008 仰げば尊し
空腹を満たした私たちは薄墨色に曇る空を見て、少しでも先へ進もうと足を速めた。
荒れた道に足半の草鞋。剥き出しの踵に尖った石を踏まないようにして急ぐ。三つ目の村跡を過ぎても天気は下り坂のまま。四つ目の村跡に差しかかった頃には気温も随分と下がって、吹き止まぬ風が恨めしく感じられた。
「お姉ちゃん、あとどのくらいかな?」
「どうだろ。放谷、暗くなる前には着けそう?」
雑木の杖と重ね持ちした槍を扱きつつ、私は放谷に振ってみた。
「んー、今の分だと着くのは夜にはなりそうかなー。なんならあたいに乗ってくかぁ?」
右に左にとひょこひょこ体を揺らしながら進む放谷。その提案に少し考えてから私は頭を振った。
「まだいい。大嶋廻りの主役なら自分の足で歩かないとね。でも、すっかり暗くなったら乗せて貰うかも」
「おー、その時は言ってくれー」
何せ都会の夜とは違うのだ。月が雲に隠れでもすれば蜘蛛隧道みたいに真っ暗闇になってしまう。移姿を使えない私と阿呼は、狼になって夜目を利することもできない。
「ねぇ、お姉ちゃん、なんだか声がしない?」
袖を引く阿呼は神妙な面持ち。今や谷は無人の筈。狼の声もしない。けれど、風の音を聞き流して行くと確かに声のような響きを感じた。しかもこれは――。
「どーしたー?」
放谷は私たちほど耳敏くないのかキョトンとした様子でこちらを見ている。私は人差し指を立てて唇に当てた。
「子供の泣き声だと思う。付いてきて」
声を抑え、足音を忍ばせて村跡を横切って行く。
ここに到るまで、今朝の遠吠えを皮切りとして、遠間に鳥や獣の気配を感じることはあった。けれど人の子の声とは予想外だ。無人の谷に何故? 親も近くにいるのだろうか。
殊更に息を殺して、まるで泥棒にでもなった心境で進むと、見えてきたのは崩れた壁のような石組。かつての村の境界線か。いずれにせよ声はその向こうから聞こえてくる。
「首刈ー」
「何?」
「子供の泣き声ってのは妖がよく使う手だから、気を付けろー」
「まじか」
どうもこの旅、出だしから妖づいている。まんまと引き寄せられてしまったか。
私たちは干乾びた苔がこびり付く石組に身を寄せて、互いの目を覗き込んだ。呼吸を整え、「いい? 行くよ」と目配せして、潜望鏡のように頭を出す。
目に映ったのは幼い男の子と女の子。そしてその前に横たわる一頭の狐だ。見た目には妖かどうか判別が付かない。
狐の方は明らかに事切れている様子で、物言わぬ骸を二人の幼子が揺さぶりながら泣いている。歳の頃は三つか四つ。随分と幼い。二人とも柔らかそうな毛に覆われた狐の耳と尻尾を生やしていた。様子を確かめた私たちは狼狽しつつ、再び石組の陰に身を隠した。
「どういうことだと思う? 妖怪の類には見えないけど」
額を突き合わせて二人に問う。
「妖じゃないと思う。親狐が死んじゃって泣いてるみたい」
阿呼の答えは私の推測と同じだ。ただ、これが狩りの犠牲だとしたら下手に手を出すことはできない。貴い糧を掠めることになってしまうからだ。さて、どうしたものか。
「あれは野暮らしみたいだなー」
その言葉を受けて私は眉間に刻んだ思案の縦皺を解いた。野暮らしというのは御業を使えるほどの者が、敢えて野の獣として生きる道を選んだその生き様を指す言葉だ。人の暮らしの便利さよりも野に生きる厳しさを取る。生まれたままの姿で生きる者たち。
真神の狼たちも人の姿は滅多に見せない。禁足地で人に相対する機会もないと言うのが大きな理由だけど、野山で自由に暮らす姿は野暮らしそのものと言えるだろう。
「どうしたらいいと思う?」
間近で輝く放谷の空色の瞳を覗き込む。
「ほっとくさー。野暮らしには関わらないのが普通だー」
しゃがみ込んだ膝の上に腕組みをして、放谷は随分とあっさり言った。けれどもそれは放谷の情が薄いとかではなく、野暮らしに対する極普通の反応なのだろう。それは分かる。分かるのだけど、さりとて私の情は拒んだ。
「でも、あんな小さい子たち放って置いたら直ぐに死んじゃう。助けてあげるべきでしょ?」
率直に言うと、阿呼は俯きがちに考え込み、放谷は取り立てて様子が変わることはなかった。
「そーは言うけど、それを選んだのが野暮らしだからなー」
返ってきた言葉は私の同情心を痛く刺激するもので、自分でも頭に血が上るのがありありと分かった。
「選んだのは親でしょ! あんな小さくちゃ選べる訳ないっ」
思わず声が大きくなって、阿呼に「しぃー」と窘められてしまった。私は咄嗟にテヘペロこっつん。取り繕って直ちに真顔に戻し、声のトーンを一段落とした。
「とにかくさ。あの親が狩られたのかどうか確認して、そうならそのまま子供だけは保護しようよ。ダメ?」
こんな状況で放っては置けない。そんな判断はあり得ない。前世持ちの感覚が楓露に馴染んでいるとかいないとかは別にして、今のこの気持ちに他でもない、二人の共感を得たかった。
「阿呼はいいけど、でも、もしちがったら? 病気とかかも」
「それなら埋めてあげよう。それでやっぱりあの子たちは保護したい」
妹の肯定を胸に握りしめて、私は後半の問いにそう答えた。
「でもお姉ちゃん。私たちじゃとても育てられないよ?」
阿呼の言は尤もだ。見た目最年長の私ですら十かそこらの子供なのだから、到底子育てなどできはしない。
「だよね。分かってる。だから放谷」
「え゛? あたい無理だよぉ」
何を早とちりしたのか、放谷は両手を振って拒否しながら、空色の瞳をあらぬ方へと泳がせた。
「ばか、何勘違いしてるのよ。三宮のことを聞きたいの。あの子たちを預けられたりしないかな?」
「あ、あー、三宮なら、うん多分」
ヒソヒソと話し込んでいると、石組の向こうから「誰かいるの?」と恐々した声。さっきの私の声が聞こえていたのだろう。私は阿呼と放谷を交互に見て頷くと、意を決して姿を晒した。
「だ、だぁれ?」
怯えた様子の二人は男の子が女の子を庇うように、身を寄せながらこちらを見上げている。私は笑顔と身振りで、少しでも二人の不安を和らげようと試みた。相手は園児、私は保母さん、そんな暗示をかけながら。
「大丈夫だよ、心配しないで。私は真神の皇大神。名前は首刈。こっちは――」
「妹の阿呼よ」
「お伴の放谷!」
放谷の声の大きさに二人がビクリと体を震わせる。放谷、自重して。
「まかみの大神さま? かーちゃんがとってもえらい神さまだってゆってた?」
男の子がたどたどしい言葉を返してくる。野暮らしの間でも皇大神のことは語られているのかと変に感心していたら、男の子の腕の中で女の子がしゃくり上げた。
「うん、そうよ。今からそっちへ行くけど、怖がらないでいいからね」
石組を越えた私たちは事切れた狐を挟んで幼い二人と向かい合った。それから膝を着いて、そっと物言わぬ親狐の首筋に触れる。やはり命の温もりは感じられない。
「この狐はあなたたちのお母さん?」
「うん。かーちゃん、急に倒れて……、動かなくなって」
「かーちゃ、かーちゃ、えぇぇぇぇん」
必死に答えていた男の子にしがみ付きながら、女の子が泣き出した。男の子も堪え切れなくなったのか、堰を切ったようにわんわんと泣き始める。
幼い子の打ちひしがれた声は痛いほど胸を締め付けた。それは宥めすかす類の涙ではない。私たちは二人が泣き止むまで、じっと堪えて待ち続けた。
母狐の体には目立った傷も見当たらず、狩りの犠牲という訳ではないようだ。となれば病気か。しかし、私にそれを判じるだけの知識はないし、阿呼も放谷もそれは同じだろう。やがて残された子らの慟哭は嗚咽に変わり、啜り上げる涙声も静かになって、余す所に沈黙が落ちる。こんな場面に居合わせた例がないので、私もかなり精神に来ていたけれど、そこを堪えて対話を試みた。
「あななたち、お名前は?」
「……野足。これは妹の夜来」
沈黙を経て、紺の絣の男の子がぽつりと答えた。それから胸に顔を埋めている小豆色の絣の女の子を優しく摩る。精一杯兄であろうとする肩がそれでも微かに震えていた。
「野足に夜来ね。分かった。ごめんね、悲しいだろうけど聞かせてね。あなたたちは野暮らし?」
野足が首肯する様を見て放谷が何をか言いかける。私はそれを一瞥で制して続けた。見れば見るほど、声ばかりかその存在まで消え入りそうに思えて、直ぐにでも手を伸ばしたくなる。
「もう分ってるよね。あなたたちのお母さんは、本当に残念だけどもう目を覚まさないの。何があったのか教えてくれる?」
野足の話では、母子がそれまで暮らしていた野原に頻繁に鷹が現れるようになったので、真神に移ってきたのだと言う。子育てに向く土地を探して流れてきたのだろう。ここ数日は塒に適した場所を訪ね歩いていたそうで、ただ、母親は度々足を止めては長いこと休むようになっていたらしい。そして今日ここに到り、横たわったまま起きることはなかったと。
兄妹は母親を起こそうと、人の姿になって揺さぶっていたのだと言った。仔狐の小さな体ではできなかったに違いない。
話の途中で夜来は狐の姿に戻ってしまい、話が終わると、野足も同じように人の姿が解けてしまった。放谷によれば、野暮らしはいざという時にしか移姿を使わず、長続きもしないという。この幼さであれば尚更だ。
「野足、夜来。これから二人のお母さんを土に還すね。この風合谷で安らかに眠って貰おう」
そう伝えると、仔狐たちは細泣いて項垂れた。
阿呼が母を亡くした兄妹を優しく抱き上げ、放谷は母狐の亡骸を静かに抱え上げた。
私は辺りを見回し、爪先を谷川の方へ向けて歩き出した。心に従って足取りも重い。やがて瀬音が十分に届く辺りまで来ると、私は足を止めて佇み、辺りを確かめた。草場の切れ目で風の通りも悪くない。
「ここにしよう。ここなら土と水と風が包み込んでくれる」
阿呼にはそのまま兄妹を任せ、私は放谷と二人、墓穴を掘る当てを探した。
平たい石をしっかりと両手に持ち、鍬の要領で黙々と掘り進める。頭上では谷を渡る風が強まって、その音は弔いの祈りを聴くかのようだ。
私は手を動かしながら、今朝考えていたことを一人思い返していた。
神である前に人として何ができるか。これがそうかは分からない。楓露という世界は野暮らしに手を差し伸べるものではないのかもしれない。けれど、これがそうだと信じたい。生きる為に奪い合う厳しい世界にも、生きる為に支え合う労わりの心が欲しい。
それからもう一つ欲しいもの。
「放谷はまだ反対?」
思わず尋ねてしまった。余計な質問だったかなと思いながらも、私は否定的でない言葉をどうしても放谷から聞きたかったのだ。
「あたい別に反対はしてないよー」
小声の問いに小声の答え。互いの視線は土を掘る手に向かったままだ。そうか、反対はしてないのか。それはよかった、と安堵する。
「放って置けなかったの」
少し鼻声になった。
「分かるー。あたいはただ、上手く言えないけど、色々迷ったんだー」
それは野暮らしの生き方に手出しすることをという意味だろう。放谷なりの野暮らしという生き方へのリスペクトに違いない。
「首刈は凄いなー」
「私? 別に凄くなんかないよ」
何を言われているのか分からず、反射的に言葉を返してしまう。
「凄いよー。最初から二人を助けるって決めてた。きっと優しい神様になるよー」
その言葉に視界がぼやけた。どんな神様になるのか、ずっと不安で心配だったところにほんの一言、放谷が安らぎの種を蒔いてくれたから。
「ありがとう。私がんばる。これからも、色々助けてね」
「おー、任せろー」
私は洟を啜って、止まりかけた手を動かし、放谷と二人、再び黙々と掘り続けた。
「こんなもんだろー」
土汚れの顔で放谷が言う。私も似たようなもので、「そうだね」と静かに返した。それから二人で母狐の骸を丁寧に穴の中に収めて、土を被せ、形のいい丸石を墓標に添えた。見れば見るほど簡素なお墓に、どうしようもなく申し訳ない気持ちが湧いてくる。
谷風から守るように仔狐を抱いていた阿呼が、出来上がったお墓の前にそっと兄妹を降した。錫色の影落とす夕雲の下、誰も、言葉もなかった。
弔いはどうするのだろうか。
分からない。
両隣を窺えば、阿呼も放谷も墓標と兄妹とに視線を落としているばかり。
場違いだろうか。
そう思いはしたものの、私は野足と夜来に、何か母親との別れの標をあげたかった。悲嘆の縁をなぞるような気持ちに、区切りを付けてあげたかった。その思いに任せて静かに瞼を閉じる。
「仰げば、尊し、わが師の恩」
呟きに似た歌い出しは、少し、硬い。
「教えの庭にも、はや幾年」
鎮魂の歌は知らない。
「思えばいと疾し、この年月」
くぐもった響きが、ともすれば風に浚われそうになる。
「今こそ別れめ。いざ、さらば」
互いにむつみし 日ごろの恩
別るる後にも やよ 忘るな
身を立て名をあげ やよ はげめよ
今こそ 別れめ いざさらば
朝夕 馴にし まなびの窓
螢の ともし火 積む白雪
忘るる 間ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ――
「いざ、さらば」
最後の一節をメロディから切り離すようにして、私は墓前に佇む野足と夜来を抱き上げた。
「さぁ、もう行こう」
夜来がいやいやをするように身を捩る。
泣きたい気持ちを我慢していると、阿呼が来て野足の方を引き受けてくれた。
放谷は私たちの荷物を抱えて先頭に立つ。私も阿呼も「ありがとう」とだけ告げて、それに続いた。
強さを増す風が流れ際に私たちの髪を乱して行けば、ふと呼び止められたような気がして、私は母狐のお墓を振り返った。
若草色の輝きが目に留まる。それは母狐の姿に似て、まるでお辞儀をするかのように項垂れて見えた――。刹那、谷風に散らされるように掻き消えたそれは一体なんだったろうか。魂か、母としての心残りか、感謝とも頼みとも取れる姿を、私はただ胸に刻んだ。
「お姉ちゃーん!」
先を行く阿呼の声に我に返り、私はびょうびょうと泣き出した風から夜来を守ろうと袖を被せ、急ぎ足で二人の後を追いかけた。
「まだ大分あるんだよね?」
「だなー。今の調子だと、飲まず食わずでも着く頃には空が白みそうだぁ」
仔狐兄妹を抱えながら精一杯先を急いでも、時間はその足を止めてくれない。夕闇はいとも容易く星空を招き、いよいよ谷は留紺の暗がりへと転がり込んだ。雲は少し流れて雨の心配はなさそうだったけれど、迫るは二つの選択肢。進むか、野宿か。
「お姉ちゃん、どうする? 火も起こせるし。阿呼は野宿でも平気よ」
妹の頼もしさに笑みを浮かべつつ、今一度冷静に考えてみる。
私たちだけならばそう急ぐ旅ではない。このまま夕餉を抜いても朝にまた川魚を獲ればいいし、ゆっくり三宮を目指せばいい。
問題は野足と夜来だ。今は腕の中で寝息を立てているこの二人。もしかすれば出会った時点で既に空腹だったのでは? その可能性はある。乳離れはしているとしても離乳食の年頃だ。成獣と違って食べるものを食べなければ弱るのは早い。今が夜の八時頃だとして、空が白むまで十時間くらいだろうか。
「ねぇ放谷。一番足の速い蜘蛛に変身して行ったらどのくらい?」
「それなら倍は早く着くぞぉ。もっとかな? 勝手知ったる道だし、最後の滝の所も糸張って飛び降りるー」
小鼻を膨らませて自信たっぷりの放谷。しかし――。
「それは私たちを乗せて?」
「あー、それだと大きさ優先だぁ。飛び降りるのもなしだなー」
やっぱりか、歯痒いね。となると野宿が無難かもしれない。
「それじゃあ――」
「お姉ちゃん!」
「ん?」
阿呼を見れば深刻な色を浮かべている。何事か。
「野足のお鼻がカサカサしてるの」
様子を窺うと確かに鼻の頭にテカリがない。阿呼の袖口に水分を取られた訳でもなさそうだ。私は腕の中に夜来を確認した。幸い野足のような変化は見られない。
(どうしよう? 野宿で暖を取ってゆっくり休む? 急いで三宮に届けて野足を診て貰う? 風邪程度でもこの幼さは怖いよね)
迷っている暇はなかった。
「放谷、この子たちだけなら一番早いので行けそう?」
「糸で括り付ければ全力で行けるー」
いつもは忙しない空色の瞳が、夜に抱かれて淡藤色に移ろい、真っ直ぐにこちらを見据えていた。これはできる放谷だ。私はそう確信した。
「よし、決まり! 今から袿でこの子たち包むから、それでしっかり括り付けて三宮まで先に行ってくれる?」
「おー、分かったー」
私は旅行李から取り出した袿に野足と夜来を優しく包み、懸け帯で軽く結わった。目を覚ました夜来が不安そうに鳴く。
「いい? 夜来。今から放谷が三宮に連れてってくれるからね。袿の中でじっとしてればあっという間に着くから。ちょっとの間、我慢するんだよ」
母を亡くしたばかりの幼子から兄まで奪ってはならない。私は急く気持ちを抑えて夜来を宥めた。その横でドロンと変身した放谷がお腹に粘糸を巻き付け始める。大きさは昼間目にした水蜘蛛くらいだろうか。シュッとした細身で縦縞の虎斑模様がなんとも頼もしい。
「お姉ちゃん、この上からくっ付ければいいって」
「おー、そしたらまた何度か巻くから、それでもう落ちっこない」
私は言われるままに粘糸の上に包みを乗せた。放谷は糸を繰り回して、しっかりと固定する。
「それじゃーあたいは先に行くけど、首刈たちは野宿かー?」
「ううん。追っかけるよ。野足も夜来も放ったらかしにはできないでしょ。谷川沿いに行って滝の横手を下れば直ぐなんだよね?」
「おー。下りの所は気をつけてなー。本当に急だから暗いと危ないぞー」
「分かった。ありがとう。それじゃあ二人のこと、しっかり頼んだよ」
私は「任せろー」と返事をする放谷のお尻を叩いて送り出した。放谷はそれこそあっという間に夜の闇間に滑り込み、音も無く消え去った。その速さは予想以上で、あの分なら大丈夫そうだと安堵の思いが浮かび上がった。
「お姉ちゃん。私たちもいこ?」
僅かに気を緩ませた私の隣で、阿呼は準備万端整えていた。
「そうだね。こっちも急がなくっちゃ」
そうだ、この夜を妹と二人で。
いざという時に頼りになる放谷はもういない。何があろうとなかろうと、私がしっかり阿呼を守るんだ――。




