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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の四 護解編
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102 ガサ入れ2

 調査局艫乗(とものり)支部の局長、ガスト・メローが不審を抱いたのは遺跡調査部門を仕切るグレンの足取りが知れなくなってから数日後のことだった。

 疫病の件でカロが青木の里へ出向いている間にと、グレンにカロ邸への潜入を示唆したのはガストだ。しかしグレンが報告に戻ることはなかった。

 万が一にはカロの動向を探りに青木の里へ向かったのではと考えたが、グレンに近しい調査員などに確かめると、カロ邸へ向かった筈の日からぷっつりと足取りが絶えている。

 目端の利く人間というものは何事も先ず疑ってかかる。それによってリスクを読もうとするのだ。取り分け、ガストのように黒い稼業に手を染めた人間はそうだ。ガストはグレンの動向を想定し、その一つ一つに「あり得るか」を自問した。

 ガストが調査局の支部局長という肩書に隠れて行っている行為について、同等に手を染めている者と言えば、第一に下っ端局員時代からの相棒であるエルゴが挙がる。続いてガストの実の妹を娶ったネイブ。ここに今一人名を連ねるのがグレンだ。

 裏稼業の甘い汁にどっぷりと浸かったグレンが、今更落ち目のカロに与するというのは些か無理筋の推論だろう。しかし本人不在では心底を量る術もない。


「結局のところ、グレンの奴は何処に消えちまったんだ?」


 夜道を行く傍ら、相棒のエルゴが探るような目で訪ねて来た。


「さあな、分からんよ。ただ、カロ邸への潜入を試みたのは間違いない。その後ぷっつりとなると、下手を打って捕まった可能性は高い」

「そうなるとカロの奴に勝負の手札を一枚握られた格好か。本部にご注進なんて真似をされたらどうする?」

「手は打つ。だが今は置いておけ。御客人を待たせていることだからな」

「客人ね。しかしまた急だな。こんな夜更けに直ぐ会いたいなんてのはどうにも妙だ。一体どうゆう連中なんだ?」


 エルゴは白髪頭を撫でまわしながら葉巻の煙を吐き出した。長年ガストの相棒を務めて来たエルゴも、これから港倉庫で落ち合おうという相手については何も知らされていない。分かっているのは、ガストが五つ帆の丸なる組織と取引をしているのではなく、組織の一員として貢献していることだ。エルゴ自身、ガストから「いずれ目途が立ったら組織に紹介する」と言われていたが、どうにも胡散臭い話だと感じていた。


「昨今、神々と渡人の融和だなんだと妙な話が聞こえて来るが、五つ帆の丸は神々の思惑に乗せられまいとしている」

「思惑?」

「考えてもみろ。祖先が大嶋の土を踏んでから千年、神々と渡人は縁もゆかりもなく過ごして来た。それがここへ来て何故融和などと言い出す? 切欠はなんだ?」

「見当も付かないな」

「馬宮で起きた騒ぎは知っているか?」

審神さにの小杖の件だな。小耳には挟んだ」

「融和の話はその直後からだ。先年の九月に騒ぎが起きて、翌月にはもう融和の噂話が水走辺りから出始めた。悶着から一八〇度向きを変えて、理由もなしに手を取り合おうなんて話が信じられるか?」

「確かに、何か裏がありそうだな」

「そういうことだ」


 ガストは夜の気配に合わせて低く声を抑えて言った。

 倉庫街に入って直ぐの詰所を見ると明かりが灯っている。巡回に出ているのか今は無人だ。ふと見ると、詰所の屋根に見慣れない影が見えた。


「なんだあれは?」

「さあ、とんびみさごじゃないのか?」

「夜の夜中だぞ。鳥目はどうした?」


 近付いて見上げると鳶でも鶚でもなく、山間の森に住まう鷹に見えた。それが夜の闇に取り残されて詰所の屋根で身じろぎもしない。細かな種こそ分からないが、いずれにせよ昼行性の猛禽には違いなかった。


「あり得るか?」

「何が?」

「積荷が逃げ出すなんてことがだ」

「無いこともないだろうが見張りを置いてある。籠から出たにせよ倉庫からとまでは行かんだろう」


 エルゴの答えに頷きながらも、目の前の鷹に場違い感は否めない。ガストはコートの襟を立てて警戒心を強めた。


「カロ邸の見張りはどうなってる? ネイブに任せたが今日まで連絡がないのはどういう訳だ?」

「そりゃ動きがないからじゃないのか? カロは明日頃ようやく青木の里から帰って来るって話だ。家にいない奴に動きも何もあるもんか」

「ならグレンは一体どこへ消えた?」

「さあな。そこまでは分からんよ。まさかカロの家で簀巻きにされている訳でもなし」

「どうかな。奴の最後の足取りはカロの家近くで絶えている。それから十日もなしのつぶてだ」

「分からんが、どうしたいんだ?」

「一人回してネイブに家探しをさせろ。カロが戻る前の今がラストチャンスだ」

「好きにするさ。おい、お前。ネイブの所へひとっ走り行ってこい」


 部下の一人が駆け出して局長一行は三人になった。ほどなくして目的の倉庫に辿り着く。潜り戸の前でエルゴが合言葉を発すると、返る筈の返答がない。


「どうなってやがる。おい、鍵は持ってるな。開けて中の様子を見てみろ」


 部下をどやして入れ替わると、エルゴはガストと共に数歩後退った。


「鍵は掛かってません」

「なら覗いて見ろ。揃いも揃って下で酒盛りでもしていたら容赦しねえ」


 下っ端にありがちなサボリと睨んで悪態を飛ばすエルゴ。ところが部下の口からこぼれたのは予想外の答えだった。


「あの、なんだか見かけない女がいるんですが」

「女? どんな女だ」

「物凄え美人です。あ、こっち見て笑ってくれた」

「馬鹿野郎、どけっ」


 エルゴは部下の頭をはたいて中を覗き込んだ。すると確かに女がいる。上背のある滅法の別嬪で、年甲斐もなく見惚れてしまうほどのすこぶる付きと来ている。掃き溜めに鶴と思ったものの、状況からすれば下っ端が連れ込んだ商売女か何かだろう。


「嬢ちゃんは誰だい? 他の連中はどうした?」


 訳もなく猫撫で声になって一歩を踏み込めば、心柱に括り付けられた手下がずらり。

 まずいっ――。そう思った時には鼻の奥にフッと甘やかな香りが抜けて、目元とろりとエルゴの体は倒れ込んだ。それを見た部下が咄嗟に助け起こそうと潜り戸を抜ける。しかしそれも一瞬掠めた香気に巻かれて眠りの淵へと落とされた。


「表にもう一人いるでしょ。遠慮しないで入っといでよ」


 あなぐりで頭数を掴んでいた波城が揶揄やゆを交じえて声をかけた。逃げ出すようなら香気を広げて捕えるまでだ。ただ、外で寝転ぶ大の男を引き摺る手間がいとわしい。ところが、


「えっ、あれ?」


 外でドサリと倒れ込む音がした。波城自身はまだ何もしていない。外の男が観念してガクリと膝を付いた風でもない。明らかに全体重を地に投げ出す重みを伴った音だ。

 訝しんで半開きの扉越しに覗き込むと――。


「え、何これ。……死んでるじゃん」


 一瞥してそうと見て取ったのには訳がある。潜り戸から漏れる明かりに浮かんだ男の顔色だ。青黒く染まって如何にも毒死といった体を成していた。

 しかしそんなことはあり得ない。例えばここら辺りの路地に毒蛇の類が潜んでいたとして、それがまかり間違って赤土あかはにに棲息するえら張りの猛毒蛇コブラだったとしても、こうもあっけなく死にはしない。絶息に至るまでには短時間でも苦しみ呻き、藻掻いた様子を残すものだ。


「てことはさ? これって毒臥ふすこい辺りの御業で誰かが殺したってことにならない?」

「ちょっと波城。貴女、そんな出るか入るか分からないような中途半端な場所に立って何をブツブツ言ってるの?」

「うわ、びっくりした。驚かさないでよ。帆紋は見つかった?」

「バッチリよ。それでなんなの? そこに何かあるの?」


 ぐいっと妹の張り出した尻をどけて、多比能が半開きの戸板の向こうを見遣る。数瞬固まって身を引っ込めると、扉を閉じて妹を睨んだ。


「なんで殺したの?」

「ちょちょちょ、違うってば!」

「何が違うの? 手違いで死なせたとでも言うつもり?」

「いやいやいや。そもそもあたし、なんにもしてないからね?」


 波城の言葉に嘘は感じられない。それを受けて多比能は小顎に手を当てた。多比能も波城同様、一目で御業による死と見抜いていた。しかしそうなると下手人は誰か。はてな? ということになる。面倒なことになった。と、多比能は小鼻に細かな皺を寄せた。

 先の思案では神旨破りも上等くらいに息を巻いて見せた多比能だが、無為に命を奪うことは勘定に入れていない。しかも死んだ相手がよくない。定かではないが艫乗支部の局長である可能性が高かった。そうなると避けて通るつもりでいたカロの事情にも、当方関わりございませんでは済まなくなる。


「波城。見当は付いてる?」

「さっぱり。多比能は?」

「そうね。裏の絡みが読めないけれど、さっき下で取り逃がした渡人の魔法使いという線かしら」

「それじゃん! だって仮に神なら殺しておいて放っぽってったりしなくない?」

「その点は全く同感よ。でもそうなるとどんな理由の仲間割れ?」

「えー、渡人の考えることなんて……。あ、あれじゃない? 口封じってヤツ」

「なるほど、死人に口なし、か。あの魔法使いは私たちと事を構えるのも辞さない様子だから、動機としては十分だわ」

「でもおかしくない?」

「何が?」

「だって、地下を抜け出した腕前は神の御業だった訳じゃん? 謎の神と魔法使いは一緒に行動してるんじゃないの?」

「確かにそうね」

「なら、この殺しを見て黙ってるような神がいるってことじゃん」

「…………」


 波城の指摘に多比能はこの日何度目かの渋面を作った。

 楓露の神は星霊の意思の下、あらゆる種の生存を貴ぶ。それは決して悪戯に産めよ増やせよというのではなく、時に過酷な生存競争を生じもする。しかし表に転がる死体は明らかにどの道からも外れていた。

 狩りは元より、豚の子殺し、郭公の托卵、人の姥捨て、その何れとも違う殺害。自分たちが一体何に巻き込まれたのか。多比能は訳も分からず苛立ちを感じていた。


「とにかく一度、快波と合流しましょう」

「おけ。この子はどうする?」


 波城が抱っこした仔狼を抱き直すように揺すると、多比能は一瞥もくれずに走り出す。


「しばらく貴女の方で面倒見なさい」

「えーっ、犬の匂いが移るじゃん!」

「狼よ! 乱暴に扱うんじゃないわよっ」

「へいへーい」




 ***




 ガスト・メローが自身、予想だにしなかった末路を迎えた頃。使いからの指示を受け取っ妹婿のネイブは、数名の手下に指示してカロ邸への侵入を図っていた。

 そうした状況に一歩先んじて戻った快波は、三階の書斎で倉庫の顛末をグレンに語り、書斎を出たところで鏡分身からの報告を受けた。


「外の連中が動き出したよ。入って来る気だね」


 声を発したのはローテーブルに置かれたグラスに映り込む快波だ。快波は静かに頷いてグレンを見た。


「侵入者が来る。僕はサリザと赤ちゃんの部屋に行くけど、君は向こうの意図をどう見てる?」

「そうすね。カロが戻る前のこのタイミングからすると、向こうさん疑心暗鬼から抜け出す為の情報が欲しいんだろうと思いますよ」

「情報?」

「つまり、消息を絶った俺の足取りだとか、或いはカロが向こうさんに都合の悪い情報を手にしたんじゃないかとか、その辺りですよ」

「それで君はどうするの? 隠れる? それとも連中を追い返す?」

「倉庫の方を一網打尽にしたって話ですから、こっちもそれでお願いしたいんですが」

「君にやれるならそうすればいいよ」

「えっ、いや。手を貸して頂けるんでは?」

「命が危ないようなら助けるけれど、僕は君のこと好きじゃないんだ」


 バッサリ言い放つと快波はサリザを呼びながら書斎を出て行った。取り残されたグレンは一瞬ポカンとなり、直ぐさま我に返って隠れ場所を探した。

 快波はつい先頃までカロを追い落とす側にいたグレンを本能的に嫌っているのだ。姉二人は渡人の間の事情なんかどうでもいいという感覚が強い為か、こちら側に来たならそれはそれでとざっくばらんな態度を取っていたが、実直一途な快波の性格では中々に割り切れない。

 グレンの方もその点は察していたので、今し方冷や水を浴びせられて驚きはしたものの、それで泡を食って右往左往するということはなかった。


(神様に睨まれたとあっちゃあ、先々の俺の立ち位置も決まったな。とにかく神様受けのいいカロの旦那にべったり付いて、旦那が局長の座に就いた暁にはその右腕にでも収まることだ)


 グレンは胸の内で独り言ちながら棚を伝って天板をずらし、慣れた身のこなしで天井裏に潜り込んだ。音を立てないように這いながら幾つかの梁を越え、書斎から広間の側に移って、僅かにずらした天板の狭間に室内を窺う。

 グレンにとって今の状況は好都合だった。密貿易の一件が神々の私怨に絡んでいたことには大いに肝を冷やしたが、「現場を抑えてしまえば密貿易は潰せる」と入れ知恵をした結果、積荷どころか十名もの人員を捕縛したと言う。

 後はここ数日で根回しを済ませた連中の手を借り、証拠となる現場をガッチリ固め、カロが戻り次第本部へ訴え出るよう仕向ければいい。そうなれば如何に局長といえども言い逃れし切れるものではないのだから。

 グレン自身は内部告発者として微妙な立場に立たされるが、そこで神様受けのいいカロに取り入っておけば、神々の存在に配慮した裁定が望めるだろう。後は人の噂も七十五日。ほとぼりが冷めるまで大人しくしておけばいいだけのこと。

 無論、神々をたばかって悪事に立ち返ろうなどという魂胆はない。これを機に性根を入れ替えて表街道を歩いて行く覚悟は必要だ。年を考えても下り坂に差しかかった今なら、それも悪くはないとグレンは思っていた。


(おっと、来たな。遅れせとも知らずにのこのことご苦労なこった)


 俯瞰の視界にテラス側から一人、階段から一人と、賊が足音を忍ばせながら辺りを窺っている。二人の賊は広間に気配がないことを確認すると書斎の扉へ近付いた。階下から激しい物音が響いたのはその時だ。

 賊は慌てて階段を下りて行き、そこでまた騒音が巻き起こる。何やら揉み合うような、明らかに争いを思わせる物音。グレンは出て行くか否か迷った。迷う内に罵声が届き、その内容に意を決して天板を外し、広間へ飛び降りた。


「空き巣たぁふてぇ野郎だ!」


 酒焼けした銅鑼声が家鳴りのように響き渡る。二階の踊り場から玄関口を覗き込めば、撫で座頭のような禿げ頭の男が賊二人を重ねて馬乗りになっており、その横で今一人、賊の喉元に小剣を突き付ける赤髪の男がいた。


「なんの騒ぎ?」


 グレンの背後で戸が開いて快波が顔を覗かせた。その後ろで赤ん坊を抱いたサリザが不安気に立ち尽くしている。


「よくは分かりませんが、侵入者は取り押さえられたみたいで」


 見たままの状況を口にすると、声を聞きつけた禿げ頭の眼帯男が片目を怒らせながら睨んで来た。


「おい、ラデル! 上にまだいやがるぞっ」

「んなこと言ったって、こいつを抑え込むので手一杯だぜ」


 抜身を手にした相手は自然、声にも凄みが宿って、切っ先を向けられたグレンは慌てて誤解を解きにかかった。


「待て待て、俺は違う。俺はここの家主とは知り合いだ。留守を預かってたんだ」 

「あん? おどかすなよ畜生。おーい、カロさんよぉ! あんたの知り合いだって奴がいるんだが、間違いないねーか確かめてくれ」


 禿げ男が玄関口に投げかけると、相変わらず出っ張った腹を揺すりながらカロ・バーチスが入って来た。


「おお、グレン。こいつは一体どういう状況だ?」

「そっくりそのままお返しするぜ。その二人は誰だ?」


 ひと先ず不法侵入の三人を縛り上げて見分すると、賊の正体はネイブの子飼の調査員だと分かった。それを地下室に放り込んで手早く状況整理に取りかかる。

 カロが帰りがけに伴って来たのは水走に拠点を置く調査員で、眼帯禿げがバースタン。赤毛がラデル。二人は皇大神の肝煎りで青海の各支部を回り、現在水走を中心に進められている神々と渡人の融和策への協力を要請しているのだと言った。


「そうと聞かされて、なら折角だから海神わだつみの皆様にも会ってみてはと持ち掛けた。そうしたら是非会いたいと言うからこうして来て貰ったんだ」


 グレンは眉唾と思っていた融和策の話にどう返したものかと言葉に詰まった。チラリと二階の踊り場を窺えば、斯く言う海神の一柱がじっとこちらの話に耳を傾けている。


「ひょっとして神様か?」


 グレンの視線を追ったバースタンが小声で問いかけた。嘘を吐く場面でもないので黙って頷くと、バースタンとラデルは快波に向けて深々と板に着いたお辞儀をした。と、そこへ。


「戻ったわよー! って、何よこの有様?」


 玄関前の馬車にカロの帰還を知って元気よく中に入れば、多比能の目に飛び込んだのはぐちゃぐちゃに乱れた絨毯に台座から落ちて割れた花瓶の破片などなど。尋常ならざる様相だ。


「お帰り姉さん。とにかく場所を移そう。赤ちゃんが寝てるから、これ以上騒がしくしないように」


 踊り場の快波がそう釘を刺して三階へ向かうと、全員が後に続いてぞろぞろと階段を上って行った。

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