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           2  研修医一年・三月〜研修医二年・四月

        3  研修医一年・三月


               一


 二月末に、息子から連絡があった。 その時も母親は、結婚の準備についてしきりに気にしていた。

「利知未さんのお母さんは、ニューヨークなのよね。 何かあったら、遠慮なく私に相談してくれるように伝えて頂戴よ」

毎回、そう言われる。 結婚式前ではあるが、利知未のウェディングドレス姿の写真は、母の心配性にも良い薬になるかもしれない。

 倉真は、そんな気楽な気持ちで写真を届けてやる事にした。


 母親が、利知未の事をそれ程に気に掛けてくれているのは、嬉しい事だ。 もう少し利知未の構えが取れたのなら、その内、一緒に遊びに行ってやっても良いかと思う。 両親も一美も、利知未が来てくれる事を期待している。



 三月三日。 丁度、雛祭りの日曜日、倉真が一人で訪れた事には、一美からブーイングの嵐が巻き起こってしまった。

 家に着くなり、一美に聞かれた。

「あれ? 利知未さんは一緒じゃないの?!」

「利知未は、夜勤明けで寝てるよ」

「信じられない! 今日は雛祭りなんだよ? 子供じゃないかも知れないけど、女の子のお祭りに遊びに来て、フィアンセを連れて来ないなんて、どういう了見なのよ? もう! 気が利かないんだから!」

「相変わらず、煩せーな」

倉真は一美に怒鳴られて、久し振りに、耳がツーンとしてしまった。


 母親が奥から現れて、やはり同じ様な事を言われてしまう。

「利知未さん、小さな頃からご両親と離れて暮らしていたんだから、お雛祭りも余りした事が無かったんじゃないの? 一緒にお祝い、してあげたかったわね」

「お袋まで、そう言うか。 その内、ガキが出来たらやるだろ? 何も今、そう騒がなくても」

「あんたは、本当に気が利かない子ね」

母親にも、一美と同じ事をぼやかれてしまった。 首を竦める。

「今日は、見せてやりたい物があったんだよ」

「何を持って来てくれたの?」

「後で見せる。 ついでに昼飯、食わせてくれよ」

「散らし寿司しか、無いけど」

「構わねーよ」

そう言って、奥へ向かって歩いて行った。

 息子の後を追い、母もキッチンへと入る。 お茶を出してくれた。

「親父は?」

「大分、昼間が温かくなって来たからね。 今日も釣りに行ってるよ」

「そうか。 置いてくから、後で親父にも見せてやってくれよ」

「何を持って来てくれたのかしら」

楽しみな含み笑いをして、倉真に昼飯の給仕をしてくれた。


 今月中旬、倉真は整備士資格試験を控えている。 勉強は順調に進んでいた。 利知未は忙しい仕事の合間、倉真の勉強にも相変わらず協力してくれている。

 勉強は苦手だと言っていた倉真の仕上がり具合を見て、社長の娘婿も、この調子なら大丈夫だろうと太鼓判を押してくれた。



 昼食をよばれて、居間へ移動した。 母と一美も一緒になって茶を飲みながら、倉真の土産を見始めた。

「結婚しちゃったの?!」

「説明、聞いてなかったのか? 利知未の兄貴達、結婚式してなかったんだよ。 利知未が嫁さんの事を気遣って、写真だけ撮りに行ったんだ。 ついでに無理矢理、着替えさせられて撮影された」

「訳なんていいよ。 利知未さん、綺麗だね」

母親は、目を細めて写真を眺めていた。

「あんた、本当に来年の春まで待つのかい?」

どうやら、返って焦らしてしまったらしい。 母に問われて、倉真が答えた。

「利知未が、研修医はキッチリ終わらせてからにしたいって、言ってるんだ。 俺はアイツに世話掛けてばっかりだからな。 結婚しちまったら、もっと世話、掛ける事になる」

「お兄ちゃんだもん。 迷惑、掛け捲りだよね、きっと」

「お前は、一言多いんだよ」

「ふんだ。 気の利かない兄貴に、嫌味の一つも言わせて貰いたいわよ」

チラリと舌を出す。 利知未の同じ様な顔を思い出して、小さく笑ってしまった。

「出来るだけ、結婚してからも協力するから。 早く、孫も見てみたいわ」

「……ガキが出来れば、結婚も早まるだろうけどな。 やっぱ、それは出来ネーよ。 そうなったら益々、利知未の負担がデカくなる」

「それは、そうだけどね……」

小さく溜息をついた母親に、倉真はチラリと、優しい笑みを見せた。

「利知未に、言っておくよ。 お袋が、孫はまだかって気の早い事、言っていたってな?」

「仕事との両立が大変なら、いくらでも協力するからって、伝えておいてね」

「ああ」

 それから一時間ほど実家で過ごして、倉真は帰宅して行った。


 その後、一美の説明不足から、父親がトンでもない勘違いをしてしまう事など、その時は思っても見ない倉真だった。



 倉真が帰宅したのは、午後四時半近かった。 利知未が丁度、起き出した頃合いだ。 出掛ける前に、昼食は外で済ませて来ると言ってくれたので、今日はのんびりと休ませて貰った。

 帰宅した倉真を、寝起きの利知未が出迎えてくれた。

「お帰り。 もう一寸、出掛けていてくれれば、晩ご飯の準備、終わってたよ?」

「用事は済んだからな。 勉強でもやってる」

「そう? じゃ、六時半頃までには、ご飯作っちゃうよ」

「サンキュ」

リビングへ倉真が引っ込み、利知未はそのまま、洗面所へ向かった。


 顔を洗って、洗濯物を先に片付けた。 買い物は仕事帰りに済ませていた。 勉強をする倉真の邪魔をしない様に、寝室のベッドの上で取り込んだ洗濯物を畳んだ。 洗濯は、溜め込まないように豆にしているので、片付ける数も少ない。 直ぐに作業を終えて、リビングへ置いてある箪笥へ仕舞う。

 五時前には、一休みだ。 二人分の珈琲を淹れて、自分ものんびりとダイニングで一服する。 今朝の新聞に目を通して、五時半過ぎには料理に取り掛かる。 夜勤日の出勤前は、何時もこんな感じだ。

 日曜は、倉真が出掛けていない限り、七時過ぎには夕食を取り始める。



 食事中に、倉真が今日、実家へ行って来た事を聞いた。

「一美に文句言われた。 雛祭りに、お前を連れて来ないでどうするんだって」

「そっか、三月三日だ。 ばあちゃん達と暮らしていた頃以来、お祝いした事、無かったな」

「ガキが出来ればやる事になるんだから、今、騒がなくても良いだろうと言ったら、お袋にまでぼやかれた」

「あはは。 一緒にお祝いしてくれ様と、思ってたんだ。 感謝しなきゃだね」

「早く孫が見たいと、気の早い催促も受けて来たぜ?」

「それは、確かに気が早過ぎだ。 ……けど、それがお母さんの本音って、事なんだね。 申し訳、無いな」

「仕事との両立が難しいなら、いくらでも協力するからとも言われた」

「本当に、感謝しなきゃ……。 あたしは、近くに母親が居る訳でもないから、多分、本当に仕事と育児の両立は難しいと思うよ」

「……ガキ、とっとと作って、さっさと結婚しちまうか?」

「そーして上げたいのは、山々なんだけど」

笑顔で話していた利知未が、困った顔になってしまった。

「悪い。 冗談だ」

「…ううん。 倉真が、早く子供が欲しいって言ってくれるのは、嬉しいよ」

ニコリと、笑って見せた。

「けど、将来の事考えると、お金も貯めなきゃならないし。 やっぱり、早くに子供を作るのは、結婚してからも難しいかも……」

「試験、受かったら、俺の給料も上がる。 結婚すりゃ、手当ても出るだろ。 …まだチョイ早い話じゃあるが、その内ゆっくり話し合うか」

「…うん」

 倉真の言葉に、利知未は素直に頷いておいた。



 館川家では、妻と娘に説明を受ける前に、父親がひょいと、息子達の写真を見付けてしまった。 ビックリしてしまった。

 結婚は来春過ぎになると、話を聞いていた。 それなのに何故この時期に、こんな写真があるのだろう……?

 けれど、その事に付いて説明を求めるのは、どうもし難かった。

 夕食時間の娘と妻の会話を聞いて、勝手に可笑しな解釈をしてしまう。


「子供が出来れば、お祝いもする事になるって言ったって、どれ位先の話よ? 大体、一人目から女の子が生まれる確立だって二分の一何だから。 もしかしたら、女の子生まれないかも知れないじゃない? お兄ちゃん、考え無しだよね。 相変わらず!」

「男だから、気が回らなかったんでしょうけどねぇ」

「そう言う理由って、有り?」

 一美は膨れている。 母親は、それを宥める。

「それに、仕事しながら子供を育てるって、本当に大変な事だよ。 近くに実のお母さんでも暮らしていれば、頼み易いんだろうけどね」

「それは、家が変わってあげれば良いだけでしょ? お父さんだって、孫は可愛いよね?」

話を振られて一瞬、引いてしまった。

 ここまでの会話を聞いて、既に父親の頭の中には勘違いの公式が浮かびかけている。 まともに返事をする事は、出来なかった。

「倉真が、来たのか」

「ええ。 昼間、写真持って来てくれたんですよ。 後で、お見せしますね」

「利知未さん、すっごい綺麗なの! 早く本物で見たいよね? お母さんも」

「そうね。 早く見せて貰いたいわねぇ」

「その時は、もっと利知未さんに似合うドレスを着るんだろうな……。 あ! あたし何、着て行けばいいんだろ?」

「気が早過ぎないか」

父親は漸くそう言って、会話に参加しかける。

「そんな事ないよ! 今から考えて、気に入った服があったら即買い出来るように、アルバイトしてお金貯めるんだから」

「あんた、いくらの服、買うつもりなの?」

「折角だから良い服、欲しいな。 これから先、友達の結婚式でも着回せるような」

「それも、そうね。 お友達が結婚する度に洋服、増やしていたら、お小遣いがいくらあっても足りないでしょうからね」

「良い服買って、それに合ったアクセサリーも選びたいな」

「写真と言うのは……、」

 質問しかけた父親に、一美が言う。

「子供が先に出来て、結婚式出来なくって、それでウェディングドレスの写真だけ、撮って来たらしいの。 で、その写真、見せて貰ったの!」

 ……それ以降の一美の言葉は、既に頭には、入って来なかった。

「お兄ちゃん、子供が出来たら直ぐに結婚するって、言ってたんだよね」

 突然、その言葉だけが頭に入って来た。

「……そうか」

呟いて、何時もの半分の量で、父親の食事が終わってしまった。

 黙って居間へ引っ込んだ父親を見て、妻と娘は、具合でも悪いのだろうかと首を捻ってしまった。



              二


 倉真の資格試験は、丁度、利知未の木・金の休みと重なった。 当日、倉真は工場ではなく直接試験場へ向かう事に成る。 試験終了後、職場に顔を出して、本日の出来栄えなど報告してから帰宅してくる。


 試験は金曜日だった。 前日、利知未は夕食にトンカツを作った。

「受験生のお母さんになったつもりで、トンカツ、作ってみました」

笑顔でそう言って、仕事から帰宅した倉真へ夕食を出した。

「倉真、好きだったよね?」

「好物の内だな、サンキュ」

そう言って、今夜も三杯飯を腹へ収める。

「あんまり食べ過ぎると、頭に血が回らなくなっちゃうでしょ」

利知未に突っ込まれても、倉真は全く気にしない。

「明日の朝、食い過ぎなきゃ平気だろ」

飯を掻き込みながら、そんな事を言っていた。



 倉真の父親は、あれ以来、妻や娘に言われても写真を手に取らなかった。 頭の中では、すっかり一つの答えが出てしまっている。

『あの馬鹿のことだ。 何も考えずに、ガキを作る様な真似をしたに決まっている』

 そうだとしたら、予定よりも早くに孫の顔が見られる事に成る。 それはそれで、嬉しくないことは無い。 けれど、同時に腹も立つ。

 確りして来たと思っていたが、トンでもない勘違いだったかも知れない。

『あのバカは、昔から考え無しだった』

 憤りと喜び。 期待と、幻滅。 両極端な気持ちの狭間で、最近、難しい顔をしたままだ。

 妻と娘は、触らぬ神に祟り無しの心境で、父親をほって置く事に決めた。 何を誤解しているのかも判らないままだ。



 倉真と利知未、二人の周りでは、結婚までの期間の長さに、関係ない人物まで発破をかける。

 試験を無事に終わらせ、会社へ顔を出した倉真を捕まえて、保坂が言った。

「婚約から結婚までが、一年半以上ってのは、一般的にはどうなんだ?」

「どうって、どういう意味で?」

「普通、結婚する迄が長過ぎる場合は、途中で上手く行かなくなる可能性が高いんじゃないか? 女には、マリッジブルーってのがあるらしいからな」

「マリッジブルー、ね……?」

 言われても、ピンと来ない。 女の心理は難しい。

「女だけじゃないと思うけどな。 男も、似た様な気持ちにはなるんじゃないっすか?」

そう、途中で口を差し挟んだのは、最近、中途入社して来た倉真の後輩だ。 名前を、田淵 尚武と言う。 今年で二十三歳になる、倉真と保坂の二歳下だ。 歳が近い者同士、二人とは直ぐに打ち解けた。

「似た様な気持ちって?」

「結婚したら束縛される、他の女に手を出せない。 だったら今の内に、ちょっと遊んでみるかって」

「で、遊んだ女の方が良くなって、婚約解消ってか?」

「そうそう。 オレのダチ、結婚が早いヤツがいて。 二十歳で彼女を妊娠させちまって、結婚したは良いけど、妊娠中に浮気して、そっちの女が良くなって結局、離婚したのが居るんですよ」

「そりゃ、解らなくは無いか。 若けりゃ、特にそうなり易いんだろうな」

肯定したのは、保坂だ。 田淵は、その友人の言葉を教えてくれた。

「そいつ、言ってましたよ。 ガキ出来る迄は彼女を一番、好きだ、愛してるってマジ思ってたけど、いざ結婚しちまうと、それまでよりも束縛が強くなって、自由が利かなくなった。 その上、今までは可愛いと思っていた所までウザくなった。 愛なんていうのは、幻に他ならないモンだって」

 そう言う意見も、あるのだろう。 それでも、倉真はこう言った。

「そりゃ、浮気相手の方が好みだったって、事なんじゃないのか?」

そっちの心理なら、解る気もする。

 綾子と別れた切っ掛けは、利知未の方が好きだと感じてしまったからだ。

「だから、館川さんも要注意。 今の婚約者、オレは知らないっすけど。 他にもっと良いと思う女が出来ないとも限らないっしょ?」

 その言葉には、保坂が半否定の意見を述べる。

「館川よりも、カミさんに好い男が出来るかもな。 かなり良い女だと思うよ、おれは」

「そう言われると、不安になるな」

「そんなに、いい女なんですか?」

「世辞抜きで、美人だぞ。 確り者で、モデル並の身長とプロポーションの持ち主だ。 コイツには、勿体無いくらいだ」

「へー、見てみたいっすね」

「今度、館川の家へ押し掛けてみるか?」

「そりゃ、遠慮します。 アイツ、仕事忙しいっすから」

保坂と田淵の会話に、少し焦りを覚えてしまった。

 三人の無駄話に、社長の檄が飛んで来た。 首を竦めて、二人は仕事へ戻って行った。

「館川、そんなに帰りたくないなら、仕事をして行け!」

「済みません、帰ります! お先!」

倉真は答えて、急いで会社を後にした。

 ここの所、ずっと利知未には世話を掛けっ放しだった。 今日は利知未も休みなのだから、早く帰ってやった方が良いに決まっている。


 倉真が整備工場を後にしたのは、午後六時過ぎの事だ。 保坂達は、残業時間中だった。



 その日は、利知未も落ち着かない気分で、一日を過ごしていた。

 家にいても心配になって、倉真の事が気に掛かる。 気晴らしの為、久し振りに一人で、暇な時間帯のアダムへ、バイクを走らせた。


 マスターは利知未を見て、笑顔で迎えてくれた。 何時も通りに出掛けようと、現在も働いてくれている皐月に、声を掛けようと思っていた所だった。

 利知未の姿を見て、取り止めてカウンターへ入り直した。


 此処にも、結婚を控えたカップルが誕生していた。 松尾と皐月がそれである。 皐月は結婚後もパートとして、アダムで働く話が決まっていた。

 こちらの二人は、順当に駒を進めていた。 半年前に松尾からプロポーズをして、今年の五月末に結婚式の予定だ。 略式ではあるが、結納も済ませている。 仲人は立てない。 既に、招待状の準備に取り掛かっている。

 十二月に顔を出した時には、昔話が盛り上がり、話に上がる事はなかった。 利知未は始めて、その話を皐月の口から聞いた。


「利知未ちゃん、久し振り!」

 皐月が、ニコニコと声を掛けた。

「久し振り。 この前来た時は、バータイムだったから。 皐月とも、二年振りくらいだね」

「二年じゃ利かないわよ。 今、三月なんだから」

「そっか、二年五ヶ月。 約、二年半振りくらいか。 元気だった?」

「元気だったわよ。 その内、招待状が届くと思うけど、私、再来月に結婚します」

「松尾さんと? 何時の間に」

「この前、お前達が来た時には、もう婚約していたな」

「何、それ? 何で、あの時に教えてくれなかったの?」

最近の利知未が使う言葉に、皐月が目を丸くした。

「雰囲気、変わったね。 前より女らしくなった?」

「随分、淑やかそうになったと思わんか?」

「淑やか……。 そうですね、そんな感じ」

皐月は、マスターの言葉に軽く首を傾げて考えてみて、納得した。

「そう言われると、照れ臭いけど……」

「利知未ちゃん達も、婚約したんでしょ? マスターに聞いたわよ」

「漸く、ね。 でも、結婚は来年の春以降になっちゃうけど」

「どうして? さっさと結婚、しちゃえば良いじゃない。 なんだったら合同結婚式でもする?」

「って、もう二ヶ月しかないのに、無理でしょ」

「無理矢理、突っ込んじゃうとか。 ウェディングドレス着て、倉真君と飛び入り参加しちゃったりして?」

 皐月の過激な発言に、利知未は笑ってしまった。

「相変わらず、冗談キツイな」

「企画の帝王と呼んで」

話の途中で、新しい客が店内へ入って来た。 皐月は利知未に早口で言う。

「後で休憩時間に、のんびり話しましょう?」

 いらっしゃいませと言いながら、客を迎え入れに入り口へと向かった。



 皐月が休憩に入ってから、三人で話が始まる。

「本気で、来年の春なの?」

「春、以降。 あたしは、秋位が良いんだけど……」

「それは、待たせ過ぎだろう。 二年近く待たせて、更に半年も待たせるのは、アイツにも気の毒だ」

「そうだよ。 浮気されちゃっても、知らないよ?」

「アダムでまで、発破を掛けられるとは思わなかった」

「他の人も、同じこと言ってるんでしょ?」

「……倉真のご実家は、もう少し早くして欲しいみたい」

「結構な事じゃないか。 嫁ぎ先に気に入られて迎え入れられる程、幸せな結婚は無いぞ」

「……そうなんだけど」

「どうして、そんな先なの?」

「あたしの研修医が終わってから。 出来れば正勤になってからの勤務に、慣れた頃が良いなって」

「それは、お前の我侭と言うやつだ」

 マスターに、一言で諭されてしまった。

「相手の親御さんは、早く孫の顔も見たいんだろう」

「それも、言われてるけど……。 それについては、倉真の将来の夢もあるから、例え早くに結婚しても、直ぐには叶えて上げられないと思う」

「倉真君の夢って?」

「自分でバイクの整備工場、持ちたいんだって。 それには、お金が掛かるでしょ? あたしは幸い稼げる仕事に就いているんだから、そっちの面でも協力してあげたいから」

「外科医、だもんね。 年収、ウン千万の世界だ。」

「何千万もは、稼げないよ。 まだペーペーだし、研修医だし。 ただ、得意分野を持って、オペの数が増えて行けば、その辺りも夢じゃないんだろうけど」

「一生、医療に携わる気は、無いと言う事?」

「出来れば。 ……倉真が、本当に整備工場を持てたら、そっちの経営や運営でも手伝ってあげたいと思う」

 利知未の話を黙って聞いていたマスターが、呟いた。

「お前らしいとは、思うが」

「勿体無い!」

皐月が、マスターが口にするのを止めた言葉を、変わりに口にした。

「…勿体無い、とは、あたしも思わない事は無いけど。 折角、医者になったんだから、一人でも多くの人を助けたいのも、本音だよ。 だけど、それは欲張りってモンでしょ?」

 そう言って、ニコリと微笑んだ利知未を見て、皐月は小さく首を竦めた。

「そこまでの決心、私には、無理かも」

 医者になるための努力は、並大抵の物では無いだろう事は、一般的な観点で見ても判る事だ。 その努力をふいにして、将来、夫となる人の夢を一緒に見ようとは、もしもそれが自分だったら、考えられない事だと皐月は思う。


「それが、利知未だ」

 マスターは、この議論を、その一言で纏めてしまった。

「しかし、お前の事を諸手を挙げて迎え入れてくれ様としている、アイツのご家族の意見は、聞いてやるべきだろう」

「……良く、考えてみるよ」

 恩人であり、昔は本気で愛した事のある、彼の意見に。 利知未は素直に頷いた。

 皐月の休憩が終わってから、暫らくして、利知未はアダムを後にした。



 倉真が試験を終え電話を入れた頃には、帰宅して洗濯物を片付け終え、一休みしていた。  これから会社を回って帰ると連絡を受けたのは、五時前の事だ。 それから暫らくしてから、夕飯の準備を整え始めた。


 倉真が帰宅したのは、六時半前だ。 食事の準備と風呂の準備は終わっていた。 帰宅して直ぐに飯が出て来て、風呂にも入れると言う幸せな状況を、倉真は改めて実感してしまった。

 田淵の言葉と、保坂から掛けられた発破は、ジリジリと効き目が浸透し始めている。 家族の期待も、勿論ある。

 もしも、結婚を早めたとして、今の生活は何か変化があるのだろうか……?

 けれど、利知未の意見も判る。 取り敢えず、胸の中だけへ収める事にした。


 言わないと決めれば、倉真は意地でも口にはしない。 夕飯時間は、今日の試験の出来栄え等を話して、結婚時期については何も話題にしなかった。


「結果は二週間くらいで、会社へ届く事になる」

「そっか。 良く、頑張りました。 お疲れ様」

利知未から笑顔で労ってもらい、倉真は漸く人心地だ。

「マジ、高校受験以来の勉強地獄だったぜ。 暫らくは、何にも考えたくはないな……」

「いいんじゃない? 暫らくは、のんびりすれば。 晩酌の摘みも作って置いたから、後でゆっくり飲もう?」

「そうだな」

倉真は頷いて、食事を続けた。

 今回の試験は、三級の試験だった。 無事に受かっていれば、二年後には二級の試験がある。最低ライン、ここまで取得する必要がある。

 その先、社長から自動車検査員の資格まで取得しろと、厳命されている。 それが、お前の夢を叶える為に必要な事だと、面接の時から諭されていた。

 その為に必要な技術と資格は、お前の頑張りを見て協力してやるとも。


 それがあるから、倉真は社長に逆らえない。 否、感謝をしている。


「俺は、良い社長に拾って貰ったよ」

 食事を終え、晩酌をしながら、倉真がふと呟いた。

「どうしたの? 行き成り」

何時もの姿勢で飲んでいた。 利知未が首を傾げている。

「夢だけだったんだよ。 ……あの工場で、社長に出会うまでは」

「整備工場を持つって、話?」

「ああ」

頷いて、倉真は始めて、社長が面接をした時に教えてくれた事があると、利知未に話して聞かせた。

 整備工場を持つために、必要な資格。 あった方が良い免許。 無ければなら無い条件。 それらの事を、面接の時、一つ一つ教えてくれたと言う。


「当然、実務経験も含めてな。 俺が本気で夢を叶える為の努力が出来るのなら、『出来る限り、協力してやる』って、言ってくれたんだ」

 だから、好きで続けていたバイク便のバイトを辞める事も、惜しいとは思わなかったと、倉真は言った。

「そっか。 倉真にとっては、今の会社の社長さんが、あたしにとってのマスターみたいな物だった訳だ」

「お前が真面目に学校へ行き始めた、切っ掛けがマスターだったって、前、言っていたな」

「そう。 だから、今は凄く感謝しているよ」

 それから今日、アダムへ行って来た事を、利知未が教えてくれた。



 館川家では、父親が、考え事をしている。

 何時もよりも長湯の夫を、妻は心配していた。 様子を伺いに行き、漸く夫が風呂を上がって来た。


「倉真からは、何も連絡は無いのか?」

 風呂上りに、何時も通りの晩酌をしながら、夫が言う。

「この前、顔を出しに来てからは特に何も」

「……そうか」

 黙って酒を飲む。 妻が言い出した。

「あの子が持って来てくれた写真は、ご覧にならないんですか? 利知未さん、凄く綺麗ですよ。 あの子の方は、借りて来た衣装らしい感じで、どうも似合わない様子ですけど」

そう言って、くすりと笑う。

「……見た」

「何時の間に」

「お前が、確りと片付けて置かないからだ」

 アイツは、どう言うつもりなんだ? と、一人呟いて酒を飲んでいる。

「済みません。 けど、ご覧になったのなら、どうでしたか?」

「どうも、こうもない」

無感動な夫の不機嫌さに、妻は小さく首を竦めた。

「そうですか。 お正月に利知未さんが持って来てくれた写真と一緒に、アルバムに整理してありますから。 ご覧になりたくなったら、どうぞ」

 そう言って、お盆を持ってキッチンへと下がって行った。


 暫らくして、妻が風呂へ入っている時に、夫はアルバムを開いてみた。

 自分達と離れていた間の、不祥の倅の姿を、改めて眺めてしまった。

『……あいつは、それなりに、生きていたらしい』 そんな感想を持った。

二十歳の頃まで、頭は派手な儘だったらしい。

 頭をまともに戻してから直ぐの正月の写真で、坊主頭に近い様子を見た。 少し間抜けな表情を見て、不覚にも小さく笑ってしまった。

 誰も見ていない事を確認して、その先のページを捲る。

 去年の七月、どこかでバーベキューをしている写真が出て来た。 それは、利知未が自分達の分から、数枚選んで混ぜて来た物だ。

 その先へ進み、結婚衣装の二人の写真を眺めて思った。

『態々、これだけの写真を、持って来てくれたのか……』

 その、将来の息子の結婚相手の、優しさと気遣いを改めて感じた。


 今年の正月。 挨拶に来てくれた時、自分は彼女に対して礼の言葉も無く、殆ど口を利かないままだった事を反省した。

 その上、彼女の事を考えずに先走った事をしたらしい、愚息の事を考えてむかっ腹が立つ。

『利知未さんには、詫びに行くべきかも知れない……』

 改めて、そう思った。


 訪問して来てくれた時の、自分のあまりの対応。

 それにつけても、愚息の行動の愚かさ。

 一度、改めて、息子の嫁になるべく女性に、挨拶へ行こうかと決心したのだった。 ……行動に移すまでには、まだ少し時間が掛かる事となる。



 三月末頃には、倉真が無事、自動車整備士資格三級の試験をパスした事が判った。 利知未は来月三日の記念日に、資格試験合格のお祝いも兼ねて、倉真の好物を夕食の食卓へ乗せようと思った。




        4  研修医二年・四月


               一


 倉真が試験合格をした喜ばしい知らせを、利知未が受けた頃。

 館川家では妻が、行き成りの夫の質問に、少し驚きながら答えていた。

「利知未さんの仕事は、何時が休みなんだ?」

「月に二日は日曜日も休みがあると、言っていましたけど」

頬に手を当て、考える。

「聞いておきましょうか?」

「頼む」

判りました、と答えて、妻は直ぐに息子へ連絡を入れた。



 母からの連絡を受けて、倉真は利知未へ取り次いだ。 月末の木・金は、試験から丁度、二週間後。 本日も、利知未は連休中だ。

「お母さんが、あたしに?」

「代わってくれ、だそうだ」

利知未は晩酌の準備を整えている所だった。 自分の休日には必ず、一品か二品の酒の肴を用意する事にしている。

「判った」

頷いて、利知未はやや緊張して、電話口へ出た。


 利知未の声を聞いて、母親が夫からの質問をする。

「ごめんなさいね、今、忙しかったかしら?」

倉真の母は、利知未の事をすっかり気に入っている。 その声音は優しい。

「いいえ、大丈夫です」

「利知未さんの来月のお休みは、何時になっているか教えてもらえる?」

「私の、休みですか? 来月は、二日・六日、七日。 十一・十二、十六日。 その後は、二十・二十一、二十五・二十六日と、月末の三十日、ですね」

「そう、それなら七日と二十一日が、日曜日になるのね」

メモを取り、カレンダーと見比べて母親が言う。

「有り難う。 その内、遊びに来て頂戴ね。 倉真の世話、大変でしょう?」

「そんな事、有りませんよ。 倉真さん、家事も手伝って下さいますから」

「あの子がやってるの? 返って利知未さんの仕事が、増えたりしていない?」

母親の言葉に、小さく笑ってしまった。

「それは、有りません。 私よりも行き届いている位です。 済みません、やらせてしまっていて」

「結婚もまだなのに。 利知未さんが、そんな事を気にする必要はありませんよ。 鍛えてあげて下さいな」

言われて恐縮してしまった。 少し、美由紀を思い出した。

 宏治の母・美由紀と、倉真の母親は、少し似ている所があるかも知れない。

「他には、何かございますか?」

「いいえ。 息子を、宜しくお願いしますね」

「こちこそ。 倉真さんに、代わりますか?」

「そうね、確り私からも釘を刺して置こうかしら」

くすりと笑って、そう言った。 利知未は倉真と電話を代わった。

 息子が電話口に出て来て、母親が言う。

「あんた、利知未さんに迷惑掛けてない?」

「世話は、掛けっぱなしだよ」

「結婚前から同居しているんだから、節度は確りと守って頂戴ね。 どうしたって、こうなっているのなら、女の負担の方が多くなるんだから」

「判ってる」

「あんた、本当に良いお嬢さんと知り合えた物だわね……。 早く、お嫁さんになってくれると安心なんだけどねぇ……」

 電話の度、顔を合わす度、言う事は同じだ。

「…もう一度、話し合うよ。 今は、まだ時期じゃない」

「そう。 じゃ、元気でやるんだよ。 利知未さんに、何か困った事が有ったら遠慮なく言う様に、あんたからも言っておいてね」

 そう言って、電話が終わった。

「何か、言ってた?」

受話器を置いたのを確認して、利知未が少し不安そうに聞いた。

「何か有ったら、遠慮なく相談してくれ、だそうだ」

「そう。 ……良い、お母さん。 どうして倉真、実家を出ちゃったんだろ」

「お袋じゃない。 親父と折り合いが悪かったんだ」

「それは、聞いてるけど。 ……結婚したら一杯、親孝行させて貰わないとね?」

「……そうだな」

「晩酌の準備、出来たよ。 飲もう?」

「おお」

 そして、のんびりと晩酌時間を取った。



 月が替わって三日には、ささやかなお祝いをした。 同棲生活二年が無事に過ぎて来た事と、倉真の試験合格を二人で喜んだ。



 七日になり、利知未にはビックリな事件が起こる。

 午前の家事を終え、ゆっくりとしている時。 電話が鳴った。


 倉真の父は住所を頼りに、利知未達の暮らすアパートの最寄り駅までやって来た。 真っ直ぐ、行ってしまおうかと思ったが、息子には知らせたくないと考えた。 倉真が居ては、素直な感謝の気持ちも伝えられなくなりそうだ。

 電話に出た声が利知未の声だった事に、緊張と、安堵を覚える。

「はい」

「……館川です」

男性の声に、ビックリした。 倉真の声に似ている。 けれど倉真は、今は外で久し振りに、自分達の愛車整備に没頭中だ。

「……お父様、ですか?」

「利知未さん、ですね」

「はい」

 どうして良いか、判らなくなってしまった。

「……倉真さんに、代わりますか?」

「息子は、そこに?」

「いいえ。 今は、外でバイクを整備しています」

「そうか」

 ほっとした。 どうやら、利知未だけ呼び出す事は可能そうだ。

「突然、失礼します。 ……今、駅に居るのですが」

「駅? どちらの駅に?」

「戸部に」

 ビックリして、声が出ない。 目が丸くなってしまう。

「何か、ご実家で有ったのですか?」

 漸うそんな質問だけ、口を付いて出てくる。

「……いえ。 貴女に、会いに来ました」


 こんな喋り方をする人だと、始めて知った。 単語・単語で区切るようにして、無駄な言葉は殆ど無い。


「私に、ですか?」

「ええ。 出て、来られますか?」

「私一人で、でしょうか?」

「…そうして頂きたい」

 未来の舅からの要望に、否やは出来ない。 利知未は、素直に承諾した。


 外でバイクを整備している倉真には、買い物へ行くと断って出掛けた。 倉真の父は、息子に今日の来訪を知られたくは無いらしい。



 駅で、正月に一度、会った切りの館川氏を利知未は見付けた。


 館川氏は、利知未の姿を見付けると、深々と一度、頭を下げた。

 近寄り、利知未も頭を下げる。 顔を上げても、お互いに直ぐには言葉が出て来なかった。

「……突然に、失礼しました」

 倉真の父は、利知未よりも背が四、五センチ高かった。 この時代の人にしては、長身と言えるだろう。 180無いくらいだ。 体はガッチリとしていた。 倉真は正しくこの人の息子だ、そう感じられる位の顔付きだ。


「いいえ。 取り敢えず、此処ではなんですから……」

 利知未の案内で、駅前の落ち着いた喫茶店へ移動した。



 席へ落ち着き、館川氏は改めて頭を下げた。 土産に自分が作った和菓子を、菓子折りにして持参していた。

「正月には、失礼な態度を取りました」

倉真の前に居る時よりも、怖い雰囲気は無かった。

「いいえ。 私こそ、仕事の都合とは言え、元日からお邪魔致しまして……」

恐縮して頭を下げた。 菓子折りを押し戴いて、脇へ置く。

 館川氏が話し始める。 問題の核心には、直ぐに触れる事が出来ない。

 氏は、自分があの店を始めるまでの事と、始めてからの事を、ポツリ、ポツリと語って聞かせた。


 館川氏は当時の中学卒業後、直ぐに和菓子職人の修行へ入ったと言う。 利知未は少し、自分の中学時代の先輩、櫛田を思い出した。

 親方の元で十二年間、修行を続け、お得意様の紹介で妻と見合い結婚をし、結婚後二年で子供に恵まれた。

 丁度、その頃。 十五年近くの修行を終えて、今の店を始めたと言う。


 話の句切りが着いた頃、利知未が呟くように相槌を打つ。

「倉真さんが生まれる頃に、ご自分のお店を……」

そうすると、二十五年は自分の城を守り、育てて来たと言う事だ。

「……子供達の事は、妻に任せ切りだった」

だから長男・倉真が産まれ出てくる前。 妻の体調を気にする事も、余り出来なかった。 ただ、生まれてくる我が子と、その成長を励みにして仕事へ精を出していた。

「一美が小さな頃には、店も漸く軌道に乗り始めた」

長男の幼い頃には、殆ど構って上げられなかった。 その後悔も手伝って、長女・一美には激甘な父親に、なってしまった。


 子供達の幼い頃の話へ入り、話の核心へ触れる切っ掛けが出来た。

「利知未さんは、今年で二十六になりますな」

「はい」

「妻が、倉真を身篭ったのと、同い年です」

館川夫妻は、三歳の年の差夫婦だ。

「……丁度良い、時期だとは思うが」

「…ええ」

 確かに、肉体的にも、その先の子供の成長を考えても、程良い年齢なのだろう。 夫婦の定年前には、子供が結婚出来るかも知れない。


 一般的な観点で、利知未は頷いた。 けれど館川氏の方は、誤解が確信へ変わった気がした。

「早くに孫を授かる事は、喜ばしいと思います」

「……申し訳ございません」

結婚が、来年の春以降になる事を言っているのだろうと思い、利知未は謝った。 館川氏も何故か利知未と同時に、頭を下げた。

「愚息が、申し訳ない事をした」

「……え?」

「直ぐにも婚姻届を、出させるべきだ」

 目が、丸くなってしまう。 理解が追いつく前に、館川氏が言う。

「出来れば早めにけじめを付け、腹が目立つ前には……」

「ちょっと、お待ち下さい……! あの、何か誤解されているのでは……?」

「誤解も何も無い。 あの馬鹿が、本当に申し訳ないことを」

「あの、頭をお上げ下さい」

他の客の目もある。 利知未は慌てて、館川氏を促す。

「お父様、私が、妊娠していると……?」

 頭を上げてもらい、小さな声で確認した。

 館川氏は無言で頷いた。 利知未は、何と切り替えして良いか解らなくなってしまった。

「あの…、何と申し上げて良いのか、解りませんが」

早くに孫が出来る事は喜ばしいと思うと、ついさっき館川氏は言っていた。 ……期待は、あったのかもしれない。

「私は、妊娠しておりません」

「…しかし、」

「…どの様な、経緯で?」

 そんな誤解を、してしまったのだろうか?


 そこで、初めて利知未は、倉真があの写真を持って、実家へ行っていた事を聞いた。 写真の数が足りなくなっていたのは、気の所為では無かったらしい。 内心で、呆れてしまった。

 いったいどんな説明を受けて、こんな誤解に発展してしまったのだろう?


「……一美の説明が、中途半端だったのか」

 一通り話をして、館川氏が唸っていた。

「重ね重ね、トンでもない失礼を致しました」

改めて、利知未に頭を下げた。

「いいえ、頭をお上げ下さい。 申し訳ございませんでした」

館川氏が頭を上げて、利知未が頭を下げた。

「利知未さんが謝る事では」

「……私の我が侭で、結婚は、もう少し先になります。 ……早く子供が欲しいとは、思っているのですが……。 何事も中途半端には、したくは無いと思っておりますので……」

 早く、孫を抱かせてあげたいとは、思う。

「せめて、私が研修医を終えるまでは。 お待たせして、申し訳有りません」


 館川氏は新たに、彼女の人柄の一端を知った。そして少し、納得した。

 何事も中途半端なまま育ってしまった息子が、彼女と知り合い真面目になれた事にも、頷ける思いだ。

 改めて愚息を宜しく頼みますと、館川氏は頭を下げた。



 別れる前に、倉真には知らせないで欲しいと、もう一度、口止めをした。

 利知未は素直に頷いて、菓子折りは病院にでも、持って行こうと決めた。



 買い物まで済ませて帰宅して、午後一時を回ってしまった。 倉真がまだ昼食を取っていなかった事を知る。

 菓子折りを隠して、遅めの昼食を準備して、二人で済ませた。


 昼食が終わると、倉真はまたバイクの整備に没頭し始めた。

 その隙を見て、利知未は一美に連絡をした。


「え? お父さん、そっちに行っちゃったの?!」

 話を聞いて、一美は驚いていた。

「釣りにでも、行ってるのかと思ってた……」

「一美さん、説明不足。 ……倉真が、あの写真を持って行ったとは、あたしも驚いたけど」

「ごめんなさい。 ……それにしても」

言葉がなくなる一美の様子に、利知未は笑ってしまった。

「そっくりだね。 一美さんと、お父さん」

「えー?! それは、キツイな」

「そっくりだよ、あの行動力は」

言われて、一美は照れ臭くなってしまった。

「……確かに」


 誤解は解いておいたからと言って、また暫らく他愛の無いお喋りをして、利知未達は電話を終えた。



              二


 今月は、倉真の誕生日がある。 今年は、利知未の通常勤務日だった。

 倉真のリクエストで、夕食は揚げ物料理が中心になった。 食事をしながら話しをした。

「倉真の食好みは、優兄にそっくりだな」

「みたいだな。 から揚げ、美味い」

「どーも。 お代わり、いる?」

「頼む」

空の飯茶碗を差し出した。 利知未は受け取って、二杯目の飯を注ぐ。


 今年の誕生日プレゼントは、見事に裕一の部屋着を着潰してくれた倉真に、新しい部屋着を見繕ってみた。 裕一のお古は、次のゴミの日に処分する。


「捨てちまうのか?」

 ふと、倉真が聞く。

「何を?」

「裕一さんの古着」

「もう、ボロボロでしょ?」

「整備に、ウェスが要るんだ。 捨てるなよ? 俺が使う」

「……解った」

どうせなら、そこまで使い切ってくれようと言う、倉真の思い遣りを感じられた。 利知未はニコリとして、頷いた。


 食事を終え、晩酌時間に一美から連絡が入った。 一美は電話で、兄貴の誕生日におめでとうの一つも、言ってやろうと思った。

 そして無理矢理に、父親と代わってしまった。

「どうした?」

父親の声に、倉真が短く問い掛ける。

「……出るつもりは無かった」

「そうかよ。 …元気なのか?」

「お前に心配される事は無い」

「そりゃ、悪かったな」

倉真の言葉から、父親との会話を想像して、利知未は小さく笑ってしまう。


 あの日、トンでもない勘違いをして、態々、息子の所業に詫びを入れに来た父親に、利知未は初対面の時よりも、畏怖の念が薄らいでいた。


 ソファから立ち上がり、そっと二人の会話に聞き耳を立ててみた。 隣に立った利知未を見て、倉真が小さく笑う。 送話口から口を離して、利知未の耳元で囁いた。

「相変わらずだ」

くすりと笑ってしまった。

「試験は、どうだったんだ」

「落ちる訳がないだろ」

「……利知未さんには、世話を掛けていないのか」

「世話は、掛けっぱなしだ」

「…大事にしろ」

「当たり前だ」

受話器から聞こえて来た言葉に、利知未は少し照れ臭い顔になる。

 気恥ずかしくなって来て、ソファへと戻った。


 その後、母親が電話口に出たらしい。 相変わらずの会話の途中で、利知未が電話口に呼ばれてしまった。 少し緊張して、受話器を受け取った。

「利知未さん? 今度、会えないかしら?」

ビックリしてしまった。

 先日の館川氏との会見に続き、今度は母親かと、少しだけ引いてしまう。

「浴衣を仕立ててあげたいと思ったんだけど、サイズが解らないとどうにもならないでしょう? 一度、測らせて貰えるかしら?」

倉真の母は、利知未に会いたいと思う。 何の用事も無くては、こちらには来難いだろう事は想像の内だ。 理由を考えて、誘ってみる事にした。

「お母様が、お仕立てをされるのですか?」

初めて知った。 恐縮してしまう。

「趣味の内なのよ。 一美の浴衣は毎年、私が仕立てているのよ。 この前、利知未さんに似合いそうな柄を見付けたの。 だから是非、仕立ててみたいと思ったのよ。 こちらへ、出て来られますか?」

どうしようと、悩んでしまう。


「どうした?」

 ソファで飲み直していた倉真が、利知未の困った様子に声を掛ける。

 送話口を手で押さえ、利知未が答える。

「お母さんが、浴衣を仕立ててくれるから、サイズを測らせてくれないか? って。 ……どうしよう」

利知未の浴衣姿なら、是非見てみたい。 倉真は直ぐに答える。

「良いじゃネーか? 親孝行の内だ、相手してやってくれ」

「…でも」

利知未の近くへ寄り、倉真が受話器を取り上げてしまう。

「利知未の次の休みは、明日明後日だな。 明後日、連れてくよ」

「そうね、一人じゃ来難いだろうから、そうしてあげて」

利知未の代わりに、親子で話を決めてしまった。



 翌日は何時も通りの生活をして、直ぐに約束の日が来てしまう。

「バイクで行きゃイイだろ?」

足を相談して、倉真が軽く答えた。

「バイクだと、Gパンになっちゃうよね?」

「構わないだろ、畏まった挨拶をしに行く訳じゃ無し。 遊びに行く感覚で十分だ。 何なら、後ろ乗ってくか?」

 倉真に聞かれて、考えた。 最近、バイクを使う事も少なかった。

「服装、拘らなくて良いなら、自分で運転してくよ」

「この前、バッチリ整備しておいたからな」

「うん」

話が纏まって、久し振りに二人、ツーリングスタイルの外出となった。



 館川家へ着くと、今日は一家が揃っていた。

 利知未の姿を見て、館川氏が何とも言えない表情になった。 母親には一美から、父のとっぴな行動が確りばれている。

 今回、利知未を連れて来て欲しいと思ったのも、一美から聞いた事の顛末に、自分からも利知未へ謝りたいと思ったからだ。


 二人を迎えて、父親は倉真から声を掛けられる。

「親父。 暇潰し、付き合うぜ」

今日の訪問は、母親が利知未に用事があっての事だ。 男がいても邪魔になるだけだろう。

「……そうだな。 相手をしてみろ」

少し考えて、将棋をする事にした。 弱い倉真でも、相手がいれば少しは張り合いになる。

 今日は気持ちの良い天気だったが、息子は、釣りは苦手なままだ。

「居間は、お袋が使うだろ。 俺の部屋にでも、行くか」

将棋盤を持って、二階へと上がって行った。


「さ、利知未さんは、こっちへ来て」

 母親に促されて、居間へと入る。 一美が気を利かせた。

「お父さん達のお茶、セットにして持って行っておこうか?」

「そうね、一美、やってもらえる?」

「はーい」

返事をして、一美はキッチンへと入って行った。


 居間で母親と二人切りになり、始めに謝られた。

「この前は、お父さんがトンでもない勘違いをして、行き成り伺って。 本当に、ごめんなさいね。 全く、うちの家族は人様の迷惑を、考えられない人ばかりで……」

困ったような顔をしている。

 前回来た時よりも、いくらか利知未の緊張も和らいでいる。 それは、その父親のとっぴな行動のお陰かも知れない。

「いいえ。 お菓子、職場の仲間で戴きました。 とても美味しかったです」

「お陰様で、お客様からも褒めて戴けていますよ。 あの人の、誇りね」

「形も、色も綺麗で……。 若いナースの間で、あれ以来、和菓子が流行っています。 ご馳走様でした」

「そう。 喜んで戴けて良かったわ。 さ、サイズ、測らせて頂戴ね?」

頷いて、言われるまま、利知未は素直に従った。



 二階では、今日も初っ端から、倉真が敗戦中だった。

 急須と二人分の湯飲み、茶筒を盆に載せ、一美がドアをノックする。

「おお」

ノックに倉真が返事を返した。

 一美が顔を出す。 ベッドの上に将棋盤を置いて、片足を上げた半、胡坐状態で、親子は対峙していた。

「お茶、持って来たよ。 ポットもあるから、勝手にやってね」

「うむ」

父親も、将棋盤から顔を上げずに答える。

 倉真は前回より、少しはやるようになっていた。 息子は勉強が嫌いだっただけで、それ程の馬鹿では無かったらしいと、内心では少し喜んでいる。

 二人の様子を呆れて眺め、一杯だけ茶を淹れてから、一美は階下へ降りた。


 一美は居間に入り、母親が利知未のサイズを測っているのを眺めた。

 三人で、父と兄の事で話が弾んでしまう。 利知未のサイズを測り終えた母親が、今度は一美に声を掛けた。

「あんたのサイズも、ついでに測ってしまおうか?」

「今年も、新しいの作ってくれるの?」

「今までので気に入ったのが有れば、直してあげるよ?」

「利知未さんと、同じ柄が良い!」

「あんたには、似合わないかもしれないねぇ。 少し、大人っぽい柄だから」

「色が違えば、変わらない?」

「…そうだね。 じゃ、ついでに見に行こうか?」

「あの、お仕立て代…、責めて反物代は、お支払いします。 おいくらになりますか?」

 利知未の申し出に、母親は笑顔を見せる。

「良いのよ、そんな事は気にしないで。 倉真が何時もお世話になっているんだから、そのお礼に、私が出しますから」

「でも、それでは」

「一美も、お父さんも、利知未さんには、迷惑を掛けてしまっているのだし」

「ごめんなさい。 今回は、あたしの説明不足が原因です」

素直に謝る一美を見て、母親は少しだけ笑った。

「本当に。 あんた達は、そっくりよ」

「あんた達って」

「倉真も一美も、まさしく、あの人の子供だわ」

母親の言葉に、利知未も小さく笑ってしまった。 一美だけ、少し剥れ顔になってしまった。


 一美の分まで測り終え、二階へ声を掛けた。 これから近所の呉服店へ反物を見に行こうと、女三人で話しが決まっている。

「ちょっと、出掛けて来ますから。 お昼には戻ります」

 母の言葉に、倉真と父親の短い返事が、二階から降って来た。



 女三人が出掛けて、男二人は将棋盤へ向かい続ける。 既に三戦目だ。

 初めて盤を挟んだ時よりは、一戦に掛ける時間が長引いている。

「少しは、勉強して来たようだな」

「本屋で立ち読みした」

「だが、まだまだ甘い。 王手」

「げ、待て! さっきの無し!」

「お前の四連敗だ」

「くそ!」

 また、ムキになってしまった。 父親が、不敵な笑みを見せていた。

「…始めて見たな」

「何がだ」

「親父の憎らしい薄ら笑いだ」

言われて、大きな手を上げ、口を隠すようにして呟いた。

「…利知未さんの為だ」

長男とも仲良くしてやらなければ、可哀想だろうと、思っている事にした。

「行き成り、利知未びいきになったもんだ」

「お前が世話になっている」

 自分の失敗は、知らせたくは無い。

「…そうだな。 親父、もう一戦!」

盤上を片付け終え、倉真は駒を、再び並べた。



 女三人は、昔から母親が世話になっている呉服店へ向かった。 徒歩で十分以内の距離だ。 館川家の店は、商店街の外れに位置していた。 同じ商店街にある一軒の店へと、足を踏み込む。

「いらっしゃいませ。 まぁ、澄江ちゃん。 今日は一美ちゃんも一緒なのね。 お連れの、お嬢さんは?」

この店の女店主は、昔から倉真の母とも仲が良い。 名前で呼び合う間柄だ。

「息子の、婚約者なのよ」

誇らしげな笑顔を見せて、そう答えた。 利知未は慌てて頭を下げた。

「じゃぁ、このお嬢さんが……。 お綺麗な方ねぇ」


 ここで利知未に似合いそうな柄を見つけた時、少しだけ話をした。 背の高いお嬢さんなので、一反では足りないかも知れないと、相談をしていた。


「この前、見せて頂いた反物、色違いであるかしら?」

「ございますよ、少々お待ち下さい」

 店主はそう言って、縦じまが薄く入った朝顔柄の反物を数点、店の奥から持って来た。

「これなんだ! 素敵じゃない?!」

「背の高い、お嬢さんと伺っておりましたから。 これくらいの大柄でも栄えるだろうと、この前、お話されていたんですよ」

「あたしも背が高い方だから、大丈夫そうだね」

「色違いで、お召しになりますか?」

「是非! あたしには、どの色が良いんだろう……?」

「利知未さんには、こちらの深い紺地を考えていたんだけど」

「こっちの深い緑も、似合いそうじゃない?」

 一美が、もう一つの色を指差した。

「これは、少し難しい色かと思ったのだけど……。 こちらのお嬢さんなら、良く似合いそうですね」

利知未を見て、店主が言う。

「じゃ、あたしは、このレンガ色が良い!」

 地味目な赤を指して、一美が言う。

「そうね、一美なら、それくらいが丁度いいかしら?」

「でも、オレンジも可愛いな」

「それだと、子供っぽくなり過ぎな感じもするね」

利知未が口を差し挟んでしまった。 始めて自分の意見を述べた利知未を見て、母親は嬉しげに微笑んだ。 利知未は慌てて、俯いてしまう。

「良いお見立てですね」

店主がそう言って、褒めてくれた。

 二人の反物を購入し、母は別の反物で、良い色を見つけてしまった。

「これは、さっきの柄と並べてみて、どうかしら?」

店主に相談をする。 男物の、地味な茶色掛かった緑だ。

「そうですね、良いと思いますよ」

「そう、じゃ、これも戴いて行きます」

倉真の分も一緒に縫って上げようと、母親は思った。



 帰宅して、まだ将棋盤を囲んでいるらしい二人に、母親は呆れてしまった。

「お昼は、どうしようか?」

二人の性格は熟知している母親が、頬に手を当てる。 利知未が提案した。

「お握りでも、作りましょうか?」

「そうね、それが良いわね」

「お手伝いします」

利知未さんがやるのなら、あたしもやると一美が言い出した。

「前よりも、お手伝いしてくれる様になったわね」

母の意見に、一美が言った。

「やっぱり、料理は一つの武器になりそうだから」

利知未を見て、笑顔を見せる。 倉真の事を指しているのは、直ぐに判る。

「武器と言うつもりも、無いんだけどな……」

照れ臭そうに、そう呟いた。

 面倒なので、五人分を握り飯にしてしまった。 父と自分達の分は親子で、倉真の分は利知未が握った。 倉真の握り飯を作る時は弁当を作る時の癖で、つい大きくなってしまう。 その大きさを見て、親子は目を丸くした。

「倉真さん、かなり食べますから……つい」

 照れ臭そうに、利知未は弁解をする。 親子は笑って、納得した。


 出来上がった握り飯は、母親に言われて、利知未が二階へ届けた。 将棋盤から目を上げずに、二人が返事をする。

「お茶も、取り替えて置きますね」

古い茶がらを用意して来た器へ捨て、新しい茶を淹れた。

「サンキュ」

チラリと利知未を見て、倉真が礼を言う。

 握り飯を見て、どれが利知未の作った物か直ぐに気付いた。 二人分が一皿に盛られているが、間違える事は無さそうだ。 中身は、倉真が好きな、昆布・焼き鱈子・焼き鮭。 オカカと梅干も入っている。 二人分で九個も乗っている。 少し小振りな五つが、母親と一美が作った父親の分だ。

「後で、食器を下げに来ます」

 父親に断り、倉真には小声で頑張ってと応援の言葉を残して、部屋を出て行った。


 倉真は只今、七連敗中だ。 自分なりの起死回生の一手を思い付いて、駒を動かした。 改心の手だと思った。 ニヤリと顔を上げて、父親の顔を見た。

「親父、その握り飯は、俺の分だ」

父親が、利知未の作った握り飯を何の気なしで手に取り、口へ運ぶ。

「ああ、道理でな」

自分の手にしていた握り飯のデカさと、二個目の同じ具に気付く。

「チョイ待った! …そいつは、俺の好物じゃネーのか?」

「お前は、焼き鱈子が好物だったのか」

そう言って、父親は手に持っていた一つを、ぺろりと平らげてしまった。

「くそ。 親父の鱈子、寄越せ」

手を伸ばした倉真に、父親が短く答えた。

「無い。 代わりにこれを食え」

 適当に、小振りな握り飯の残りを倉真の方へ押しやった。

「テメー、こりゃ、梅干じゃネーか!」

「具なんぞ、どれも同じだ。 王手」

連敗中の上に、改心の一手を軽く交わされてしまった。

 倉真は残りの自分の握り飯を、焼けになって食い切った。

「止めた!」

駒を乱暴に片付け、部屋を出て行ってしまった。

「……器の小さいヤツだ」

 父親は呟いて、残りの握り飯を食い切り、呑気に茶を啜る。



 利知未が食器を下げに行く前に、機嫌が悪い倉真が、下ろしてくれた。

「ありがと。 …どうしたの?」

倉真の様子を見て、利知未が聞いた。

「何でもねーよ」

膨れっ面が、幼い頃のようだ。 母親と一美も、目を丸くしていた。

「もう、用事は済んだな? 帰るぞ」

「ちょっと、倉真?!」

引っ張って行かれながら、利知未は母親と一美に、短く挨拶を残した。



 二人が帰った後、降りて来た夫から、妻は、次は皿を別々にして準備しろと、注文をされたのだった。




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