第一章 二幕(6)
長期間放置しておりましたが、プロットや基本設定の大部分に手を加えて投稿を再開しようかと考えています。
本文内の重要な部分についても修正が行われていますので、ご了解ください。
「さて、夜にはコナ村に到着。明日にはラグア森林に入る予定だったが……」
ガイノが地図を広げ、視線を落とす。
左手はゆっくりと顎髭を撫で付けている。
「このペースですと、昼過ぎにはコナ村を目指せそうですね」
オルティスが広げられた地図を覗き込みながら付け加える。
こうした相談はマシューを抜きに行われることも少なくないことを、レグルスは最近理解した。
理由は想像に難くない。
「なら休憩が出来る」と言い出すことは火を見るよりも明らかだからだ。
「なら、先に森に入って様子を見よう。オークキングの発生は深部だろうが、表層への影響は見ておきたい」
レグルスは彼なりの意見を述べる。
準備や連携の確認など、必要不可欠とはいえ短くない旅程を経てここまで来ている。
今日までに出現する魔物も少しずつ増えている様子から、オークに追い立てられた魔物たちが森から逃げ出している様子も見て取れている。
コナ村での最終ブリーフィングに、情報は少しでも多いほうが良い。
「慎重派だな。だが嫌いじゃない。そうしよう」
ガイノが膝を叩くと、御者台マシューに大声で予定の変更が伝えられた。
文句の声が薄く聞こえたが、ややあって馬車は進行方向を少し変えたようである。
コナ村より少し手前の時点で、ラグア森林に寄った馬車は十分ほどそのまま進み、森に入りやすそうな開けた場所を見つけて止まった。
「よし、ここから偵察に入るが、大丈夫か」
「問題ないっしょ。さっと探索して帰りましょうや」
マシューは軽口に似合わず装備をしっかりと確認していた。
気負わず、しかしミスなく。指揮官のような立ち回りを求められる、自身の役割を理解した立ち居振る舞いである。
本当によく連携の取れたパーティだった。
森に入って小一時間といったところか。
足を止めることなく進んだことで、生い茂る木々はより雄大になり、剥がされた樹皮や木のウロには小動物の生活感も増している。
にも関わらず、生物と相対することなくここまで進めてしまっていた。
「これは…」
「まずいかも知れないですね」
ガイノとオルティスが小さく呟くと、先行していたマシューが手信号を上げる。
「見つけた。これは不味いぞ」
視線の先にはオークの集団。
豚の頭にでっぷりとよく肥えた黄褐色の身体は正しくオークだが、その数が不味い。
4体である。
多いのではない。少ないのだ。
1体なら、分かる。
腹が減ったかはぐれたか、彷徨いているだけだ。
10体や20体なら、それもまた分かる。
それ全体が群れであり、殲滅対象だ。
4体のオークが練り歩く様子。
それは巡回、警戒、を連想させ、本来知性の低いオークという種に統率者が出現したことを意味した。
4体を巡回に出しても問題のない規模の群れを形成している。
しかも、森に入って二時間足らずの表層部が巡回対象の地域となっている様である。
「警戒させないほうが良い。今回は戦闘は無しだ。引くぞ」
ガイノの指示に従い、必要以上に低速になった一同は日が暮れる直前に森を脱出。
夕刻にはコナ村にたどり着いた。
「明日は朝から森に入り、最速で群れの発見を目指す。発見即殲滅だ」
「それしかないですね。本当に、僕たちだけで引き受けなくて正解でした」
ブリーフィングは緊張感あふれるものになった。
元々は時間をかけ、数日かけて森を練り歩きつつオークの総数を減らし討伐報酬の増額を目指す方向でレグルスの火力が活かされる予定だったが、この状態ではそんな悠長な事を言っている猶予はない。
真っ直ぐ森の深部を目指し、迅速にオークキングを討伐する。
討伐後の群れの混乱も相応のものになるだろうが、群れの発見が遅れればそもそもオークの尖兵が森を飛び出すのは今日明日の問題である。
「オークキングは初めて戦う相手ってことだが、あんたの剣技なら間違っても遅れは取らない。問題があるならオークの群れを引き付ける必要のある俺達だな」
三人は連携を何度も確認し、相手の構成や数に応じた立ち回りを詳細に決めていた。
作戦は単純明快であり、オークキングの相手をレグルスが行い、その間は群れのオークをガイノたちが引き受けるというものである。
レグルスという最高戦力を最大限活用する作戦として筋の通った内容ではある。
そこにレグルスのどのような感情が反映されているのかは、レグルス自身、気付いていない。
かくして、ブリーフィングは夜半近くまで続けられた……
「よろしくお願い致します」
コナ村の村長へは昨日の内に事情を説明していた。
オーク討伐依頼の発生初期からコナ村にも話は伝わっていたが、このままでは村にオークが大群で押し寄せるという現実感のあるビジョンが齎されることで、深い皺の刻まれたその顔には悲壮感すら見て取れた。
「こちらには伝説の剣士まで居るんだ。大船に乗ったつもりで、とはいえ子供を家から出さんようにな」
パーティのリーダーとして、頼りがいのある大きな背中を晒すガイノが豪快な大声で応じると、深く頭を下げた村長を背に馬車が走り出す。
早ければ今日中には、オークキングが討伐される。
小さな村が一つ救われる。
小気味良い仲間たちとの旅が終わる。
一つの目標が、達成される。