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なんだこりゃ?
王子サマからの贈り物だというこの部屋の一角を占拠した贈り物の山を見て、こんな時どんな顔をしたらいいのか分からないの。思わずあや○みみたいに無表情になる。
一番手近にあったものを開けて見ると、ビロード生地を貼り付けた箱の中に見た事もないようなキラッキラした装飾品があって、思わず見なかったことにしてそっと箱を閉じて元の場所に戻した。
そういえばこちらに転移してきてすぐもこんな事があったなぁと思い出す。
私が異世界に転移してすぐ、私が王子サマと呼んでいる第四王子率いる騎士団に保護されたのは幸いだったと思う。
この世界の常識も何も知らないのに生き延びることは出来なかったと思うし。
ただこの国で保護されて幸せに暮らしてくれればいいと言われて、何か裏が絶対あると思うのは
私が疑り深いだけではないだろう、綺麗事だけで世の中が回ってないのと一緒だ。
すぐに王宮内の離宮を住まいとして与えられたが、あまりに立派すぎるし侍女もいる生活はこちらが気を使った。
これがこの国の国民の税金で賄われてると思うと胃が痛かった。
私が何かこの国に対して出来ることがあるわけでないのに、申し訳ないと感じてた。
とは言っても現代の知識を迂闊に教える事もできない。よくあるラノベの聖女のように何かの力を行使できるわけでもないので、貢献できてるという実感がない。
私は根っからの庶民なので、労働の対価としてなら気兼ねなくいただけるだろうがこういう立場は辛い。普通がいいんですよ、普通が。
理由の分からない厚意ほど恐ろしいものはない、と今までに経験してきたせいかもしれない。
その時も貴族達からの贈り物が毎日沢山届いて、頭を悩ませたものだ。
「衣食住も不自由なくお世話になっているのに、こんな過分なものはいただけません。有り余る富があるなら領民の皆様に還元してください」
という趣旨の事を口にしたら色んな反応が見られたっけ…。こちらの世間ではそんな考えは非常識なんだとか、愛し子様は慈悲深いとか…。いやいや、そんな金あるなら社会保障と福祉を整備してくださいよ。というのが私の本音である。
現実世界でもいろいろと苦労した思い出があるので、かなり切実にそう思った。
結局は返すわけにも行かないので、ドレスは一度着用して洗濯しオークションに掛けた。
何でも縁起物としてもの凄い値段がついたらしい。酔狂な貴族や大商人も居たものだ。
色んな品物があったが、菓子や茶葉は魔術で毒等が混入していないか精査して、離宮の侍女さんやした働きの人達にも分けた。侍女さんは、皆貴族の良い家柄の方達だったりするので大変喜ばれた。
布地や美術品や貴金属の一部は王宮に引き取ってもらったらしい、この辺りは王子サマが担当してくれたので恐らく良いようにやってくれたのだろう。
愛し子は神様からの豊穣の使いという事で、何か変わった事をしても比較的好意的に受け入れられるようだ。この国の国民は愛し子に対して特別な感情を持っているらしい。
特にその傾向が顕著なのが王族だと聞いた、初代の王と神様が契約して愛し子が使わされるようになったという絵本にもなっている有名な言い伝え。
だからか、うっとおし…過保護な程愛し子を囲い込む。私の後見人はそれはそれは過保護で嫉妬深い。
コンコンとノックの音がして、返事をして一拍。壁際に控えていた使用人のアンナさんが扉を開け、現れたのはこの贈り物の山の送り主だった。
「贈り物は気に入っていただけましたか?」
優しく本当に嬉しそうに笑う王子サマ、私の後見人である。
私には優しくしてくれるし、笑顔も見せてくれるんだけど。以前はちっとも笑わない人だったらしい。
アンナさんに人払いをするよういいつけ、私のすぐ側まで来て、髪をひと房掬い取り流れるようにキスを落とす。
こちらで髪に口付けをする意味は求愛だと知って止めさせようとしたけど無駄だった。
「あー、うん、王子サマ、わざわざありがとう。気持ちは嬉しいんだけど、私こういうのは困るって言ったよね?」
「私のナツへの溢れる想いを形としてお贈りしたかったのです、止められませんでした」
「そこは止めようよ」
「ご心配なく、これは税金ではありませんよ、私の個人資産です」
「そういうことじゃなくて、宝石とかいらなくない?私夜会にももう出ないんだし」
「色が気に入りませんでしたか?大きさですか?それともデザインでしょうか?」
さっきチラッと見たキラッキラな宝石は王子サマの蜂蜜色の瞳と同じ色だった。ここで色が気に入らないなんて言ったら絶対機嫌悪くなるよね。宝石に興味がないのでなんとも思えないのが正解だけど。
「そーじゃないんだけど…、生活は満ち足りてるのでこれ以上贅沢は不要というか」
そう言うと王子サマは困ったような顔をして、私より頭一つ分の高さから私を見下ろしている。
最近騎士団の仕事が忙しいらしく、私を一人にしてることを気にしてこうして色々贈ってくれるのも分かる。でもありがた迷惑なんだよなぁ。
「ではなんだったら喜んでくださいますか?教えてください」
思いつめた表情になっている王子サマの瞳を見ると、綺麗な蜂蜜色の目が随分濃い色合いになっている。こういうときの王子サマは要注意だ。
「別に」
「貴女がそういう言い方をする時は、本当は違うんですよね?帰る方法を知りたいと仰るんでしょう?私を捨てて帰りたいと…その方法がナツの欲しいものなんでしょう?」
ぐっと腕を掴まれる。威圧感を感じるけど、ここでこれに負けるわけにいかない。
王子サマは私がいなくなるのが不安らしく、たまに情緒不安定になる。ここでは私にしか見せない彼の素の感情。
「あったら教えてくれるの?」
「まさか。そんな方法はありません」
ブランデーのような濃い色に変わる王子サマの瞳から目が離せない。
精神的に不安定になるのは、誰でもあることだけど彼は特殊な事情を抱えている。
「もし貴女に捨てられたら、私が狂うだけです。結果貴女の知り合いが犠牲になろうと貴女には関係ありませんよね」
「…王子サマ、それ脅迫だよ」
さっきまで剣呑な雰囲気を出していた王子サマは、薄く笑い、その腕の中に私を拘束する。
そして私の髪をゆっくりと梳いている。
「ねぇ、何が欲しいですか?」
この人は私に何かを贈りたいというより、私に何かして欲しいんだろうな。
そのために必死になって気を引こうとして無駄な贈り物をしてるような気がする。
そして何を欲しがってるかは、なんとなく分かる。
そりゃーアメージングな日本人だもの、察してますよ。ここまで分かりやすくてなんで分からないのかと。だけどそれに応じるかどうかはまた別の話だ。
「じゃあ前話した髪色か瞳の色を魔術で変えれるかっていうの試したい」
「…テオを呼んで欲しいと?」
あ、怖い。ぞくりと恐怖を感じる、温度が急に下がったかのような。
でもここで挫けちゃ駄目だ、私は上を向いてお願いする。
「うん、王子サマと同じ色にしてね。そしたらバレないし街に連れてって欲しいなぁ…駄目?」
見る見るうちに顔が赤くなっていく人をはじめて見た。愛しさに蕩けるような瞳のブランデーのような色が、綺麗な蜂蜜色に変わっていく。
「私と同じ色になりたいんですか?」
「王子サマの髪綺麗なカフェオレ色羨ましいよ。元居たところではわざわざその髪色にするために時間を掛けて変えてもらったりしてたんだよ!」
そう、外人みたいなカラーにするために、イル○ナカラーとか有名でした。そしてふわふわ癖毛は日本人の髪質では再現が難しい。う、羨ましくなんてないんだからね。
王子サマはますます顔を赤くして、大きな手で口元を覆ってそっぽを向いてしまう。
「わ、わかりました。至急手配します」
そっと拘束を解くと、足元がちょっと覚束ない感じで扉に向かう彼を見て詰めていた息を吐き出す。
とりあえずは王子サマの機嫌を損ねることは回避できたし、私の希望も通りそうで一安心だ。
今私の周囲にいる人達の言葉だけを信じるのはいけない、この世界の常識や王子サマ達と違う立場の考えを吸収して理解しなければいけない。何も知らなかったでは済まされない立場に立たされる可能性だってある。そうやって窮地に追い込まれて飼い殺されることだってあり得るのだ。だって私に都合の良すぎる現状は、美味しい話には裏があるというのと一緒だ。警戒するにこした事はない。
テオは市井での生活が長かったせいか、庶民感覚があり話していて一番楽だ。王子サマの事情も分かってるので余計に気が楽というのもある。
とにかく帰る方法を探すにしろ人脈は大事なのだ。