015 神庭の街
街に着いたのは流れそうで流れない雨雲が黄色く滲んで夕暮れが近付いた頃。袿を壺被りにしたまま叉路に立つと、東の転宮街道、西の青海道ともに町屋造の家がずらりと並んでいる。丁度辻に番屋のような小屋があったので、私たちはそこにいた嶋人に大蛇のことを報告した。
「それは奇麗な緑色をした大蛇かな?」
一人火鉢に当たって煙管を咥えていたお爺さんは、私たちを訝る風でもなく言った。身元については犬神神社のお使いの者と告げたし、袿を被っているので耳も尻尾も隠れている。
「それです! 目は奇麗な山吹色でした」
「なら心配ない」
「はい?」
「それは沼の主だ。蛇の信徒がいつも一宮の摂社をお世話しているから、街へはやって来んし人を呑んだりもせん。まあ、知らせてくれてありがとうよ」
「はあ……」
なんだそれは。意気込んでご注進したのにとんだ肩透かしだ。要はたまたま獣の姿をしていたせいであんな目に遭ったということか。
お爺さんによればあの大蛇は本当にただの眷属で、神でもなんでもないと言う。主が沼地に現れた時に蛇の神様も現れて、神庭にある転宮の摂社を日々きちんとお世話するのと引き換えに、人を襲わぬよう諭してくれたのだそう。
「それこそ人を食った話だよね。そう思わない?」
「あははー、上手いこと言ったなー」
「お姉ちゃん面白い」
ちっとも面白くない。けれど済んだことで燻っていても仕方がない。私たちは辻を東に折れて転宮街道に乗ると、目に付いた最初の店に入った。
「こんにちはー?」
カランカランと耳触りのいい音を立てて引き戸を潜る。すると外装は町屋造なのに中は赤煉瓦の壁に囲まれていて、暖炉には薪が燃え、天井から下がっているのはランプ。とても大嶋風とは言えない店構えだ。後から改装したのだろうか。
「わー、本当にこんななんだ! 普通にアンティークな喫茶店じゃない。素敵素敵!」
先の不愉快などすっかり忘れて思わず感動を口にすれば、どのテーブルも椅子が上げられていて準備中の様子。宿探しは後にして、ひと暴れした後の空腹を満たそうと思ったんだけど、困ったな。
「おや、いらっしゃい、可愛いお客さんだね。まだ開ける前なんだけど、簡単な物なら直ぐに用意できるよ」
折よくカウンターの奥から現れたおじさんは中近東系とでも言うのか、茶色い肌に彫りの深い顔立ちをして、黒々とした癖っ毛に立派な口髭。薄茶色の瞳で私たちを見ていた。
「あっ、渡人だ!」
思わず馬鹿正直に口にすると、おじさんは軽く驚いて、それから客商売らしく口元に愛想笑いを浮かべた。
「渡人が珍しいのかい? 君たちは何処から来たの?」
「あ、済みません私ってば」
ペコリと頭を下げて壺被りの袿を外し、挨拶しようと思ったら機先を制された。
「その耳。驚いたな。君たちは犬神衆なのかい?」
「え、阿呼たちは――」
「そうなんです。お使いで水走の一宮に行く途中です」
阿呼がぶっちゃけかけたので慌てて話を合わせておく。何しろ真神は三宮から先が禁足地だ。大宮から来ましたなどと不用意に言っていいものか分からない。だと言うのに放谷ときたら――。
「え? あたいは二宮だけどー」
おい、お伴。空気を読みなさいよ。ほーら、おじさんの顔色が変わった。
「二宮!? 君は蜘蛛衆の子なの? 珍しいな。初めて会ったよ。ああ、そうだこれ」
驚きながらカウンターを出たおじさんは、途中の棚から取り出したものを私たちに差し出した。それを見たら今度は私が驚いた。タオル! タオルです! これまで湯上りには浴衣に水気を吸わせ、洗顔なら手拭いが当たり前だったので、タオルにお目にかかれるとは望外の喜び!
タオルを受け取ると、おじさんは代わりに袿を引き取って、衣紋掛に掛けて暖炉の側に吊るしてくれた。
私はワシャワシャと髪を拭いて、それを見真似する二人を他所に暖炉の前で手をかざした。長雨に打たれた体にじんわりと熱が戻って来る。
「おー、家の中で焚火かー。煙らないかー? 囲炉裏どころじゃないだろー?」
「火棚も煙の除け穴もないなんて、とっても不思議」
興味津々な二人が天井に煙取りの穴を探し始める。
「穴はこの焚火の真上だよ。そこから煙を逃がすから、部屋の中は大丈夫」
「すごい。お姉ちゃん何でも知ってる」
「まぁ、ちょっと勉強しました」
などと三人でワヤワヤやっていると、その内おじさんが「飲み物を淹れたよ」と声を掛けてきた。見るとおじさんはカウンターの向こうに収まって、後ろの棚には色んなお酒の瓶やら、茶葉が入ってるらしい缶やらが並んでいる。夜は酒場営業かしらん?
カウンター席に着くと「これはサービス」と差し出されたマグカップに茶色い液体。私は「払いますよ」と言う間もなく、それに目を奪われてしまった。柔らかなその色味、甘やかなその香り。
「これ、ココアですか?」
「おっ、よく知ってるね。犬神神社でも飲むのかい?」
「いえ、初めてです」
楓露に来てからは。
前世では母がよく有名銘柄の粉を買って来ては淹れてくれたものだ。好きな飲み物のベストスリーには入る。
懐かしんで最初の一口を味わう。すると横合いから声を揃えて「あづっ!」と短い悲鳴が上がった。見れば阿呼は狼の時のように舌を出して外気に冷まそうとし、放谷は手にしたカップをぐんと離して、まるで噛みつかれでもしたような顔をしている。
「少しトロッとしてるから冷めにくいよ。二人ともふーふーしなさい」
お姉さんぶって実演しながら二口目。カカオ独特の、他の何物にも代えがたい味わいが広がった。
「……美味しいです」
裏側に嬉しいですという言葉を隠して呟く。
「そう、それはよかった」
グラスを磨くキュッキュッという音が耳心地よく響いた。
「熱いけど甘いなー。好きな味だ」
「でも知らない味。知ってるどの味とも違うの。なんだろう?」
不思議がる阿呼におじさんが蘊蓄を語り始める。熱さに慣れた放谷はゴクゴク行った。私はゆっくりと一杯を堪能して、飲み終えたカップを差し戻しながら、おじさんに尋ねた。
「お店はまだなのに、入れて貰ってよかったんですか?」
「ああ。いつも昼に開けて、それでまた夕方からね。じきに開けるところだったから、君たちが最初のお客さんだ」
おじさんは窓の外に空模様を窺った。ちょっと草臥れたアイボリーのシャツにマルーンカラーのベストがよく似合っている。
「この街にはこういったお店が他にもありますか?」
「勿論。何も飲み食いする店ばかりじゃない。宿屋に土産物屋、床屋に仕立て屋。道具屋だって色々あるし。大嶋の品も舶来の品も、買い物に困ることはないと思うね」
「それは助かります」
「なーなー、おっちゃんは海の向こうから来たのかー?」
放谷が特に含みもない様子で尋ねると、おじさんは手を振って否定した。
「おっちゃんは大嶋の生まれだよ。海を越えて来たのはひい爺さんの代さ。三代目からは嶋人って言うだろう? だから四代目のおっちゃんも嶋人だ」
「へー、そーなんだなー」
「お姉ちゃん、知ってた? 渡人の人でも嶋人になれるんだって」
「知らなかった。てゆーか、放谷がごめんなさい。お名前を伺ってもいいですか?」
阿呼のニュアンスを訂正するより先に、私は放谷の不躾な言葉を謝罪した。すると恐縮する私とクエスチョンマークを浮かべる放谷を見比べて、おじさんは楽しそうに笑った。
「いいよいいよ。まぁ一応名前もあるけどね。えーと、確か……レブだ。よろしく」
差し出された手を握り返して、私は名乗り返した。そこへ阿呼も続く。ユーモアを解さない二人のリアクションがこちら。
「うろ覚えはダメだなー。かーちゃんが泣くぞー、レブ」
「名前は大事なんだよ」
レブは苦笑いを浮かべながら「忘れないようにメモしておくよ」と答えた。
「ところでレブさん。私たち今晩はこの街に泊まりたいんですけど、お宿はどこですか?」
「宿なら少し行けば何軒かあるけど、一番近いのはここかな」
「ここ? え、ここってこのお店ですか?」
「そう。幾つか二階に空き部屋があってね。自分でも使うけど、知人や旅の人に安く貸してるんだ」
「自宅兼、ってことですか?」
「いや家は別にある。上は酔った客や旅人に貸したり。後は女房と喧嘩した時なんかに便利に使う感じでね」
両隣を交互に窺えばどちらも私任せの顔をする。ならばと私は手っ取り早い選択肢を選んだ。
「それじゃあお願いします。宿賃は幾らになりますか?」
「お代か、そーだな。初回の割引を入れて、晩飯と、あと朝はどうする? 食べて行くかい?」
「はい、お願いします」
「なら一人三百縁ってところかな」
「それは割引過ぎでは?」
師匠の話を信じるなら一度の食事だけで百縁だ。二食分でざっと二百縁。寝泊りが百縁では如何にも安過ぎる。けれどレブは「いいからいいから」と値上げ交渉には応じてくれなかった。こちとらお金はたんまりあるんだよ? おっちゃん。
***
二階に上がると、そこは店の装いとは異なって、町家風の外観に見合った造りの部屋が幾つか並んでいた。どの部屋も出入りは襖。畳を剥がした板張りの部屋にベッドやテーブルが置かれていて、照明も店内同様にランプが吊り下がっている。
どの部屋もベッドは二台らしく、レブは二部屋使っていいと言ってくれたけれど、こちらは子供三人なので一部屋で十分だ。すると気を利かせたレブが二台のベッドをくっ付けてくれて、その心遣いがとっても嬉しかった。
レブが階下へ戻ると私たちは一斉に即席のダブルベットに飛び込んた。いつもはお行儀にうるさい阿呼もこの初体験は見逃せなかったようで、ひとしきりその感触を楽しんだ。
「ふっかふかだなー」
「これだとお布団の上げ下げもなくて便利かも」
二人の初々しいリアクションを横目に、私は窓際のテーブルに椅子を引いた。明日、街を出る前に買い物をして行くつもりだったので、何と何を買い揃えるか前以って検討しようと思い立ったのだ。
帳面と矢立を出して筆を上唇と鼻に挟み込み、指組みした両手に顎を乗せて考える。ぶらぶらする旅行李に代えて背負える鞄が欲しかったし、阿呼と恐々下った風合谷の闇を思えば夜道を照らす道具も欲しかった。
そんな風にあーだこーだと思案に耽っていると、いつの間にか外も赤い夕焼けになって、階下でカランカランと音がした。お酒や食事を求めてお客さんがやって来たのだろう。俄かにガヤガヤと賑わう店内。しばらく経つと階段を上がる音がしてレブが顔を出した。
「お邪魔するよ。乾いたから持って来た」
手渡されたのは奇麗に畳まれた袿。それからレブは直ぐに夕食を運んで来るとも言った。それを耳聡く聞き付けた放谷が「おー、飯かー」とベッドを抜け出して来る。
「下に行かなくてもいいんですか?」
「下はなぁ。この時間は酒が入ったおっちゃんばかりになるから。それだと嫌だろう?」
レブは軽く眉根を寄せた。
なるほど。むくつけき男たちの酒宴に女児が混ざる図を想像すれば、確かに何やら形容し難いものがある。私は素直に頷いて、部屋食の労を厭わないレブにお礼を言った。
やがて運ばれて来た夕食は私たちが初めて目にする渡人の料理。私たちは窓際のテーブルに三方腰を下ろして、レブが並べる料理を食い入るように見つめた。
「おー、なんだこれー? 水鳥かー?」
「すごい。丸ごと鳥さんだよ、お姉ちゃん」
メインは鳥料理。小振りではあるものの一人丸々一羽と豪勢だ。お腹に詰め物がされていて、ピラフっぽいものが覗いている。スープは見た目がポトフで、色んな野菜がゴロゴロしていた。それからライ麦かなんかのパンだろうか、ちょっと手強そうな分厚い皮のパン。小皿にはチーズとバター。
レブに勧められてナイフとフォークを手に取ると、二人はどう使っていいのか分からず、彷徨う視線がレブと私を交互に見た。
「ああそうか。お箸を持ってきた方がいいかな?」
レブの言葉に救いの神を見つけた阿呼が何度も頷いて、ちゃっかり放谷も便乗。
「首刈ちゃんは大丈夫かい?」
私は返事代わりにナイフとフォークを構えて見せた。
レブが部屋を出ると、私はお手本のつもりで適当に切り分けた。その様子を真剣な表情で見守る阿呼。一方、放谷は見様見真似でカチャカチャと手を動かし、見事に鳥の惨殺死体を築き上げて行きなさる。こらこら、食べ物で遊びなさんな。
あらかた切り分けたところへレブがお箸を持って戻り、私もその先はお箸で頂くことにした。放谷の皿の惨状を見ればテーブルマナー云々は追々でいいやと思ったからだ。だって、この旅は長い長い旅なんだから。
レブは阿呼の鳥を丁寧に切り分けてくれて、「ごゆっくり」と言い残して酒場の営業に戻って行った。
***
首刈たちが寝泊まりする部屋の真上。小雨降る屋根に一羽の木葉木菟が留まっていた。そこへ音もなく飛び込んだ影が背後からぶつかり、突き飛ばされた木葉木菟は翼を広げたまま屋根を滑り落ちる。慌てて羽搏いたものの、すっかり混乱したのか、真下の窓に激突して小屋根に転がった。そこへ窓が開いて三つの顔が覗き込む。
「わっ、梟だ。木葉木菟かな? 何でこんな街中に」
「梟さん、大丈夫? 怪我してない?」
「凄い勢いでぶつかってきたなー」
犬耳に翡翠の目。同じく犬耳に真朱の目。蒸栗色の毛を四つ棒束子のように束ねた歯抜けの顔。食事中らしく、手に箸を握っている者もいる。
木葉木菟は慌てて飛び立ち、再び屋根の上に舞い戻った。
「あんた今なんで落ちたの?」
戻った木葉木菟を出迎えて島梟は言った。
「……滑った」
木葉木菟は答えた、
「おい八大神。大丈夫なの? 八大神」
「うるさいなぁ! だって南風姉が急に来るから。慌てて窓にぶっついたぁ!」
涙目の木葉木菟は右の翼を手のようにしておでこに当てた。無論、普通の鳥にはできない動きだ。
「舟漕いでたもんね? そりゃ落ちちゃうかー。って東風ぃ、もっと真面目にやんないと駄目でしょーが」
「真面目だよぉ! さっきまで起きてたんだからぁ!」
「てことは寝てたんじゃん」
「うぐっ……」
「で、引継ぎの報告は?」
「えー? 特にな……くもないか。ようやく犬神の社を出たと思ったらのっけから大蛇に出食わして大わらわだったよ」
「何それ、まじで?」
「まじまじ。で、今回もあり余る星霊力で強引にブッ倒してたし」
「あー、なんだっけ? 確か荊棘か何かに襲われた時も星霊垂れ流して撃退したんだったっけ?」
「そうそう。あとあの娘、歌う時もめっちゃ星霊垂れ流すからね。あれ、街ん中でやったらちょっとした騒ぎになると思う」
「まじかー」
今度は南風が翼で頭を抱えた。何しろ南風は夜刀から直々に大嶋廻りに同行しろと言われているのだ。それを思うとどうにも厄介事を背負わされた気分になった。
「まあ仕方ないか。うん、分かった。後はあたしが引き受けるよ」
「よろー。じゃあ私は帰ってお風呂に入るから」
「はいはい。よく温まんなさい」
「あと爪も切らなきゃ。南風姉に突き落とされたから皹入ったかも」
「おい八大神、夜に爪を切るな八大神。ええ? おかしいでしょ」
「いいの! 私は花捲く神なんだから、美しさと清潔さは第一なの!」
んべっ、と可愛い舌を出して東風は夜空に羽搏いた。残された南風は適当に羽繕いを済ませ、鋭い聴覚を御業で更に増幅。そうして屋内の様子を聞き取りながら長い夜を過ごした。
***
新しい朝が来た。希望の朝になればいいな。
昨日まで長々降り続けた秋微雨もすっかり上がって晴れ模様。一階に下りてカウンターで朝食を済ませた私たちは早速街へ繰り出した。
「朝ご飯美味しかったね。阿呼、渡人のお食事も気に入っちゃった」
「でもさっき飲んだこーひー? あの黒いお茶は苦いばっかりだったなー」
「あはは、黒いお茶と来たか。今度飲む時はお砂糖入れなよ」
今朝の食事は私にとっては普通の朝ご飯。サニーサイドアップの目玉焼きに厚切りのベーコンを添えて、コールスローと薩摩芋のポタージュ。バゲットにはガーリックバターをたっぷり塗って、ミルクと角砂糖を入れた珈琲で糖分補給。
昨日の晩御飯も美味しかった。最初は私が手を付けるのを待っていた放谷も、一度口にしたら止まらなくなっていたし、阿呼はちょっとスパイスがきつかったようで鳥皮や中の御飯を少々よけていたけれど、ポトフの方は奇麗にペロリと平らげた。ちなみに、阿呼のお残し分は放谷がペロリ。
「そういえば放谷。昨日、寝しなに他の部屋を回ってたみたいだけど何してたの?」
「あー、蜘蛛っ子たちに獲物のかかりやすい場所を教えてやってたんだー」
なるほどね。蜘蛛たちはきっと「神降臨!」とでも思ったに違いない。実際神様だし。しかし元気なものだ。私も阿呼も昨日は大蛇の一件で走り回ったから、ベッドに転がったら即座にスカーッ。気が付いたら朝だった。
「お姉ちゃん、今日の予定は?」
「今日は街のお店を順番に覗いてお買い物をするよ。これからの旅に入用な物を見て行くの。あと、渡人の服屋さんにもちょっと寄ってくつもり」
「渡人の服? それを阿呼たちが着るの?」
「少なくとも放谷は新調しないとね」
「んー? あたいは別にこのまんまで構わないぞー」
「構うよ。そんなボロボロの貫頭衣。あっちこっちほつれてるじゃない」
「あははー、ちっこい穴が一杯あるなー」
放谷は誤魔化し笑いをしたけど、私は誤魔化されない。皇大神のお伴ならもっとちゃんとして貰わなきゃ。
「まあ服は後で道具が先だけどね。ほら、あそこ、レブが教えてくれたお店だよ。早速入ってみよう」
そうして私たちは次々と店を渡り歩いた。朝ご飯の時、レブが図にして詳しく店の案内をしてくれたので、それを頼りに行くと目当ての品は次々に見つかった。
昨日は早々にレブの店に入り、そのまま泊まってしまったので気付かなかったけれど、一見宿場町風に見える街並みも、町屋造の合間合間に石造りの建物がちらほら見えて、微かに異国情緒というものが漂っていた。
ひとしきり店を回った私たちは、甘い匂いに誘われて純大嶋風の茶店で一服することに。買ったものを広げたかったので三和土から座敷へと上がり、角の席に陣取った。
「ふぅ、参ったね」
「うん、阿呼疲れちゃった」
阿呼が言うのは気疲れだ。私も阿呼も通りを歩こうが店内にいようが、耳や尻尾に注目を浴びまくって、すっかり辟易させられた。犬神衆だと思われるのは寧ろ都合がいいとして、やはりお子様な点が際立つ要因なのか? 耳を隠せば聴覚が鈍るし、これはもう慣れる他ない。
しかし妙にも思う。今「ごゆっくり」と言ってお茶とお饅頭を置いてったお女中さん。彼女もチラッと獣の耳に目を向けたものの一瞥程度。そんな彼女は嶋人だ。
対する渡人の視線は一瞥では済まない。二度見三度見当たり前。人によっては舐め回すように遠慮がない。果たしてこの差はなんなのか。帰ったら早速レブに聞いてみよう。
気持ち切り替えお饅頭をパクリ!
「うんま~!」
「おいし~♪」
「あつあつだなー」
湯気の立つ蒸饅頭を頬張り、甘さ引き立つ濃ゆいお茶で喉を潤す。荷物抱えて歩き回っただけに甘さも潤いも一入のもの。三人揃い踏みでほくほくとその美味に舌鼓を打って、さあ、お次は戦利品の御開帳だ。
先ずは革の背負い鞄。ぶらぶらする旅行李に代えて私と阿呼用に二つ購入。
次に背負子。放谷が「背負子も便利だぞー」と言い張るので一つ購入した。放谷には革のウエストポーチも持たせてある。
続いては金物製の水筒。これは三つ揃えてみんなで竹筒を卒業。
それから火口。河原で拾った火打石より遥かに火を起こしやすい。
火口と併せて購入したのが暗くなってから活躍するランタン。これは些か値の張る風防付きのを選んだ。提灯よりしっかりしているので長持ちするし、雨風にも強い。
雨風と言えば桐油紙を重ねて作った雨合羽も購入。紙だから軽量なのは勿論、きちんと畳めば場所も取らない。
あとは怪我した時の応急用に包帯と軟膏。勉強などに使える書字板と白墨。更に放谷だけ持っていなかったので矢立と帳面も一セット。ちょっと高価な手鏡は三人共用で一つ購入。
最後は竹細工屋さんで見つけた歯ブラシ。最初は口の中が血塗れになりそうだと思ったのだけれど、毛先を触らせて貰ったら限りなくベストな感触。放谷の歯がこれ以上抜けないことを祈って三本ずつ購入した。
「畳んだ雨合羽ポーチに入る?」
「おー、なんとか入るぞー。財布も行けるー」
「火口箱は?」
「それは無理だなー」
「そっか。じゃあ私の鞄に火口箱とランタン、書字板に白墨。阿呼は包帯と軟膏、あと手鏡をお願いね」
「はーい」
「で、帰ったら旅行李は空にして袿なんかも鞄に入れちゃおう。それでも余裕あるでしょ?」
「うん。まだまだ入る。水筒も入れちゃうね」
「そーだね。放谷は肩紐でぶら下げてと」
「おー。これ竹筒より飲みやすい口だからいいよなー」
「五百縁したからね。でも、いいものを長く大切に使うのが吉なんだよ」
それは前世の母の言葉であり、そのまた母である熱塩のお婆ちゃんの言葉でもあった。無駄遣いとは贅沢を指すのではなく安物買いの銭失いを言うのだ。日本人の物を大切にする心って素敵だよね。
「全部で幾らかかったの?」
阿呼の質問を受けて、私は早速、放谷に書字板と白墨を差し出した。
「今から数字を言ってくから足してって」
「えー、あたいむつかしいのは嫌だよー」
「嫌じゃないの。やるの。計算できないと一人でお買い物もできないんだからね」
強引に白墨を握らせると、放谷はもう頭を掻いて難しい顔をし始めた。そこへ阿呼が隣にくっ付いてアシストに入る。相変わらず優しいよい子です。
準備が整ったところでそろばん塾よろしく、私は数字を読み上げた。
放谷が「早いよー、待ってよー」と泣きを入れるたんびに阿呼が「これとこれ先に足して、ぴったり繰り上がるよ」などなど、適切なアドバイスを入れて――。
「んー、一万飛んで四百縁、かなー?」
悩ましい声で自信なさげな放谷。
「本っ当にそれでいいの?」
「えー? だって、これとこれで、これを合わせてー……合ってないのかなぁ?」
困り顔で頭を抱えては、チラリとこちらを窺ってくる。私は表情を一切取り払って溜めに溜めた。
「………………正解!」
「なんだよー、もー!」
「お姉ちゃん、可愛そうでしょ」
沸き起こるブーイングに衆目が集まり、私は慌てて二人を宥めた。
「ごめんごめん、ちょっと引っ張ってみたかったんだよ」
そんなこんなで放谷のファイナルアンサーも無事正解。まぁほとんど阿呼が解いちゃってたけど、それはそれ、これはこれ。残りのお茶を啜ったら、お次は舶来物のお洋服だ。
私たちはレブの地図に従ってある建物の前に立った。入口両脇の柱には細やかな彫刻があって、中々立派な二階建ての石造建築。
「はー、海の向こうの連中は石垣で家を作っちゃうのかー」
まるで遠くを見るように放谷が手庇をして見上げれば、阿呼は目の前のショーウィンドウに吸い寄せられて、ついにはゴツンと硝子におでこをぶっついた。何が起きたか瞬時には分からないらしく、目を丸くして後退る阿呼。
「ちょ、大丈夫? 硝子あるから気を付けて」
思わず忍び笑いが漏れる。余りにも可愛過ぎるでしょ。
「すごく大きな硝子のお窓。お洋服着たお人形さんがきれいで、阿呼気が付かなかった」
恥ずかしそうに笑いながら、再び鼻がくっ付きそうなほど近付いて覗き込む。どうやら洋装に興味を持ってくれたようで一安心。気に入った物があれば私も阿呼も一着ぐらい買ったっていい。
店に入ると品のいい初老の男性が応対してくれた。こうしたお店ともなると渡人と言えども無遠慮な視線は向けてこないようで、ひと助かり。
案内に従って二階に上がると子供服がずらり。私は放谷に適当に選ぶよう言って、その間阿呼と一緒に色とりどりの服を眺めて歩いた。
「阿呼も一着くらい買ってく?」
「阿呼はいい。お母さんがくれた水干の方が好き」
それには同意。私たちの水干は清浄な白で、今目の前にあるどの服よりも仕立てが素晴らしかった。渡人の服は前世持ちの私からしたらどれもアンティークで目移りするのだけど、それでも故郷真神の縁である水干には敵わない。
そんなこんなで時間も経って、放谷の様子を見に行こうとしたら途端にガシャン。見れば当の放谷がハンガーラックを一台倒して、目を丸くしている。当然私の目も丸くなった。
「ちょ、何やってんの?」
「なんか引っかかってなー。これ破けちゃったけど平気かなー?」
その手には袖の破れた麻のセーラー。無残なり。明らかに縫い目ではなく生地が裂けている。
「平気なワケないよね? 普通に弁償だよね?」
どうすんのよと頭を抱えたところへ若い店員がやって来た。金髪碧眼のお兄さんだ。
「お怪我はありせんでしたか?」
「おー、平気だー」
悪びれない。放谷はこんな時でも笑顔を忘れない。どうしてくれよう。
「ごめんなさい。一着袖が破けちゃって……」
神妙な顔で私が言うと、青い瞳の店員はにこやかに微笑んだ。
「確かに、これは買い取って頂くことになります。ですが当店でノースリーブに仕立て直しができますので、着て頂くことは可能ですよ」
聞いた? これぞ紳士の対応ですよ。
私は一も二もなく頷いた。勿論、放谷に釘を刺すことも忘れない。
「是非それでお願いします。放谷、これ両袖落として貰うから、ちゃんと着るのよ?」
「おー、あたい袖はない方がいーやー」
そーぢゃない。まるで分かってない。レブのお店に帰ったら滔々と語って聞かせよう。
騒々しく服選びを終えて、私たちは店員さんと一緒にカウンターへ。放谷には袖を落とした麻のセーラーの他に、編み上げのサンダルを一足購入した。その他にタオルのセットを三人分購入。これにて本日のお買い物は無事終了。最後の最後でどっと疲れたけど、放谷だから仕方ないね。




