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難しい顔をしたテオが詠唱をやめて、私を見る。
「やっぱり駄目だ。何度やっても愛し子様には魔術はかけられない?かからない?これは検証してみないと分からないな。師団から協力要請をしてみてもいいかな?」
しげしげと私を至近距離で見つめるテオ。王子サマより赤みの強いチェリーみたいな瞳には好奇心が浮かんでいる。研究者気質の彼はその好奇心と探究心の衝動のまま、魔術の探求でふらりと旅に出てしまう人だ。
市井での生活が長いせいか、おかげで王子サマのお兄さんで第三王子であるはずなのに、とてもとっつきやすい。
「私はいいよ。魔術は全部だめなのかな?例えば治癒とか攻撃とか…属性によっても変わるかも」
「うーん、検証してみないと分からないけど、…そこの怖い人の許可がおりない気がするなぁ…」
近くに座っている王子サマのところから、冷気が漂ってくる。無言なのが余計に怖い。
「これまでの愛し子はどうだったんだろう」
「じつは良く分からないんだよね、下りてこられる周期もまちまちのようだし、白い花が咲き、国土を富ませ瘴気を払い魔物を退け国を繁栄に導く…色んな解釈ができる程度の文献しか残っていない。魔術で魔物を退けたのか、繁栄ってざっくりしてるしね。具体的なものは意図的に隠されてるんじゃないかって事くらい」
「その割には愛し子の手引きとも言える生活関連の言い伝えは事細かにされてるんだよね」
そう、毎日湯を使う、とか食のこだわりであるとか、おかげで私は食事にも困らず済んでいる。時代は変われど日本人の普遍的な生活ニーズは変わらないのだと思う。
愛し子が持ち込んだ食へのこだわりは、この国でも一般的となっているしとても助かっている。
メシマズとか耐えられない!お風呂入れないとか絶対いや!
「愛し子様は魔力量って測ったことある?」
「魔力なんて無いと思うけど?だって元々使えないし」
「兄上、もういいでしょう。いい加減ナツから離れてください」
美形がお怒りだと整ってる分怖さが増すんですね。目力だけで人が殺せそうですよ王子サマ!
すっとテオが2歩分くらい私から離れると、そばにあったソファに腰掛けた。私も王子サマの隣に腰掛ける。すっと腰に手がまわり王子サマ側に引き寄せられる、そうしてようやく冷気を感じなくなった。
あああ、止めてほしい、腹肉とかがががが!
テオはそんな私達を見ながらしかたないなぁとでも言いたげな顔をしている。
助けろよ、分かってんだろうが兄上様よ~。
「色々試してみたい事があるんだよねー、いちいち要請だすのも面倒だし魔術師団に入らない?そしたらお給料だすよ?愛し子様仕事したいっていってただろ」
「し、仕事…!しかし私魔力ないので何もできませんけど?研究対象に人権ありますか!?」
「そこはそれ、愛し子様だし、そんな無茶はできないよ~」
ヘラヘラ笑うテオのチェリーみたいな目があまり笑ってない。怖い、マッドな研究者の顔だ。
これはモルモットにされるな、確実に人権とかないやつだ。
「そのような事する必要はありません、兄上も思いつきでナツを悩ませないでいただきたい」
「相変わらず嫉妬深いね、リアム。束縛も度が過ぎると愛し子様に嫌われるぞ?」
「仕事などする必要はありません、私の側で穏やかに過ごすことがナツのすべきことです」
「本人が仕事やりたいって言ってんだろ、愛し子様の人生をお前が勝手に決め付けるなよ」
「ナツの後見人は私です!兄上は口出ししないでいただきたい」
「こ、この話はまた今度しよう!ね?今は魔術がかかんないのをどうしようかって話しよ!」
テオはアイコンタクトで分かってくれたようだ。王子サマはまだ何か言いたそうだったけど、見上げるように目を合わせたら、彼は口元を手で覆ってそっぽを向きながら小さな声で「わかりました」と言った。ん?王子サマの見た方向になんかあったっけ?見てみるけど…なんもねぇな。いったいなんだ?
視線をテオに戻すと下を向いて肩を震わせている、笑ってんのか?こっちは暴走止めんのに必死なんだぞ?あとでぶっ飛ばす。テオを睨んでたら王子サマが私の髪を撫でていた。丁度髪留めを止めている辺りから背中に流している髪を。髪留め…そういや王子サマからもらった奴着けてたんだっけ。
「ねぇ、魔道具みたいに、魔石を動力とした魔術陣を刻んで認識を歪ませるってのはどうよ」
テオの前に出したのは、今私がつけていた髪飾り。王子サマの瞳の色と同じ蜂蜜色の石が嵌っているシンプルなもの。
「宝石の代わりに魔石をはめ込んだ髪飾りを、魔道具に仕立てて髪色を誤認させるのか」
「ぼんやりとでいいの、後で思い出したときには茶色だったな、とかその程度の認識阻害」
「ふーん、面白そうだな、考えたこと無かったけど」
その後も色々と話をして、魔道具についてのとりあえずの方向性が決まった時にはすでに夕食の時間になろうかとしていた。もう遅いのでテオは屋敷で夕食を共にして泊まって行くことになった。
王子サマはどうしても決裁しなければならないものがあるとの事で、夕食後のお茶はテオと2人きり。
お茶の準備をしてくれた使用人を下がらせ、テオは右手の中に小さく赤く光る魔術陣を展開していた。
多分防音やらなんやらをしてくれたんだと思う。
「リラックスして話していいぜ?疲れるだろ?俺も疲れる」
「あー、ありがとー助かるわー。っていうか仕事をするかどーかの話の時、なんで笑ってたのよ」
「いやだって、お前ら面白すぎっ、聡いくせに肝心なとこで鈍感だよなアンタ」
思い出し笑いでゲラゲラ笑ってる、本当にこいつ王子なのか?
うちの王子サマより色素の薄いミルクティーみたいな髪、目元はちょっと似てるかな。印象的なチェリーアンバーの瞳、魔力量が多い人は赤の色を持っている人が多いって聞いたけど、やっぱりテオも赤を持ってるだけあって本当は凄い人なのよね。
「どこが面白いのよっ私が後で大変なんだからね、調子こいてたらほんとぶっ飛ばすわよ」
「やべー、こえー!俺ぶっ飛ばされて喜ぶ性癖ねぇからな。っとその前に」
言いながら私の目の前に小さな手のひらサイズの箱を置いた。
中を開けると赤い石が数個と装飾品が入っていた、装飾品はイヤーカフだった。こちらにも赤い石が嵌っている。
「何これ?」
「耳飾は魔道具だ、俺に連絡がとれるようしてある。赤い魔石は予備だ」
「いわゆる通信機か」
「つう?なんか分からんがお前外への連絡手段ないだろ?」
「ほんとこれうれしいぃぃ」
ちょっと咽び泣きそうになった。
「何かあったら使え、遠慮するな。本当に嫌なら俺が何とかしてやるから」
「テオ~あんたいい奴~」
「まぁ、俺にも王家の血が流れてるからな、愛し子に強烈に惹かれるっての分かるんだよ。リアムはそれだけじゃねぇから余計アンタに執着しちまってるし…。あれでも俺の弟だからな」
早く箱を仕舞えといわれて、ポケットに入れた。
すぐに防音結界を解いたテオは何食わぬ顔してお茶を飲んでいたが、私がどれだけ嬉しかったかは多分伝わっていたと思う。