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異世界(まほろば)に響け、オオカミの歌  作者: K33Limited
章の四 護解編
102/172

100 幕間2

 夜刀ちゃんに連れ出された私は御神座を離れて中坪の茅の輪を潜った。やって来たのは見たこともない場所。

 浮島漂う沼沢地は春の柔らかな緑に色取り取りの花色を添えて優し気だ。花から花へ、午後の陽だまりに体の温まった蜜蜂たちがせっせと蜜を集めている。水音に目を向ければ群れて泳いでいる小鮒こぶなたち。

 快い景色を踏み分け歩くと、向かう先に真新しい三ツ鳥居が立っていて、その奥にドデンと構えるご立派な社殿もまた、真新しい木の匂いを香らせていた。


「急に連れ出して、ここはなんなの?」

「神額を御覧なさい」

「神額? えっと、楓……露……? え、どゆこと?」

「ここに祀ることにしたわ」

「何を?」

「今自分の口で言ったじゃないの」

「……えええ!? 楓露って、え? あの楓露? 赤土でったアンチ星霊的な例のアレ?」

「また随分な言い草ねぇ」

「だって。でもなんだってこんな立派な神社を建てたの?」

「寧ろ建てない理由があるのかしら? 星霊と似て非なると言えども、元来この惑星ほしに根付いた意思ある存在なのだから、こうしてお祀りするのが筋でしょう」


 そうなのかな? 今ひとつピンと来ないでいると板の間をペタペタと歩む足音がして、見れば黒い千早に茶袴を巻いた女の子がきざはしを下りて来る。


「え、誰?」

「だから楓露よ」

「はあ!?」


 私の反応はおかしくない。だって突飛過ぎる。こうも立て続けに驚かされたのではまとまる思考もまとまらない。


「おお、よく来たの」

「あ、どうもこんにちは。って、前に会った時と随分違わない!? 厳ついおっさんオーラはどこへ!?」


 思ったことをそのまま口にしたら夜刀ちゃんから肘鉄が飛んで呻く羽目になった。


「如何なる神も主祭は女神と決まっているのだから、そこの所は合わせて貰ったのよ」

「合わせといたぞよ」

「かっる。随分と印象が変わったけど、まあ楓露なら楓露でそれはいいよ。でも赤土の裂け目は私たちが金継ぎで塞いじゃったのに。どうやって出て来たの?」

「こやつに引っ張ってこられた」


 楓露なにがしはズビシと夜刀ちゃんを指差した。

 聞けば夜刀ちゃん、事を思い立って大嶋広しを飛び回ったと言う。目当ては黒坊主。私たちが大地の金継ぎで裂け目を閉ざす以前に地上に放たれていた黒坊主だ。これを引っ捕らえ、そこから無理くりに彼女を引き摺り出したのだそう。

 さすがと言うかなんと言うか、好奇心の塊りと言われる神だけのことはある。思い付いたら即断即決。こうして実行してしまうのだから、それこそ周りは置いてけ堀だ。


「何やってんの?」

「今の説明には色々と語弊ごへいがあるのよ。まあ確かにちょっと急いでいたから雑な対応にはなったけれど、そんなことより大切なのは、このことの意義でしょう」

「意義? どんな意義?」

「その疑わしい目つきを止めなさい」

「そんなこと言ったって無理だよ。自分の口で雑な対応って言ったんだから、その意義とやらもきっと雑な意義に違いないよ」

「口の減らない娘ね。まあ立ち話もなんだから上がらせて貰いましょう」


 仕切り直しとばかりに座をしつらえて三つ巴に腰を下ろせば、夜刀ちゃんはこちらに口を挟む隙も与えまいとつらつら語り始めた。

 聞くならく。楓露に数多あるトーテムは皆、この星を住みかとする命限りある獣。故に大本たる大地に曲がりなりにも意思が宿っているなら、それはトーテムとは別にしても神に比する扱いがあって然るべきだろうと言うのだ。

 尤もだ。強いて異論を挟む余地もない。ただ、気になることはあった。


「楓露さんに聞いてもいい?」

「うん?」

「以前の貴女って私が見るに相当な引き籠りだったけれど、こうして外に引っ張り出されて、その上神社にまで放り込まれちゃって、それで文句はないの?」

「我は楓露の一部に過ぎぬ。根源は今も地の底でまったりしておるからな。いいのではないか?」

「相変わらず軽いな。でもそうか。そうゆう認識なんだ」


 楓露は星霊と違って一にして全という概念は持たない。黒坊主のように一度切り離されてしまえば、その折の意思は携えていても大本の思考とは別個に独自に動くのだ。そのようなことを目張媛まなばりひめから聞かされた。確か、大本から黒坊主へは意思を介せても、その逆はできないのだとかなんとか。

 要するに一方通行なのであって、根源からの意向がもたらされない限り、眼前の楓露は己の意思にのみ従うということ。同時に根源の側は、この女神ナイズされた黒坊主をアンテナ代わりに地上の情報を得ることができる、と。


「当人が納得しているならその点はいいけど。夜刀ちゃん」

「何か?」

「何かじゃないよ。トーテムとして立てる訳でもないのに神社に祀ったところで、信徒が集まることなんてないでしょ? だって加護が下る訳でもないんだから。それなのに祀ったりして具体的にはどんな意義があるの?」

「それは貴女、神々すらそれなくしては存在し得ない大地の神として祀るのだから、そこに意義なしと断じることにこそ無理があると言うものだわ」

「ふうむ。それって神々が祀る神様って位置付けになるのかな?」

「そう捉えてくれて結構よ。上に置くだの下に付くだのの話ではないけれど」

「言うなれば別格的な?」

「というより別腹ね」

「お菓子か!」


 いや、夜刀ちゃんの場合はお酒か。


「それより何より――。今はまだそっぽを向いて神旨を破る神もいるけれど、貴女が楓露と強く結び付きさえすれば、今後そうした事態もなくなるのではなくて?」

「その心は?」

「例えば海の神にしてみれば真神を始め陸のことなどお構いなしといったきらいがあるけれど、皇大神の意思が楓露の意思と如実に知れ渡れば無下にはできなくなるでしょう。この惑星の何処にいようと楓露の恩恵を預かる身の上には違いないもの。違うかしら?」

「それってつまり、楓露を祀ることは私の為にもなるってこと?」

「皇大神の為ではあるわね。ひいては楓露全体の為とも言えるわ。星霊の示す漠然とした指針に沿うばかりでなく、歴然とした足場である楓露の意向を汲めるようになれば、この惑星とそこに生きる者の向かうべき先も、より見晴らしが利ようになるのではなくて? そうなれば舵取り役の皇大神も判断が付き易くなるのだし、身動きだって取り易くなるでしょう? 後は皇大神そのものが正しくあることで如何様にも望ましのかたへ導いて行けるという寸法よ」


 なるほどなあ。

 真央に立つ中柱の神であることを顧みれば、私こそがそうした発想を持たねばならないのだろう。しかし半人前にそこまで求められても困る。いや、求められてはいないけど、この手の話を聞くとひしひしとプレッシャーを感じてしまう。


「そういうことなら。じゃあまあ楓露さん、今後ともよろしくね」

「うむ。相身互あいみたがいにの」


 楓露なにがしは話は済んだとばかりに座を離れ、濡れ縁を蹴って草場に降りた。今や己の庭となった神域の遠近おちこちを駆け回る姿はさながら好奇心を満たそうとする子供のようだ。

 星霊と相争う図式から解き放たれた楓露にあるのは自由のみ。光溢れる世界を楽し気に動き回る姿を追っている内に、私ははたと気が付いた。たった今、願いが一つ叶ったのだと。

 かつて願った形とは大分違っていたけれど、私は楓露と星霊とが疎遠にならずに、どこかで繋がりを持つ仲になることを望んでいた。突拍子の無さにすっかり気付くのが遅れてしまったけれど、その想いは確かに今、叶ったのだ。


「それで話は戻るけど」


 あ、続くの?

 ホッと一息ついでにお茶でもしばいたら解散の流れかなと思ったんだけど違ったみたい。さてはて今度はなんですか。


「北風や西風とも話をしたのだけれど、あの娘たちのやり方として、これまで特に、審神の小杖に絡む話では調査員や宮守衆を先に立てて渡人との衝突に備えて来たのよね。それは詰まるところ、神と渡人とが直接対峙する形を避けようと言う理由だけれど、今回は貴女がそこを押して前へ出るという話でしょう?」

「まあそうだね。だからって何も、ぐいぐい押し出して暴れようって話じゃないからね?」

「当り前よ。それで、何か策は考えてあるのかしら?」

「策? 策って?」

「はぁ……。考えてないのね」

「や、だからそれをこれからみんなで考えようと」

「貴女ってば本当に暢気ねえ」


 暢気とな。しかし間違っても放谷ほどではない筈だ。それを呆れ顔で溜息吐かれたのではいじけ心が色めき立つ。


「考えてるよ!」

「へえ? なら言って御覧なさいな」

「か、考え中」

「いつまでかかるのかしらね」

「とにかく任せておいてよ。自信はあるんだから」

「自信ねぇ」

「何度も言うけど大抵のことは話せば解かり合えるの!」

「そうなの。なら世話ないわねぇ」


 ダメな子を見る目でねちっこく返して来るんだから癪に障るったら。この時ばかりは正に蛇だと思ったね。


「聞く限りだと五つ帆の丸と言うのは幾分厄介な連中らしいじゃないの。貴女はさらりと流れる水のような性分だけれど、相手の方はしんとんとろりと油じみた海千山千。甘い考えは持たない方が身の為よ」

「何か知ってるの?」

「当然よ。忍火から色々と聞かされているもの」

「ずっこい! 忍火さん私にはなんにも言わなかった! なんで夜刀ちゃんには言うの? なんて言ってたの?」

「忍火が言わないものを私が漏らす訳がないでしょう。勘違いおしでないわよ? 大嶋廻りは数多の神々を訪ねて教えを乞うという面もありはするけれど、こちらはこちらで貴女が皇大神として立つに足ると認められるまで試しもするの。貴女は今、忍火に試されているのよ」


 その言葉はストンと音を立てて腑に落ちた。どう考えても夕星や千軽ちゃんよりまっとうに神様らしい忍火媛が、私の見立て通りに抜けた神様であろう筈がない。

 自分の立場を仮免中と認識していながら、まだまだ認識不足だったということだ。なるほど今のこの状況は教官のしごきであり、先生による抜き打ちテストか。

 今思えば夕星のツンケンと突き放す態度も、千軽ちゃんが渡人に付きっ切りになって私を中央高地にほっぽり出したことも、ある種の試しだったかもしれない。

 そこへ来て今度の忍火さんは夜刀ちゃんに次ぐ古株の八大だ。千歳を編んだ神ともなれば新たな皇大神を見極めようとする目も先の二人より厳しくなるだろう。風声媛の厳然とした態度も然り。心媛がポンと金鉱を預けて来たことにだって、私を測ろうという意図があったと取れなくはない。

 そうなると俄然「やってやろう」とはやる気持ちと、「失敗したらまずいなあ」という弱気とが同時に鎌首をもたげてややこしい感情を生じさせた。


「どんな表情かおなのそれは?」

「やる気半分、尻込み半分みたいな感じで……」

「まったく貴女はおバカさんね。いいわ。一つ手を教えてあげるから付いてらっしゃい」


 なんだかんだ手助けしてくれると言うのだから夜刀ちゃんは私に甘い。私も私で夜刀ちゃんにはそんな甘さをいつもどこかで期待している。

 私は野に戯れる楓露に「またね」と声をかけ、再び夜刀ちゃんと茅の輪を潜った。




 ***




「さあさ、こっちへ来てこの鏡の前に立ちなさい」


 転宮へ戻った私は例の御神紋の向こうにある夜刀ちゃんの秘密空間に連れ込まれた。

 相変わらず昼日中のように明るい岩窟。水気を帯びた蒼い岩肌を光る苔が覆っていて、天蓋の中央から張り出す木の根も瑞々しい。その根の真下に咲くのは夜刀ちゃんの分身とも言うべき大きな大きな星霊花。

 私は星霊花が根付く石舞台の上に招かれ、これまた大きな姿見の前に立たされた。


「何をするの?」

移姿うつしよ」

「移姿? なんでまた?」

「狼の姿も人の姿も本来のもの。なればこそ二つの姿を行き来できるというのが移姿の理判ことわりよね?」

「勿論それは知ってる」


 より正しく言えばこの場合の人の姿とは人類の誕生に先駆けて星霊が獣に与えた姿で、始祖人類と呼び習わすものだ。


「以前、ここで貴女の意識やら記憶やらの出自をつまびらかにしたでしょう?」

「うん。地球の話だよね。言ってみれば私の記憶の故郷だ」

「そう。だからこそ貴女には第三の姿があるということになるわ」

「あ、そうかっ。地球人だった頃の私!」

「そう。その姿を纏うことで、貴女は神とも獣とも知られずに人の中に溶け込むことが出来るのよ」

「そういうことか!」


 目から鱗の一言に、近頃は遠ざかっていた前世の記憶が打ち上げ花火よろしく次々と咲き乱れた。


「その様子なら心配はなさそうね」

「え?」

「以前ここで話をした時には、まだ如何ばかりか由来の星に対する思いがわだかまっていたようだから――。けれど今はもうすっかりみたい」


 二の腕に触れて紡ぐ言葉の柔らかさに、夜刀ちゃんの思いやりの深さを感じた。ずっとそのことを気にかけてくれていたのだ。


「ありがとう夜刀ちゃん。でも平気。私もうバッチリ楓露生まれの楓露育ちだから」

「ならよかったわ。じゃあ早速始めましょう」

「おけ!」


 いざと構えて鏡に向かえば、やはり初めての試みというものは緊張するもので、それが在りし日の私の姿を取り戻すことともなれば、否が応でも感情は波打った。

 鏡に映る姿を変化させて行くイメージ。前世の私の、いつ頃の、どのような姿を写し取ろうか。それを煎じ詰めて行くと、ふと、両親が撮影してくれた発表会の映像を思い出した。私が病に倒れる前の、最後の発表会――。

 仲間と肩を並べ、先生の指揮棒に合わせて歌ったあの日。今は遠く離れた星でその歌を歌う。


「更け行く、秋の夜。旅の空の――」


 四季折々の歌を繋げた発表会。秋の出だしは私の独唱。

 選曲を任され、迷い迷った末に、赤とんぼでもなく、ちいさい秋みつけたでもなく、この旅愁を選んだ。


「わびしき、思いに。一人悩む――」


 人は、帰る。命は、還る。

 望ましの景色を求めて何処へなと旅立つ人も命も、心に帰る場所があるからこそ進んで行ける。

 悩んでもいい。迷ってもいい。根を絶やさずに生きてこそ、命は枝葉を広げて何度でも光を求めるから。



 恋しや故郷ふるさと 懐かし父母ちちはは

 夢路にたどるは 故郷さとの家路


 更け行く秋の夜 旅の空の

 わびしき思いに 一人悩む



 窓うつ嵐に 夢も破れ

 遥けき彼方に 心迷う


 恋しや故郷 懐かし父母

 思いに浮かぶは 杜の梢


 窓うつ嵐に 夢も破れ

 遥けき彼方に 心迷う



 切ないばかりの詩行も歌い上げれば心溢れて温もりが広がる。瞼を開けて鏡を見れば、そこにかつての自分の姿が重なっていた。


「移姿――」


 鏡像の手を取るつもりで御業を紡ぎ、鏡から自分自身へ写し取る。若草色の光に全身を包まれて、真神で初めて人の姿になった時のような、ありありとした変化を細胞の一つ一つが感じ取った。


「できた――」


 白拍子の装束はそのままに髪はサラリと黒く流れ、瞳は茶色。若々しさを除けば十人並みの目鼻立ち。ブスと卑下するものでもないけれど、通りで誰かが振り返ることもない。鏡はそんなかつての姿をくっきりと浮かべていた。


「そう。これが貴女なのね」

「変じゃないかな? 今と背丈は変わらないくらいだけど、ちょっと野暮ったい感じ?」

「別にそんなことはないでしょう。嶋人寄りではあるかしら。でも土っぽくもなく垢抜けているから、渡人の雰囲気もあると言えばあるわね」

「いっそハーフな感じ?」

「はーふ? ああ、相の子という意味ならそうね。いずれにせよ、その姿であれば神と悟られずに渡人と接することも可能でしょう」

「うん! なんだかワクワクして来た」

「それは重畳。その代わり、この手を使う時は単独行動になるだろうから、軽率な真似はしないことよ」

「だね。あ、でも調査員のみんなとなら一緒でいいよね?」

「それも誰彼知っているとなっては意味もないのだから、自分で料簡りょうけんなさい」

「分かった。ところでなんだけど、私、渡人の服って一着しか持ってないんだよね。それもおめかし用のだから目立っちゃう感じで」

「それなら私が取って置きのを用意してあげるわ」


 夜刀ちゃんは含むような笑みをたたえると、物招ものおぎで風呂敷包みを取り出した。私の要望通り地味色の服一式が収まっているらしい。私はお礼を言って包みを輪違わちがいに仕舞い込んだ。すると夜刀ちゃんが両掌を差し向けて来る。


「何、その手?」

「何って、お礼がまだじゃないの」

「ああ、お礼ね。はいはい」


 珍しく催促して来る夜刀ちゃん。それを受けて私は輪違の中から有平糖の巾着袋を取り出し、一粒の飴玉を掌に乗せてあげた。


「はい、どうぞ」

「何これ?」

「有平糖っていう渡人の新作お菓子。独特な口溶けが堪らないよ。試してみて。美味しいから」

「結構よ。これは貴女がお舐めなさい」


 そう切り返して夜刀ちゃんは摘まんだ飴玉を私の口へ押し込んだ。早速ほろほろと崩れて溶ける有平糖。美味しいのに勿体ない。


「ふぁんはほひいほのへもありゅろ?」

「飴玉しゃぶりながら話すんじゃないの。みっともない」

「んっく。だっていきなり口に突っ込むから。で、お礼って何か他のがいいの?」


 問い合わせると夜刀ちゃんは人差し指をすりすり合わせながらもごもご言った。可愛いけど意味わからん。


「貴女あれでしょ? 風の噂に聞いたのだけど、護解の二宮で、その……。貰ったらしいじゃないの」

「ん? 護解の二宮って言ったら蚕種こたね神社だね。私なんか貰ったっけ?」

「惚けるんじゃないわよっ、私が聞き間違うとでも?」

「いや別にそうは言ってないじゃん。何むきになってんの? そもそも噂って――」

「いいから、ほら。持ってるんでしょ」

「だから、はっきり言ってよ。分かんないってば」

「反物よ! 二陪ふたえ姫から貰ったって知ってるんだからっ」

「反物……?」


 しばし考え込む。するとおもむろに御白様こと二陪姫のぷるぷるプリティフェイスが思い浮かんだ。


「ああ! 持ってる持ってる。いきなり涎垂らしたと思ったらそれで反物を作って確かにくれた。うん、あれは驚いた。だってその後急に倒れちゃうんだもん。え、何? 夜刀ちゃんあれが欲しいの? ただの真っ白な反物だよ?」

「ただのって貴女……。いいから見せて頂戴な」


 とんだけ必死なんだ。そう思いつつも言われるままに反物を取り出せば、夜刀ちゃんたら奪い取るような勢いで一尺ほど絹を広げた。


「ああっ、素晴らしいわ!! これ頂戴!」

「え、いいけど……」


 ぶっちゃけドン引きだよ。確かに奇麗な白絹だけど、どんだけ目ぇ輝かせてんのさ。


「なんならついでだし、これもあげよっか?」


 言って差し出したのは水門みなと神社のたぎち姫から頂戴した鰐皮。革ではなく皮の状態のままだ。例の霊塊たまぐさり騒ぎの時に「剥けました」と言って何故だか私にくれたもの。扱いに困っていたので丁度いい。


「貴女、他所の神から頂いたものをホイホイ差し出すものではないわよ?」

「ちょっと待って、どの口が言うの? たった今奪うようにして反物取り上げたよね?」

「これは第三の移姿を教えてあげたことに対する返礼の品でしょう」

「まあそうだけど……」

「あ、でもそうね。こんな素敵な品を頂戴したことだし、その皮で何かこさえてあげましょうか」

「えっ、いいの?」

「勿論よ」


 夜刀ちゃんはかつてないほどの上機嫌で肯定した。放っといたら腕の中の反物相手にダンスを始めかねない勢いだ。


「あ、そうだ。だったら私だけじゃなくて阿呼の分も作ってくれる?」

「それは構わないけれど、何故?」

「私も阿呼も水追月の生まれだから」

「だから?」

「あ、そか。大嶋は数えだもんね。私、この姿の時は渡人と同じで生まれた日を祝う習慣があったの」

「ああ、そういうこと。分かったわ。二人へのお祝いの品ということね」

「そそ」


 本当は春告神事のお祝いムードにかこつけて誕生会でもやろうと考えていたのだけど、色々とバタバタの最中でもあるし、今回はこれで手を打つことにしよう。


「ところでその反物。どんだけいい物なの?」

「返さないわよ?」

「誰もそんなこと言ってないよね? あげる。あげるけど、どういったものなのかくらい教えてよ。価値も知らずに手放しただなんて御白様に言えないでしょ」

「それはそうね。でも、価値を知ったからって返せと言われても聞く耳は持たないわよ?」

「しつっこいね。大丈夫だってば」


 まるっきり子供みたいな夜刀ちゃんに辟易しつつ聞き出した内容がこちら。

 曰く、蚕種神社の代々の主祭が紡ぐ絹糸は、そのこと自体が一紀か二紀、即ち百年か二百年に一度しかないらしく、そのほとんどが暗宮に献上されてしまう為、こと入手機会という点に於いては星霊花を凌駕するほどの希少価値があるのだそう。

 また、その糸で織られた反物は織物の最上位と目され、着物に仕立るばかりでなしに星霊花同様、神宝の素材としても重宝されると言う。そうした点から神々の垂涎の的だそうな。

 暗宮以外の神様で反物を入手した者となると、歴史を紐解いても僅か一握り。夜刀ちゃんすら今まで一反も手に入れたことがなかったらしい。今の様子を見るにつけ、恐らく過去に相当な催促をしたのだろう。その全てが空振りとなればそりゃあこうも欲しがる訳だ。


「全然知らなかった。やっぱり返して」

「いやよいや! 絶対にいやっ!」

「冗談だってば……」


 大丈夫かなこの駄々っ子万古神。噂で聞いたとか絶対嘘だよね。私が蚕種神社に立ち寄ったのを聞きつけて根掘り葉掘り調べ上げたに違いないよ。とは言え、これだけ欲しがる夜刀ちゃんの手に渡ったなら反物も本望だろう。


「それにしても夜刀ちゃんすら手にしたことがないなんて凄いね」

「そうなのよ。蚕種の主祭筋は臆病で人見知りな上に気難し屋と三拍子揃っているから頼んだところで中々ね。代替わりの祝儀が最大の好機なのだけど、そもそも初代の私にそんな機会ありはしないもの。皇大神でもこの絹を身に纏ったのは穂刈ほかりくらいなものよ」

「穂刈様って言ったら二代目様だ」

「そう。あれは歴代の中でも特に出来のいい娘でねぇ。人類の誕生から千年の時を牽引して来た娘よ。貴女と違ってそれはそれは聞き分けもよくて」

「はいはいそーですか。私は仮免中なんだから、ご先祖様なんかと比べないでよっ」

「そんな風にきゃんきゃん吠えもしなかったし」

「むがちん!」

「まあ貴女もいずれは穂刈の纏った裙帯比礼くたいひれい物具もののぐ装束を身に纏う日が来るわよ」

「それって……」


 間違いない。私が真神を旅立つ日、お母さんが着ていた白一色の清浄な装束だ。忘れもしない。皇大神という存在を絵に描いたらこうなるというお手本のような神聖さだった。


「あの衣装かぁ。お母さんは白狼だからとっても似合ってたけど、私の髪って秘色ひそくだもんなぁ。似合うかな?」

「貴女、そういうのなんて言うか知ってる?」

「何が?」

「捕らぬ狸の皮算用って言うのよ」

「むがーっ! いちいち一言多いんだよっ」

「はいはい。そろそろ戻りましょう。皆が首を長くして待っているわよ」

「んもう!」


 何だか妙な蛇足が付いたけど、第三の移姿を体得した私と念願の反物を手に入れた夜刀ちゃん。それぞれに得るものを得て向かう先は皆の待つ奥殿。そこで今後のことを軽く打ち合わせたら、ここ数日の賑やかさともおさらばだ。

 その先は一つ、気を引き締めて五つ帆の丸対策に取りかからねば――。

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