未知なる世界
「うっ……眩し……」
深緑の木々やそよ風でなびく茂みに囲まれ、葉の間から指す日差しに照らされて橋本直也は目を覚ました。
「何故こんなところに……。そうか、俺は一度死んで、転生の話を受け入れて……」
徐々に覚醒する意識と共に記憶を辿り、現状の分析に務める。
「うぉ、マジか……。本当に転生したのか……。いや、まああれが夢じゃないっていうのは本能的に理解はしてたつもりだったけど、やっぱり信じられないな……」
そうして直也は体のあちこちを触る。文面だけ見れば怪しい表現に取れないこともないが、本当に16歳に若返っているのか確認するためだ。16歳というと、直也がちょうど軍隊に所属するかしないかくらいの頃で、筋肉もあまりついておらず、肌にも痛々しい傷跡などが残っていなかった時期であり、そういう所を見れば若返っているのか調べるのは容易であった。
「筋肉量も減って、体にあった傷跡もなくなっている……。16歳に戻ったのも本当みたいだな」
今の直也の外見は、死ぬ直前の正しく軍人のようなガッチリとした体型ではなく、どちらかと言えば小柄で華奢な体型である。黒髪黒目で顔立ちは16歳にしては少し幼いが比較的整っており、上の下といったところであろうか。いずれにせよ軍人時代の風貌とはかけ離れていた。
「というか管理人、血属性?について何かしら知っている人物の近くに転生させるって言ったよな…」
直也は辺りを見回す。周りには管理人の言っていた人物どころか、人間自体1人もいない。あるのは緑色の葉っぱをつけた、木々のみである。
「人の気配すらしない…。まさか管理人、場所を間違えたとかそういう落ちじゃねぇだろうな…。獣とかでてきたらマジで対処できねぇぞ…」
全くの未知の世界、様々な不安を抱えながら直也はおもむろに立ち上がり、両手で頬をパチンッと叩く。
「正直不安しかないが、ここにずっといる訳にもいかない。とりあえず、管理人を信じて目的の人物を探さないと」
そうして直也は新たな地を歩み始めた。
--歩き始めて1時間ほど、依然直也は誰とも遭遇することのないまま森をさまよっていた。
「おいおい……これ、景色変わったか?まっすぐ進んでいるはずだが、ずっと同じとこを回ってる気分だ……。全く人の気配もしない。まさか本当に管理人、場所間違えたんじゃないだろうな……」
少し歩けば人里に出るだろうと思っていた直也は、少しばかり焦りを感じ始めていた。
「こいつぁ本当にヤバいかもな……。最悪、野宿する場合も考えておこう。幸い、軍でサバイバル経験があるから慣れてはいるが……っ!」
最悪の場合も想定し今後のことを考え始めた、その時である。
直也の右前方の茂みがガサッと揺れた。直也は軍人時代の経験から、とっさに身構える。
(なんだ……?)
警戒する直也の前に、茂みから狼のような生物がゆっくりと出てきた。その生物の表面は黒い毛皮で覆われており、体長は前世でいうところの大型犬と同じほどであろうか。
(っ!!見るからにやばそうなのが出てきた……)
「グルルル……」
黒狼が直也の方に振り向く。黒狼の黄色い瞳には直也の姿がはっきり映っており、口からは鋭い牙を覗かせている。
「歓迎……ってわけじゃなさそうだな。こうなりゃやるしか……っ!!」
直也は前世において、軍人ということで常に右の腰に拳銃を装備していた。いつ危険があっても身を守れるようにするためだ。そのため直也は無意識に、右腰の拳銃を取るような素振りを見せるが、右手は空を切る。
(し、しまった!ここは異世界、今拳銃なんかあるわけねぇ!!)
「グルァァァァ!!!」
そのタイミングで黒狼が直也めがけて飛びかかってきた。大きく口を開け舌を出し、涎を撒き散らしながら黒狼は直也の頭を狙う。
「や、やべぇ!」
攻撃手段が何もないと悟った直也は、死を覚悟、右腕で顔をかばい、目を閉じた。その瞬間である。直也の耳に、黒狼の獰猛な声とはまた別の声が飛び込んできた。
「氷の槍!!」
「ギャウッ!!」
ドサッという音が聞こえ、直也は恐る恐る右腕を下ろし、目を見開く。するとそこには、先程まで直也を喰らおうとしていた獰猛な黒狼が真っ赤な血を流しながら横たわっていた。黒狼の腹部には、氷でてきた刺突物が深々と刺さっている。一体何が起きたのか、目の前の光景に呆然としている直也に右手側から声がかけられる。
「おい、大丈夫だったか?」
直也が声の主の方に振り向くと、そこには1人の女性が立っていた。短く少し落ち着いた青い髪が特徴的であり、寝癖であろうか、所々髪がはねている。その瞳の色は髪色と同じ色をしており、ややつり目気味で顔立ちがスラッとしていることからボーイッシュなイメージを抱かせ、年は20代後半といったところか。そんな女性がこちらに向かって歩いてくる。こちらに近づくにつれ遠近感により分からなかったが、その女性は直也よりも身長が高く、170cmほどであろうか。ちなみに直也の1今の身長は165cmほどとかなりの小柄である。突然の出来事に驚いていた直也であったが、女性に声をかけられ徐々に思考する余裕を取り戻す。
「あ、お陰様で大丈夫です。助けていただきありがとうございました」
命の恩人に対し素直にそう述べると、女性は直也を見て不思議そうにしている。
「ちょうど昼飯を取りに行こうとしてた時に近くから声が聞こえたからな。間に合ってよかった。しかし、何故こんなところに私以外の人間が……。国から派遣された調査団か何かか?いや、その割には軽装すぎるし、何よりこんな危険な場所に人を送るわけがない……」
何やら自分の世界に入りそうな女性に直也はどうしようかと迷ったが、このままいる訳にもいかず口を開く。
「えと、この森に人がいることがそんなに珍しいんですか?」
「いや、珍しいですかって……。お前どこかで頭でもぶつけたか?ここが危険地帯で人族が足を踏み入れてはいけない場所ってことは物心ついた時に誰しも教えられることだぞ」
「そ、そうなんですね……ハハハ……」
怪しむ視線を送る女性に直也は作り笑いを返すことしか出来ない。
「ふぅ……とりあえず、お前が敵ってことはなさそうだな」
「えと、敵かもしれないやつを助けたんですか?」
「あぁ、そうだ。そうは言っても、もしお前が敵なら今頃そこのダークウルフの横に並んでいただろうがな」
直也はそうして死体を見ると、額からは冷や汗が流れた。
「まあ、せっかく久々に人間と会えたんだ。立ち話もなんだろう、色々聞きたいこともあるしお前がよければ私の家まで案内するが、どうする?」
「あ、俺も色々聞きたいことがあるんで是非お願いします」
直也はこの世界について知らないことだらけである。そんな中、やっと出会えた人物に何も聞かずさよならするわけには行かなかった、それに……。
(血属性について、何か知っているかもしれないしな……)
直也の返答に満足したのか、女性は軽く頷くと今や動かなくなった黒狼を「よっ」と担ぎ始めた。
「あれを軽々と……。ていうか、そいつどうするつもりですか?」
「どうするって、昼飯を探してたって言っただろう。腹もすいてきたし、早いとこ帰るぞ」
そう言うと女性は、かなりの大きさの黒狼を担いだまま歩き始めた。
(あの体のどこにそんな力が……。この世界では普通のことなのか?色々聞いとかないとなぁ……)
そうして直也も女性に続いて歩き始めのであった。