後編
そして、夏休み最初の登校日である8月7日がやってきました。
樹は、既に済ませた夏休みの宿題がランドセルに入っていることを確認しているところです。そこには、自分で書いた七夕の短冊もあります。
ランドセルを背負って階段を降りると、樹はお母さんにあいさつをしてから家を出ることにしました。
「それじゃあ、行ってきます!」
「車に気をつけるのよ」
家から出て少し歩くと、いつものように途中で修太と出会いました。2人が歩きながら小学校へ向かっていると、修太があのことを言い出しました。
「七夕の短冊だけど、ちゃんと書いた?」
「修太くんに言われなくても、ちゃんと書いたから!」
「はは~ん、樹にしては珍しく自信満々だな。どういうことを書いたのか、ちょっと教えてくれないかな」
「ダメだよ! それは短冊を笹に飾ったときのお楽しみだって!」
小学校へ入った2人は、げた箱で靴をはき替えてから階段を上って4年2組の教室へ入りました。しばらくしてチャイムが鳴ると、女性担任の井塚先生がやってきました。
樹は、すでに終わらせた分の夏休みの宿題とともにあの短冊もランドセルから出しました。でも、その内容は他の人にはまだ見せたくありません。
「どうか、他の人に見られませんように……」
樹は宿題を提出するために前へ出るときも、短冊を見られないように半分に折り曲げて右手で隠しています。宿題を出し終わってから自分の机へ戻ると、樹はホッと一息をつきました。
その様子を隣で見ていた修太は、樹の机のそばへやってきました。
「その短冊、ずっと手で隠しているけど」
「な、なんでもないよ。ははははは……」
「そうやって隠してないで、おれに見せることぐらいできるだろ」
「もうちょっとしたら、先生が七夕のお話をするからそれまで待ってよ」
クラス全員の宿題提出が終わると、井塚先生による七夕のお話が始まりました。彦星と織姫との出会いから別れ、そして天の川が見える七夕に2人が再び会うことができることをみんなの前で話しています。
樹も先生のお話に耳を傾けながら、自分が書いた短冊の内容を見ています。
七夕のお話が終わると、井塚先生が用意した笹にみんなで短冊を飾っていきます。順番通りに並んだ樹は、自分が書いた短冊を飾るのを待っています。
やがて、樹の順番がやってくると自分の短冊を笹に結び付けるように飾りました。自分の机へ戻ると、隣の席にいた修太がそばへきました。
「なあ、あの短冊に何を書いたのかもう教えてもいいだろ」
「そんなに言うなら、修太君だけに教えてあげる」
樹は、修太の耳に小声で話し始めました。これを聞いた修太は、樹の言葉に思わずびっくりしました。
「水泳が大好きなのは知っているけど、本気でオリンピックを目指しているとは……」
「だって、短冊に書くのは目標であっても夢であってもいいでしょ。いつか、ぼくも水泳の選手になってオリンピックを目指すの」
笹には、クラスのみんなが書いた短冊がたくさん飾られています。その一角に、『水泳選手になってオリンピックを目指したい』と書かれた樹の短冊があります。
もちろん、本気で目指すのであればそれ相応のトレーニングを欠かさず行わなければなりません。水泳が得意だからという理由だけでは、オリンピック出場は夢のまた夢です。
それでも、樹は水泳を続けるための目標を短冊に書いたことで自信がつきました。とりあえず、当面の目標は水泳大会で1位になることです。
「今度の地区水泳大会で1位になるようにがんばるからね!」
「おれも応援に行くから絶対にがんばってくれよな」
樹は帰り道で修太と約束すると、そのまま駆け足で自分の家へ入って行きました。
その夜、樹は夜空を見ようと自分の部屋からベランダに出ました。そこには、天の川が広がる星空がずっと広がっています。
「どうか、水泳の選手としてオリンピックに出られますように」
樹は、短冊に書いた願いごとを星空に向かって祈っています。星空への願いは、樹の心にいつまでも残るものになりそうです。