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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の一 真神編
13/172

011 御業修行月間

「わあ、本当に葉っぱが赤や黄色に染まってきてる。きれいね、お姉ちゃん」

「でしょ? これから段々とあちこちに広がって行くよ」


 ぽつぽつと秋色に染まり始めた早朝の景色を見渡して、阿呼あこやが歓声を上げた。

 私たちが犬神神社へ来てから早十日。神門周辺に植え込まれた錦木にしきぎ紅葉葉楓かえでばふうが、真神の寒さも手伝って早々と色を露わにしていた。

 神門から一直線に伸びる参道は三つの大鳥居を繋ぐ杉並木。平らかな石畳を見れば、不揃いながらどの石もお城の石垣に使うような大きさだ。

 振り返って内側は玉砂利の境内になっている。ぐるり廻廊に囲われた真正面に幅八〇米はあろうかという色鮮やかな大拝殿。壁は白練しろねり、柱は深緋こきひ、格子には常盤緑ときわみどりと来て、杮葺こけらぶきの屋根が見事に三色を引き締めていた。雰囲気としてはそう、京都の平安神宮に近い。唐風もろこしふうを思わせる雅やかな色彩は、和の侘び寂に焦がれる私の好みとは違うけれど、抜ける秋空の青と合わされば、最早感嘆の溜息しか出てこない。

 拝殿へ進むとやはり本坪鈴ほんつぼすずも賽銭箱もなくて、神額は中央に犬神社、左に真神社、右に蜘蛛ささがに社と刻まれ、真神三社を一度に拝せるようになっている。


「鎮守の杜を散歩するのもいいけど、こう、パーッと開けた場所も気持ちいいでしょ?」

「うん。ここは朱の色がとっても奇麗だから、阿呼のお気に入り。あと鈴の狛犬さんも」


 拝殿の横手に並んだ床机しょうぎには参詣者への引出物が置かれていて、自由に持って帰ることができる。その中に狛犬の形をした土鈴があり、その丸々とした愛らしい造形を阿呼は痛く気に入っていた。今も下げ緒に茜狛あかねこまさんから貰った根付けを付けて腰の留紐に挟んでいる。


「おーい、そろそろ朝飯だぞー」

「はーい、今行くよー」


 廻廊の角目に開いた通用口からひょっこりと放谷登場。すわ急げ、とお庭を横切り本殿の裏手に回って御食屋みおしやを目指した。


「そう言えば今日からは放谷も一緒に道結ちゆいの練習だね」

「おー、ようやく三人一緒だなー」

移姿うつしに十日かけたから、道結はもう少し早く覚えたいなぁ」

「頑張ろうお姉ちゃん。白狛しらげこまさんが言ってた。星霊を使う感覚が馴染んでくれば、他の御業も覚えが早くなるって」

「そうだね。よし、朝ご飯食べて頑張ろう!」


 御食屋みおしやに入ると既に夫婦神と仔狐兄妹が囲炉裏を囲んでいて、朝の挨拶が交わされる。


「お早うございます。お待たせしちゃってごめんなさい」


 挨拶にお詫びを添えて草鞋を脱ぎ、たらいの水で足を洗って囲炉裏端へ。七人揃うと茜狛あかねこまさんがおひつを開けて、ほかほかと湯気立つご飯をよそって回してくれた。

 食膳を見ると大広間での歓迎のお膳とは打って変わって家庭料理や郷土料理といった趣きの品々。とはいえ味付けは文句なし。おかわりも幾らだって頼める。今朝は大根飯に茸汁。三菜には根菜類の煮物。青物とおからの和え物。そして鯉の洗いが並んだ。

 席は上座に私。左手に阿呼と放谷が並んで右手には野足のたり夜来よころ。差し向いに夫婦神という配置。全員にお茶碗が行き渡ったところで音頭を取るのは私の役目。先に箸を取った放谷の手を阿呼がつねって、


「いただきます!」

「いただきます」


 六人の唱和が返って楽しい朝ご飯が始まった。カチャカチャと箸音が喧しいのは放谷。その向かいでお椀を手に取った夜来よころ野足のたりから「もうちょっと後でな」と諭されている。前にも舌を火傷してたからね。しかもそれ私のせいだし。

 私が「ご飯は温かい内に食べるのが一番。アツアツを食べるのが最高に美味しいんだよ」などと得意気に吹聴したものだから、早速実行した夜来は「ぴゃー!」と悲鳴を上げてお椀の中身をぶち撒けた。お蔭で毎食毎食、隣りの野足と斜向かいの茜狛さんが夜来のお膳に目を光らせているというね。ほんと申し訳ない。


「夜来。熱いのはふーふーしながらちょっとずつね」

「うん! 夜来しってる」

「そうかー、知ってたかー。偉いねぇ」


 ほんと可愛い。でも元が狐だから私や阿呼とおんなじで、あっという間に大きくなっちゃうんだろうなあ。言葉使い一つとっても、僅か十日で野足は随分しっかりしてきたし、夜来も遠からずそうなって行くだろう。この時期の成長は正に雨後の筍だ。

 私は汁物で喉を湿して大根飯を一口。次いで和え物に手を伸ばそうというところで阿呼が野足たちに声をかけた。


「野足と夜来は、もう人の食事には慣れた?」

「はい。なんでも食べます」

「なんでもしゅき」

「二人ともえらーい」

「あこねーちゃも、たぁんと食べて」

「ありがとう。沢山食べるね」


 阿呼も今では普通に野菜を食べる。それを褒めてあげようかと思ったけど、二人の前でわざわざお姉さんキャラに水を差すこともない。私はご飯と一緒に余計な言葉を呑み込んだ。

 ちなみに、夜来は私をすーちゃん、阿呼をあこねーちゃ、放谷をやっちゃんと呼ぶ。姉の称号を獲得してのは阿呼だけだ。阿呼には根気よく付き合う面倒見のよさがあるからね。私も面倒見は悪くないと思うけど、阿呼に比べたら対応が大雑把なのかな。放谷に至っては雑レベルだから論外。


「飯が済んだらまた遊ぼうなー」

「放谷、ご飯の後は御業の練習でしょ。それに放谷は危なっかしい遊びばっかりするんだから。ちょっとは考えるようにしなさい」

「そおかなぁ?」


 放谷は投げっぱなしの高い高いとか、寝っ転がって上げた足で回すなんてことをよくやるけど、何度も落っことしてるからね。まあ二人も狐の身軽さがあるから怪我はしないんだけど、見ているこっちはハラハラのし通しだよ。

 それに、御業の練習は私たちばかりでなく、野足と夜来も参加している。縁あって三宮の庇を借りる身となった二人に対して、夫婦神は将来、二人が望めば狐トーテムの玉殿たまどの神社で玉殿衆を務められるようにと手を尽くしてくれていた。ポンと玉殿神社に預けてしまうのではなく、二人の意思を尊重してくれる夫婦神に私は心から感謝した。




 ***




 食後、洗い物やお片付けを済ませ私たちは渡り廊下を渡って鎮守の杜に佇む舞楽殿に集まった。何故、本殿の裏手に舞楽殿があるかと言うと、ここは祭事に向けて犬神衆が修練を積む裏舞台だから。表舞台は別途、人目に付く場所にある。

 そしてこの裏舞台こそが私たちの御業修行の場。言うなれば入門道場だ。私と阿呼は既に十日間、移姿うつしの修練を重ねていた。今では狼の姿に戻ることもできるし、ある程度体の大きさを変えることすら可能だ。

 一方、既に移姿を会得している放谷、野足、夜来の三人は、私たちが移姿の練習している横で、半ば放谷が指導役になって同調練習というのをやっていた。


「お集りのようですな」

「師匠! 本日もよろしくお願いしますっ」


 現れたのは我らが師匠、白狛しらげこまさん。手取り足取り懇切丁寧に分かり易く指導してくれるので、私も阿呼も心酔レベルで頼りにしている。

 ビシッと挨拶しつつ、率先して師匠の前に正座。阿呼が続き、三人が続いて、さあ授業が始まるよ。


「では今日は先ず、昨日までの修練について感じられたこと、気付かれたことなどお聞かせ願いましょう」


 なるほど、復習か。


「はいっ、師匠!」

「どうぞ、首刈様」

「あのですね。私も阿呼もお母さんからは道結ちゆいを覚えるように言われただけで、移姿うつしのことは何も言われなかったんです。だからてっきり最初は道結の練習するものだと思ってたんですけど、どうして移姿が先だったんですか?」

「ふむ。いい質問で御座いまするな。何が先で何が後か、御業に限らず物事の順序は軽視すべからざるもの。移姿を先とした理由は左様――。御承知の通り、首刈様、阿呼様よりも若く、神ならざる野暮らしの野足、夜来にしても移姿は使えるのです」


 確かに仔狐兄妹は移姿が使える。余り長くは保てないようだけれど、獣と人の姿を行き来できることに違いはない。


「二人に限らず、神も宮守衆も初めは移姿を覚えまする。身共も然り、首刈様、阿呼様も先祖代々生来のお姿は獣。獣として生まれ、獣として生きた記憶があり、その感覚は五体に染み付いておいでの筈。一方で星霊が我々に人の姿を与えたもうてから幾星霜。今や我らにとって人の姿も従来のものと言って差し支え御座いませぬ。生来と従来、その行き来は想起も容易く、故に移姿は最も身近な御業であると申せましょう」


 言われてみれば目から鱗で、私も阿呼も身を乗り出して聞き入った。師匠の話は更に続く。


「さて、そのような訳で移姿こそが御業を身に付ける最短の道であることはご承知頂けたものと存じまする。また移姿の会得を通じて、お二方には御業を行使する際の感覚をも身に付けられたことで御座いましょう。その経験こそが金。道結を始め、数多の御業の習得に都度役立つものに御座いまする。如何ですかな?」

「ということは師匠。私も阿呼ももう、他の御業を覚える為の下地ができてるっていうことですか?」

にも実にも」


 嬉しいニュースにハイタッチを求めて手をかざせば、阿呼は意図を解さず、「お行儀!」と決まり文句を口にして私の腿を叩いた。トホホだね。後でハイタッチを教えとこう。


「はいっ、阿呼も質問があります」

「どうぞ、阿呼様」

「阿呼たちが移姿を練習してる間、三人がしていた同調はなんですか? 阿呼たちが教えて貰った同調とどう違うんですか?」


「同調は御業の基本。そこに違いは御座いません。ただ、一口に同調と申しましても内容は様々。万物に宿る星霊は宿り先で核を結び、宿主と深く溶け合うことで個々に異なる波長を持つようになりまする。一にして全と言われる星霊も宿主を得ることで個性を持つということですな。――移姿に際してお教えした同調はあくまでも物が対象に御座いまする。物の波長はひと度同調すれば、他の者が同調し直さぬ限り、首刈様ならば首刈様の。阿呼様ならば阿呼様の波長と合わさり続けまする。波長に於いて一心同体と申しましょうか、人の姿に帯びた品々は全て獣の身の内に取り込まれて、反化へんげの度に取り落とすということが御座いませぬ」


 そうなんだよね。これには私も驚いた。考えてみれば放谷が服ごと変身していたから知っていた訳だけど、言われて初めて気付いた形だ。でも逆は難しい。人は服を着て道具を使うのが当たり前という頭があるから、根本の意識を誤魔化す想起をしないと難しいのだ言われた。まあ必要ないけどね。狼限定でも四次元的謎収納は十分便利だ。


「一方で生ける者同士の同調。これは首刈様と阿呼様が互いに力を合わせて御業を紡ごうとなさいます時にも、必ず同調が必要となるので御座います。互いに相手の波長を受け取り、深めて一つに通わせ合う。また、同調が成れば一方の星霊が枯渇した折に分け与えることも適いまする。まあ首刈様は皇大神、阿呼様はその族神で御座いますから、仮に身の内の星霊を使い尽くしましても、立ちどころに核から溢れて満たされましょうが――。他にも自らの波長で相手を覆い尽くす同調もありまする。あやかしなどを向こうに回しました時、それによって無理矢理に星霊を奪い取るなり、相手の波長を塗り替えることで拒絶反応を引き起こすなり、使いようで如何様にも役立てられましょう。これも首刈様のように星霊量に抜きん出ていればこそ多大な成果が期待できまする」


 知らない話が次々出てくる。御業は個々でなく、複数で協力しても使えるのか。儀式魔法や集団魔法の類もありとは、幅も夢も広がりんぐだね。塗り替えはちょっと怖い感じだけど、妖怪相手の手段になるなら覚えておいて損はない。要は上書き(オーバーライト)するってことだ。


「はい!」

「おや夜来。何かな?」

「夜来はオオカミしゃんやクモしゃんにいつなれるの?」

「…………むぅ」


 あ、師匠固まった。ここまでの話からすると移姿うつしってどうも生来と従来の姿を行き来するだけの御業なんだよね。その場合、夜来が狼や蜘蛛になることは不可能。当然私も狐にはなれない、と。


「名付きの御業は大きく十の道に分かたれる。中に三幻法さんげんほうと呼ばれる道があり、色、音、香りと分かれる中の色の道。ここに己の姿を偽る御業が含まれておる。であるから夜来や。お前さんがこの先一層励んでその道を究むれば、その時には狼にも蜘蛛にも、好きな姿に変わることができるであろう」

「知ってた」

「ぶふぉ!」


 思わず噴いた。多分「分かった」って言いたかったんだろうけど、よりにもよってそのフレーズ。お蔭でまた阿呼からお行儀制裁を受けてしまった。今のは不可抗力だよ。許してよ。

 とまあそんなことがあって、続く放谷と野足は質問ではなく昨日までの感想を述べるに留まった。


「では他が宜しければ本日の修練に入りましょう。野足、夜来、二人は今日より茜狛の下で手習いをするように。さ、行きなさい」

「はい。しつれいします」

「いってきましゅ。あこねーちゃ、すーちゃん、やっちゃん、またね」

「お勉強頑張ってね」

「二人ともまた後でねー」

「手習いの方が楽そーだなー」


 仔狐兄妹が去って舞楽殿に師匠と三人。先ずは昨日までのおさらいで移姿を披露した。

 移姿の想起の助けとなったのは大宮で初めて人の姿になった時の感覚。

 瞼、頬、鼻、唇、手足、体と、一つ一つを感覚的に置き換えて耳と尻尾はそのまま。最初は同調し忘れた手回り品が周りに散らばったりした。逆に自力で人の姿になった時は水干を着たイメージを忘れてすっ裸になったりとかね。ほんと十歳児でよかった。思春期過ぎてたら間違いなく黒歴史だよ。


「どうですか? かなり一瞬でできたと思うんですけど」

「もう随分と様になって参りましたな」

「やたっ。板に付くにはまだまだですけどね」


 褒められれば内心鼻を高くしながら謙遜して、次はそのまま大きくなってみる。

 心の臓に添うと言う星霊核を意識して、そこから星霊を注ぎ足すイメージで私という器を満たして行く。これも中々難しくて、最初は肥満体形やらスーパーロングヘアやらになってしまった。肉や体毛を纏うのではなく骨格から何から全て均等に大きくしなければならない。十秒、二十秒と時間をかけて慎重に。当社比一.五倍が今の限界。阿呼も大体同じくらいだ。


「これ以上はちょっと、なんかまた形が崩れそうで」

「いやいや十分かと。後々の慣れで如何様にもなりましょう。それでは人にお戻り頂いて道結ちゆいの修練を始めると致しましょう」

「はいっ」


 元気よくお返事して前宙からのドロン! 体操選手よろしく両腕を水平に伸ばしてケモ耳姿に。私はそのまま師匠の前に進み出て、お母さんから貰った腕輪サイズの茅の輪を差し出した。


「師匠。私と阿呼は道結ちゆいの練習にこれを使ってたんですけど」


 師匠は茅の輪を手に取ってしげしげと観察し、何度も怪訝そうな、どこか驚いたような顔をして見せた。何かあるのかな?


「これをどのようにお使いになられましたかな?」

「えっとですね。これを普通の茅の輪に見立てて、それで他に自分が知っている場所の実際の茅の輪を目標に、道を延ばして繋げるイメージで」


 と、実際の練習内容をつまびらかに開陳した。ところが師匠から返ってきた言葉は私と阿呼を大いに仰け反らせるものだった。


「ふむ。これは恐らく、首刈様と阿呼様の茅の輪を合わせて練習に用いるようにと、持たせて下さったものでしょうな」


 お母さんが私たちにくれたこの茅の輪。これは互いを道結の練習に用いることを想定したものだと、そう仰る。

 確かに通れない輪と通れる輪という齟齬そごの出やすい組み合わせより、同じ大きさで尚且つ超短距離の気軽さ。通れずとも道の繋がりは確認できるから、練習道具としての要件は満たしている。

 でも待って。おかしい。子供って柔軟な発想力に定評がある筈なのに、お爺ちゃんに教えられる私って一体……。大体、お母さんもそれならそうと言ってくれてもよかったんじゃ? などと思いもしたのだけれど、私は直ぐにその考えを改めた。

 そうじゃない。言われるまでもなく気付くべきだったし、こうして出会った人、出会った人に教えを乞うことが大切なんだよ。

 私は思った。何事も、一つ一つ、手に取るように確かめながら身に付けていく。大嶋廻りって、そんな旅なのかもしれないと――。

 そして勿論、自分の意見はきちんと口に出して伝えるってこともね。


「あ、でも私思ったんですけど。最初私たち、ミニ茅の輪を光らせて、次に輪っかの内側に光の幕を作って、そこまで行ったら繋げたい方の茅の輪を光らせるっていう順番で考えたんです。でもそれだとまだ繋げてない茅の輪に意識を向けた時に想起が途切れちゃうじゃないですか。だからミニ茅の輪の準備が整ったらそこから光の道を伸ばしてもう一個に繋げる。で、繋げてから向こう側の準備を整える。後は両方にかかった光の幕を同時に開くイメージで。そうすれば道は繋がるんじゃないですか?」

「お姉ちゃん凄い。きっとそうだよ」

「だよね!」

「うんうん」


 話してる内に確信めいて愛妹の肯定まで貰っちゃったら有頂天ですよ。私天才じゃね? これまで歌くらいしか取り柄がないと思ってたけど、転生して御業の才能に目覚めてしまったか。ふはははは! 我を崇めよ! 遠慮はいらぬぞ。


「宜しいですかな?」

「あ、どうぞどうぞ。何か修正箇所があったら是非ともご指南下さいっ」

「では申し上げますが……。道結では先ず、一般的な想起の仕方としまして、此方こなたの茅の輪と彼方あなたの茅の輪、それら二つを一つのものとして捉えまする」


 …………はい?


「そのようにして集中して参りますと両の茅の輪は輝き出し、更に集中を深めることで茅の輪に光の幕がかかりまする。そこから一旦降ろした幕を再び開けて参りますれば、そこに彼方の景色が広がっている。このように想起して頂ければ、先ず以って道の結べぬということは御座いませぬ」


 ガラガラガラ――。高慢という名の天狗っ鼻の形をした私のバビロンタワーが音を立てて崩れて行く訳ですよ。はい。たった今捲し立てた私の熱弁はなんだったんだろうね。全然ちがってましたが何か?

 阿呼を見れば気まずそうに無言。何か言ってよ。

 放谷を見ればいつもの歯抜け笑いでポンと肩に手を置く。口を閉じて手をどけろ。


「首刈様。ご理解頂けましたかな?」

「え? あ、はい。…………ですか」


 ショボンヌってこういう時に使うんだね。一つ賢くなった。


「お姉ちゃんは頑張って考えたんだから、阿呼はそれはそれでいいって思う。何かすごく分かったもん。言ってること」

「そうかな? ありがと」

「そーだぞー首刈ー。考えただけでも大したもんだー。違ってたけどー」

「う、うん。まあね」

「左様左様。何事も意気込みなくして成し得ることなど有りませぬ。まして首刈様のお考えは手間を考えねば的は射ているものと申せましょう。その通りに道を結べるやも」

「そうですかね。当たらずと言えども遠からずですかね?」

「ひょっとしたらできるってことだなー。丸っきりの見当違いじゃなくてよかったじゃないかー」

「……そうだね。放谷はちょっと黙ってていいよ」

「お、おー」


 いちいち刺さるんだよ。

 ふぅ、まあいい。一度頭を空っぽにしよう。ハズレ馬券を紙吹雪にして頭の中をクリアにすれば、師匠の説明は実にスリムでそれこそ無駄が一切ない。何しろ道結は行ったことのある場所限定とはいえ瞬間移動テレポーテーションだ。そんな便利な御業覚えない訳に行くもんか。


「さあ、始めましょう師匠。私は気合十分ですっ」


 平手でほっぺを挟み撃ちにして闘志満々。いざと構えれば師匠は手を打ち鳴らして、現れた犬神衆が三対六つの茅の輪を舞楽殿に並べた。一対の距離は一〇米。三人それぞれ片側の茅の輪の前に立って、距離と配置を確かめたら、対との狭間に垂れ幕を引いて見えなくする。


「それでは先ず、それぞれの茅の輪の何処にでも結構。手を添えて下さいませ」


 言われた通り茅の輪に片手を添えて、私は集中を高めようと目も閉じた。どうせ繋ぐ先の茅の輪は垂れ幕の向こうで見えないのだ。とにかく言われたままにやる。空っぽになってバカになって残すのは無心の集中だけ。

 最初は同調。茅の輪は物体だけど様々な人が使うから都度都度同調して自分の波長に合わせなくてはならない。物体の同調は水干や手回り品で実践済みだから、自分の波長を狂わさないように丁寧に流し込むだけでいい。


「さて、茅の輪は単なる神具では御座いませぬ。様々な儀式に用いられる神、手ずからの神宝かんだから。故に茅の輪自体に道結の道を繋ぐ神力が宿っておりまする。ですから施術する側は手順通りに想起を行い、一に茅の輪を若草色に輝かせ、二に綴じられた輪の中に光の幕を降ろし、三に彼方の景色を想い描く。その際、先程も申し上げましたが、必ず二つで一つの茅の輪であることを心に固め置かれますよう。それなくば仕舞に幕を開けたところで彼方の景色は覗けませぬ」


 分かり易い。しかもその手順を踏むだけで茅の輪自体が道を繋ぐのを援けてくれると言う。でもその論法で行くと、練習用に持たされたミニ茅の輪も神宝かんだらってことになるんじゃ? 

 そこまで考えて思考をカット。私は余計事を頭の中から追い出し、何一つ逆らわず手順を進めた。道中、多少の練習をしたこともあって一、二、三は苦もなくクリア。唯一厄介だったのが二つで一つという想起だ。

 私は最初、二つを隙間なく貼り合わせた。でもそれだと結局光の幕は二枚になってしまう。そこで私は二つの茅の輪をスライスして一つにまとめ、そこに一枚の幕を下ろすようにイメージした。要はコインの裏表でよかったのだ。その気付きを得るまでに何度か失敗したけれど、修練そのものは順調に進んだと言っていい。

 師匠の言った通り、移姿の反復練習で御業を使うことに体や感覚が慣れていたし、お蔭で一度成功した後は二度と失敗することがなかった。


「何方様も筋がお宜しいようで。それではどうぞ、茅の輪を潜って彼方へお渡り下さいませ」


 幕を開いた向こうに見えるのは鏡板に描かれた松の絵。ひと跨ぎすれば垂れ幕は背後にあって、輪っかの向こうに元居た場所と背後の渡り廊下が覗けた。


「通れた!」

「阿呼も!」

「あたいもできたぞー」

「今日のところは舞台の上で御座いますが、明日からは鎮守の杜の随所に茅の輪を配しまして、重ねての修練を積んで頂きまする。何より道結は彼方の大まかな場所、そして景色を記憶に留め置くことが肝要に御座いますれば、この先何方(いずかた)へ参られましても左様な習慣付けこそが大事と思召されませ」

「了解しましたぁ!」


 上機嫌で返事をした私は、ひとしきり茅の輪を行ったり来たりして成果を確かめた。今のところ記憶にある茅の輪は三つ。実家の長床前。追風おいての石舞台。そして放谷の二宮。私たちはもう、いつだって一足飛びに行けるのだ。


「なーなー。これって一度繋げたら繋がりっぱなしかー?」

「あ、それは確かに気になるね。開けっ放しだと誰でも行き来できちゃうのかな?」

「いえ、それもまた閉じる想起で道を断つこと適いまする。また、御業の練り込みようによって如何様にも通行に制限を設けること適いまする」

「練るって言えば放谷もそんなこと言ってたけど、工夫するって意味でいいんだよね?」

「おー、そーだぞー。御業の場合だと特に、こうと決まった名付きの御業を自分流に味付けする時に練るって言うなー。後は同じように使う時でもしこたま星霊を注ぎ込んで威力を跳ね上げたりする時とかー」

「なるほどね。御業は想起次第だから、名付きの御業一つ取っても工夫次第でバリエーションが創れるってことか。いいね。楽しそう」


 ついにお母さんに言われた御業を習得できました! 今夜はご飯が美味しいぞぉ! まぁ毎日三食美味しく頂いてますけどね。念願の道結を身に付けて、新幹線や飛行機よりも早く里帰りが可能に。この安心感は大きい。そして成し遂げた感はハンパなかった。

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