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非日常が俺に日常を送らせてくれない(旧題:ノン・デイリィ)  作者: イザベルやん
非日常二日目「死ねない少女」
5/6

親馬鹿はどこからともなく現れる

ちょっと改変。

 杏は御冷の緑茶をすすり、言う。


「なかなかにいい買い物をしましたね」


 杏の隣に座る三碓もまた、緑茶をすすり、返す。


「そうね。他人の服を選ぶというのも、なかなかに楽しかったわ」

「…………」


 その対面に一人座る俺は、プレゼント用に包装されている箱を見て、すこしだけ憂鬱になった。


 あの後、特にこれといったこともなく、二時間ほどで買い物は終わった。杏と三碓は不満気味だったけれど、お昼時であったし、プレゼント選びも数品に絞ったものの、そこで滞っていたので、最終的にその中から俺が選んだものということで落ち着いた。まあ、しいて言うなら、予定になかった妹へのプレゼントでの出費が生まれたくらいだろうか。

お年玉の半分は消え去った。


「それにしても、鬼ノ寺君の妹さんがこんなに可愛いだなんてね」


 三碓は、俺の妹が移っている俺のスマホ画面を見ながら、そう言った。


 買い物の途中で、妹の容姿やらスタイルがわからないと、どういったものが似合いそうかわからない――おおよそのサイズは妹の買い物に付き合ったことのある俺が知っていた――と言われたので、正月の時に撮った適当な写真を見せたのである。


 それが、彼女たち曰く、可愛すぎ、らしい。確かに、多少なりとも身内贔屓が入っていると思うとっはいえ、妹は普通よりも断然に可愛いとは感じていたけれど、他人よそ様からみてもやはり可愛いらしい。


「自慢の妹だ。もっと褒めてくれていいぞ」


 やはり、身内のことを褒められると、まるで自分のことのようにうれしいものだ。特に、三碓はお世辞を言うようなやつに思えないので、少し気恥ずかしさを感じるまである。

「なににやけてるのよ、気持ち悪い。根暗顔が犯罪者顔に見えるわよ」

「ほっとけ。妹を褒められてうれしくない兄貴なんていないんだよ」


 こいつは、俺のことを貶さなければ会話できないのだろうか。やだ、実は結構恥ずかしがり屋さん?


「やっぱりあなた、シスコンね」

「あー、もう、それでいいよ……」


 いやまあ、深夜にパシられてあげたり、起こされるときはお腹をくすぐってほしいと思ったり、お年玉の半分をプレゼントに使ったりするくらいには妹のことは好きだけれど、それはどこの兄貴も同じだろう。


 可愛い妹を可愛く思わない兄貴など存在しないのである。可愛いよ妹可愛い。


「ふふっ」


 そんなやりとりを三碓としていると、杏が可笑しそうに笑った。


「ん? どうしたんだ?」

「ああ、いえ、すみません。なんだか、私の父と母のようだな、と思いまして……ふふっ」

「私と鬼ノ寺君が?」


 それはつまり、あまり仲が良くないだとか、喧嘩ばかりしているということだろうか。俺と三碓って、罵倒するされるの関係でしかないように思うのだけれど。


「はい。父はなんというか――」

「――やあ、アリアナ」

「――え?」


 杏が口を開きかけたその時、突如、がたり、という音とともに、男の声がかかった。

 俺達は声の聞こえた方、俺の隣へと顔を向ける。


「偶然だね。今日は買い物をしていたのではなかったのかい?」


 俺の隣の席に、高そうなスーツを着た、イケメンで穏やかそうな壮年の男が座っていた。どう見ても不審者である。


「……誰ですか?」


 なんて、警戒しながら聞いてみる。一応、こちとら三碓のストーカーをあぶり出すためのなんちゃってデート中だ。声をかけられたのは杏のようだけれど、注意しておくことに越したことはない。

 なんて思っていると、


「お父様!?」


 その男を見た杏が、小さくそう叫んだ。


「……え? お父様?」


 マジ?


「こんにちは、アリアナの友達かな? 私はアリアナの父、アンデルセン=杏だ。よろしく頼むよ」

「ど、どうも、鬼ノ寺集です」

「三碓三鈴です」


 友達かどうかはともかく、この人が杏の父親か。親馬鹿の杏の父親、アンデルセン。目をつけられればトラウマを受け付けるほどの、なんだかすごいことをしうる(かもしれない)人物。

 正直、関わりたくない。


「二人とも、水を差すようですまなかったね。偶々、偶然、そこでアリアナを見つけたものだから、ついつい、心配になって後をつけてきたんだ」

「は、はぁ……」


 本当に偶々だろうか。


「しかしお父様、お父様がこのような場所でお食事なんて、珍しいですね」


 杏は少しも疑っている気配はなかった。


「そうかい? たまには庶民の味というものを味わってみたくなるものさ。チープなおいしさというものは、何とも捨てがたいものだからね」


 いつの間にか、アンデルセンさんの手にはメニューが握られていた。鼻歌なんて奏でながら、なんとも楽しそうにそれを眺めている。

……もしかしなくても、一緒に食べる感じだろうか。同級生がいるとはいえ、親子が別々に、というのも変だとは思うけれど、あまりに遠慮がないから、いっそマイペースを通りこして清々しささえ感じる。普通、一言いれると思うのだけれど。


「そうなんですね」


 しかし、三碓は気にも留めていないようで、そっけない返しをしながら、アンデルセンさんが持っているものとは別のメニュー表を眺めていた。デザートと飲み物が載っている奴だ。


 なんというか、アンデルセンさんは気さくな自由人といった印象を受ける。お金持ちは近づきがたいイメージがあったけれど、そういう硬い雰囲気もない。まあ、こういう人ができる大人、というやつなのかもしれない。非常識ではあるが。


「ううむ、しかし、楽しいな。実に楽しい。いつもは秘書が勝手に用意するものだから、このように多くのメニュ―の中から料理を選ぶというのは、新鮮だし、楽しいものだ」

「はあ、秘書が……」


 社長の食事の用意って、秘書がやるものなのだろうか。多分、人それぞれ、秘書それぞれだとは思うけれど。


「アリアナ、もう注文は決めたのかい?」


 メニューを悩まし気に眺めるアンデルセンさんは、対面に座る杏に尋ねる。


「そうですね……私はそのマルゲリータにします」


 杏はアンデルセンさんの持っているメニューを指さす。見ると、そこにはマルゲリータの写真、その脇に三九九円と書かれていた。


「ふむ、そうか。では、私もマルゲリータにするとしよう……君たちはもう決めたのかい? 奢ってあげるよ?」


 アンデルセンさんはメニューを下に置き、そう尋ねてくる。


「え、そんな、悪いで――「それはどうも。なら、私はミラノ風ドリアとアイスクリームで」…………」


 ここにもマイペースな奴がいた。


「ははは、遠慮のない子だ。そういうのは嫌いじゃないよ。学生は我儘なくらいがちょうどいい」

「そ、そうですか……えっと、なら俺はペペロンチーノでお願いします」

「ペペロンチーノ、ミラノ風ドリア、アイスクリームがそれぞれ一つずつ、マルゲリータが二つだね」


 アンデルセンさんは確認するように復唱し、呼び鈴をぽちりと押す。ほどなくして店員がやって来た。



◆◇◆



 三〇分後。


「そういえば、アリアナは一人で服屋に買い物に行ったという話を秘書から聞いていたのだが、どうして鬼ノ寺君たちと一緒に?」


 昼食を終えて、全員が一服していると、アンデルセンさんが思い出したように聞いてきた。


「その服屋でたまたま会ったんですよ」


 杏が余計なことを言う前に、俺がさらりと答える。アリアナが男の目の前で服を脱ぎだそうとしていたとか、そういうことは、当人がいる場所で言わない方がいい気もする。あとでこっそりと教えておくというのがいいだろう。常識のお勉強をきちんとさせた方がいいですよとか、なんかそういう感じで。


「そうなのかい?」


 俺をちらりと横目で見ていたアンデルセンさんは、杏に向き直る。


「ええ。そこで、鬼ノ寺君が妹さんに服をプレゼントするという話を聞いたので、選ぶのをお手伝いをしていたんです」

「ほう、プレゼント選びの手伝いか」


 アンデルセンさんは顎に手をやり、ふむふむと首を軽く縦に振る。


「カップルのデートのお邪魔かとも思ったのですが、プレゼント選びはいろいろな人の意見が聞けた方がいいのではと、具申いたしまして」

「「カ……カップルじゃないわよ!」ねえよ!」


 俺と三碓は杏の勘違いな発言に、異議を申し立てた。実際、カップルでもなんでもない。そもそも、杏には街でたまたま会ったといっていたはずなんだが……。


「あら、そうでしょうか? 今も息ぴったりのご様子でしたし、仲もよろしいじゃないですか」


 それこそ偶然だ。


「ふむ? 鬼ノ寺君と三碓君は付き合っているのか」


 俺と三碓の異議は聞こえていないのか、そう言って、アンデルセンさんはほっと安心したように息を吐いた。親馬鹿のアンデルセンさんだから、『俺と三碓が付き合っている=杏と俺がそういう関係というのはありえない』という計算でも立ったのだろうか。


「だから違いますって……三碓とは街でたまたま会って、妹のプレゼント選びを手伝ってくれていただけですよ」


 さっきも思ったけれど、これ、こういうことにしていいのだろうか。ストーカーを炙り出すのだから、嘘でも彼氏彼女ということにしたほうがいい気もする。でもまあ、ストーカーがいるとして、そいつにそれっぽく見せればいいのだから、適当でもいいのか。


 ストーカーと言えば、まだ見ぬそいつは、本当にこのなんちゃってデートをストーキングしているだろうか。そいつは実際に三碓を刺しているわけだし、死んでいると思うのが普通だろう。まあ、世間で騒ぎになっていないから――死体もないから、現場で警察がKEEP OUTしてもいないだろうし――、病院に入院しているだとか、お腹になにか分厚いものでもあったのかと勘違いしているかもしれないが。


「そうなのかい……?」


 ところでそこ、ちょっと残念そうにしないでもらいたい。


「そういうアンデルセンさんこそ、どうしてこんな場所にいたんですか?」


 杏の後をつけていたのだろうか。だとしたら、今日は俺達みたいな高校生にとっては春休みだけれど、世間は平日なわけだし、随分と暇なお金持ちである。


「うーん、普通に食事をとりに来ただけなのだけれど……っと、一つ用事があったのを思い出したよ」

 アンデルセンさんは思い出したようにぽんっと手を叩いた。大丈夫か、この人。杏のことで頭がいっぱいになって忘れていました、とかじゃないだろうな。


「私が言うことでもないと思いますけれど、用事があるのなら、こんなところにいないで、早くそちらを済ませた方がいいんじゃないですか?」


 三碓が言った。言葉にとげがあるような気がしなくもないけれど、多分、これがこいつの素なのだろう。俺との会話を顧みるに、人を気遣うとか、そういうことができるような感じでもなさそうだし。

まあでも、確かに、用事があるのなら、さっさとそちらに出向いた方がいいように思う。


「大丈夫、大丈夫。用があったのは鬼ノ寺君にだからね」

「……うん?」


 思わず、変な疑問の声をあげてしまった。俺はアンデルセンさんと話したのは今日が初めてだし、特段、関わりを持った覚えはないのだけれど。


「そう不思議そうな顔をしないでくれたまえよ。僕は君に質問をしに来ただけだからね」

「はあ……質問ですか」


 この人からの質問となると、杏に関してだろうか。学校でどんな感じか、だとか?

 でも、そうなると、なんで俺に、という話になる。俺は杏と仲がいいわけでもないし、学校で話したことがあったかな、まである。


「まあ、疑問に思うのも無理はないよ。実際、君自身がどうこうというのではなくて、君の所属する部活、オカルト部、と言ったかな? その部長、杉ヶ町ナルミ君について聞きたいだけなんだ」

「ナルミ先輩ですか?」


 意外な名前がでてきた。なぜこの人からナルミ先輩の名前がでるのだろうか。


「杉ヶ町ナルミさんって、確か、三年生の有名な人ですよね。なんでも、埋蔵金を掘り当てると言って、校庭を掘り荒らした、なんて話が絶えない方だそうで」


 どうやら、杏も知っていたらしい。そういえば、そんなこともしてたな……あれをやった次の日は、掌が肉刺まめだらけだった。


「ああ、その杉ヶ町ナルミ君だ。ちなみに、PTAでは彼女の話題で持ちきりだよ? 学校で変な行動をしているだとか、表現はもう少し柔らかくなっているけれど、要約して、どうして退学にしないのか、と

かね」


 なるほど。PTAで退学させろという話がでるほどに有名だということは理解した。今後、ナルミ先輩の奇行にはあまり協力しないようにしよう。


「まあ、あの人は変人ですからね……」

「あれは変人兼変態と呼ぶのよ、鬼ノ寺君」


 まあ、キチガイともいう。


「それで、ナルミ先輩がどうしたんですか?」


 警察沙汰になっていないから見落としがちだけれど、ナルミ先輩の変な行動の中には器物破損の罪に問われるものだとかもある。共犯者である俺からしたらあまり触れてほしくないし、適当に流した方がいいだろう。退学の話は言うまでもなく、本当に、どうして警察沙汰にならないかが不思議だ。


「彼女は君に入っていないようだけれど、彼女は私の仕事の相談役でもあってね。仕事の手伝いをしてもらうこともあるんだ」

「あら、そうだったのですか?」


 杏も知らないらしい。まあ、親の仕事についてなんて、普通、子供は知らないものか。


「ああ。彼女にはいつも助けられているんだよ。詳しくは企業秘密だけれど、奇想天外な発想で開発の手助けをしてくれたり、ね」

「ナルミ先輩、そんなことしてたんですね」


 奇妙な行動をする人だから、人とは違う視点で物事が見えているのかもしれない。いろいろと謎の多い先輩である。


「一応、相談料などの報酬は渡してはいるのだけれど、そういう事情もあって、あの子が他に取られてしまうのは、情報漏洩の問題とかで結構な痛手なんだ。どうにか、高校卒業、あるいは大学卒業後は、うちで雇いたいと思っているのさ」

「そ、そうなんですか」


 ナルミ先輩の将来は安泰らしい。


「そこで質問なのだけれど、彼女の興味を引くようなことがなにかとか、わかったりしないかな? 以前から提案はしてはいるのだが、どうにも曖昧に流されてしまってね」


「興味、ですか」


 それとなく、ちらりと三碓を見る。不死身な彼女は、まさに、ナルミ先輩の興味を引きそうな人間だ。存在そのものがオカルトであり、非現実であり、非日常である彼女は、ミステリーサークルを描いてみたり、埋蔵金を掘り当てようとするような、非日常を好みそうなナルミ先輩の大好物であろう。


「なによ。言っておくけれど、私はつい先日に知り合ったばかりなのだから、先輩の好みそうなものなんて、わからないわ。あなたこそ、思い当たらないの?」


 俺が三碓に意見を求めていると勘違いしたらしい。


「実を言うと、俺もナルミ先輩についてはあまり知らないんです。なにか不思議なことをしているな、とか、そのくらいの認識で……でも、やっぱり変わったものが好きなんじゃないかなとは思います」

「変わったもの、か」


 アンデルセンさんは顎に手を当て、真剣な表情で考えるそぶりをする。


「ふむ、わかった。ありがとう、とても参考になったよ」


 数秒して、手を下ろしたアンデルセンさんは、先ほどまでの穏やかそうな表情で言った。


「いえ、お役に立てたのならよかったです」


 ナルミ先輩の行動から推測できる程度のことしか言っていない気がするけれど、参考になったのなら、幸いだ。俺としても、ナルミ先輩がこんな偉い人にスカウトしたいと言われているなんて、後輩として、少しだけ鼻が高い。


「そうだ、鬼ノ寺君に三碓君。また杉ヶ町ナルミ君のことで相談に乗ってもらいたいのだけれど、よかったら、連絡先を交換してくれないかい?」

「え? ま、まあ、大丈夫ですけど……」


 別に、これと言って断る理由がない。ナルミ先輩には悪いかもしれないけれど、好待遇で受け入れるための相談だというのなら、ナルミ先輩にとっても益のあることだと思うし。


「おお、ありがとう。助かるよ。それで、三碓君は?」

「私は遠慮しておきます。先ほども言いましたけれど、力にはなれなさそうですから」

「それは残念。では、鬼ノ寺君、このメールアドレスに空メールを頼むよ」


 アンデルセンさんは断られるのがわかっていたかのように三碓の断りの返事をさらりと流し、俺に名刺を渡してくる。多分、俺にだけ聞くのは失礼だとか、そういう配慮だったのだろう。

 俺がメールアドレスを打つのに時間がかかったけれど、無事、俺とアンデルセンさんは連絡先の交換をした。父母妹、それにナルミ先輩に続く、五人目のメルアド登録者である。


「ありがとう、鬼ノ寺君。頼りにさせてもらうよ」


 言いながら、アンデルセンさんはスマートフォンをポケットにしまう。


「力になれるかはわかりませんけどね」

 俺がははは、と苦笑いすると、アンデルセンさんはにっこりと笑い、がたりと立ち上がった。


「さて、用事も済ませたことだし、僕はそろそろ行くとしようかな。アリアナも、早く家に帰るんだよ。最近、ここら辺はいろいろと物騒だからね」

「はい、お父様」


 杏の了解の言葉を聞くなり、アンデルセンさんは「それじゃあね」と言って、伝票をもって立ち去ってしまった。さらっと奢るあたり、とてもイケメンである。


「変わった人ね、あなたのお父さん」


 三碓はアンデルセンさんが店から出るのを確認すると、一番にそう言った。


「そうでしょうか? とても尊敬できる父ですけれど……」


 杏は顎に人差し指をあて、きょとんと首を傾げる。


「まあ、俺もそんな雰囲気は感じたな」


 アンデルセンさんは俺に用事があったといったようなことを言っていたけれど、俺に聞くにしても、連絡網に乗っている俺の家の電話番号にかければいい。真相としては、本人は誤魔化していたけれど、多分、ずっと杏の後をつけていたら、たまたま俺や三碓と一緒になっていた、そこで、ナルミ先輩の知り合いであった俺に、ついでに質問したとか、そんな感じに思える。


「まあ、十人十色というのもありますし、きっと、父を知れば、お二人も父の見方が変わってくると思いますよ?」

「といっても、連絡先を交換した俺はともかく、三碓はあまり関わることもないだろ」

「まあ、確かにね」


 そう言う三碓は、気持ちほっとしているように見える。意外と面倒くさがりなのだろうか。話した感じ、普通にいい人だと思ったけれど。


「さて、と。そろそろ俺達も出るか。いつまでもいても、店に迷惑だし」


 よく、受験生や大学生はドリンク飲み放題だけで数時間もそこで勉強し続けるというのはあるけれど、あれ、店員さんからみたら、うざい以外の何物でもないわけで、俺には白い目で見られて悦ぶような趣味はない。

 それに、入り口の方を見る限り、並んでいる人もいるようだし。

 杏と三碓はそうね、そうですね、と、立ち上がった。


「ん?」


 と同時、ぶるる、マナーモードにしておいた俺のスマートフォンが震えた。


「……どうしたの?」


 三碓が問う。


「いや、なんかスマホがな」


 言って、ポケットからスマートフォンを取り出し、確認すると、メールアプリの右上に①と書いてあった。

 いつもの、携帯会社からの通知メールだろうか。三〇〇〇円が当たる、だとか、そういうやつ。

 とりあえず見てみるかと、メールアプリを開く……このメールアドレスは、さっき見たばかりだから間違いない。


「アンデルセンさんからだな」

「お父様から? といっても、先ほど別れたばかりですのに……」

「なんだろうな」


 メールの題名は、『賭けの件について』。賭けというと、ついさっき言っていたやつのことだろう。もう賭けの内容が決まったのか、それともやっぱり無し、ということだろうか。


「……は?」


 本文には、


『三碓君の不死身のアーティファクトを賭けて、僕と君の一対一の決闘といこう。といっても、ナルミ君のお気に入りである君を勝手に傷つけるのは彼女に悪いから、立会人は、杉ヶ町ナルミ君にお願いしておくよ』


 と、書いてあった。


「なんだこれ……」


 突然のことに、理解が追い付かない。けれど、これはどう見ても、杏の父親が、アンデルセンさんが、一昨日、三碓を襲った犯人だということを示している。


「どうしたの?」


三碓が問いかけてくる。


「……三碓、ちょっと、これを見てくれるか?」


 三碓に見せないわけにはいかない。当事者なのだから、教えないわけにはいかないだろう。

 でも、


「あら、お二人で秘密の共有、ということでしょうか? やはり、仲がいいのですね」


 娘である杏に、アリアナ=杏には、見せるわけにはいかない。もちろん、見せたところでアーティファクトやら決闘だなんて、ゲームか何かとか、冗談程度に受け取るだろうけれど、多分、ややこしいことになるだけだ。

それは面倒くさいし、なにより、これを見せることで何かの拍子にスキルやアーティファクトのことを知ってしまえば、杏を非日常へと踏み入れさせることになる。それに加えて、父親がそれに深く関わっているとなれば、ショックを受けるのは想像できてしまう。それは、流石に憚られる。


「えーっと……まあ、そんなところだよ」


 適当に誤魔化しながら、スマホを三碓へと渡す。

 それを見た三碓は一瞬だけ目を見開くけれど、すぐに冷静になったようで、スマホを俺へと返してきた。


「なるほどね。まあ、一度、相談はした方がいいかもしれないわね」

「相談……あの人にか」


 こんなことを相談できるのは、一人しかいない。


「当然でしょう。この件には、あの人も関わっているようだし」

「まあ、そうだな」


 そういえば、ナルミ先輩は、アンデルセンに協力していると言っていた。あれは多分、アーティファクトや能力といった非日常的なものに関することだろう。後でどういうことなのかは、一応、聞いておいた方がいいかもしれない。


「あの、大丈夫でしょうか? なにやら問題が生じているご様子ですが……」


 はっと考え事から戻ってくると、杏が俺と三碓を心配そうに見つめていた。


「まあ、大丈夫よ。なんとかなるでしょうから」


 三碓はなんでもないように、さらりと受け答える。本当に、こいつはどうしてこうも冷静でいられるのか、不思議でならない。


「……まあ、とりあえず店を出るか」


 どうしたものかと思いながら、伝票をもって足早にレジへと向かった。


アンデルセンさんをかっこよくしたい。

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