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CASE2 異界箪笥 2/4

「え? なっ? 何!?」


 眩しさに目がくらんだのは一瞬だけ。すぐに視界は元通りになって、さっきと同じ倉庫の風景が――


「あれ? 森久保さん?」


 ――違った。例の和箪笥の前に、大きな体の森久保さんの姿があった。私はずっと倉庫の入口の近くにいて、誰かが横を通り抜けたりなんかしていなかったのに。


 森久保さんは私がいることに気がつくと、困ったような顔で短い髪の後頭部に手をやった。


「悪い。びっくりさせたか。今のがこのマルトクの効果だったんだけど、店長から聞いてなかった?」

「えっと……多分、その直前にさっきのお客さんがですね」

「あー、そうか。だったらついでに俺が説明しちゃおうか。このマルトクは、異界箪笥って言うんだ」


 そう言いながら、森久保さんは箪笥の天板を撫でるように触った。


 森久保さんみたいなタイプの男の人は、接し方が分からないので苦手だ。それでも一週間近く一緒に働いていたら、仕事上の会話をこなすくらいのことはできるようになった。


 ……正直、森久保さんと普通に話せるようになるなんて、自分でもかなり意外だった。まだ目を合わせるのは苦手なままだけど。


「効果は三船さんも体験済みだよな。ポイントは一番右上の引き出しの取っ手で、こいつを斜めに傾けた状態で引っ張ると、あの妙な場所に飛ばされるってわけだ」


 確かあのときも取っ手の金具が斜めに傾いていて、それが気になって触った拍子に引っ張ってしまったような気がする。


「金具を水平に戻せば普通の引き出しに。ほら、こう。どこからどう見てもただの引き出しだろ?」

「……あの場所って、どこにあるんですか?」

「さぁ? 箪笥の中にあるのかどこか別の場所なのか……さすがに店長も知らないらしい。入るときに吸い込まれる感じがするんで、個人的には引き出しの中じゃないかなって思ってるけど」


 それって本当に大丈夫なんだろうか。今更ながらちょっと不安になってしまう。


「戻るときはどうしたらいいんでしたっけ」

「向こう側の同じ箪笥に繋がってるから、そっちの右上の引き出しを同じように開ければ戻って来れる。出入り口はそこしかないから、迷子にならないように注意が必要だな」

「ということは、ひょっとしてあのときに私って、かなり危ないことしてました?」

「あー……まぁ、そうかもな」


 マルトクの分類は三段階。使い方を知らない素人でも問題なく扱える丙種分類。使い方をマスターしていれば問題なく扱える乙種分類。きちんと使い方を覚えた人でも思い通りに扱うのが難しい甲種分類。


 異界箪笥は二番目の乙種分類で、蓮池さんや森久保さんなら安心して扱えるけど、初日の私みたいな素人が触ったら遭難一歩手前になってしまうというわけだ。


「ちなみに、異界箪笥は国内で五つ登録されていて、こいつはその四番目だ。自分は現物を見るのはこれで二回目だな。前に触ったのは講習会に参加したときだったか」

「他にもあるんだ……ということは、もしかしてあっちの世界経由で遠くに移動できたりとか」

「いや、そいつは無理なんだとさ。異界箪笥が繋がってる場所は、それぞれの箪笥ごとに違ってるらしい。まぁ、引き出しの中の異世界っていう説が正解なら、それぞれ専用の行き先になってて当然だわな」


 つまりこの引き出しは、あの世界と行き来するための唯一無二の出入り口というわけか。そう考えると、途端に貴重なものに思えてくる。


「うーん、残念。某猫型ロボットの道具みたいに使えたら便利だと思ったんですけど」

「どこにでも行けるのはドアの奴だろ。引き出しの方に入ったらタイムワープしちまうぞ」


 森久保さんは苦笑いを浮かべながら、胸ポケットからボールペンを取り出して右上の引き出しに放り込んだ。


「そうそう。異界箪笥にはもう一つ面白い使い方があってな。引き出しに物を入れた状態で取っ手をひねると、こっちの引き出しの中身を向こうに送ったり、あっちの中身をこっちに持ってきたりできるんだ」

「ほんとですか?」

「嘘なんかついてどうするんだよ。いいか、見てろよ?」


 森久保さんは引き出しをしっかり閉めてから、取っ手の金具をひねって傾けて、改めて引き出しを開いた。


 引き出しの中からはさっきのボールペンが消え失せていて、代わりに丁寧に折り畳まれた長方形の紙が収まっていた。


 思わず森久保さんと顔を見合わせて、また引き出しに視線を落とす。これはひょっとして手紙だろうか。依頼主の女の人が見せてくれた手紙の実物と同じ、レトロなスタイルの封書のように見える。


「……ああ、そっか。盲点だったな」


 森久保さんは一人で納得した様子で頷いた。


「え? えっと、どういうことなんです?」

「俺が店長から頼まれたのは、向こうの世界に手がかりが隠されてないか探してみることなんだよ。異界箪笥っていうマルトクは異世界を探検して楽しむ道具じゃなくて、広い空間に色々なものを隠すための道具だからな」


 言われてみれば確かにそうだ。引き出し一個分のスペースがあんな広い空間に繋がるのだから、有効活用する方法はいくらでも思い浮かぶ。


「それって犯罪にも使えちゃうんじゃ……」

「だからこそ登録制度があるわけだ。マルトクの流通ルートは役所がだいたい把握してるから、不自然な売買や不慮の流出があればすぐに……って、そういう話じゃなくてだな」


 森久保さんは少々強引に話の流れを元に戻した。


「多分こいつは最初から向こうの箪笥の中にあったんだと思う。俺と入れ違いになってたんだな」

「入れ違い……」


 一連の出来事を、頭の中でパズルみたいに整理整頓してみる。


 多分、前の持ち主は生前に()()を引き出しに入れていたんだろう。買い取った時点で引き出しに入ったままだったのか、向こうに送っていたのかは、私には分からない。


 どちらにせよ、私がうっかり向こうに行ったり森久保さんが迎えに行ったりしている間に、手紙もあっちとこっちを行ったり来たりして、最終的にあっちの引き出しの中に取り残されたんだ。


 そして森久保さんが文通相手の手がかりを探しに来た。


 あっちに行く前に引き出しの中をチェックしても、手紙はあっちの箪笥にあるから見つからない。そして森久保さんが向こうに行くために取っ手の金具を()()()()()()()ことでこちらの箪笥に戻ってきて、向こうに行く森久保さんと入れ違いになった。


 私が倉庫に来た時点で、手紙はこちらの箪笥の引き出しの中にあったわけだけれど、私はそれに気が付かなかった。そして森久保さんが戻ってきたときにまた入れ違いであちらに行って、さっきのボールペンを使った実験でこちらに戻ってきた。


 ……うん、きっとこれで合ってると思う。ややこしいように思ったけど、映像的にイメージしたらすぐに理解できた。


「ひょっとしたらこれ、手がかりかも!」

「だな! ちょっと見てみるか!」


 手がかり探しの大義名分で手紙を開けてみる。けれど残念なことに、見事なまでの達筆な筆文字で、とてもじゃないけど私達が読める代物じゃなかった。


「うへぇ、こっちもか」

「というか、これって前の所有者さんが受け取ってた手紙の一部なんじゃないですか?」

「あー……確かにそれもあり得るな」


 依頼主の女の人は、参考にと言って文通相手からの手紙の一部を持ってきたけど、手紙を全て発見したとは言っていない。未発見の手紙が引き出しの向こうに紛れ込んでいても何の不思議もない。


 つまり、この手紙も特に手がかりにはならないということだ。


「……とりあえず、蓮池さんに報告しときます?」

「だな……」


 二人してちょっとガッカリしつつ、これまでのことを蓮池さんに報告しに行くことにする。


 蓮池さんはカウンター裏の部屋で例の古風なスタイルの手紙を広げ、老眼鏡を掛けて分厚い専門書とにらめっこをしていた。まるで研究に没頭する学者さんみたいな雰囲気で、声を掛けるのをためらってしまう。


 そんな私の代わりに、森久保さんが空気を読まない大胆さで蓮池さんに呼びかけた。


「店長。手がかりは見つかりませんでしたけど、また手紙が一通出てきましたよ。ぜんぜん読めないですね、これ」

「古風な書体ですからねぇ。専門書と照らし合わせてみているんですが、読み解くのも骨が折れますよ」

「意外っすね。店長ならスラスラ読めるイメージだったんですけど」

「僕はどちらかというと西洋骨董の方が専門ですよ。東洋骨董の知識も多少はありますけど、江戸時代の書物ともなるとお手上げです。この手紙はそれくらい古い書き方をしてありますよ」


 道理で私達には全く読めないはずだ。江戸時代以前の文字の書き方は教科書なんかで見たことがあるけど、私にはアラビア文字の縦書きの親戚としか思えなかった。


 蓮池さんですら解読には苦労しているようだし、手紙からヒントを得るのは難しいかもしれない。


 そんなことを考えていると、森久保さんがぽんと手を叩いた。


「わざわざお互いそんな書き方で手紙をやり取りするってことは、そっち方面の趣味の友達とかじゃないですかね。交友関係をチェックしてみたら何か分かるんじゃないですか?」

「かもしれませんね。ですが生前のお知り合いなら、遺族の方が既に問い合わせているでしょう。遺族の知らないご友人を探すとなると、やはり相手を特定する手がかりが必要になります」

「んー……確かに。こりゃもう探偵にでも依頼してもらった方がいいんじゃないですかね。買い取った品を調べても出てこないんなら、これ以上は俺達の手に余りますよ」


 森久保さんは既に文通相手の特定を諦めているようだ。正直、私もそう思う。


 一介の古道具屋に手伝えることがあるとすれば、買い取った商品の中に手がかりが紛れ込んでいないかチェックすることだけ。そもそも依頼主から頼まれた内容もそれだけで、探偵みたいなことは依頼されていない。


 ここはやっぱり、申し訳ないけど何も見つかりませんでした、と報告しておしまいにするのが一番だと思う。


「綾香さん」


 なのに蓮池さんは、急に話の矛先を私に向けてきた。


「他にどんな可能性があると思いますか? 君の思いつきで構いませんから言ってみてください」

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