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存在しなかったキャラが出てきた時点で、完全に別物…。
ここから先の地図はない感じ(笑)
「こんな夜遅くに本当にすみません!どうか一晩お願いできないでしょうか」
見間違いじゃなかった、ほんとに黒髪黒目の
「い、い、いい愛し子様!!!?え?どうして?」
「どうしてって家出?なのか?」
どうして疑問系なんですか?
とりあえず中に入って頂き、神殿に大慌てで知らせに行こうとしたら「知らせないで」とお願いされてしまいました。い、いい、愛し子様のお願いを断れる国民がいるものですか!!!!!この国の民にとって愛し子様とは魂に刻まれた大切な存在なのです。そのお姿を見るだけでありがたく嬉しくなってしまうのです。
私のような身分で、まさか愛し子様に直接お言葉をかけてもらえるとは思って居なかったので、もうどうしていいかわかりません。立たせたままではいけないと粗末な食堂のテーブルに座っていただき、とっておきのお茶をお出ししてみました。
熱いのが苦手らしく、何度かふうふう息を吹きかけてから一口飲んだ愛し子様はふにゃりと笑い
「おいしい、やっと落ち着いたぁ。緊張してたんだ」
続けて飲もうとして舌をやけどされていた姿に、心の中で悶えてしまいました。これは墓まで持っていく秘密です。
「どうなさったのですか?こんな遅くにお一人で護衛もつけず危険ですよ。第四王子のリアム様のお屋敷におられるのではなかったのですか?申し訳ありませんがこんな粗末なところでは愛し子様に相応しいお世話ができません…やっぱり神殿に連絡してそちらに移られた方がよろしいのではないでしょうか」
「や~、今王子サマとケンカ中なの。神殿はその王子サマがいるだろうから行きたくない。これからは庶民として自立したくてさ。まぁこの国でなくてもいいんだけどね」
「え!この国を出て行かれるおつもりなんですか?というより尊き御身で庶民として暮らすなど…!」
駄目だ駄目だ、この国を出る?それだけは絶対駄目だ。この国の生きた守り神のような愛し子様は国内にいるからこそ、この国は災厄から守られているのだから。
聞き間違いでなければリアム王子とケンカ中とか言ってたか?王子とケンカ…想像つかない。
「私には何の力もないし、尊くもないフツーの人間、アナタと変わらないし。あ、自己紹介してなかった、私はナツっていうの、ナツって呼んでね」
「た、大変失礼いたしました!!!私はこの孤児院を任されているクリスといいます」
「ほぉクリスティーナですか、よしじゃあ助手一号として頑張って欲しい」
「それ女性名ですよ…私は男です…助手ってなんですか?」
「冗談です、流してください。さてクリスさん、私行く所ないんだ。ここで匿ってくれないかな?出来ることはするし、働くよ!」
「無理無理無理無理無理です!愛し子様を働かせるなどありえません!…リアム王子のところには戻らなくてもよろしいのですか?きっと心配してお探しになっておられますよ」
リアム王子の名前を出す度、愛し子様の機嫌が悪くなっているような気がするのは気のせいだろうか。
「王子サマのところは絶対嫌!戻らない!それなら他の国に行くほうがまし!」
ええ~~~、もの凄く困るんですが…。最悪私が罪に問われる事もあり得る…けれど国外に行かれるのは阻止しなければいけない、絶対に。それに愛し子様に直接お願いされたら…断れない。この国にとって大事な大事なお方なのだ。その方のためなら私は喜んで罪人になろう。
「では充分なお世話はできませんが、ここで良いのでしたら…その代わり国外へ行くのは諦めていただけないでしょうか?」
「マジで!?ありがと~クリスティーナ!」
心底安堵したような笑顔になったのを見て、心が浮き足立ってこの方を幸せにできるなら何でもできると思いました。ですが、私の名前はクリスです、愛し子様…。
「やめてください!私の寿命が縮みます!」
「大丈夫大丈夫、働くっていったじゃん。ほら皮剥いた奴からスープの具切っちゃって」
私がどんなに懇願しても台所でスープ用の野菜の皮を剥いて楽しげにしておられる愛し子様。
一体どうしてこんな事に。台所の扉は開け放たれ、子供たちが遠巻きにこちらを見ている。
愛し子様のご尊顔を拝見するのはこれで二度目だが、子供たちは目をキラキラさせながら見ている。
話しかけたくてうずうずしているのが伝わってくる。調理中は危ないので入ってこないように言いつけたのだ。
昨夜は空き部屋をなんとか泊まれるように整えたものの、本来なら高貴な方を眠らせるようなベットではないのに愛し子様は喜んでくださった。
お湯を毎日使うと読んだ事があったが、そのような支度もできず謝罪すると皆と同じでいいと笑ってくださった。早々にどうにかしなければ。
粗末なベットだったので眠れなかったのか、朝早くから起きてあれやこれやと手伝ってくださる。それが意外と板についていて、愛し子様とは何でもできるのだろうか?と思ってしまった。
こ、こんないつもの食事を愛し子様に召し上がっていただくって…大丈夫なのだろうか。
とはいえ他の物を用意できるわけもないし、愛し子様がそれでいいとおっしゃっているのだが。
「はーい、スープを配るから、自分のお皿を持って一列に並んで~、順番だよ~。大きい子は小さい子の分も代わりに貰いにきてね~。小さい子は危ないからお席に座って待っててね」
食堂の一角に机を置き、大きな寸胴鍋を前にして愛し子様が一人ずつにスープをよそって配っている…ありえない光景。いつもならいう事を聞かない子供たちがちゃんと並んで粛々とスープを運んでいる。
「はい、クリスティーナの分もよそったよ。私達どこにすわったらいいの?」
は!と気づくと皆自分の席に座って待っている。
愛し子様を案内し、席に着くと「創造主様に感謝を」という私の言葉に続いて、子供たちも同じように感謝の祈りを捧げ食事を始めた。野菜の入ったスープと固いパン、パンはスープに浸して柔らかくして食べる。愛し子様の寄付で食事の質も随分良くなった。孤児院の運営はとても厳しい。
「おお、野菜の味が濃いなぁ。シンプルだけど美味しい。クリスティーナは料理上手だねぇ」
孤児院を任されて、手伝いを雇う余裕もなく自分でやるしかなかった料理を褒められて嬉しかった。
私の今までの苦労はこのためにあったのかも知れないなどと考えるくらいに幸せを感じていた。
…たとえ名前がなぜか女性名で呼ばれていたとしても。