第一章 二幕(8)
長期間放置しておりましたが、プロットや基本設定の大部分に手を加えて投稿を再開しようかと考えています。
本文内の重要な部分についても修正が行われていますので、ご了解ください。
歩哨であろうオークと2、3度の会敵し、それを退けつつ森を進んだ先。
数回目のガイノの索敵は大量のオークの存在を探知した。
「どうやら木こり小屋だか古い集落だかを根城にしている。もはや正確な数が分からんが、30はいるぞ」
足音や振動を対象に行う土魔法による索敵は「川や谷がなく地続きである」というゆるい条件で高精度の索敵を可能にする、優秀な索敵法である。
風向きに左右される匂いを対象とする索敵や、天候や時間帯によっては作用しないことも多い視覚による探知に比べ、オールマイティに作用する。
しかし浮遊する対象には無力である点、地面を揺らす対象の具体的な外見情報などを獲得できない点で評価を落とす。
同時に、あまりに多数の存在が同時に進行する場合、数を探知することが非常に困難であるというデメリットも存在した。
極端に言えば、行軍する軍隊は大きな一つの塊としてしか認識できないのである。
今回のように、密集した範囲で動き回る重量級の存在は苦手な相手である。
「面制圧に、古い集落となると障害物も、ですか……」
オルティスが杖を抱くように握りしめ直す。
風魔法は殺傷能力に優れる反面、広範囲に対する決定打に欠ける属性である。
真空波や風の弾丸は高い貫通力と隠密性を誇るが、風という性質上影響する範囲を広げると効果が分散してしまう。
障害物にも弱く、視界外へ影響を及ぼすことは難しい。
「俺がオークキングを抑えている間に周りを処理してくれればいい。どれだけ時間をかけてもらっても大丈夫だ」
それはレグルスにとって常ならぬ言葉だった。
これまでは大物の相手をアルバーが、小物の相手を自分がしていた。
そもそも、自分の剣技は開発者の意図が大いに反映された「対人剣術」である。二足歩行の人型生物の相手は得意とは言え、オークのような魔物を相手に振るわれるように設計されていない。
対人向きで小回りの効く剣術で小物を相手に数減らしをしつつ、アルバーの戦場を整えるのが自分の役目であった。
固定砲台と護衛、それが龍の双翼の戦闘スタイルである。
それから言えば、今回の布陣は違和感の大きなものである。
「オークキングさえ抑えてもらえば、ようはオークの群れだ。少々数は多いが、俺達のレベルなら問題ないだろう」
「そそ、面で攻撃なんて下手なことせずに、可及的速やかに数を減らしましょうや」
マシューはガイノの言葉に大きく頷きながら、不安げな顔色のオルティスの肩を叩き、気合を入れる。
昼食から2時間と少し、時刻は昼下がり。
頂点に達した太陽は森の木々に短めの影を作り、通常小動物の鳴き声や気配がするはずの空間は静まり返っている。
オークの存在は森を静寂に包み込み、四人の息遣いだけが響く。
このまま接近すれば、じきにオークとの戦闘になるはずである。
各々が武器を握り直し、誰かの唾を飲む音が聞こえる。
あと5mも近づけば、バラけてそれぞれが適切な配置につこうかというタイミング。
オークの獰猛な吠え声が木霊した。
歩哨に出ていたであろうオークの帰還、その通り道と、一行の進路が重なった不運である。
「散開!各々の判断でオークを止めて、レグルスの進路を開けろ!」
ガイノが声を張り、レグルスの前方に躍り出る。
向かい来るオークに対し斧を振り下ろして威嚇し、数秒の時間を稼いだ。
こちらの存在に気付いた集落のオークの数体に対しては、レグルスから距離をとったマシューが鉄製の釘状の武器を投げつける。
ダメージは無いものの、集落のオークの注意はマシューに集中した。
レグルスは瞬時の判断で、集落に駆け込む。
オルティスが後方で魔法の詠唱をしているのが聞こえる。
予定通りとは行かないものの、とっさの判断で戦闘に移行した分、高い注意力で状況判断ができている。
集落にいるオークは30以上とのことだったが、戦闘に向かない幼体と思われるオークも少なくない数存在する。どうやらオークにも子供を守るという本能は最低限存在するらしく、数体のオークは幼体のそばから動かない。
(オークキングはあっちか……!)
オークは強烈な縦社会で群れを構成する魔物で雌雄は2:8程度、メスが貴重な種族である。
オークのメスはボスによって独占され、そのため大部分のオスは他種族のメスを攫うことがあることで知られる。
他のオークからメスを守る意味でも、オークキングはメスと行動を共にすることが多い。
オークは雌雄で戦闘能力に大きな差がないため、これが護衛の役目も果たし、群れが半壊した場合でも立て直しが容易にもなる。
人間にとっては害しかないオークであるが、オークなりに生物として生存のために進化を重ねているのである。
しかしながら、数と集合知で魔物や魔獣との戦いを生き残ってきた人間にとって、ワンパターンな群れの構築はオーク討伐の指針を示しているに過ぎない。
『ブモォォォ!!』
オークキングがいると思われる方向に進路をとり走り出した瞬間、まさしくその方向から身がすくむような雄叫びが聞こえる。
扉の破壊された廃屋の影から、オークキングが姿をあらわした。
ソロになってからでも、オークキング以上に凶悪な相手と何度となく戦っている。
竜の双翼時代にはドラゴン種ばかりを相手にしてきた。
それでも、こうして眼前で巨体が揺れると強い緊張を感じる。
「さぁ、いこうか」
レグルスはブロードソードを強く握り、大きく踏み込んだ。