第一章 二幕(9)
長期間放置しておりましたが、プロットや基本設定の大部分に手を加えて投稿を再開しようかと考えています。
本文内の重要な部分についても修正が行われていますので、ご了解ください。
レグルスは想定外の苦戦を強いられていた。
オークキングは単体でそれなりの危険度ではあるが、決して勝てない相手ではない。
少なくとも、竜殺しと言われた双翼が苦戦する敵ではないはずだった。
「歩式剣術弐之型、腕取り」
普段なら息を吸うように自然に繰り出す剣技を、丁寧に教えをなぞるように放つ。
オークキングの振り下ろされた豪腕に絡みつくようにブロードソードが走ると、脇から肩へ剣を担ぐように振り上げる。
相手に背中を晒すが、本来は後方を警戒しつつ腕を切り取ることで一人を無力化する技である。
しかしオークキングの肩からは出血が見られるものの、未だ繋がっている。
レグルスの常識にあるオークキングの耐久力とは桁がひとつ違っていた。
周囲のオークは少しずつ数を減らしているが、ガイノ達も満身創痍の様子が見て取れる。
援護は期待できず、なんならオークキングを片付けて自分が援護に行く場面である。
しかし、勝ち切ることができなかった。
力の強さも皮膚の硬さも、戦闘技術も、一般的なオークキングとは比べ物にならない。
それ以上に、今のこの状況がレグルスの気を逸らせた。
アルバーと生き別れる原因となった、ゴールドドラゴンとの戦いを彷彿とさせる。
自身の無力によって、仲間が傷ついてしまうという状況。
気が逸るレグルスは、もう一歩踏み込むべき場面で踏み込めず、もう半歩引くべき場面で引くことができなくなっていた。
後方でガイノが二体のオークを相手取っている。優勢ではあるが、2対1の状況で、攻めあぐねているようだ。
オルティスは小技で上手く立ち回るタイプの魔法使いであり、オークのような重量級の相手に接近された状態での戦いに苦戦している様子である。
マシューも芳しくない。本来は戦場全体を俯瞰して動くはずのマシューがオークを相手に切り結ばされている時点で戦況が危ういことは明白だ。
曲がりなりにもAランクパーティである以上、個々の実力でオーク数体に負けはしない。
負けはしないが、勝てもしないだけである。
しかしレグルスには、そうは見えない。
元々アルバーという強力な相棒と二人パーティであった弊害か、ドラゴン種という地上最強種とばかり戦闘経験を積んでいた感覚のズレか、はたまた過日の苦い記憶か。
レグルスには、新たにできた気の良い仲間が死の危機に瀕しているようにしか見えなかった。
「うぉぉ!」
レグルスはオークキングが腕の出血と痛みに怯んだ隙に戦場から少し離れた位置にいたオークに斬りかかる。
圧倒的な剣圧はオークを袈裟斬りに両断し、再起不能の手傷を与える。
が、同時にオークキングも体勢を立て直し、一抱えはある巨木を振り回してレグルスを襲う。
技術なしの膂力のみで振るわれた巨木は、その重量を感じさせぬブオンという風切り音とともにレグルスに肉薄するも、レグルスは辛くもそれを転がるように回避する。
「おいおい……」
他方、ガイノから見て、レグルスの戦いは精彩を欠き過ぎていた。
自身にあの技量があると仮定するなら、三度は首を飛ばすに足る隙を、オークキングは見せていた。
しかし、そのたびにレグルスは周囲を確認し、時にはオークキングを無視してオークに斬りかかる様子まで見せる。
オークキングと戦闘経験のないガイノをして異常と断じるに足るオークキングの強靭な肉体、迫力、膂力を前に他所を見やり、時に駆け出す胆力は感嘆に値するが、少なくとも今はオークキングを迅速に無力化することだけが求められているはずである。
ガイノの感覚では、レグルス以外の三人はオークと上手く距離を取りながら時間稼ぎが出来ているのである。
畳み掛けるべき時に、畳み掛けることができていない。
レグルスの心中を知らぬガイノには、その理由を預かり知ることは出来ない。
予想外の開戦から、一時間あまりが経っただろうか。
レグルスが戦場を右往左往しつつ、オークキングに膝を付かせる。
何度目か分からぬ大きな隙に、しかしレグルスは畳み掛けずに後方を振り返ろうとする。
その眼前、膝をつくオークキングとレグルスを隔てるように。
レグルスにとって、ひどく懐かしい人影が音もなく降り立つ。
「ーーあまねく降り注ぐ火の精霊よ、一つに集い大火と成りて、尽くを焼き尽くす劫火の陣と化せ」
完全にコントロールされた風魔法による飛翔、その着地の柔らかさは正にレグルスの見知った通りのものであり。
「おいおい、1000のリザードマンを下した剣士様がオークキングに苦戦か」
その声はひどく懐かしく。
「流石だな、これで燃えないとは。しかし、まぁ――」
燃え盛るオークキングを油断なく見据える背中が、レグルスにはただ大きく見えた。
突然の猛火に襲われたオークキングだが、その身体は何故か薄いヴェールに守られたように炎を逃れている。
手足をばたつかせて執拗に顔を払い、眼の前に敵がいることも忘れたように暴れ回る。
「酸欠とは、オークの王の散り際に相応しくなかったな」
燃え盛る炎に酸素を全て奪われたオークキングは膝から崩れ落ちる。
同時に、無詠唱で形作られた大量の水の弾丸がガイノ、オルティス、マシューと相対していたオークの額を穿ち、音もなく命を刈り取る。
「さて、これで静かになった。感動の再会だが、泣くか?」
双翼が左、最強の男がそこにいた。