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竜の双翼伝説  作者: 韮塚雫
第一章 過去、そして未来へ
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第一章 二幕(4)

長期間放置しておりましたが、プロットや基本設定の大部分に手を加えて投稿を再開しようかと考えています。

本文内の重要な部分についても修正が行われていますので、ご了解ください。

 朝、レグルスは宿の薄いベッドで目を覚ます。

 明日の朝ギルドに集合するまで、一日は暇が出来た。

 思えばこの一年はひたすらクエストを請けては、戦いに明け暮れていた。

 身体を休めることもせず、考えることを放棄してきた。

 今までの調子なら、今日も日帰りで達成できるようなクエストを探しに行っているところである。


 しかし今日はそんな気にならなかった。

 それは目標の達成が目前に近づいたことによる充足感によるものか、ここ数日で知り合った気の良い三人組にあてられたか。


 レグルスはそんな事を思いながら、戦闘用でない皮の軽装に着替えて部屋を出た。

「あら、今日は遅いのね。ご飯用意しようか?」

 一階に降りると、恰幅の良い女将がテーブルの掃除をしている。

 一階には20ほどのテーブルが並んでおり、二階と繋がる階段の横手にあるカウンター席と合わせて昼食時には食堂として営業もしている。

 宿の客は注文していれば朝食と夕食をここで摂ることができるようになっていた。

「いや、じきに昼飯時だから外で済ますよ。ありがとう」

 軽く手を上げて答える。

 これまでの印象からは想像もつかない気さくな声と明るい表情に、女将は目を丸くしてレグルスの顔を見やる。

 レグルスはそんな女将の様子に気付かず、足早に宿を出た。


 町は活気に満ちていた。

 川魚を出す評判の店は昼前とあって客引きに余念がなく、串に刺した焼き肉を売る屋台には2、3人の列が出来ている。

 レグルスはそのどれもの前で立ち止まり、メニューや店の雰囲気を眺め歩く。

 一軒の八百屋ではリゴの実を買った。

 赤い実は磨いたような艶があり、丸々と重い実からは甘い香りがしている。

 レグルスは全体を眺めた後、服の袖で軽く拭うとかじりながら商店街を歩いた。

 この町では1年近くを過ごし、出歩かないとはいえ町を歩く機会も少なくはなかった。彼自身吟遊詩人に語られる戦いも少なくない。そんな中で町で暮らす人には彼を知る人は多い。

 普段は不愛想に宿とギルドを往復するだけの、遠巻きに眺める事しかできなかった双翼の片割れ。

 これまでとはどこか様子の違う彼が過ぎた後、短い商店街ではしばらくざわめきが止まらなかったという。


 商店街を抜け、レグルスは城下町の外周に差し掛かった。

 城下町はざっくりとだが内側と外周とその中間に分けられる。

 内側は城を中心に貴族や大商人の住む地域、中間には商店や魔法学校などが立ち並ぶ。また、一般的な町人は中間層に住居を持つ。

 そして外周部はギルドや傭兵の事務所が立ち並び、城壁があるとはいえ一歩出れば魔物がたむろする世界であることを感じさせた。

 また、外周に近づくにつれて建物は小さく古くなり、ギルドや傭兵の事務所、兵士の詰め所、その周辺の武器屋などの裏に少し入るだけで浮浪者とすれ違うようなところもある。

 広い世界に、人間は富むも富まぬも老いも若いも寄り添って生きている、そんな世界の縮尺は、どこの町でも見られる景色だった。

 外周にさしかかり、ギルドの近くに差し掛かる。

 この辺りは安さと量が売りの飯屋や素泊まりの宿など、街の中央よりグレードの落ちる店が立ち並ぶ。冒険者、傭兵の新人が一度は訪れる地域である。

「何か、食いでのある肉料理は無いか?」

 その内の一軒、油の染みたような壁に帝国語と大陸共用語の二つでメニューが掛けられたみすぼらしい食堂に入った。

「なんだ、双翼の……右の方か。肉なら何でも良いのか」

「へぇ……覚えてるとは思わなかったよ」

「有名になろうがなかろうが、常連の顔名前が覚えられんで飯屋が出来るかってんだ」

 ニ、三言葉を交わしひげ面の背の低い店主は新聞を横に置いて腰を上げると、店の奥に消える。

 包丁の小気味良いリズム、油の跳ねる音。

 レグルスは適当な席に座ると何気なく店を見回しながら、料理が出るのを待った。

「最近じゃ漆黒だなんだと怖がられてるって聞いたが……」

 壁にかけられたメニューを眺めるうち、隣に店主が肉炒めをもって立っていることに気付いた。

 レグルスが自分に声が掛けられていると気付き、そちらへ向き直ると、店主は言葉を続ける。

「……良いことでもあったか? ニヤニヤしてると気持ち悪いぜ」

 ドンと肉炒めをテーブルに置くと、ニヤリと笑う。

 再度店の奥に消え、薄っぺらいパンが2枚乗った皿を持ってくる店主。

 レグルスは自分の顔に何か付いているかを確認するように頬を撫で、気付いた。

 自分が自然と笑顔であったことに。

 昨日も、一昨日も。彼らに出会い、自分が笑っていたことに思い至る。


「……仏頂面はらしくないか」

 笑い方を忘れないようにとでも言うかのように、頬の筋肉は上がったままで上手く力が抜けなかった。

 肉炒めをパンにはさみ、食べる。さして美味しい訳でもない。

 五年近く前、この町に来れば足を運んだ安い食堂。アイツを思い出す店に、自然と足を運び、そこに笑顔で入れた。

 長く忘れていた笑顔は、いとも簡単に取り戻せるものだったようだ。

(相変わらず、馬鹿みたいに味が濃いな……)

 レグルスは久しぶりの味を嚙み締めた。


 昼食を終え、明日からの旅に備えて装備を揃える。

 昨日の稼ぎで旅に必要な物品は戦士団の方で準備するとのことで、レグルスは個人で使用する装備を主に準備をすれば良かった。

 鎧に油を注し、剣を鍛冶屋に持ち込んで研ぎ直す。洞窟に入る可能性も高いため、ランタンも準備し、靴も新調する。

 行く先々では「良いことでもあったか」など声を掛けられ、そうでなくても見られる視線の違いを感じさせらられた。

 試しに、俺はそんなに怖い顔をしてたかと聞いてみると、オーガか何かのような顔だったと笑われた。笑い返した。

 久しぶりに楽しいと思える一日を過ごし、一通りの装備、持ち物を確認し、準備を整えた。

 夕食は宿で摂り、少しの酒を飲み、眠る。

 顔の筋肉の痛みが、懐かしかった。

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