第一章 三幕(1)
長期間放置しておりましたが、プロットや基本設定の大部分に手を加えて投稿を再開しようかと考えています。
本文内の重要な部分についても修正が行われていますので、ご了解ください。
「そこに誰かいるの?」
謎の組織の研究施設から脱出という場面に、あまりにも似つかわしくない女性の、いや女の子のか細い声を拾えたのは、アルバーが周囲の音に対し深く注意していたからだろう。
しかし、相手が何者か分からない。
声音からは助けを求める悲痛さが感じ取れるが、安直な行動は憚られる。
アルバーがほんの数瞬、答えの出ない思案の渦に沈んだ。
その沈黙を感じ取ったのか、焦りの気色を増した様子で女の子と思われる声は続ける。
「助けて欲しいんです、ずっと捕まってて、逃げたいんです」
フッと、一年近く会っていない相棒の姿が脳裏によぎる。
(あいつなら、ここで迷ったりはしないな)
この組織が上手く隠蔽されているのか、思いの外重傷を負ったか、結局助けに現れるようなことのなかったが、近く再開することになるだろう。
その時、咎められるようなことがあっては面倒くさい。
「扉から離れて、部屋の隅でじっとしていろ」
アルバーは声の主に対して注意を促すと、扉に手をかざす。
「星を巡る風の王よ、我が願いを聞き入れよ。大風の使いを此処へ寄越せ」
直後、轟音。
文字通り台風のような暴風が扉を叩きつけ、くの字にひしゃげさせた。
意味を成さなくなった扉を踏み越え、へたり込んだ少女を片手で拾い上げる。
「安全は保証しかねるが、それでも良ければ連れて行こう」
ブンブンと音を立てる程に首が振られるのを確認したアルバーは、未だ状況を理解していない少女の手を自身の腰に巻き付ける。
「よし、振り落とされるなよ。飛ぶぞ」
「えっ、えっ?」
「『飛翔』!」
次の瞬間には二人の姿はなく、破壊された扉と衝撃で大穴の開けられた天井だけが残っていた。
当初の隠密行動のプランは変更を余儀なくされたことで、迅速にこの場を離れゴールドドラゴンの索敵範囲を逃れることが最優先となった。
魔法の出力を抑えることをせず、飛翔の魔法で可能な限り上空を、目的地も定めずにただ飛んで移動する。
「悪いが、そっちの声は聞こえない。俺からの声に関しては風魔法の応用で聞こえるだろう。このまま、飛べる限り飛んで離れるぞ」
「ーーーーっ!」
腰に巻かれた腕の力が強くなったことを感じつつ、飛翔を続けること20分。
空の旅を終え、アルバーの魔力が底を付こうかというタイミングで空から降りる。
「ここらで休憩だ。街道を少し逸れているが、魔物は出ないだろう」
空からの様子で地理は把握したが、これからどう行動したものかと思案しつつ、アルバーが脇に抱えた少女を降ろす。
「ん?どうした、青い顔をしてーー」
「うぷっ……お、おえっ」
二人は近くの川を探し、焚き火と洗濯をすることになった。
「よし、上手い具合に川はあった。焚き火の準備をしているから、ダルクは何かあれば大声で知らせるように」
川探しなどの合間に少し話したところでは、少女はダルクと名乗った。
時間は夕刻近くなっており、魔力も心許ないことから、今日はこの場でキャンプである。
「ありがとうございましたっ!その、色々と」
「問題ない。俺が放っておけなかっただけだ」
「あの、それ」
水浴びをして服を干したダルクは、肌着にアルバーから借りた白衣を(これもアルバーが研究員から奪ったものだが)を羽織っている。
アルバーは焚き火の横でウサギを解体していた。
「ん?これか、今日の夕食に調達してきた」
「ウサギなら、村でも捌いたことがあります。手伝います!」
「そうか、なら任せよう。スープにするから、切り分けてくれ」
森でのキャンプは冒険者の基本として身につける知識と能力である。
アルバーも森の野草で肉の臭みを消し、それなりのスープを作ることは出来る。
異次元に保存している調味料も多数あり、手際よくスープを作っていく。
「魔物に襲われて元の村に住めなくなったので、馬車で近くの村へ移動することになったんです。その途中に襲われて、それで……」
ダルクは馬車での移動中に人攫いにあい、あそこへ連れて行かれたのだという。
「なるほど。家族や他の住民のことも気になるが、あそこに捕まっている間何かされたか?」
「血を抜かれることがあっただけで、それも最近はなくて、家族は……」
「血液……魔法薬関連か」
「魔法薬ですか?」
「俺は基本4属性の魔法を全て行使できる魔法属性だ。それが狙われて監禁され、同じように血を抜かれていた」
「私は、動物を使役できる魔法だと言われました。羊飼いの人とかが持ってると便利な能力で、珍しいから当たりだって、喜んで……」
「使役魔法か……それだな。奴らはドラゴンやゴブリンを使役していたが、君の血液から精製していたのか」
血液から薬を作るという難事を短期間で成功させたことに対する疑問については前例があったからだという結論を持って氷解した。
本来は魔力を持たない動物を使役する魔法属性から魔物を使役する魔法薬を生成したとなると、相当な期間の研究を要したことだろう。
同時に一つの疑問が生じる。
「それじゃあ、相当な期間捕らえられていたということか?」
「分かりませんが……3年以上じゃないでしょうか」
「3年ーーちょっと待てダルク、君は何歳だ」
声に抱いた幼い印象に引っ張られたこともあり、アルバーはダルクを10歳前後の少女であると考えていた。
しかし、思いの外しっかりとしたやり取りが出来、更に3年前のことを鮮明に覚えいている様子もある。
薄暗くなり始めた森の一角で、焚き火に当たるために身を寄せ合っている二人。
アルバーは何故か急速に喉の乾きを感じる。
「えっと、あれから3年経ってるとしたら、今年で16になるはずですが、それがどうかしましたか?」
眼の前で肌着を晒し、今もかすかに濡れた髪が首に張り付く少女が、首をかしげるようにしてアルバーの顔を覗き込む。
自分とさして変わらない年齢の、少女がである。
「何もない。ちょっとした確認だ」
アルバーは焚き火の熱からか顔を少し赤らめ、スープを流し込んだ。
大いにむせた。