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CASE4 自動人形 3/4

 ――夢を見た。正確には夢というよりも、意識が途切れた瞬間の走馬灯(フラッシュバック)だったのかもしれない。


 小さな私は車の助手席に乗せられていた。運転しているのは優しそうな女の人だ。この人は前にも夢で見たことがある。私と一緒にロータスポンドといたような、もっとずっと一緒にいたような。


 窓の外の風景。今なら分かる。ロータスポンドに向かう途中の道だ。


 私は運転席の方を向いてこう言った。ねぇおかあさん。おとうさん、よろこんでくれるかな。


 運転席がひしゃげて潰れる。世界が逆さまにひっくり返って、酷い音が頭の中を塗り潰す。視界一面の真っ赤な色。そして私は――





 再び意識のスイッチが入ったのは、主観的にはその直後。


 本当はどれくらい経ったのか分からなかったので、寝過ごした朝の寝起きのように大慌てで、握り締めたままのスマートフォンの表示を確かめる。


 時間経過はあれから二、三分。ほとんど時間が経っていない。けれどそれに安心できたのも束の間で、電波の受信状況を示すアンテナの表示が完全に死んでいることに気がついて、がっくり肩を落としてしまう。


 辺りは牛乳を水で薄めたような(もや)に包まれているので、異界箪笥の引き出しの向こうの世界であることは間違いない。


 だけど、ここは()()だろう。


 異界箪笥を通ると向こう側の箪笥の近くに出ることになる。その箪笥は無人の古い一軒家に置かれていて、家の周囲には何もないまっさらな世界が広がっている――それが異界箪笥というマルトクの機能のはずだ。


 けれどここは屋内じゃない。明らかに屋外で、足元には草むした地面がむき出しになっている。靄が濃いせいか、私を引きずり込んだモノどころか、ここにあるはずの箪笥の場所すら分からない。


「……晶さーん!」


 勇気を出して声を張り上げてみたけれど、反応はない。晶さんがここに来たのはもう二十分以上前のことだから、もう遠くへ行ってしまったのかもしれない。


 どうしよう。嫌な予感と焦燥感が同時に湧き上がってくる。


 ベストの選択肢は森久保さんを待って二人で対処することだ。異界箪笥のことは伝えてあるし、急に通話が繋がらなくなったんだから絶対に異変に気付いてくれているはず。きっとすぐにでも助けに――


 そこまで考えたところで、私はとてつもなく嫌な事実に気付いてしまった。


「ひょっとして森久保さん……異界箪笥がどこにあるか知らない……?」


 蔵の中は収集品で溢れかえっていたし、他に箪笥らしきものも大量にあった。そんな状況で、二階の奥の作業スペースにある正解の箪笥を見つけるまでに一体どれだけ掛かるというんだろう。


 家主の銭川さんが正解を知っていればいいけど、もしも知らなかったら。そのときは完全に総当たりしかない。お爺さんの代からの膨大な収集品を完全に把握しているなんて、さすがに淡い期待にも程がある。


 しかも『異界箪笥が一つである』という保証もどこにもない。万が一にも別の異界箪笥を引き当ててしまったら絶望的なタイムロスだ。


「どうしよう……森久保さんを待ってた方がいいのかな……箪笥を探して戻った方がいいのかな……それとも晶さんを探した方が……」


 悩みに悩んでも答えは出ず、辺りをウロウロと歩き回っていると、靄の向こうに建物の影がうっすらと浮かんで見えた。


「建物? え、どうして……?」


 普通、異界箪笥の向こうの世界に建物は一軒しかない。ロータスポンドが買い取った例の異界箪笥は、別のマルトクが誰かの手で内側に展開されたことによる例外だ。


 じゃあアレは一体何なんだろう。


 可能性その一。あのシルエットがその唯一の建物。私は何かの手違いで離れたところに放り出されてしまった。


 可能性その二。ビンの中で模型を作るボトルシップみたいに、建物の材料をコツコツと持ち込んで作られた二軒目以降の建物。


 可能性その三。ロータスポンドに置いてある異界箪笥と同じく、マルトクの『魔法の箱庭』が使われている。


 ……できることなら可能性その一であってほしい。それなら脱出手段があそこにあるということだし、晶さんも普通にそこにいるかもしれない。


「とりあえず……行ってみよう、かな」


 念のため、バッグの中の持ち物を再チェックしておく。


 スマートフォン。財布。最低限の化粧道具。ハンカチとティッシュ。フルーツ味のノド飴。仕事用の手帳。積み下ろしのときに使った軍手。貴重品を触るとき用の柔らかくて薄い白手袋。筆ペンも入った筆記用具。『魔法の箱庭』に住む人達の文章を読み解くための辞書。


 うん、清々しいくらいに役に立たない。護身用に使えそうなのがボールペンくらいってどういうことだ。


 ちなみに辞書というのは、この前の一件で見つけたものをコピーして束ねた蓮池さん手製の小冊子で、空き時間に読み込んで勉強するためにバッグの中に常備してあるアイテムだ。


「……でも、行くしかないよね」


 手がかりらしきものはあの建物しかない。覚悟を決めて、靄の中を歩き出す。


 その後すぐに、私は可能性その三が正解だったという事実を知ることになった。


「嘘……あの世界とそっくり……」


 街並みは時代劇のそれとよく似ていて、道を行く何人かの人々の顔立ちをハッキリと認識することはできない。遠くから聞こえてくる声もまるで逆再生の音声のようだ。


 そして、店先の看板などに記された奇妙な筆文字の半分くらいを、私は読むことができた。


 物陰に身を隠しながら、とっさに手製の辞書を広げて看板の文字と照らし合わせてみる。路地の隅に剥がれた張り紙も引っかかっていたので、それも拾って確認しておく。


「やっぱり。同じ書体だ……でもどうして?」


 異なる異界箪笥はそれぞれ違う世界に繋がっている。だからここは、私が知っている『魔法の箱庭』の町ではないはずだ。


 深まり続ける謎に頭を悩ませていると、背後から甲高い声を上げながら何かが覆いかぶさってきた。


「新人さぁーん! よかったぁー!」

「うわあっ!?」


 突然のことにパニックを起こしかけたけど、よくよく見るとそれは半泣きの晶さんだった。


「ぶ、無事だったんですね!」


 安堵感が胸を満たす。心配事の半分が一気に解けて無くなってくれた気分だ。


「ほんと何が何だか分かんなくって……でもよかったぁ……」

「とにかく、ここで起こったことを教えてください。私も知ってることは説明……」


 ふと、視線を感じて大通りの方に目を向ける。着物姿で顔を認識できない住人達の人だかりが、遠巻きに私達を眺めてきていた。まるで不審者を全力で警戒しているかのように。


 晶さんの手が私の腕を痛いくらいにぎゅうっと掴む。


「ひいっ……!」

「は、話は後で! とにかく最初の場所に戻りましょう!」


 この世界の住人達が、ロータスポンドの異界箪笥の住人達と同じ気質だとは限らない。私達は手を取り合って全速力で町の外に出た。


 町に来たときと同じルートを逆走して、最初に意識を取り戻した場所の付近まで走り続ける。幸いにも誰かが追い掛けてきている様子はないけれど、目的地の目印になるものがないので、迷ってしまわないかということだけは心配だった。


「はぁ、はぁ、はぁ……晶さん、最初の場所って、この辺でしたよね……」

「多分……はふ……そう……」


 しっかり呼吸を整えてから、お互いが見てきたこと、知っていることについて情報を交換する。


 晶さんが引き出しを開けて移動した先は、私と同じように建物の外の原っぱだったらしい。普段はちゃんといつもの建物の中に出てこれるのに、今回だけは何故か状況が違ったそうだ。


 私のときと違ったのは、背後にちゃんと箪笥があったこと。けれど周囲の様子を探っている間に見当たらなくなってしまったのだという。


 後は手がかりを求めてあの集落へ向かったけれど、住民や文字の異様さに恐ろしくなって物陰に隠れていたらしい。


「ね、ねぇ、新人さん。あれって何? 私、建物の外に出たの初めてで、何がなんだか……」

「ええと……話すと長くなるんですけど」


 今度は私から事情を説明する。まずは晶さんが異界箪笥に入ってから、物陰で再開するまでの出来事。次にロータスポンドが買い取った異界箪笥と『魔法の箱庭』のことを。もちろん個人情報は伏せた上で。


 異界箪笥というマルトクの中に『魔法の箱庭』というマルトクを使ったらこうなるんだと説明したら、晶さんは心の底から納得したような顔で頷いた。本人もマルトクの改造をやっているだけあって、かなりあっさりと理解してくれたようだ。


「でもよかったぁ。ここだけがおかしくなったんじゃなくて、他にも同じようなのがあったんだ」

「状況はあんまりよくないですけどね……私を引っ張り込んだのが何なのかも分からないですし、箪笥を見つけないと出られないですし……」

「う……そうだよね。とにかく出口は探さないと」

「……あ。これが何か手がかりになるかも」


 バッグから手製の辞書を取り出して、さっき拾った張り紙の内容を解読しようとしてみる。


「注意喚起のチラシ……かな。町外れの空き家に、怪物!? 野原で箪笥を見つけても……近寄るな……空き家、野原、箪笥、怪物……」

「え、それ読めるの! どうして!?」

「さっき話した件で色々あって、手作りの辞書が手に入ったんです。全部は解読できないんですけど……まさかこんなところで役に立つなんて」


 読めたのは全体の七割前後だったけど、それでもある程度の内容は理解できた。


「とにかく、箪笥を探しましょう。根本的な解決は蓮池さんに任せればいいんです!」

「う、うん! そうしよ!」


 何をするにもまずは脱出手段の箪笥を探してからだ。晶さんと手分けをして、お互いに見失わないように気をつけながら、白い靄に包まれた原っぱを探索する。


 しばらくそうやって捜索を続けていると、靄の向こうから晶さんのよく通る声が飛んできた。


「あった! あったよ!」

「ほんとですか!?」


 私も急いで駆けつける。晶さんはなだらかな下り坂の前で盆地の底を指さしていた。


 その指の先には、靄でハッキリとは見えないけれど、確かに和箪笥がひとつ不自然に放置されている。


「早く帰ろ! 怪物とかいうのが出てきたら大変だし!」

「あ、待って! 近付いちゃいけないって、チラシに!」


 我慢できずに駆け出した晶さんを追い掛けて、私も坂を駆け下りる。


 ――靄が揺らぐ。次の瞬間、木の部品が組み合わさって出来た大きな腕が、晶さんの目の前に振り下ろされた。

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