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CASE4 自動人形 2/4

「うわっ! 動いた!」

「そりゃあマルトクだからな。動きもするさ」


 私以外の人は、伊勢海老の置物がひとりでに動き出したことに驚いてもいなかった。そうか、そういう機能のマルトクだったのか。


「いやぁ、実に見事だ。動きの自然さもさることながら、自在置物としての出来栄えもなかなかのもの。それがあの価格とは驚きの一言ですな」


 たしかあの置物の価格は五十万円。なんて高いんだろうと思っていたのに、どうやらこれでも『高くない』と思われる値段だったらしい。本当に恐ろしい世界だ。


「そうそう。本日はロータスポンドさんにご相談がありまして。概要をお話ししますので、ご店主に伝えていただけますか」

「構いませんよ。また何かお探しの品でも?」

「ええ、そうなのですよ。江戸時代の舶来品を好んで収集している友人から、その時期に海外から入ってきたマルトクが手に入らないかと相談されまして」


 気付いたら話の流れが取引の相談に移り変わっていた。こうなったら私が口を挟めることは何もないので、話が終わるまで大人しく待っているしかなさそうだ。


 何気なく横に目をやると、廊下の方から晶さんがじっとこちらを見ていることに気がついた。


 晶さんも私の視線に気がついたらしく、にんまりと笑みを浮かべて手招きをしてきた。どうしよう。一応お客さんの家の人に呼ばれているわけだし、行かなきゃいけない気がする。


 けれど森久保さんは銭川さんと商談をしているわけだから、動けるのは私だけ。緊張するけど行かないといけないようだ。


「……ええと、何かご用ですか?」


 応接室から廊下に移動して、晶さんと向かい合う。


「ロータスポンドの新人さん? 見せたいものがあるからちょっと来てもらってもいい?」


 晶さんは妙にわくわくした顔でそんなことを言ってきた。どうしたらいいんだろうと思ったけど、特に断る理由もなかったので、とりあえず鞄を持ってついて行くだけ行ってみることにする。


 応接室の前を離れて、広い中庭に面した廊下を通って、家の裏手へと向かっていく。


 その途中、晶さんは絶えることなく雑談を持ちかけ続けてきた。


「ロータスポンドさんとはおじいちゃんが生きてた頃からの付き合いなんだよね。おじいちゃんもお父さんもああいうの集めるのが大好きで、蔵が丸ごとひとつ埋まっちゃってるくらいでさ」

「蔵っ……!? そんなの実在してるんですね……」

「してるしてる。あんまり多すぎるもんだから、新しく買ったのは別の場所に置いてるんだよねぇ。まぁ、おかげで私は助かってるんだけど」


 やがて家の裏手に到着する。そこには晶さんの言う通り、立派な蔵がそびえ立っていた。本物の蔵なんて見たのは初めてだ。


「ちょっと待っててね。鍵開けるから」


 晶さんはポケットから取り出した鍵で分厚い扉を開け、私を蔵の中に招き入れた。


 蔵の中には大きくて重そうな木箱が所狭しと積み上げられていて、通れるのは狭い通路のような隙間だけだった。それすらぐにゃぐにゃと蛇行していて歩きにくいことこの上ない。


「こっちこっち。登ってきて」


 ハシゴみたいな階段を登って蔵の二階へ移動する。照明器具は()いてないけれど、予め開けられていた窓から太陽の光が注ぎ込んでいるおかげで、あまり苦労せずに二階の奥までたどり着けた。


 蔵の二階の奥――そこだけは一階と比べて片付けられていて、床に座って作業ができるくらいのスペースが確保されていた。


 そしてスペースの左右の棚には、年代も用途も違う色々な古道具が、統一感のない順番で並べられていた。


「ねぇ、新人さん。マルトクがどうやって作られたのかって知ってる?」

「え? それは……そういえば、知らないですね……」

「私も同じく。誰が作ったのかはたまに分かってることがあっても、どうやって作ったのかは誰にも分からない。おじいちゃんやお父さんは気にせずに集めてるみたいなんだけど、私はどうしても気になっちゃってさ」


 晶さんは棚から道具箱と洋風のレトロなテーブルランプスタンドを取り出し、背の低い箪笥(箪笥)をテーブル代わりにそれらを置いてから、一番手近にあった窓を閉めた。


 蔵の中が一段と薄暗くなり、それと入れ替わるようにランプスタンドの明かりが灯される。


「わっ……!」


 辺りを照らすランプスタンドの光は、普通の明かりではなかった。まるでプラネタリウムのように全方向に影絵の劇を映し出している。


 そう、影絵の劇。ランプシェードに仕込まれたシルエットを映した『画像』ではなく、リアルタイムで移り変わっていく『映像』だった。


「これって……もしかして……」

「私はマルトクをただの不思議なアイテムとして集めるだけじゃ満足できなかった。どうやって作ってるのか知りたいし、自分でも作ってみたかったんだ」

「え、作ったんですか、これ!?」

「いやいや。これは改造しただけ。マルトク同士を組み合わせたりして色々と……ね? 最終目標はイチから全部創ることだからさ。でも自信作だよ!」


 まるで大したことはしていないとでも言いたそうだったけど、それでもかなり凄いことをしていると思う。


 マルトクを作ろうと考える発想も、実際に改造まで行き着いてしまう行動力も私には無いものだ。しかもこんなに綺麗なものを仕上げてしまうなんて。


「……ところで、どうして私を呼んだんですか? ひょっとしてこれを見せたかっただけだとか」

「うん、そうだよ」


 冗談で言ったのに速攻で肯定されてしまった。


「だってほら、せっかく完成したのに内緒のままなんて虚しいじゃない。誰だって、いいモノができたら他の誰かに見せて自慢したくなるもんでしょ」

「内緒って……秘密にしてるんですか?」

「あー……うん。お父さんには特に」


 晶さんはそう言って困ったように笑った。


「だいぶ前に『マルトクを創る研究がしたい』って言ったら大反対されちゃってさ。それからは内緒の独学でちまちまとね。材料は蔵に死蔵されてる安物とか壊れて放置されてる残骸とか色々と」


 ランプスタンドの明かりが消され、窓の板戸が開けられて、元通りのほのかな明るさが戻ってくる。


 改めて辺りを見渡すと、棚に置かれている古道具の半分は壊れているか、部品の一部を丁寧に取り外された形跡があった。つまりこのスペースは晶さん専用の作業場所なのだ。


「てなわけで、事後承諾で悪いんだけど、ここのことは内緒にしといてもらえないかな」

「んんっと……何も問題がなかったら、ですけど」

「うん! それでオッケー! お願いね!」


 これでいいんだ……と思わずにはいられない。口止め要求の割には色々と軽いし、秘密にしている割には初対面の人間を連れてくるなんて不用心この上ない。


 見方を変えれば、晶さんが言う『秘密にしておきたい』という希望はそういうレベルの問題でしかないのかもしれない。


 夢に反対している親には知られたくないけれど、他の人に教えるのは許容範囲だし、チャンスがあれば見せたいくらい。口止めも口頭の約束だけで十分で、情報が漏れてしまってもそれはそれ――


「あともう一つ見せたいものがあるんだけど……あれ、どこやったかな……」


 晶さんは棚の隅から隅までを一通り探してから、捜し物はここにはないと判断したらしく、仕方なさそうに肩をすくめた。


「ごめん、たぶん()()()に置きっぱなしだったみたい。取ってくるからちょっと待ってて」

「え? あっちってどっちですか?」

「いいからいいから。離れてないと巻き込んじゃうから」


 私を作業スペースの隅に移動させてから、晶さんはランプスタンドの置き場にしていた背の低い箪笥の一番右上の取っ手を掴み、()()()()()()から引き出した。


「あっ――!」


 視界が眩しい光に包まれ、晶さんの姿が消え失せる。


 異界箪笥だ。まさかこんなところにもう一つあったなんて。お爺さんとお父さんの二代続いてのアンティークとマルトク収集家というだけあって、色々なモノが集められているということなのか。


 それはともかく、()()()に行ってしまったのなら大人しく待っているのがいいのかも――


 ――三分、五分、十分、十五分――


 ――そう思ったのだけれど、どれだけ待っても晶さんが戻ってこない。さすがにこれはおかしいんじゃないかと感じ始めた矢先、鞄の中でスマートフォンの着信音が鳴り響いた。発信者の名前は森久保さんだ。


「は、はいっ! 三船です!」

『こっちの話は終わったぞ。今どこにいるんだ?』

「あ……ええと……」


 どこから話すか悩みに悩んだ末に、つい質問に質問で帰してしまう。


「……異界箪笥って、日本に五つしかないんですよね。この町に二つもあるとか、六つ目もあるとか、そういう可能性ってあるんですか?」

『どうしたんだ、いきなり。確か……他の四つは遠くにあるって話だな。未発見のがある可能性も普通にある。それがどうかしたか?』

「あのっ、あったんです、異界箪笥! この家の蔵に!」

『ほう、そりゃ凄い』


 森久保さんの反応はのんきなものだった。それはそうだろう。今のところ、私が伝えたのは『珍しいマルトクがあった』ということでしかないのだから。


「違うんです! その中に晶さんが入っちゃって、もう二十分も出てこないんです!」

『……何だって?』

「私に見せたいものを取りに行くからって……私、探してきます!」

『ま、待て待て! 今すぐそっちに行くから待ってろ!』


 まさにそのとき、箪笥の方からガタンと引き出しの開く音がした。晶さんが帰ってきたのだと思って振り返ったけれど、ただ引き出しが開いているだけで誰かが出てくる様子はない。


 何が起こったのかも分からないまま、箪笥に一歩近付く。


 次の瞬間――私の体は開け放たれた引き出しから飛び出してきた『何か』にわしづかみにされて、瞬く間に引き出しの中へ引きずり込まれた。


「えっ――?」


 悲鳴をあげる暇もなかった。すべすべとした木肌、木製の人形の手、そんなものが私を握りしめている。


『三島っ! おい、みし――』


 森久保さんの声が消え、視界が暗転する。そして私の意識もスイッチが切られたように途切れた。

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