第一章 二幕(5)
長期間放置しておりましたが、プロットや基本設定の大部分に手を加えて投稿を再開しようかと考えています。
本文内の重要な部分についても修正が行われていますので、ご了解ください。
「さて、今回の依頼はラグア森林を大きく迂回してザクハ大山側に進む。コナ村からラグア森林に入るルートを取れば、森林内部にオークが集落を築いているはずだ」
翌朝、ギルドに集合したオルビス戦士団とレグルスは最後のブリーフィングを行う。
といっても、片道五日程度を予定し、準備や森林内での活動まで踏まえてひと月程度を見越した長期のクエストである。道中でもブリーフィングは行うし、戦闘の前後では個別にミーティングも行われる。
軽い確認のようなものである。
大陸西部、地図を広げて大陸のざっと左半分を国土とするアルカダイン帝国だが、首都アルカスは国土の中でも西端に位置するといっていい。そのため、ザクハ大山を巡って頻発する戦争被害が首都にまで及ぶことはない。
ここツェーザルハルト子爵領はそのアルカスから東に、馬車で二週間ほどの位置である。帝国のほぼ中央と言っていいが、東側はザクハ大山との間をラグア森林に遮られるため、交通の要所はラグア平原南部に固まっている。
ラグア森林は慣れた人でも直進で突っ切るならば十日はかかる大森林である。すでに大部分が踏破された森であるが、深部には危険な魔物も多い。
その為、ザクハ大山の麓であり今回オーク集落と思しきポイントが見つかった地点にほど近い、コナ村を目指して森を大きく迂回するルートをとる計画となった。
「これで俺たちがしくじりゃ、帝国騎士様にご足労願う必要があるってわけだ」
「どうでしょうか。Sランク依頼とはいえ、僕たちのような小規模なAランクパーティが失敗した程度では動かないかも知れませんよ」
「……俺が生きて帰れないような事態なら、騎士さん方でも難しいだろう。そもそも、俺は個人だがSランクパーティだ」
マシューの軽口にオルティスが応じ、レグルスまでそれに応える。ブリーフィングもひと段落し、少しの雑談が混ざり始めたところで
「そうはならんように、俺たちのところで食い止めようって話だ。オークごときに10000G、その危険度をしっかり考えて行動しろよ。マシュー」
「ひでぇな、名指しで狙い撃ちかい団長殿」
マシューが肩をすくめるのを合図に、一行はギルドを出る。
Sランク依頼「オーク集落の討伐」へ、歩みを進めるのである。
「5000Gがウチの取り分なら、俺は1500か? ツケを綺麗に返し切ってお釣りがくらぁね」
マシューが馬車の荷台で指を折る。
「馬鹿言うんじゃねぇ。てめぇは戦士団に、つまりは俺に返す金があんだろうよ。差し引き500ってとこだ」
ガイノが地図を片手に旅程を確認しながら、マシューを小突く。
「先程のウルフ以降、街道は落ち着いていますね。当分戦闘はなさそうですよ」
オルティスは御者台の左側で手綱を繰りながら早期警戒を担当し。
「分かった」
レグルスはオルティスの指示のもと街道沿いで現れる魔物に高速で接敵し対応する。
まるで古くからの四人パーティであったかのように、一行は穏やかにラグア森林を左手に進路をとる。
道中ではワイルドブルやウルフ、ビッグホーンボアといった森林から平原にかけて生息する魔物を中心に、まれにゴブリンなどの亜人種と呼ばれる魔物、森林でも深部に多く生息するグリズリーの類が現れた。
しかし、オルティスが敵発見の報を発するや否やレグルスが風の速さで接敵し、一刀の下に切り伏せるのである。
順調な旅路。
夕方までに宿場となる町や村に到着し、オルティスがギルドに行って道中で剝ぎ取った素材の換金を行ない、レグルスはそれに同行。
マシューは宿をとり、ガイノは食料の補充。
事前に取り決めていた通りに、流れるように時は経っていった。
「一日目終了ー! 仕事の後は飯がうまいったらないね」
「てめぇは何もしてねぇだろうがよ。すまんな、レグルス」
マシューの軽口、たしなめるガイノ。
短い付き合いの中ではあるが、レグルスはそんな彼らのお決まりの掛け合いに少しずつ慣れてきていた。
「いや、俺が無理を言って一人で戦ったんだ。問題ない」
柔和な語り口は先日気付かされた自身の振る舞いの反動か、気安い仲間と打ち解けた心の表れか。
同時に、また仲間を失う恐怖心がよぎる葛藤。
道中笑い合うこともあり、また過度に不愛想に対応してしまう場面も少なくなかった。
「それにしても、何度見てもレグルスさんの剣技は凄まじいです! あれが、ドラゴンを狩るものの剣技なんですね」
オルティスの、今にも光り出すのではないかという尊敬の眼差し。
「……俺が、この手でドラゴンを討伐したことなんてねぇよ」
レグルスは酒をあおり、今度は不愛想に応える。
「……レグルス、いや双翼の右。何があった? お前さん程の剣士が、相棒を失う。かのゴールドドラゴン討伐で、一体なにが」
ガイノが静かに問う。
ゴールドドラゴン討伐。
竜の双翼最後の戦いにして、唯一敗北を喫した、いまや伝説となった戦い。
吟遊詩人は各々に戦いの顛末を歌い、庇いあったとされ、相打ったとされ、時には逃げ帰ったとされた戦い。
「今日は剣を振りすぎた。明日も早い。俺は休む」
レグルスは振り向きもせず、テーブルに多くの食事を残し、店を後にした。