098 晴れの舞台の裏側で
水走の参道は二の鳥居を潜ると、鎮守の杜を真っ直ぐに拝殿前の三の鳥居まで続いている。
杜の参道は水路はそのままに沿道は石畳から土道へと変わる。沿道の並木は大蛇楠で、横へと伸びる枝張りが参道に覆い被さって摩訶不思議の様相を呈していた。一見通せんぼにも感じられる枝張りを這うように躱して潜るのが習わしで、蛇這いの道と通り名されている。
当然、素走詣の参列や腰の曲がった老骨には困難な道なので、大外に林道が用意されている。それら参道、林道を埋め尽くす人並に紛れて、レブ夫妻は拝殿を目指していた。
「今年は二の鳥居を潜る人の数が多いですね」
カルアミは二の鳥居を潜りながらレブに話しかけた。
沿道での首刈とのやり取りを見かけたからと、カルアミ自身、皇大神の知己である旨を告げての同道だ。語った素姓に嘘偽りはない。ただ、護衛の意図は明らかにしていなかった。
「例年だと蛇トーテムの信徒以外は素走詣を見て引き上げる人が多いんだけど、今年はあの騒ぎだったから、トーテムを問わず参拝する人が多いみたいだね」
レブの言葉通り、皇大神を乗せた舟を追うように、誰も彼もが手に手に満開の梅が枝を持って参道を進んでいた。
「私も狼トーテムですから、ここを通るのは初めてです」
「狼トーテムなのか。なら首刈ちゃん、いや首刈様もさぞ喜んだろう」
「ええ。それはもう畏れ多いほどに。それに、貴方の話もよく耳にしました。首刈様は神庭へ行くことがあったら貴方の店に寄るようにと、会う人会う人に薦めていらっしゃるんですよ」
「まじかよ。嘘だろ……」
もう何度目か分からない冷や汗を流して、レブは大蛇楠の枝を潜った。後々、行列のできる喫茶店として神庭一の店を切り盛りすることになるレブも、今は困惑に囚われた冴えない中年男でしかない。
そんな様子を見てカルアミはそこはかとない敬意と感謝の念を抱いた。何故ならこの男こそが首刈皇大神にとって初めての渡人の友人であり、その人柄があったればこそ、大嶋の最高神が神々と渡人との融和を考えるに至った。そう感じられたからだ。
となれば万が一にもこの男を面倒事には巻き込めない。それこそ首刈が最も厭うことであるに違いないのだから。
「三の鳥居だ。ようやく拝殿に着いたな」
三の鳥居は脇鳥居を持つ三輪鳥居と違って、二本の柱に注連縄を通しただけの注連柱だった。縄を蛇に見立てたそれは如何にも転宮の鳥居に相応しい。注連縄の上にはずらりと並んだ鶯が黄色い声で囀っていた。
「首刈ちゃんの舟はないな」
「恐らく隧道をそのまま行かれたのでしょう。この隧道は本殿まで続いていると言われていますから」
一の鳥居同様、三の鳥居の真下には水路を呑み込む隧道が口穴をあけていて、下る闇へと勢いよく水が流れ込んでいる。
「そうだ本殿! 今年は行けるって、さっき首刈ちゃん、いや首刈様に言われたんだけど、本当なのかな?」
「ええ。素走詣も様変わりしたように、今年は本殿まで行けるそうですよ」
「おお、遂にっ」
レブは妻と手を取り合って喜んだ。八大隠遁の時代にあって、転宮は他の八大宮とは異なり、拝殿から先を閉ざしていた。他の宮に行けば臨める本殿も、ここ転宮では五百年間封印されて来たのだ。
生まれてこの方一度も拝むことのなかった信仰の中心に行けるとなれば、信徒ならざるカルアミにもその気持ちはよく分かった。何故ならカルアミの信奉する狼トーテムでこそ、拝殿はおろか遥か手前の二宮にさえ訪れること叶わぬ禁足の地にあるからだ。
「カルアミさん聞こえます?」
突然の風声通信を受けて、カルアミはレブ夫妻に先へと勧めて拝殿に向かわせると、手近な大蛇楠の蔭に入った。
「石楠さん? どうしました?」
「それが、実はモレノを見失いました」
「モレノを? どの辺りでですか?」
「元居た場所の付近です。首刈様の歌に気を取られている隙に、まんまと姿を晦まされてしまいました。ひょっとしたらそっちに現れるかもしれません」
「私は見ていません。注意はしておきますが、ここは今、人が多過ぎて見つけ出すのは至難です」
「ですよね……。あ、レブさんの方はどうですか?」
「特に接触してくる者はありません。今は拝殿に上がっています。私もこれ以上目を離す訳には行かないので、モレノの件はそちらで対処願います」
「分かりました。もし、万が一にでも見かけたら知らせて下さい」
「了解です」
通信を終えたカルアミが拝殿へ急ごうと楠の蔭を出ると、鉢合わせに満開の梅が枝を手にした浴衣姿の渡人の少女と目が合った。じっと覗き込むような視線に違和感を感じたものの、見た目も気配もごく普通の少女。カルアミはやり過ごすように会釈をして脇を抜け、レブ夫妻の元へと急いだ。
***
真神の行列が遠ざかると、沿道の人波は二の鳥居へと流れ始めた。
篠笛と桶胴のお囃子。見世清搔や獅子舞といった通り神楽と連れ歩いて鎮守の杜。
エレンは借り物の浴衣を引っ掛けるのが嫌だからと大蛇楠の参道を避け、マウロの手を取って大外の林道から拝殿を目指した。
「マウロ」
「ん? あった?」
「そうじゃないわよ。今、ほら、あそこのお姉さん。なんかあんたの叔父さんの話をしてたみたいよ」
「えっ、叔父さん? なんの話さ?」
「私が知る訳ないでしょ。とにかく、モレノモレノって二回は言ってたわね。ひょっとして知り合い?」
「どの人?」
「あの人。アンティックゴールドの髪にグレーのターバン巻いてる、ほらあそこ」
浴衣の袖を押さえてエレンが指を差す。ターバンは格好の目印になって、マウロは直ぐに目当てを見止めた。そしてその独特な出で立ちに、覚えのない相手だと分かる。
「全然知らない人だよ。あの格好なら一度会えば覚えてる」
「あっそ。別に私は関係ないからいいけどね。それより早く双社を見つけてよ」
「別に僕が行きたい訳じゃないのに……」
「煩いわね。どうせ私もあんたも蛇トーテムじゃないんだから、本殿より双社のご利益が先なの!」
「どんなご利益なのさ」
「いーから探す!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はいっ」
双社は転宮の分社で正しくは大蛇神社。祭神は石穿滴姫命と石砥潦姫命だ。
夜刀媛の従神であり、双子の姉妹という結び付きから、縁結びにもご利益があると実しやかな尾鰭話が付いて回っていた。
無論、この手の話は年頃の女子界隈に広まるもので、男子となるととんと疎い。その上、幼馴染の間柄に慣れ切ってしまったマウロはエレンの如何なる素振りを見ても何をか察するという気配が微塵もないのだ。無論、仲の良さを見れば互いに憎からず思っていることは明らかだが、如何せん好意の軸がズレている。
さすがのエレンも、これでダメなら他の男に乗り換えてやろうかな? などと当てもないのになおざりな気分になって、前を行くマウロの背に穴でも空けと睨んでみたりするのだった。
「そういえばモレノ叔父さんてさあ」
「なんだよ。また叔父さんの話?」
「またって何よ。あんたが見ず知らずだって言う女の人が口にしてたんだから気になるじゃない」
「そうだけど。何かは知らないけど首刈様も叔父さんのこと気にしてるみたいだったんだよね」
「そうなの?」
「うん。こないだ一の鳥居の近くで叔父さんを見かけた気がしてさあ。そうしたら首刈様がどこどこって、随分慌てた感じだった」
「何よそれ。妙な話ね」
「うん。僕もそう思った」
「実際のところはどうなの? あんた、叔父さんを見たの?」
「多分見たんだと思う。あれは十中八九、叔父さんだったと思うよ」
エレンはここで情報を整理してみることにした。
第一に首刈とモレノとの接点。これはマウロが首刈たちを自宅に招いた折、モレノがありきたりな土産物の楯を置いて行ったということ以外にはない。その際、モレノと顔を合わせたのはマウロだけで、首刈にとってモレノは話に聞くだけの会ったこともない相手、ということになる。
「一の鳥居で見かけたって時に、首刈様はどんな感じだったの? 詳しく」
「ええ? そうだなあ。なんとなく飛び付いてくる感じで、どうしたんですかって聞いたら、楯のお礼を言おうと思ったって言ってたかな。今思うとなんだか取って付けたような感じはするけど」
「ほうほう、なるほど」
世の常識か良識かは知らないが、頂き物をしたらお礼をするというのは当たり前のことで、折り目正しい神々であればこそ尤もな話だとエレンは思った。けれどもマウロが訝るほどの食い付きを見せたと聞くに付け、その点はやはり腑に落ちないものを感じた。
そもそもが何故、モレノは水走にいるのだろうか。エレンの知る限りカッソーラ家の人々は揃って黒鉄の野衾トーテムを信奉している。モレノ一人が宗旨替えしたなどとはついぞ聞かない。
例えば今年の素走詣が格別であると話に出回っていたなら、それ見たさに足を伸ばす道理は分かる。或いは五年に一度の式年神楽の年であっても物見遊山で納得は行く。が、事実はいずれにも該当しない。
そこへ来てたった今出くわした謎の女だ。マウロすら身に覚えがないという相手をエレンが知ろう筈もない。そんな相手がどんな理由でモレノと接点を持っていると言うのか。
そこまで考えてエレンは一旦思考を巻き戻した。どこまで巻き戻したかと言えば「そういえばマウロの叔父さんてさあ」と発した辺りまでだ。
エレンはぶっちゃけモレノをうろんな人物だと思っていた。マウロの両親同様、江都の工房区画で土産物を作る仕事をしているのだが、精々が例の楯を拵える程度で、マウロの両親ほど商会から腕を見込まれている訳でもない。暮らし振りも褒められてものではなく、未だ独り身でふらふらとしている。かてて加えておかしな連中ともつるんでいるらしく、漁師をしているエレンの父などは、あからさまにモレノを煙たがっていた。
「私、一度見たことがあるのよね」
「何を?」
「あんたの叔父さん。もぐらトーテムの信徒だなんて言われてる連中とつるんでるのよ」
「もぐらトーテム? それって黒鉄の土竜神社のこと? 叔父さんは昔から尾披神社の野衾信徒だけど」
「もぐらって言うのは俗な符号よ。あんたも噂くらい聞いたことない? 地下で集会開いてる連中がいるって言う妙な噂」
「初めて聞いたけど。それが何?」
「何かは知らないわよ。でも、絡んでんじゃない? だっておかしいでしょ? 首刈様の態度も、あんたの叔父さんが水走にいるってことも。さっきの女の人が叔父さんの名前を口にしてたってことも。マウロはなんとも思わないの?」
「そう言われればそうだけど」
「大体、叔父さんが盾を持って来たのは先月の十九日よ? 今は何日?」
「水追月の一日だね」
「ほら、十日かそこらしか経ってない。江都から大巳輪まで徒歩なら二十日以上かかるわ。乗合馬車や馬借の馬を乗り継いだってギリギリ間に合うかってところでしょ?」
マウロは頭の中でカレンダーを捲った。自分たちは首刈の計らいで茅の輪を跨いだだけだから、そうでもしないと想像が追い付かない。
「確かに、いつも父さんにお金の無心をしてる叔父さんにしては、馬車も馬借もピンとは来ないね」
「ほら見なさい」
「でも、だから何?」
「探そ」
「え? 探すって叔父さんを? 今から?」
「他に誰を探すって言うのよ。どうせどっかの宿にでも泊まってるんだから、引き払う前に見つけ出して首刈様に教えてあげようよ。そうすれば一体全体なんだったのかが分かると思わない?」
「まあ、エレンがそれで気が済むって言うなら僕は構わないけど」
「よし、決まりね!」
「双社の方はいいの?」
「双社は足を生やして逃げたりしないでしょ。行くわよ」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はいっ」
***
石楠とカリューがカルアミと別行動になって、皇大神の歌う水走の歌に聞き入っていた頃、監視の目を察したモレノは人垣を掻き分けて路地裏に抜け出していた。
「どうも昨日からこっち、調査局の連中が湧いてやがる。こういう時は下手を打つ前に引っ込んでおくに限るぜ」
路地裏には参道表にある宿の調理場や、店々に並ぶ土産物の加工場、商いをする者たちの家々が軒を連ねている。
素走詣の最中には人が溢れていた枝道も、参拝に流れ出した今は蛻の殻。モレノは慣れた足取りで迂回を繰り返し、下の角屋に戻って部屋を引き払った。
「世話になったな」
と、勝手口を借りて宿を出る際も抜け目なく辺りを窺って、所替えとばかりに渡人が暮らす石造りの区画を目指して歩く。
恐らく監視者はこちらが人混みに紛れたと見て、今頃は躍起になって人並を泳いでいることだろう。そんな思案に鼻を鳴らしてニヤついていると、不意に通りかかりの軒下に戸口が開いて、「入れ」と耳覚えのある声に呼び込まれた。
「ローハンの先生じゃないですか。どうしてまた」
背後にピシャリと戸を閉じれば、目の前に立っているのはお見知りおきの相手。ザザ・スーラ同様、五つ帆の丸の中核を担う魔法使いだった。
「ザザに頼まれて様子を見に来た。大巳輪の同志から繋ぎが入って、急いで来たのだが、今年の素走詣は何やら凄かったらしいな」
「それなんですよ。いやぁ俺も驚いたのなんので、うっかり棒立ちになってたらいつの間にか周りを調査局の連中に囲まれちまいまして。今はどうにか抜け出して、河岸を替えようってところだったんですよ」
「そうか。それで、皇大神に何か目立った動きはあったのか?」
「どうですかね。こっちも遠間から張ってるだけなんで、細かな動きまでは掴めませんよ。ただ、素走詣の締めは皇大神の参列でしたから、目立ったと言えばそれですかね」
「何? 八大神ばかりか皇大神までもが参列したと言うのか」
「ええ、この目で見ましたから間違いないです」
ローハンは長衣の袖内で腕組みをして渋く唸った。
「それはある種の牽制かもしれんぞ」
「どういう意味です?」
「実は青海で問題が起きた」
「問題? と言いますと?」
「七代皇大神の神旨によって神々はこれまで、渡人との間に諍いを起こさぬよう振舞って来た。その神旨が破られたのだ」
「神旨ってのは俺なんかにはよく分からないんですが、どの程度まずいんですか?」
「相当にまずい。神旨が破られれば事は八百万の神々に周知される。此度の素走詣も見ようによっては、融和策の絡みで我々の存在に気付いた皇大神が、神旨破りを機として大々的に動くとの意志表示をしたとも取れる」
「ならこんな場所で悠長に構えてる場合じゃなんじゃあ?」
「元よりザザからは君を連れ出すように言われている。参道の外れに馬車を付けてある。急ぐとしよう」
ローハンが戸口へ向かうと、モレノは先回りして戸にかかる手を止めた。
「なんだ?」
「気配が。この辺りは軒並み参拝に流れて、旅客も住人も出払ってる筈なんですが」
息を殺して格子の隙間から路地を覗くと、革服や軽装の鎧を身に付けた調査員らしき二人組。戸口を叩いて声かけしては、首を突っ込んで無人を確かめている。
やがて二人の潜む戸口が叩かれ、物陰に隠れてやり過ごすと、閉じられた戸板越しに立ち話が漏れ聞こえた。
「この辺りにはもういそうにないな」
「宿も引き払っていたし、今頃は大巳輪を離てるかもしれない」
「そうなると上手くないな」
「ああ、優曇華宮の調査の件か。それなりに人手を割いているから、どこかで奴の耳に入った可能性はあるだろう。それより、皇大神様が直々に出向くという話はどこまで本当なんだ? お前聞いてるか?」
「いや、具体的なことは今日の本宮が済んでから決めるって話だぞ。多分、選抜した人員で調査隊を組むんだと思うが」
「それを皇大神様が指揮する訳か。俺は赤土に行きそびれたし、選抜隊には加わりたいな」
「大巳輪支部は関わらないだろ。優曇華宮ってのは護解にあるんだ。土地鑑のある向こうの調査員から選ぶんじゃないか」
なんだそうか、とぼやき調で遠ざかる調査員たち。物陰でじっとしていたローハンとモレノはドッと息を吐いて立ち上がるや、今し方の話に目を白黒させた。
「優曇華宮の調査って言ってましたよ」
「皇大神の指揮ともな」
「こうなるともう店仕舞いですかね」
「それは我らの神が決めることだ。今は一刻も早くこの場を離れるぞ」
「いや、あいつら人数を割いてると言ってました。もう一組くらい回って来ないとも限らないんで、少し時間を置いてから出ましょう」
場慣れしたモレノの計らいで、二人はしばらく時を過ごした。鎖を引くような時間が過ぎて行くと、案の定もう一組の巡回班が通り抜けて、頃合いと見た二人は裏口から馬車を目指した。
壁伝いに置物のされた狭い道を縫って行くと、しばらくして目抜きの転宮街道が近付いたのか、人通りの気配が伝わって来る。
「あっ、いた!」
不意に横手の小径から声がかかり、咄嗟に目を向けたモレノは肝を冷やした。
「お、お前、なんでこんな場所に」
「それはこっちの台詞なんだけど」
「そうよ。あんた何をコソコソやってる訳?」
甥っ子とその連れの登場に泡を食うモレノの後ろでは、壁蔭に身を画したローハンが長衣の袖から短仗を出して機を狙っていた。
「コソコソとは聞こえが悪いな。俺はまあ、その、なんだ。行楽がてら素走詣を見に来たってだけで、それも済んだし帰ろうかなと思ってな」
「行楽はいいけど、どうやって来たのさ。江都から大巳輪までは随分かかるよね?」
「馬だよ馬。馬借の馬を乗り継いでな」
「それにしたってよっぽどカッ飛ばさなきゃ間に合わないでしょ。そんなに慌てて、行楽が聞いて呆れるわ」
「アマッ子は黙ってろ。相変わらず喧しい奴だな」
「カチンと来たわね、この兵六玉」
「よしなよ、エレン」
「何がよしなよ。ちょっとあんた、後ろ暗いところがないって言うなら丁度いいわ。首刈様がこないだの楯のお礼をしたいって言ってるから、今から付ていて来なさいよ」
予想外の話運びにモレノは言葉を詰まらせた。すると背後に身を隠していたローハンがやおら角から身を晒し、マウロとエレンに短仗を突き付け御業を放った。
「微睡!」
あっと見開かれた当たりの目がとろんと溶けて眠りに落ちる。ドサドサッと折り重なる二人を見てモレノは勢い振り返った。
「何てるんすかっ、俺の甥と家ぐるみで付き合ってるところ娘っすよ!?」
「騒々しくするな。まさか言われるままに皇大神に面通しする訳にも行かないだろう」
「そりゃそうですけど……」
「このまま捨て置けば直ぐに露見して騒ぎになる。連れ出してどこか離れた場所に置いて行くぞ」
「道中に捨ててくんですか?」
「いや、どこか適当な。そうだ、無人宿ならいいだろう。当座の路銀を持たせておけば心配あるまい」
「それならまあ」
「それに、そうすることで皇大神の出足も鈍る。その分優曇華宮への手回しが遅れるのだから、対策を練る時間もできる」
モレノは不承不承納得した。モレノのような破落戸でも肉親の情というものは強い。そこには渡人が長らく大嶋に溶け込めず、互いを頼りき生きて来たことも大きく影響している。取り分け血の繋がりは重んじられるもので、渡人社会では家族主義的な側面が多分に見られるのだった。
モレノはローハンと手分けをして甥っ子らを担ぎ出し、馬車に乗り込むと街道を南に下って行った。




