3 研修医二年・五月〜七月
5 研修医二年・五月
一
五月は、直ぐにやって来た。 その前の話だ。
あの日の夜、母親から利知未へ連絡が入った。
「倉真のご機嫌は、まだ悪いのかしら?」
聞かれて、利知未は晩酌中の倉真を軽く振り向いた。
「そうですね、まだ、少し」
「そう。 理由が、解りましたよ」
母親は、くすりと笑った。
「どうやら、お握りが原因だったみたい。」
「お握りが?」
「倉真の好きな具、利知未さんが握ってくれた分も、お父さんが、うっかり食べてしまったらしいのよ」
話を聞いて、呆れた。
「それで、お父様は?」
「将棋も勝ったし、あの人が食べてしまっただけですからね。 機嫌が悪い事は、無かったけど。 次は皿を別にしろと、仰ってましたよ」
もう一度、倉真を見てしまう。
呆れ顔の利知未に気付いて、倉真が変な顔をしている。 利知未も小さく笑ってしまった。
「何を、召し上がったのですか?」
「焼き鱈子だそうよ」
「そうですか、解りました。 明日のお弁当で、作って持たせます」
「世話を掛けます」
「いいえ。 それくらいの原因で、良かったと思いますよ」
小さく笑った利知未の声を聞いて、母親も小さく笑っていた。
翌日、利知未は言葉通り、倉真の好きな具を使って大きな握り飯の弁当を作って、倉真に持たせた。
月の初めに、皐月と松尾の、結婚式の招待状が届いた。 利知未は、出席は不可能だろうと思いつつ、封を切った。
二人の結婚式は、二十三日・木曜日となっていた。
「これなら、行けるな」
シフトを見て、利知未が嬉しそうな顔をしていた。
「休みだったのか?」
「うん。 行って来ても良い?」
「俺に断る事も無いだろ、祝って来てやれよ」
倉真は、そう言ってくれた。 翌日、直ぐに出席の返事を送った。
返事を貰って、皐月から折り返しの連絡が入った。皐月は、倉真とも仲が良い。披露宴は平日でも有り、利知未だけに招待状を送ったけれど、二次会には、是非、倉真も出席して欲しいと、誘われた。
倉真は気持ち良く、誘いに応じてくれた。
五月に入り、利知未の外来担当日が半日増えていた。
休日以外の月二日。 隔週で、土曜の午後にも受け持つことになる。 今年も医師免許取立ての新人が数人、研修医としてやって来た。
外科には新しい医師は来なかった。 内科と整形外科、婦人科に其々、一人ずつ。 利知未は外科では相変わらず、一番の新人研修医だ。
この一年で利知未はオペの数も増え、救急からの応援要請に応えた結果、救急車で運ばれて来た患者も、退院後は数週間から数ヶ月間、外来時間に経過を見せにやってくる。
印象的な患者も何人か居る。 相変わらず若い男性患者は、利知未の外見と仕事振りに憧れてくれたりもする。 日々、忙しく過ごしている。
携帯電話の通常携帯義務も、そろそろ本格的に動き出した。 五月の中旬、PHSの携帯義務措置が、スタッフ全員に言い渡された。
その夜、夕食時間に、倉真と話した。
「PHS、来月から持つ事になったよ」
「そうか」
「基本的には、院内での連絡用だけど。 お金は払ってくれるらしいから、出費は無くて済みそうだけどね。 倉真、携帯どうする?」
「ありゃ、有ったで便利なんだろうけどな。 首輪と鎖が、着く気分だ」
倉真の意見に、笑ってしまった。
「鎖、ね。 …浮気防止には、丁度良いかも」
「する訳ないだろ。 十分、満たされてるからな」
「それは、女の言葉なら信じられそうだけど……。 男は、怪しいな」
「どう言う意味だよ?」
「生態の差?」
「難しい話はパス」
「そう言うだろうと思った。 ……そうだな、倉真が持ってくれてれば、楽は楽なんだろうけど」
その日の話は、そこまでで、取り敢えず終了だ。
来月、利知未がPHSを持ってから、どこかで倉真の分も、探してみようかと考えた。
その翌週、利知未は皐月の結婚式へ出席した。 服装は悩んだ。 これまでに何着かのワンピースも増えている。 新しい服を買うのも勿体無いと思い、アクセサリーで雰囲気を変えて、気回す事にした。
女らしい雰囲気で現れた利知未を見て、披露宴に呼ばれていたアダムの従業員は、ビックリしていた。 化粧も少しはするようになっている。
中でも高林は、随分と淑やかそうな雰囲気になった利知未を見て、まるで自分の娘が成長して来たかのように喜んでくれた。
懐かしい職場仲間と、一つのテーブルを囲んで話が盛り上がった。
二次会には、今年で社会人一年生となった、別所も顔を出した。 別所も、始めてアダムでバイトを始めた頃に比べて随分、大人っぽくなっていた。
既に社会人三年目を迎えた妹尾とも、久し振りに顔を合わせた。 利知未を見て、やはり目を丸くしていた。
「随分、女っぽくなったじゃないか」
始めにそう言われた。 あの頃の自分が顔を出してしまう。
「妹尾は、少し太った?」
「言うな。 大学卒業して一年間は痩せてた位なんだぞ。 二年目になってから、何故か太りだしちまった。 5キロは太った」
「貴子とは、まだ続いてる?」
「別れた。 偶に、電話はしてるけどな」
「今は友達、って事か」
「そう言う事。 おれ、この後ちょっと、二人から頼まれてるんだよ」
「何かやるの?」
「大学時代の研究成果を、発表するよ」
落語か、と思った。
「楽しみだな、頑張れ!」
「おお」
そう言って支度をしに、借りてあった店の奥へ引っ込んでいった。
妹尾と話を終え、今度は別所と話をする。
「久し振りです」
声を掛けられ、別所と向かい合った。
「久し振り」
「随分、雰囲気が変わりましたね」
「さっき、妹尾にも言われた」
小さく肩を竦める。 別所は、いつかの朝を思い出してしまった。
「瀬川さん、昔から色っぽい所あったけど」
呟いてしまう。
「そう? そんな事は、無かったと思うけどな」
「……あの、」
「何?」
「いや、やっぱりイイです」
あの朝の事を、突っ込んでみたくなった。
けれど、言うべきではないかも知れない。 利知未から、あの頃と同じ事を言われてしまった。
「男らしくないな。 言いかけて、言うの止めるなんて」
「俺は昔から、こんなもんです」
小さく微笑んで、別所は話を変えた。
「何か、アダムの歴代カウンターバイトの同窓会みたいになって来ましたね」
「そうだな」
話していると、後ろから懐かしい声が呼び掛ける。
「利知未、久し振り! 綺麗になっちゃって……」
声の主は、翠だった。 振り向いて、利知未の顔が大きな笑顔になる。
「翠さん! ホント、久し振り!!」
「偶に、お客で店へ顔を出す事もあったんだけど。 利知未とは、何年振り?」
「もう、解らないな。 前過ぎて」
「本当ね」
別所は客として来ていた翠を見知っている。 元、アダムの従業員である事も、承知の上だ。 目が合って、お互いに会釈を交わした。
そこに、松尾と皐月が近付いて来た。
「翠さん、ご出席、有り難うございます」
皐月はニコリとして、翠へ頭を下げた。
いつか、自分がアダムで働き始めたばかりの頃、翠の結婚式二次会に呼んで貰った事を、覚えていた。 松尾とは当然、昔の職場仲間だ。 この二次会には、翠も喜んで顔を出した。
松尾と皐月も混ざり五人で話していると、漸く倉真が姿を表した。
真っ直ぐに、五人の所へ向かって行く。
「あ、倉真君が来た」
皐月が気付いて、利知未に教えてくれた。
「久し振りっす。 結婚、おめでとうございます」
先ずは、そう挨拶を交わす。
「お前らも、婚約してるんだよな? 結婚式、何時になるんだ?」
利知未に言った松尾の言葉に、翠が反応した。
「婚約って、利知未と彼が?」
倉真が良くアダムへ顔を出す様になったのは、利知未が高校二年になる寸前頃からだ。 その頃、既に翠と利知未の勤務時間は違っていた。
二人は、ほぼ初対面と言ってもいいくらいだ。
改めて利知未の口から、倉真を紹介した。 頭を下げ、挨拶を交わす。
「昔は、モヒカンだったんだよね」
皐月に言われて、一度か二度くらいは会っているかも知れないと、思い出した。 客としての印象だけで、余り残ってはいなかった。
「お会いした事も、ある筈ね」
「すね」
倉真は、何と無く見覚えている感じがする。 紹介を終えた頃、準備を終えた妹尾が座布団を敷いて用意されたステージの上へ、上がって来た。
二次会の司会者が、妹尾を紹介した。 出し物が始まる。
妹尾の落語の後、マイクが全員に回って来た。 一人十五秒で一言ずつ祝いの言葉を述べると言う、ゲームが始まった。
司会者がストップウォッチを構えて、十五秒経過すると、言葉の途中でも何でも次へ回ってしまう。 最終的に新郎新婦が一番、良かったと思う台詞に、商品を贈呈する。
企画は、どうやら皐月らしかった。
進行役を、似非落語家・妹尾に任せてしまった。 司会者はタイムキーパーに専念する。 招待客は、四十三人居る。 全員に十五秒渡したとしても、十分少々。 マイクの裁き加減などが、多少もたついたとしても、二十分掛からないゲームだ。 初めにマイクが回ってきたマスターは、受け狙いだった。
二人の面白エピソードをタイトル風に紹介して、続きが聞きたい方はアダムへ客として顔を出すようにと、商売に繋げてしまう。
妹尾が突っ込んで、マイクが回る。
祝いの言葉を述べても、テレビのコマーシャル一本分の時間は、短いようで案外と長い。 キチンとした言葉を伝えるには、少々、短い。
「ご結婚、おめでとうございます。 松尾さん、皐月さん、末永くお幸せに…、え? まだ、五秒以上あるの? どうしよう??? あ、そうだ!」
等と言っている内に、時間切れのベルがなる。
容赦なくマイクが回って来て、利知未の番になってしまった。
「何言えば、良いんだろう…? 兎に角、おめでとう。 お幸せに。 私も、来年には結婚します。 二人よりも幸せになる予定だから、競争しよう。 以上!」
間に、おめでとうと言う、従業員達の声も入った。 ゲームは進行する。
「おお、時間ぴったり賞! はい、次!」
妹尾の声が間に入り、隣に居た倉真へ回る。
「俺から、言う事は無いだろ? おめでとう。 …ここの飯、美味いな。 利知未の料理の次くらいか? 今度、コイツ作ってくれ」
利知未に言って、利知未は赤くなる。 笑い声が起こる。
「マイクを使って、惚気るな!」
妹尾の突っ込みが入り、爆笑になってしまった
それから、進行役を賜った妹尾以外の四十二人、全ての挨拶が終わった。
優秀賞とは別に、利知未と倉真は特別賞を貰ってしまった。
明日は、倉真の仕事だ。 三次会へ流れるメンバーも居たが、二人は二次会を終えて、帰宅して行った。
帰りの電車の中で、利知未が言う。
「懐かしい人達に会えて、嬉しかったよ」
「そうだな。 妹尾さんも、相変わらずだった」
「ね。 けど、あの祝辞ゲームは、恥かしかった……」
「商品、何だったんだ?」
「まだ見てないけど、商品券みたいだな。 家に帰ったら、見てみよう?」
帰宅したのは、十二時近かった。 早速、特別賞の商品券を確認した。 商品はビール券だった。 丁度、買い置きも切れそうな頃だ。
「丁度良かった。 明日、これ使って買って来とこう」
利知未は財布の中へ、商品券を仕舞った。
「俺のお陰だな」
「よく言う。 結構、恥かしかったんだから」
「他に何にも、思い浮かばなかったんだよ。 ああ言うのは苦手だ」
言いながら、倉真は浴室へと引っ込んでしまった。
「着替え、出しとくね」
「頼む」
脱衣所からの返事を聞いて、利知未はリビングへ引っ込んだ。
五月最後の一週は、何事も無く過ぎて行った。
今月は、月頭の土曜が、ゴールデンウィーク中の祝日だった。 その関係で、倉真の隔週休みが一週ずれた。 これから暫らくは、月に二日は二人の連休が重なってくれそうな雰囲気だ。
松尾達から新婚旅行先からの葉書が届いたのは、月末の事だった。
北海道旅行だったらしい。 雄大な景色の絵葉書を見て、正月に話していた、夏の北海道旅行の話を思い出した。
有名な観光地だ。 夏の予定まで後、約二ヶ月。 そろそろ、旅行の資料を集め始めても良いかも知れないと思った。
6 研修医二年・六月
一
月頭に、倉真の母親から連絡があった。
「利知未さんの浴衣、仮縫いまで終わったのよ。 細かい直しがあるかどうか確かめたいから、また顔を出してくれる?」
そんな連絡だ。 今回は、倉真のサイズも測りたいと言う。 また、二人で行く事になった。
一日に連絡があり、翌日が利知未の日曜休みだ。 四月の休みから計算して、恐らく今日・明日が休みなのでは無いかと、考えての連絡だった。
翌日、二人でバイクへ跨り、出掛けて行った。
既に梅雨時期だ。 偶々、梅雨の中休みで二日程は晴天が続いていた。
実家へ着き、倉真は真っ先にサイズを測られた。 利知未が仮縫いを羽織った時には、父親に付き合わされ将棋を指す。
前回の食い物の恨みは、翌日の利知未のフォローでチャラにしてやる事にした。
「やっぱり倉真の分、一反じゃ足りないわね」
倉真のサイズを測り終え、利知未の仮縫いの直し箇所のチェックも終え、母親が少々、呆れた顔をしている。
「子供は、小さく産んで、大きく育てるのが良いとは言うけど……。 うちの子供は二人とも、大きく育ち過ぎてしまったわ」
お茶を飲みながら、利知未と女同士、話をしていた。
一美は今日、友達と遊びに出掛けていると言う。 改めて二人で向かい合って、まだ少し緊張はする。 それでも三度に及ぶ訪問で、少しずつ打ち解け始めた。
倉真の母は、利知未が来ると大層喜んでくれる。 倉真としては、これも親孝行の内だと思っている。
ついでに、長年、確執を持って来た親父とも、そろそろ上手くやる事を考える時期に来たのだろうとも、考える。 そう言う意味では随分と成長した物だと、自分で自分に感心してしまう。
今日も将棋盤を挟み、連敗記録の更新中だ。 ここまで来ると、倉真の負けず嫌いにも完全に火が着いてしまった。
昼過ぎまで相手をして、昼食を済ませ、二時頃に実家を出てから、利知未に付き合ってもらって本屋へ寄り道をした。
「何、買うの?」
「チョイ、勉強する必要を感じた」
そう言って、真っ直ぐに趣味のコーナーへ歩いて行く。 倉真が何を買うのか、興味を持って着いて行ってみた。
「それ、買うの?」
「コイツ読破してから、次回、親父に再戦だ」
倉真が手に取ったのは、将棋の初心者向けテキストだった。
「ま、頭を使う趣味は、持っていた方が良いとは思うけど……」
少し呆れ、肩を竦めて、利知未が呟いた。
倉真は帰宅してから、日曜版の新聞に載っていた将棋の布陣図にも、目を通していた。
夜、一美から電話が入る。一美の電話は、何か無い限り、いつも利知未宛だ。倉真が出ても、直ぐに利知未と代わって貰う。
「今日、来たんだって?失敗したぁ。約束、来週にすれば良かった。」
一美はすっかり、利知未びいきだ。 両親の前では、まだまだ見事に猫を被っている利知未を見て、感心している。
「今度、こっちへ遊びに来る?」
「良いの? 行く、行く! 次の休みは、何時ですか?」
「日曜休みは、十六日になっちゃうけど」
「じゃ、お兄ちゃんも居るのね」
「そうなるかな?」
「ま、イイか。 利知未さんの前でのお兄ちゃんも、観察してみたいし」
「大して、代わり映え無いと思うけどな」
「そうかな? じゃ、十六日、お邪魔じゃなかったら、遊びに行って良いですか?」
「良いよ。 一人で、来れる?」
「駅まで迎えに来てもらっても、良いですか?」
「OK。 じゃ、近くなったら、何時ごろになるか教えてね」
「判りました!」
返事を聞いて、また少しお喋りをした。 受話器を置くと、倉真が聞く。
「一美が来るのか?」
「再来週。 良い?」
「駄目だって言ったって、アイツが止める訳、無いだろ」
「そーかも」
「一美は、お前に任せる」
「倉真はどうするの?」
「天気が良けりゃ、適当に走らせて来るか。 悪けりゃ、駐輪所の屋根の下で整備でもしてる」
「一緒に、居れば良いじゃない」
「アイツの煩さは、手に負えねーよ」
倉真はそう言い捨てて、晩酌を続けた。
ここの所、倉真の実家とのやり取りが増え始めている。 流石に少しずつ、利知未も館川一家に慣れ始めた。
父親と一美は、倉真も含めて、そっくりな所がある。 母親は少し宏治の母親、美由紀に似ている雰囲気かも知れない。
息子を持つ母親同士と言うのは、似て来る物なのだろうか?
利知未は最近、倉真の母親に、そんな感想を持っていた。
館川家で、倉真の母親は、ふと思い出した。
去年末から息子・倉真を取り巻いて、喜ばしい事が続いている。
『昔、倉真が良くお世話になった、あの方には、ご挨拶方々、連絡をするべきね……』
思い付いたのは、宏治の母親、美由紀だ。
息子が、まだ実家に居る頃。 父親と喧嘩をする度に、倉真は手塚家に転がり込んでいた。
麻薬絡みの事件で、息子が警察のご厄介になってしまった時。 美由紀は昔、自分が離婚調停で世話になった弁護士事務所へ問い合わせ、少年法に強い弁護人まで紹介してくれたのだ。
その上、初めて一人暮らしを始めた時には、あのどうし様も無かった息子の為に、保証人にまでなってくれた。
『随分、ご連絡もしないで……。 大変な失礼を、してしまって居たわ』 反省の思いだ。
将来の嫁となる利知未も、徐々に打ち解け初めてくれた。 息子もあれ程、反りの会わなかった父親と、上手くやろうと努力をし始めてくれている。
人心地ついて、漸くそこへ思いが至った。
翌週の日曜日、以前、聞いていた住所へ伺って見る事にした。 夜の商売の家でもある。 平日の昼過ぎ、久し振りに美由紀へ電話連絡を入れた。
倉真の母からの電話に、美由紀は驚いた。 昔、倉真がまだ、良く手塚家へ居候をしていた頃には、頻繁に連絡を取り合っていた。
倉真が、一人暮らしを始めて日が浅い頃には、時折、手紙のやり取りをしていた。
忙しい日常の中、徐々にそのやり取りも減って来て、ここ数年は年賀葉書を取り交わす程度の、間柄だった。
電話口で倉真の母親から、利知未達の婚約話が語られた。 美由紀には既に判っていた事ではあるが、心からのお祝いの言葉を述べた。
これまでのお礼も兼ねて、一度、ご挨拶へ伺わせて頂きたいと申し出た澄江の言葉を、美由紀は謹んで受け入れた。
二
十六日・日曜日。 約束通り、一美が倉真達のアパートへ遊びに来た。
倉真に内緒の訪問から、二度目の事だ。 道はうろ覚えだった。 駅まで迎えに来てくれた利知未を見つけて、大きく手を振った。
「利知未さん!」
「生憎の天気だね。 大変だった?」
「電車へ乗っちゃえば、濡れる事は無いから。 平気でした」
ニコリと、笑顔を見せて答える。 利知未も笑顔を返して、駅の構内を抜けた。
ここからアパートまでは、徒歩十分と言う所だ。 利知未は何時も、バスは利用しない。 けれど、今日は天気も悪い。 朝から雨足が強かった。 一美もいるので、バスを利用して帰宅する事にした。
一美を連れて帰宅すると、倉真がソファでうたた寝をしていた。 顔には、この前、購入して来た将棋のテキストが、裏返しに被さっている。
雨も、もう少し弱ければ、駐輪所の屋根の下でバイクの整備でもしていようと考えていた。 だが今日の天気では、あの場所にしゃがみ込んでいれば、雨水の跳ね返りを受けてビショビショに濡れてしまう。
「だらしないな。 こんな所で、うたた寝してる」
一美は、兄の姿を見て、口をへの字に曲げている。
「活字は、倉真にとっての睡眠薬だから。 けど、これじゃ、ゆっくり話も出来ないな。 倉真、寝るなら、ベッドへ行きな」
利知未に優しく起こされて、倉真は寝惚けてしまった。 無意識に、利知未の身体を引き寄せてしまう。
一美はビックリした。 けれど、つい観察してしまった。
利知未が慌てて、身体を離した。
「ちょっと、倉真!」
「あん?」
「一美さん、来てるよ!」
「一美?」
漸く目が覚めた。 寝惚けてやってしまった事は、覚えていない。
「…そう言や、今日、来るって言ってたな」
大欠伸をして起き上がった。 利知未は赤くなってしまう。 恥かしくて、一美には顔を見せられない。
一美はニヤけた顔で、寝ぼけている兄を観察していた。
「寝るんなら、ベッドへどうぞ。 あたしは、一美さんと静かに話でもしてるから」
「おお。 …雨は?」
「相変わらず、酷く降ってるよ。 バイクの整備は、今日は無理だね」
「そうか。 …ンじゃ、寝て来るかな」
昨夜は、少し遅くまで起きていた。 連休で二人の休みが同じなのだから最近、二週間に一度は、夜遅くまで晩酌をしてしまう。
それから直ぐに、倉真が大人しく眠る訳は無い。 当然、利知未も寝不足気味だ。 倉真の大欠伸に釣られて、利知未も小さな欠伸を噛み殺した。
倉真が寝室へ引っ込んでから、利知未が珈琲を淹れてくれた。 お持て成し用に、簡単に作れるレアチーズケーキも準備してあった。 食べ切れない分は明日、病棟のナース達の腹へ納まる計算だ。
そう言う事で、利知未はナース達からも人気者である。 昔とは理由こそ違うが、女性にモテているのは、あの頃から変わらない。
利知未の手作りケーキは、里沙直伝レシピによる。 美味しさは保証付きだ。 一美は、二人分ほどのケーキを平らげてしまった。
「利知未さん、お料理だけじゃなくて、お菓子も作るの上手なんですね!」
ニコニコしている。
「これは、下宿時代の大家さんが上手に作ってたのを、教えて貰ったんだよ。 レシピ、書き写して行く?」
「良いんですか? じゃ、是非!」
若い女性らしく、一美は甘い物も好きだ。 これまでも父親の新作和菓子の判定人は、一美が一番の権限を持って来た。 菓子についての舌は、かなり肥えている。 喜んで、レシピをいくつか教えて貰った。
余り騒がしくなっては、隣の寝室で眠っている倉真を起こしてしまう。 極力、声の大きさに気を付けながら、一美と二人で女同士の話で盛り上がってしまった。
一美も大学三年。 年頃のお嬢さんだ。 恋愛の話から、将来の就職についてまで、話しが始まれば取り留めが無い。
倉真が知らない利知未の恋愛話も、一美は教えて貰った。
一番驚いたのは、やはり敬太の事だった。 敬太は今、あのバンドが解散してからも、音楽活動で、それなりの活躍をしていた。
自分の将来の義姉は、芸能人の元恋人と言う事だ。 驚かない筈は無い。
「けど、内緒でね?」
利知未に、念を押されてしまった。
「お兄ちゃんも、知らないんだ」
「倉真は、敬太の事は知っているけど、あたしと付き合っていた事は知らないよ。 ……言えないでしょ? やっぱり」
「どうしてお兄ちゃんが、敬太さんの事を知っているの?」
「……昔、あたしが参加していたアマチュアバンドの、ドラマーだったから」
また、ビックリしてしまった。 利知未はバイクだけではなく、そんな事までしていたのかと言葉も出ない。
「そのライブを、倉真が見に来てくれていた事が、知り合った切っ掛けだったから……」
実兄と婚約者の馴れ初め話は、とても興味深かった。 そして利知未が昔、かなりのヤンチャ者であった事を、改めて知る。 兄との関係も納得だ。
「けど、凄いです。 そんなに色々な事をしながら難しい医大に受かって、今はお医者さんだなんて……。 あたしには、絶対無理だ」
「勉強は、兄貴や友達に随分、助けて貰って来たから」
そう言う利知未の横顔を、じっと見つめてしまった。
「どうしたの?」
「利知未さん、スーパーウーマンだわ……」
感心した一美の言葉に、小さく吹き出してしまった。
「かなり我が侭で、自分勝手なヤツだよ」
マスターに、我が侭と言われた事を思い出していた。
話が弾んでしまい、時間を気にしていなかった。 時計を見て驚いた。 午後一時半になろうとしていた。
「昼を随分、過ぎてるな。 一美さん、お腹空かない?」
「そう言えば、そろそろ」
「じゃ、何か作るよ。 テレビでも見ながら、待ってて」
「お料理、教えて!」
「手伝ってくれるの?」
「お手伝いしながら、教えて貰いたいな」
一美の申し出に、利知未は笑顔で頷いた。
食事の準備を終えてから、倉真を起こした。
三人で遅い昼食を済ませ、余り遅くなってしまう前に二人で一美を送り、駅まで行った。 倉真は良く眠れたらしく、随分スッキリした顔をしていた。
和美と別れて、帰り道。 倉真が思い付いて聞く。
「来週、お前の誕生日だな。 何が欲しい?」
「もう、そんな時期か……。 段々、一年が早くなって来たな」
「忙しいからだろ? 特にこの一年は、色々あったからな」
「…そうだね」
雨が、小振りになって来た。 利知未は傘を閉じて、倉真の傘へ入った。 腕を組んで、ニコリとして言った。
「今年の誕生日は夜勤だから。 昼間、倉真とのんびり出来れば、それで良い」
それじゃプレゼントが決まらないと、倉真が困った顔をして呟いていた。
一週間は、あっという間に過ぎてしまった。
倉真は、利知未の誕生日プレゼントを決める事が、出来なかった。 考えた末、日曜日。 利知未が仮眠を取っている間に、決心して花屋の店前に立つ。
ここは、アパート最寄り駅の、駅前商店街だった。
『宝石店、入るより根性要るな……』
直ぐそこの本屋の店先と、花屋の店先の間を、うろうろと往復していた。
花屋の奥で、その様子を何気なく見ている人物が居た。
『あの人、お店へ入り難くて、ウロウロしてるみたい……』
女子高校生の、アルバイト店員だった。 バイトを始めて、まだ四ヶ月も経ってはいない。 現在、高校二年生。 学年が変わる前の春休みから、この店で働き始めたばかりだ。 異性に対して、好奇心旺盛な年頃である。
少々強面の、背の高い青年が、花屋の前を行ったり来たりしているのは、興味を惹かれる光景だった。 その様子を観察しながら、仕事をしていた。
一時間も見ていると、少しだけ気の毒な気がし始めた。
『彼女へのプレゼントとか……? 自分の趣味で、花を部屋に飾るようには見えないな……』
ガーデニング等にも縁は無さそうだ。 ふいに、目が合ってしまった。
じっと青年を見つめていた自分に、照れ臭くなる。 慌てて視線を逸らした。
花屋から、自分を観察していたらしい若い女の姿に、倉真は始めて気が付いた。 いい加減、覚悟を決めて、足を踏み込むべきかも知れない。
このまま躊躇していたら、怪しげな輩と間違えられて、警察に通報されないとも限らない。
もう暫らく客足を観察し、店内の客が引けた隙を見て、倉真は漸く店へ足を踏み込んだ。
「いらっしゃいませ」 と、店員に声を掛けられて、ギクリとしてしまった。
『何か、仕出かそうと思ってる訳じゃ、ネーんだけどな……』 自分で自分が情けなくなる。 急いで五千円札を出して、適当な花束を、お任せで作ってもらった。 待ってる間、冷や冷やモノだ。
花の種類を決める為に、どのようなシチュエーションの花束なのか質問をされて、女性への誕生日プレゼントである事だけ、短く答えた。
花束を作ってくれたのは、店主の男性だった。 ただそれだけが安心出来る要素だった。 待っている間、若い女性店員の視線を、痛いと感じてしまった。
帰宅して、利知未がまだ仮眠中だと知り、ほっとした。 手渡すのも照れ臭くて、ダイニングテーブルの上へ置いて置く事にした。
昼過ぎ、まだ眠そうな目を擦りながら、利知未が漸く起き出した。
寝室から出て、テーブルの上の花束を見つけた。 ビックリしてしまった。
リビングから、テレビの音が聞こえている。 倉真が買って来てくれたのであろう事は、直ぐに気付く。
恥かしくて、手渡してくれる事が出来なくて、こんな風に何気なく置いておいたのだろうと、理解した。
幸せな微笑が利知未の頬へ、ふわりと浮かび上がった。
リビングを覗くと、倉真はテレビを付けたまま、うたた寝中だった。
ソファに近寄りそっと顔を覗き込んで、感謝の気持ちで頬っぺたへキスをした。 それで、倉真の目が覚めた。
「花束、ありがと。 …お昼、直ぐに用意するね」
利知未は、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。 その表情を見て思った。
『取り敢えず、苦労と努力の甲斐はあったらしい』 けれど照れ臭くて、倉真は何も言葉を返せなかった。
7 研修医二年・七月
一
利知未の誕生日を一週間過ぎて、七月がやって来た。 一週目の木・金が、月初めの利知未の休日だ。 今月は、ここから始まるシフトになる。
梅雨は、まだ残っていた。 明けるのは二週目に入ってからになるだろうと、天気予報では言っていた。 今年も乾燥機能付きバスは、大活躍中だ。
七日・七夕の日曜も、朝から天気が悪かった。 倉真は一冊目の本を読破し、二冊目の将棋テキストを探そうと、駅前商店街の書店へ出掛けた。
花屋の前を通る時、先週の恥かしかった買い物を思い出した。 あの時の若い女性店員の、痛く感じた視線を思い出してしまった。
『別に、怪しいヤツを見る目じゃ、無かったんだろうけどな……』
それ位は想像出来るが、気恥ずかしさの方が勝ってしまった。
『大体、俺に花屋は似合わな過ぎだ』 そう思いつつチラリと店内へ視線を向けた時、あの時の女性店員と目が合ってしまった。 慌てて視線を逸らして、急ぎ足で本屋の店先を目指した。
今日もバイト中、何気なく商店街を行く人達を眺めていた花屋のアルバイト女子高生・関宮 一葉は、視線の先に先週のお客さんを見付けてしまった。
「……あ!」 つい、声が出てしまった。
「どうしたの? 一葉ちゃん」
店長に尋ねられた。 一葉は丁度、バラの花を手に持っていた。 刺でも刺さってしまったのかと、首を傾げる。
「何でもありません」
答えて、再び店の前へと視線を向けた。
背の高い強面の彼は、本屋の店先へ足を入れた所だった。
『漫画か雑誌でも、買うんだろうな。 小説とか、読みそうには見えないし』
先週の事を思い出した。 店長に聞かれて短く答えていた声が、印象に残っていた。 少し、好みだと思った。
小さな本屋だが、趣味のコーナーには何冊か目的のテキストが揃えられていた。パラパラと捲り、自分でも解りそうな一冊を手に取り会計を済ませた。 ついでに、利知未から頼まれていた旅行雑誌を一冊、購入した。
倉真のお盆休みは、八月十五日から、次の日曜までだ。
『利知未は、希望休暇出してあるとは言ってたな……。 取れるのか?』 考えながら、店を出る。
利知未は今日も、夜勤明けの仮眠中だ。 ついでに商店街の肉屋で、昼飯用の惣菜を何点か購入して行く事にした。
書店から出て来た倉真の姿を、一葉は、確りと目に焼き付けておいた。
『背、高いな。 日除けの影に、頭が隠れてるよね。 顔は怖いけど、女性のプレゼントに花束を買う何て、見かけよりも優しい人なのかも知れないな』
一葉の中では、そんな印象が強い。 先週、店に来た時の様子を見る限り、普段は絶対に花など買いはしないタイプだ。 恐らく彼女の為に、慣れない店へ足を踏み込んだのだろう。
『あの花束の相手、どんな人なんだろう……?』
少し、焼ける様な気がした。 たった一度、買い物をしてくれた客相手に、そんな気持ちを持ってしまった事に戸惑ってしまった。
新しい客がやって来て、一葉は気持ちを切り替えて、仕事へ集中し直した。
倉真が帰宅したのは丁度、昼頃だ。 利知未は、まだ仮眠中だ。 起こさないように気を付けて、勝手に昼食を済ませる事にした。 利知未の分の惣菜も買って来てあった。 そちらは冷蔵庫へ仕舞い、昼食の後、リビングで新しい将棋のテキストを開いた。
利知未は、二時少し前に起き出して来た。 寝室のドアが開く音を聞いて、倉真が声を掛ける。
「冷蔵庫に昼飯、入ってるぞ」
リビングから聞こえてきた声に、利知未が眠そうな声で答えた。
「ありがと、貰うね」
「おお」
返事をして、再びテキストと睨めっこを始めた。
夜は、利知未が何時も通り準備をして、七時過ぎには夕食になった。
「そう言えば、この前の昼間、美由紀さんから電話があったんだ」
「美由紀さんから? 珍しいな、何だって?」
「倉真のお母さんが、ご挨拶に見えたって。 和菓子を戴いたって言っていたよ。 とても美味しく戴きましたって、実家へ行く事があったら、倉真からもお礼を言っておいてくれって」
「……そー言や、一人暮らし始めた頃、住所と連絡先も教えた事があった」
「保証人に、なってくれたからでしょう?」
「そうだ。 お袋からも礼を言いたいから教えろって、言われたんだ」
「そっか。 あれから、もう八年だ。 ……早いな」
「俺も、二十五になったからな」
「あたしも、二十六だ。 倉真が生まれた時の、お母さんの年と同じだって」
「ンな話し、してたのか?」
聞かれて、利知未は嘘を付いた。
「この前、お母さんから教えて貰った」
深く突っ込まれる前に、話を変える事にした。
「誕生日の花束、結構、持ったな。 良いお花、使ってあったみたい」
「そんなモン、解るのか?」
倉真は、花屋へ行った時の、照れ臭い気分が復活してしまった。
「お見舞いに見える方達の、お花。 持たせるの、大変みたいだけどね」
「そうなのか」
「折角、花瓶も買って来たし。 これからはチョコチョコ買って来て、飾ろうか? コンテナガーデニングする暇も無いし」
「…お前の、好きにすれば良い」
倉真の照れ臭そうな雰囲気に、小さく笑ってしまった。
その日の夜勤で、六十代の女性が一人、運ばれて来た。 激しい腹痛を訴えていた。
偶々、夜勤に内科の医師が居ない日だった。 救急からのヘルプで、利知未が呼ばれた。 患者の氏名と保険証を調べ、以前にも胆石で通院していた事のある女性だと知れた。
「アレは、癖になりやすいからな……」
当時の記録を確認して、利知未が呟いた。 取り敢えず、薬で痛みを散らした。 明日、改めて検査をし、結果によっては外科的な手術も必要に成る。
「あたしの担当に、なるのか」
胆石摘出は、この一年で何度か経験済みだ。 救急で自分が処置をしたのだから、そうなるだろう。
患者の女性は、松原 良子・六十四歳。 三年前、長年勤め上げた会社を無事に定年退職をした夫と、二人暮らしだ。 近所には嫁に行った娘が、家族と共に暮らしている。 夫は直ぐに、娘の元へと連絡を入れた。
松原氏は定年退職後も、シルバー派遣へ登録して働いている。 年金だけで暮らすのは、心許ない。 それ以上に、仕事好きな人だった。
翌日直ぐに、娘が入院の準備をして、駆けつけて来た。 その翌日には検査結果が出て、その二日後に摘出手術を行う事になった。
木曜日、遅出になっていた利知未は、出勤後直ぐの、オペの予定が入った。
手術後、傷跡が落ち着くまでは、外科病棟の入院患者となる。
枕元のパネルに記入された担当医師は、瀬川。 研修医と聞いていたので、家族は少しだけ不安を感じていた。 しかも女性だ。
入院生活が長い先輩患者から、研修医でも良い腕前の持ち主だと聞き、木曜のオペが終わって見て、漸くほっとした。
松原夫人のオペ日は、梅雨明け宣言の、あった日だった。
二
梅雨明け後、初めの土日が利知未と倉真、二人の連休だ。 久し振りに、ツーリングに行く事にした。
利知未は今日、遅出の三日を終えたばかりだ。 倉真は利知未の遅い夕食に付き合って、ダイニングテーブルで晩酌中だ。
二人は、明日のツーリング先を相談していた。
「この前、倉真の実家へ行った時以来、またバイク乗ってないからな」
「何処、目指す?」
「何処でも良いけど。 …責めて、箱根へ行く位の距離は走らせたいな」
「ンじゃ、箱根で良いんじゃないか。 ついでに、お前の好きな温泉にでも浸かって来るか?」
「そうだね、そうしようか」
行き先は、直ぐに決まった。
食事を終え、後片付けを済ませて風呂へ入った。
倉真は今日もコツコツと、妥当親父に向け、将棋のテキストを開いている。 リビングで晩酌の続きをしながら、利知未が風呂を上がってくるのも待っていた。
三十分後、風呂上りの利知未が、グラスを持ってリビングへ入った。
「今度は、あたしの晩酌」
「おお。 さっさと終わらせて、ベッドへ行こう」
テキストから顔を上げ、倉真がニヤリと笑った。
「…元気だな」
少し呆れた顔で、利知未が呟いた。
「夜勤の間は、我慢してるからな」
「倉真、頭の運動も良いけど、力抜きは最近してないの?」
「してるぜ? それでも体力、有り余ってる」
ソファに腰掛けた利知未へ早速、腕を回して引き寄せた。
「ま、その方が安心か」
「浮気か? する訳、無いだろ」
「男は、解らないからな……。 ね、明日はツーリング行って、明後日は倉真の携帯、探しに行こうよ?」
「携帯電話ショップ、近くに在ったか?」
「駅前商店街の中に、小さいけど在った気がする」
「……ま、しゃーねーな。 それで、お前が安心するなら」
「夜勤の時、休憩時間にチェック入れてやる」
「夜中は寝てるぞ」
「一人で寝てれば、問題ないけど」
「信用してネーな」
少し膨れた倉真を見て、利知未が笑った。
「ついでに買い物を済ませて、夜は携帯の操作方法、一緒に勉強しよう」
「お前が俺の携帯の操作方法知って、どうするんだよ?」
「メールチェック?」
「…恐ろしい事、言うな」
「ばれたら困るような事、何かしようとか思ってる訳?」
「そうか、そう言う手もあるな」
利知未のキツイ突っ込みに、倉真は逆を突いて反撃した。
「ちょっと、倉真?」
「冗談だ」
今度は利知未が剥れてしまった。
翌日、約束通り箱根までツーリングへ出掛けた。 利知未はのんびりと露天風呂へ浸かって、最近の疲れを癒した。
以前の様に、時間で休憩室での待ち合わせを決めた。 約束時間に少し遅れて、利知未が風呂を上がって行く。
倉真は約束の時間よりも一足先に出て、休憩所で昼寝をしようと思った。
廊下を歩いている時、前を行く女性が手拭いを落としてしまった。 本人は気付かずに、そのまま歩いて行く。
拾い上げて見て、何時か自分も此処で買った事がある、観光地特有の記念手拭いだと気付いた。
折角、此処へ来たのだから、これを使って温泉に浸かろうと考えて購入したのだろう。 早足で後を追い、後ろから声を掛けた。
振り向いた女性は、三十代の美人だった。
「有り難う。 旅行記念に買ったのに、忘れて行ったら勿体無いわよね」
倉真から手拭を、笑顔で受け取った。 行き先は同じ休憩所だ。 何の気なしに、並んで歩く形になってしまった。
その女性は当たりの良い、人懐きし易い性質の持ち主だった。 親切な青年と、観光客同士の他愛ない世間話が始まった。
「やっぱり、温泉は気持ち良いわね。 貴方は、良く来るの?」
「連れが、温泉好きなんすよ」
「彼女?」
「そんな所です」
初対面の行き掛かりの女性に、婚約者が居るなどと余計な事を言う必要も無い。 軽く、そう答えた。
「羨ましいわね。 私は仕事ばっかりで、恋人を作る時間も無かったのよね。 お陰でお金だけは貯まったから、こうして呑気に観光旅行する余裕も出来たけど」
「遣り涯のある、仕事なんすね」
倉真は、利知未の事を思う。 女でも、一生を掛けて続ける価値ある仕事に就く人は、居るものだ。
「若いのに、良い事を言ってくれるわね」
女性は倉真の一言に、言葉以上の感動を覚えた。
「気に入ったわ、奢らせて。 ビールで乾杯しましょう?」
笑顔で言われて、倉真はチラリと時計を見た。 利知未との約束まで、まだ二十分はある。
ビール一杯ぐらい付き合っても、問題は無さそうだ。
「時間潰しに、丁度良さそうだ」
そう言って、休憩所で缶ビールを一本だけ付き合う事にした。
利知未が休憩所へ顔を出すと、倉真が見知らぬ女性と仲良く酒を飲んでいる所を目撃してしまった。
『美人だな。 ……三十、二、三歳位?』 ムッとしながらも、取り敢えず観察してしまった。 外見は、それ位だ。
セミロングの黒髪。 ウェーブの掛かった、柔らかそうな髪質の持ち主だ。 自分の、少し癖がある栗色掛かった髪を、軽く触ってしまった。
小さく深呼吸をして、気分を落ち着けて二人の元へ近寄って行った。
近くで見ると、その女性は初めの印象よりは、もう二、三歳、年嵩らしい事に気付いた。 やや童顔な顔付きで、美人と言うよりは、むしろ可愛らしい感じだ。 何時も大人びて見られて来た、自分の顔と引き比べてしまった。
「倉真。 お待たせ」
敢えて、二コリと微笑んで声を掛けた。
倉真が振り向いて、利知未の笑顔の裏に隠れた、鬼の角を見付けてしまう。 ……頬が、少しだけピクピクしている。
「もう、二時になったのか?」
「ごめんね、十五分、遅れちゃった」
『十五分も過ぎていたのに、気付かない程、楽しかったの?』 声には出さずに、そんなニュアンスで、口を動かした。
「あら、ごめんなさい。 貴方の恋人、お借りてしまったわ」
女性が、悪気の無いビックリ顔を見せた。
「いいえ、私が少し遅れてしまったので。 お付き合い下さって、有り難うございます。 お陰で、ゆっくりとお湯に浸かって来られました」
お互い浴場で、見掛けている筈だ。 彼女は、利知未の事を思い出した。
「ああ、貴女! 背の高い綺麗なコが居るなって、さっき思った人ね。 露天風呂の方へ出て行ったのを、浴室で見かけていたわ」
女性は、すっかり倉真と打ち解けていた。
「倉真君が、彼女の恋人だったのね。 お目が高いわ」
「いや、何つーか……」
女の怖さを実感するのは、これで三度目かも知れない。 つい、言葉が濁る。
「いや、って、…どうして否定するの?」
利知未が、恋人という言葉を否定した意味なのか? と、怖い質問をした。
表情は、笑顔のままだ。
「じゃない、悪い。 言葉が足りなかった。 敦子さん、彼女が俺の婚約者で、瀬川 利知未って言います」
「婚約者だったの?」
恋人だと聞いていた。 ただ、それだけの驚きだ。 しかし利知未の耳には、別の意味に聞こえてしまった。
「…ふーん、そう」
倉真の缶ビールをそっと取り上げ、利知未は残りを一気に飲み干した。
「中々の飲みっぷりね。 婚約者をお借りしてしまったお詫びに、奢らせてくれる? 私も、かなり行ける口なのよ」
敦子は、素直に利知未にも好意を示した。
「そうなんですか? そんな風には、見えませんけれど」
「一緒に飲みましょう?」
帰りの運転もあるが、少しくらいの酒でどうにかなる物ではないだろうと思った。 利知未がかなりの酒豪なのは、判り切っている。
飲んだ後、もう一度風呂へ浸かって、酔いを冷ませば問題は無いだろう。
そう踏んで、彼女の事をもう少し良く、知ってやろうと考えた。
「じゃ、お言葉に甘えて」
「食堂へ、移動しましょう? 私、お昼まだなのよ」
敦子はそう言って、縁台から立ち上がった。 背は、160在るか無いかだ。 その事にも、利知未のコンプレックスが刺激されてしまった。
その後、一緒に酒を飲み、食事を共にして、敦子の人となりには好感を持てた。 けれど倉真の態度には、ムカつきを覚える。
酔い覚ましの二度風呂まで付き合って、近くの旅館に宿を取っていると言った敦子と別れ、二人でバイクまで歩きながら、利知未は倉真とは一言も口を利いてやらなかった。
夜、何時もよりも酒の量を過ぎる利知未に、倉真は兎に角、平謝りして許してもらった。
翌日、先日の約束通り、二人で商店街へ出掛けた。 利知未の機嫌は、まだ少し悪いままだ。 歩きながら、利知未が言った。
「昨日の敦子さん。 可愛い感じの人だったね」
「…そうか?」
倉真は一瞬、ギクリとしてしまう。
「髪も身長も、あたしとは正反対。 ……倉真、本当はどうだったの?」
「どうって」
「明るくて楽しい人だったし、あたしは、良い人だと思ったけど」
「面白い人だったな」
「面白い、ね……。 ま、良いよ。 取り敢えず、許してあげたんだし」
少し膨れた利知未を見て、小さく首を竦めた。
「携帯電話、探すか」
倉真は話を、切り換える事にした。
携帯電話のショップは、直ぐに見付かった。 契約を済ませて、その日の内に電話は繋がった。
お互いの電話番号をメモリに記録して、試しに呼び出して見た。
利知未から掛けた電話に反応する、新しい携帯電話を見て、利知未は漸く笑顔を見せてくれた。
やっと機嫌が、直ってくれたらしかった。
三
携帯電話ショップを出て、花屋の前で利知未が止まる。
「花、買って行こうか?」
「じゃ、俺は晩酌用に、焼き鳥でも買って来るか」
少し考えて、倉真は別行動を取る事にした。
「この先の肉屋ね、OK。 早く用事が済んだ方が、迎えに行くって事で」
「おお」
引き止められないで、ほっとした。 やはり花屋には、入り難いのが本音だ。
倉真が短く返事をして、二人は二手に、分かれて行った。
利知未は花屋へ入り、出来上がった状態で売られていた花束を眺め、奥にあるケースの中身も検分した。 若い女性店員が、新しい客へ声を掛ける。
「いらっしゃいませ。 気に入った花があったら、お声を掛けて下さいね」
笑顔が、可愛らしい店員だった。 利知未は笑顔で返事をし、ゆっくりと花を探してみた。
新しい客は、背の高い美人だった。 少しキツ目な感じではあるが、花で喩えれば、すらりと背の高い、ユリ科。 清楚な感じよりは豪華な雰囲気の、カサブランカかも知れない。 一葉は、ほんの少し見惚れてしまった。
肌の色も白い。 色々な花を見て、表情が猫の目の様にくるくると変わる。
「ひまわりの時期、何だ」
利知未は視線を感じて、女性店員へ、笑顔を向けて話し掛けた。
「そうですね。 夏の花なら極楽鳥花や、春からのキキョウも見頃ですよ。 あと、ギリアは青紫の花が人気です。 個性的な茎のカーブが特徴なので、アレンジ次第で楽しい感じに出来ますよ」
店長の受け売りだ。 花を指差しながら、説明をした。
「これ、ギリアって言うんだ。 名前は、知らなかったな」
「そう言う方、多いです」
「じゃ、これを使って花束、作れますか?」
「はい。 少々、お待ち下さい」
花束を作るのは、店長の仕事だ。 奥で花籠を製作中の、店主へ声を掛けた。
倉真は、焼き鳥を十本ほど見繕った。 店先で客の目の前で焼いてくれるのを、呑気に待っていた。 時々、花屋の方へ視線を向けて、利知未がまだ出て来ないかと伺っている。
『アイツが先に花屋から出てくれば、迎えに行く事も、ねーんだよな』
そんな期待がある。 チラリと迎えに行くだけでも、花屋は入り難い場所だ。
焼き鳥を待つ時間は、五分ほどだった。 金を払い、もう一度、花屋を確認して、期待通りには運ばないだろう事を知る。
『……シャーねーな。 雑誌でも、立ち読みしてるか』
諦めて、花屋の斜向かいにある、書店へと向かった。
利知未は、完成した花束を受け取り会計を済ませ、店先まで女性店員に見送られた。 直ぐに、斜向かいの書店の店先に、倉真の後姿を見付けた。
一葉も、その後姿を目撃した。 女性客を見送る振りをして、彼の姿を視界に追い掛ける。 その女性客は、真っ直ぐに彼の元へと向かって行った。
女性が声を掛けている。 彼が振り向いた。 笑顔で受け答えている。 思わず、二人の様子を見つめてしまった。
「倉真、お待たせ」
「おお、済んだか」
「変わった花、見付けた。 可愛い女性店員さんも、見付けたよ」
「そうか。 …行くか」
雑誌を元の場所へ戻して、二人で進行方向を変え、歩き出す。
利知未は、可愛い女性店員と目が合ってしまった。 彼女は慌てて頭を下げていた。 利知未も笑顔で、軽く会釈を返した。
一葉は、慌てて頭を下げながら、思った。
『あの綺麗なお客さんが、彼の恋人?』 先月の、花束の行方。
一葉は、思っていた以上のショックを受けた。
翌日、利知未は通常出勤で、外科病棟に居た。
同日、一葉は母親に言われて、学校帰りに祖母のお見舞いへ出掛けた。 病院で、昨日の綺麗なお客さんを見付けてしまった。
廊下を歩いている時、ナースステーションで、入院患者の病室を確認している、制服姿の女子高生を見掛けた。
「あの、松原 良子の病室は、どちら側ですか?」
ナースステーションを挟んで、北側か南側か? 案内板を見るよりは、聞いてしまった方が早いと思った。
「松原さんの、ご家族ですか?」
自分の担当患者だ。 利知未は何気なく、後ろから声を掛けた。
一葉は、返事をしながら振り向いた。
「はい、松原の孫です…、あ!」
「貴女、昨日のお花屋さんの?」
お互い、びっくりだ。 一葉のビックリは、利知未以上だ。 声を掛けてくれた昨日のお客さんは、白衣を着て、名札には研修医の文字。
「松原さんの、お孫さんだったんですね」
利知未はニコリと微笑んだ。 縁のあるお嬢さんらしい。
「はい、あの」
「担当医の瀬川です。 病室、私がご案内しますよ」
ナースステーションから、一葉の相手をしていたナースが声を掛けた。
「宜しいですか? お願いして」
「丁度、行く所だったから。 お仕事、続けて下さい」
「はい。 では、お願いします」
ナースはニコリと微笑んで、瀬川医師に会釈をして、仕事へ戻って行った。
「じゃ、行きましょう」
一葉は言葉が出なくて、取り敢えず頷いた。 瀬川研修医の後に着いて、祖母の病室へ向かった。
「松原さん、お孫さんが見えましたよ」
「瀬川先生が、ご案内して下すったんですか? 済みません」
病室で、松原は体を起こしてテレビを見ていた。 礼を行って、頭を下げる。
「お祖母ちゃん。 具合、どう?」
「一葉、来てくれたの? 有り難う。 綺麗なお花だね」
一葉の持って来た花束を見て、笑顔を見せた。
「お花、換えて来る」
学生鞄を置き、花瓶を持って病室を出た。 孫を見送り、担当医を見る。
「まだ、お仕事があるんですか?」
「いいえ、もう終わりです。 帰る前に、松原さんの様子を見てからと思いまして。 お腹は、まだ痛みますか?」
顔色を見て、順調な経過を改めて診た。
「いいえ。 もう、すっかり痛みは無くなりました。 先生のお陰様です」
「明日の午前中には内科のベッドが空きますので、そちらへ移動出来ます。 もう少し食事療法を続けて、月末までには退院出来ると思いますよ」
ナースからチラリと話があった筈だが、明日になると言うのは最新情報だ。 明日には自分の手を離れるので、少しだけ様子を見に来ただけだった。
「有り難うございます」
「もう暫らく、安静にしていて下さいね」
「態々どうも」
頭を下げて、瀬川先生を見送った。
始めは研修医と言う事で、家族ともども心配をしていたのだが、彼女の女性らしい心配りと処置の適切さに、今ではすっかり感謝をしている。
最近では、良い先生に当たった物だとつくづく思っていた。
一葉は古い花を選別し、新しく自分が持って来た花を足して、綺麗に花瓶を整えながら、祖母の担当医だと言う、瀬川医師の事を考えていた。
『美人で、外科医で、お祖母ちゃんの担当医だった。 お母さん、良い先生だって褒めていたよね』
彼女が、彼の恋人と言うのなら、適わないと思う。
『って、私、バカみたい。 ただ、ちょっと格好イイかなって、思っていただけなのに。 アレから、お客さんとしても来てくれてないし……』
元々、それ程真剣な恋愛感情だとは、自分でも思わない。 バイトをしている時、斜向かいの書店に姿を現す彼を時々、見つけて、何と無く幸せな気分に浸っていただけだ。 それ以上、どうなる切っ掛けがある訳でもない。
『…ま、イイか』 考えるのを止めて、花瓶を持って、病室へ戻った。
瀬川医師は、既に病室には、居なかった。
二十二日の夜勤明け、利知未は何時も通りの生活をして、ふと思い出す。
明日、二十三日は、二人の婚約記念日だ。
『もう、一年経っちゃったんだ……。 早いな』
仮眠から目覚めた午後四時頃、思い付いてしまった。
『商店街の花屋、火曜定休だったよね。 今日、花束を買って、明日の為に飾っとこうか』
利知未は、今は内科病棟へ移った松原の孫・一葉を思い出した。 彼女は平日も夕方から、アルバイトをしているのだろうか?
『行ってみれば、判るか』
服を着替えて、夕食の準備を始める前に買い物へ出掛けた。
花屋に着いたのは、五時前だ。 一葉はアルバイトとしてではなく、今日はお客として、花屋にやって来ていた。
制服姿の彼女を見て、利知未が声を掛けた。
「こんにちは。 一葉さん、でしたね」
「え? あ、瀬川先生」
「松原さんの、お見舞い?」
「はい。 瀬川先生は? って、花屋に来て他の物買う訳、無いか」
自分の質問に自分で回答して、一葉は自分の頭を軽く小突く。
「あたしは、記念日にダイニングへ飾る花を買いに来たの」
ニコリと笑って、一葉の質問に答えてあげた。
「……恋人の、誕生日、とか?」
一葉は、恐る恐る聞いてみた。
「それも、大事な記念日だけど」
「瀬川先生の誕生日は、もしかして、六月二十三日ですか?」
「どうして、そう思ったの?」
聞かない方が良いに決まっているが、つい口を付いて出てしまった。
「この前、一緒に歩いていた人が、先月の二十三日に此処で、花束を買ってくれたので……。 もしかしてと、思ったんです」
目を丸くして、利知未は呟いてしまった。
「倉真、此処であの花束、買ってくれたんだ」
「ソウマさん、って、言うんですか? あの、背の高い人」
「どんな顔して、買ってたんだろ」
呟いてから、一葉の質問に答える。
「そう。 彼が花屋に居る所は、ちょっと想像できないけど」
「…凄く、恥かしそうにしてました。 大切な人へ贈る花なんだって、直ぐに判りました。 普段は、お花屋さんに何か入らなそうだったから」
「似合わないタイプでは、あるね」
利知未は、花屋で買い物をする倉真の姿を想像して、くすりと笑った。
幸せそうな笑顔に、一葉は自分の小さな恋が、人知れず静かに終わってしまった事を実感してしまったのだった。
一葉と別れ、利知未は買い物を済ませて、帰宅した。
翌日は、利知未の休日だ。 早くから準備をして、ご馳走を作った。
仕事から帰宅して、豪華な夕食に驚いた倉真と、二人の婚約記念日を祝って、ワインで乾杯をした。