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CASE3 本物のお守り 1/4

 ――夢を見た。何だか懐かしい気持ちになる夢だった。


 ロータスポンドのカウンター越しに蓮池さんと女の人が話している。蓮池さんは今より少し若く見えて、女の人は私よりも少し年上のように見える。仕事の話をしているわけじゃなくて、ただ談笑をしているだけのようだ。


 女の人はこう言った。もっと若い人に向けた商品を仕入れた方がいいんじゃないかと。ただのお客とは思えない、よく言えば打ち解けた、悪く言えば不躾な態度で。


 蓮池さんはこう答えた。これで構わない、老後の趣味でやっている店なのだからと。そしてこうも付け加えた。君の娘はうちの品揃えに興味津々じゃないかと……やけに背の低い私の方を見やりながら。


 二人の意見は噛み合っていないけど、険悪な雰囲気は全くしない。むしろこんなやり取りをしていること自体を楽しんでいるかのようだった。


 そして私は目を覚ます。夢の内容をおぼろげに覚え、ぼんやりと忘れたまま――





 ――ロータスポンドの店頭にはレコードプレイヤーがいくつか陳列されている。それもプラスチック製のものじゃなくて木製ボディのレトロな品物で、金色のラッパみたいな部品がついた正真正銘のアンティークまで揃っている。


 当然、本体だけではなく、音楽を記録したレコード盤も少しだけど在庫がある。


 私はロータスポンドで働くようになって初めてレコード盤の現物を見たのだが、これが意外と大きい。直径だけでもCDの二倍以上。サイズの小さいシングル盤でもCDより一回りも大きいのだ。


 実際に触らせてもらった現物は、フリスビーなんて生易しいものじゃなくて、薄っぺらい盾を持っているような感じがした。まぁ、盾の現物なんて見たことも触ったこともないんだけど。


 それはそれとして、レコードという道具に話を戻そう。


 レコードは私が物心ついたころにはCDに取って代わられていた。そのCDですら音楽ダウンロードに圧倒されつつあるこの時代、レコードは前世代どころか二世代は前の骨董品といった印象だ。


 ところが、どうやら近頃、若い人々の間でレコード人気が再燃しつつあるんだとか何とか。


 ……私だって若い人の部類に入るのに、この話を初めて知ったのは蓮池さんから聞かされたときだというのは、この際忘れておくことにする。


「だから意外と若いお客さんも来てるんですね」


 カウンターの椅子に座って店内を見渡しながら、私は小さな声で蓮池さんに話しかけた。


 レコードコーナーでは、明らかに私とは属性(タイプ)の違う男の人が、一番古いレコードプレイヤーを興味深そうに眺めている。


「確かに理由の一つではありますが、それだけじゃありませんよ。さて、こちらの商品を陳列してきてください。入口横に同じものがありますから、補充するだけで大丈夫です」

「あ、はい。えっと……アクセサリーですか?」


 アンティークショップの雰囲気に合ったデザインで、宝石かどうかは分からないけれど綺麗な石の付いたアクセサリー。それが何個か入った小袋が十種類ほど。見た感じ、種類別にきちんと小分けにされているようだ。


「一応、本物の宝石ですよ。値段がつかない程度の小粒なものばかりですが、ちゃんと効果はあります」

「効果? もしかして、これってマルトクなんですか?」

「厳密には、それ自体はマルトクとして分類されていません。他のマルトクの作用で生まれたものですね」


 そうして蓮池さんはもう少し詳しい説明をしてくれた。


 丙種分類、マザーストーン。明治時代に国外から持ち込まれたというそのマルトクは、特定の種類の鉱石が近くにあると、それに不思議な力を与えてしまうのだという。


 特定の鉱石というのは要するに宝石のことだ。厳密には鉱物じゃない琥珀や真珠も対象になっていて、与える力は基本的にちょっとしたもので、運気向上とか精神安定とかそういうものらしい。


 要するにマザーストーンは『パワーストーンを本当に生み出してしまう石』なのだ。(マザー)という名前もパワーストーンの母という意味が込められているらしい。


「そのアクセサリーに使われている石は、そうやって不思議な力を与えられたものです。とはいえ効果の程は本当にささやかなものですね」

「効果って、具体的には?」

「いわゆるパワーストーンとして期待される効果と同程度、といったところでしょうか。それに一年か二年くらい身に付けていたら効果が消えてしまうので、一般販売も正式に許可されているんですよ」

「へぇ……確かに、金運がちょっとアップしても、石のおかげとか断定できませんしね。マザーストーンっていうのもうちにあるんですか?」

「いえ、本体の方は別の業者の所有物です。その業者が価値のない宝石の欠片を『加工』して、我々のような販売店に納品している形ですね」


なるほど、そんな風にマルトクを活用して稼いでいる人もいるんだ。


「でもこういうアクセサリーって、普段のお客さんはあんまり買いそうにないですよね」

「ええ、そうですね。昨日までは()()()だったので売れていませんが、今日から()()()ですから売れるようになりますよ」

「……?」


 よく分からないけど、とりあえず商品を並べてくることにしよう。


 アクセサリーの陳列場所は、入口のすぐ横の、商品と変わらないくらいにお洒落な棚。宝石の種類別にきちんと分類されているので、それに合わせて商品を入れていく。


 ――アイオライト。(すみれ)色の石。人生の道標(みちしるべ)。大きな決定をするときに心を落ち着かせてくれる。 


 ――アマゾナイト。青みがかった緑の石。希望に満ちたパワーストーン。将来の夢や目標を追い求める力をくれる。


 ――ルチルクォーツ。金色の繊維のような結晶を取り込んだ、金色の模様を持つ水晶。効果は金運向上。仕事やビジネスの運気も強くしてくれる。


 ――スギライト。紫色の不透明な石。名前の由来は発見者の杉健一博士。発見から七十年、新鉱物認定から四十年という新しい宝石。強いヒーリング効果がある。


 ――ローズクォーツ。淡いピンクに色付いた水晶。恋愛と愛情のお守り。気持ちをポジティブにして笑顔を増やし、明るい魅力を引き出してくれる。


「意外とこれ……読んでて退屈しないかも」


 棚の商品説明は情報満載のウェブサイトを読んでるみたいで、なかなか中毒性がある。


 使われている石の種類は様々で、アクセサリーとしての形状も様々だ。ネックレスやブレスレット、指輪なんかのアンティークらしい定番だけじゃなくて、スマホに付けるようなストラップまで用意されている。


「それにしても、意外と安いんだなぁ」


 本物の宝石を使っているはずなのに、お値段はかなりのお手頃価格。まさかの数百円台ばかりだ。


 私はあまり詳しくないけど、宝石といっても数ミリ程度の極小サイズならこんなものなんだろうか。


「んー……どうしようかな」


 普段、お守りやパワーストーンみたいな女子らしいものには興味がないのだけど、今はちょっと気を引かれている。


 なにせ、これはマルトクが生み出したパワーストーン。まだ半月程度とはいえロータスポンドで働いてきた私にとっては、インチキでもデタラメでもない証明証が付いているようなものだ。


 きっとこのアクセサリーには額面通りの効果がある。蓮池さんが言うには一年や二年でエネルギー切れを起こしてしまうらしいけど、たった数百円でそれだけ持つならむしろコストパフォーマンスは良好だ。


「ええと、人間関係のお守りは……アクアマリンが結婚と家庭円満で、コミュニケーションにも効果あり……ラリマーがヒーリングで、気持ちを落ち着かせて人間関係を円滑に……どっちかっていうと、こっちかなぁ」


 ラリマー……ラムネみたいな水色の石が付いたブレスレットを手に取る。アクアマリンの効果は家庭的な意味でのコミュニケーションのような気がするから、私には多分こっちの方が合っている。


 カウンターに戻って、蓮池さんにブレスレットを買いたいと伝えようと思ったけど、先にお客さんが来ていたので少し待つことにする。


「ありがとうございました」


 販売ではなく買い取りのお客さんだったらしく、そのお客さんは一抱えもあるダンボールをカウンターに置いたまま、お金を受け取って立ち去っていった。


「蓮池さん。お買取ですか?」

「ええ、レコードを少々。お店の雰囲気もあるので、クラシックや古い洋楽、後はジャズくらいしか買い取れないのは心苦しいですが」


 私も最近知ったのだが、レコードの歴史はかなり古くて長い。


 エジソンが蓄音機を発明したのが百四十年くらい前で、円盤型になったのがその十年後。素材がビニールになったのが六十年から七十年前。CDが普及し始める三十年くらい前までは、アイドルの歌もレコードで販売されるのが当たり前だった。


 つまり私ですら知っているような有名曲でも、三十年以上前に発売されたような曲なら、最初はレコードとして売りに出されていたというわけだ。考えてみれば当たり前なのかもしれないけど、正直かなりの驚きである。


「……っと。そうだ、忘れるところだった。蓮池さん、このブレスレット買いたいんですけど」

「おや、興味がおありですか。ラリマーですね……分かりました、それは差し上げますよ。ぜひ腕につけて接客をしてください」

「えっ? いいんですか?」

「誰かが身に着けているのを見せるのは、何よりも宣伝になりますからね。効果があるんだというところを見せてあげてください」

「あれ……何だか急にハードルが上がったような……」


 蓮池さんはにこにこと笑っている。なんだろうこの自爆感は。ひょっとしてこれは、きちんと明るく接客しなければならなくなってしまっただけなんじゃないだろうか。


「ところで、さっき買い取ったレコードの中に珍しいものがありましたよ」


 そう言って蓮池さんが見せてくれたのは、一見して何の変哲もないレコードだった。


 ごく普通の厚紙製のジャケットにはモノクロの絵で女の人の顔が描かれている。それ以外には特に特徴らしきものもない洋楽のレコードだ。


「……あ、ひょっとして凄いレア盤だとか!」

「ある意味そうかもしれませんね。これはフランスのシャンソン歌手のダミアのレコードで、ハンガリーの楽曲『暗い日曜日』をフランス語でカバーしたものです」


 何だかどこかで聞いたことがあるタイトルな気がする。


「『暗い日曜日』には当時から不穏な伝説がありまして。曰く、自殺の聖歌――発売された各国で自殺者が続出し、幾つかの放送禁止にすらなったというものです」

「えっ……そ、それってこのレコードが自殺させてるとか、そういう……?」

「いえ、ただの音楽ですよ。聞く人の精神に影響を与えるマルトクは存在しますし、自死を誘発するものもあるそうですが、これは違います。ただ雰囲気が暗いだけの名曲です」

「……あるにはあるんだ……」

「それに正確な資料も少ないので、そもそもからして都市伝説の域は出ていません……が、少なくとも数件は関連が認められるそうです。あくまで、自殺志願者の背中を押してしまったという形ではありますが」


 最低でも数件の自殺に関連――マルトクでもないはずなのに。


「このレコードが初めて世に出たのは一九三五年、フランスでのカバーはその翌年……第二次世界大戦勃発の三、四年前です。社会情勢の不安と陰鬱な歌詞が重なって()()()()()しまったのでしょう」


 そうなって、というのはどういう意味なんだろう。人を自殺に誘ってしまうようになったという意味なのか、それとも自殺の聖歌なんて風評被害を受けるようになってしまったという意味なのか。もしくはその両方なのか。


 私が言葉に詰まっていると、店の前の道路がにわかに賑やかになり始めた。


「おや。どうやら、若いお客さん達が来る時間になったようですね。()()()だからですから新しいお客さんも増えそうだ」

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