえたの?」

「糸で?」

「見ればわかるよっ。そーじゃなくてレブの前で」

「あー、人間は都乃牟之が水場にいるのを嫌うって言うからー」

「どこ情報よ?」

「ここに住んでる蜘蛛たちから聞いたー」


 そう言えば蜘蛛たちに巣の張り場所とかレクチャーしてたんだっけか。つまり、放谷としてはレブの役に立ったつもりなのだ。なら仕方ない。私は出入口の横手に置かれた水桶で手を洗う放谷を一言「よくやった」と褒めた。無論、次はコソッとやるように釘も刺しておいた。


「それはそうと出糸突起。お尻にある筈じゃなかった?」

「あー、それは移姿うつしの応用だー。部分だけ移姿うつすやり方だなー」


 なるほど。練り込みようでそんなことまでできるのか。私は感心しながら、手を洗い終えた放谷とカウンターに戻った。すると阿呼とレブが話し込んでいる。


「あ、お姉ちゃん。聞いて聞いて。レブさんは御業を見たことがないんだって」

「そうなんですか? さっきの魔法使いの氷の話は?」

「あれは人伝ての話だよ。知人の店での話さ。だから今、放谷ちゃんが手から糸を出したのを見て驚いたよ。勿論、宮守衆が御業を使えるのは知っていたけど、まさか目の前で見られるとはね」


 レブはカウンター向こうの高い椅子に腰を掛けて、感心したように何度も頷いた。里山と違って隣近所に神様のいない街での暮らしは、御業とも縁遠くなるのだろう。


「なんならもっと見るかー?」

「いや、今ので十分貴重な体験だった。一宮のお祭りで御業が使われることはあるんだけど、遠くからしか見たことがなくってね」

「水走の一宮ですか?」

「そう。毎年開かれる春告神事はるつげしんじだ。舞楽殿で五年に一度やる演目があって、そこでは御業が使われる。ただ、人が大勢来るだろう? そうすると中々近くでは見られないんだ」


 神社には例祭がある。中でも原初の九つの宮が執り行うお祭りは大勢の人で賑わうそうだ。我が大宮の場合は禁足地にある為、各地の分宮や摂社に人が集まる。

 春告神事は、水走月で終わる冬を送り、続く水追月に春を迎えるお祭り。水走各地の神々が一堂に会して、万世一代の蛇神に挨拶をすると言う。


「五年に一度って言うと式年神楽ですね。何か特別なんですか?」


 何年かに一度、と言うのはそれだけで特別感マシマシになる。式年遷宮然り、オリンピック然り。私は興味に従ってその内容を尋ねた。


「まあ特別だね。今から凡そ五百年前にあった渡人わたりと神々との戦い。それを主題に、舞われる舞なんだ」

「……え?」


 正直聞き間違いかと思った。しかし私のケモ耳は自分で言うのもなんだけどかなりの性能を誇る。

 戦い、即ち戦争。そんな言葉を聞くのは楓露に来てから初めてのこと。私がお母さんから教わった大嶋の歴史は争いのない歴史だ。史上かつて大嶋に国の興ったためしはなく、神々は神威権力を振るうどころか布教すらしない。本当にいいものには黙っていても人が集まるからだ。

 大嶋の暮らしに於いては誰もが必要なだけを殺めて自らの命を繋ぎ、充ちたる時は他を支え施す。無用の流血とは縁がないものだった。


「戦いですか? それは例えば水争いだとか、不作による食糧確保の争いなんかでなくて?」

「うん、そういうのとは違うね。千年前に大嶋へ来た渡人わたりは数が増えるにつれ街を築き、更に繁栄し、やがては増長して、嶋人とのいさかいも増えた。勿論、当初は大嶋の風俗や習慣に溶け込もうと努力もした。だが、西の大陸で伸びて来た新興国が大船団を率いてやって来ると、武力を背景にそれまで渡人の社会を牽引していた議会を牛耳り、護解もりとけの地を自らの版図と宣言したんだ」

「それは、軍事国家的な?」

「そう。それ以前は五ヶ国の民が議会を設置して平和裏に治めていたんだが、新興国のやり方は違った。彼らは版図と定めた護解に次々と軍事拠点を築き、足場固めが済むと今度は隣の水走、そして青海に版図拡大の侵攻を始めたんだよ」

「そんなの、もう侵略戦争じゃないですか」

「ああ。遠い祖先のしたこととはいえ、恥ずかしく思うよ」

「いや、レブさんの祖国とは関係ないでしょ?」

「それでもここ大嶋では、渡人と一括りに見られているからね」


 一括りという点には他人事ながら不満を感じたけれど、とにかくも続きを聞こうと私は口を閉じた。


「先住の渡人を取り込んだ新興国の軍勢は陸路で水走を目指し、海路で青海を目指した。これに対して水走の神々は一宮、大巳輪芽喰神社おおみわめくらのかみやしろに集い、夜刀媛やとひめ様の指揮を頼んで、護解との境に水城みずきを築いて迎え討った。その時、夜刀媛様は一人の民草も、宮守衆さえ従えず、神々だけで渡人の軍勢と対峙した」


 まじか。カッコイイな夜刀媛。私自らが出る! って奴だね。私もいつかそんな風に言ってみたい。戦記物の常でついワクワクと聞いていると、レブは古い文献をそらんじるように語った。

 

狭蠅生古縄夜刀媛命さばえなすふるなわのやとひめのみこと、渡人の勢を水城に捕らふれば、地を泥濘めかるみと化し、四方八方岐よもやものちまたに陥れ、渡人の武士もののふ皆、道を失ひ、算を乱して入りまがふ。尚も挫けぬ者あらば、其の口は咼斜ゆがみまなこ精盲あきしひと成り果て、音もなく彷徨う有様で在ったと云ふ――」


 聞けば例の式年神楽を絵巻物に直したものの一節だと言う。祭りの舞に再現される通り、水走の神々は大いに御業を振るい、それでも渡人の軍勢からは一つの命も奪うことなく、これを退けたそうだ。

 一方、青海は常穏やかな凪の海を怒りにうねらす波狂八潮路須永媛命なみくるわすやしおじのすながひめのみこと。その波は容赦なく海上に船を襲い、ほとんど全ての水兵が海の藻屑と化した。

 ところが水死する筈の兵を護解の蛾神ひひるがみが秘術を用いて蘇らせ、無事、家族の元へ返したというのだから、嘘か真か、この戦での死者は結果的には皆無だったということになる。少なくとも伝承上はそう記されているそうだ。

 護解の蛾神ひひるがみについてはお母さんからも教わっていたので、生き死にに関わる御業を使うことは知っていたけれど、水死者全員て、どんだけ……。てゆーか、それより格上だという私は一体この先何を期待されるんでしょうか? 考えるだに怖気おぞけが走る。


「それもこれも今は昔の物語、さ。それ以来、渡人が軍勢を持つことはなくなったし、平和になった訳だ」


 レブはお道化た素振りで席を立つと話を締め括った。

 私は大変な戦いがあったんだなと思いながらも、一人の敵も討ち取らなかったという夜刀媛には素直な敬意を抱いた。勿論、大勢を蘇らせた蛾神も凄いけれど、これから会いに行こうという神が、あらかじめ死という、戦ならばあって当然のものを外に置いていたことに、より深く感じ入るものがあった。

 蛇神のもたらす報いは、戦にあっても決してその命を奪うというものではないらしい。そのことは、この大嶋廻りで私がどんな神を目指すかを考えるに当たって、一つの大きな指針になるものだと感じられた。狼トーテムの象徴は月と追跡、厳冬と団欒、清廉と秘密、牙と制裁。制裁は報いに通じるものだから――。


「今は昔なんかじゃないぞー。百年前、渡人は蜘蛛ささがにの社で暴れたんだからなー」


 放谷は別に怒った風でもなく、普段と変わらぬ様子で言った。確かにそうだ。百年前、放谷の母神は渡人に苦しめられたんだった。


「本当かい? その話は知らなかったな。でも、確かに今だって剣をぶら下げて大嶋を練り歩いてる奴らはいる。調査員と呼ばれてる連中で、大嶋の各地に入り込んでは色々と調査とやらをしているらしい。確かに戦争は一度きりでも、いざこざは絶えないのかもしれないな。神庭こうにわにいると平和そのものだから、どうにも実感が湧かないんだが、渡人の血を引く身としては申し訳ないと思うよ」

「レブはいい奴だから気にすんなー」


 詫びるレブに放谷はカラッとした笑いを返した。放谷のこういうところは本当に助かる。そして見習うべき点でもあった。神が恨み心を抱いてはいけないと思う反面、根っ子が人間の私にそれができるのかな、と思うから。


「さあ、話も一段落したし、テーブルに椅子を上げてお店のお掃除を手伝うよ。阿呼も放谷も休憩はお終い!」


 明るく言って二人を追い立てると、私はカウンターの隅に掃除道具を取りに行った。レブは「そんなことしなくていい」と言ったけど、なんのなんの。貴重な情報のお礼も兼ねて、この二日の恩を返したいのです。


「阿呼は拭き掃除するー」

「はーい。窓は濡れ拭きの後に乾拭きでお願いね」

都乃牟之つのむしまたいたけどー?」

「おんもにポイしてきなさい。ちょっ、見せなくていいから! はよっ」


 ワイワイと楽しくお掃除を済ませた私たちはこの日も一晩お世話になって、翌日、意気揚々と「いってきます」を告げ、新たな旅路に着いたのでした。まる!

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