クラスメイトは変わっていた
翌日、午前一〇時。俺は三碓と駅前にやって来ていた。
ところで、俺は女の子と二人きりで出かけるといったことはしたことがない。もっというと、休日に外に出るということは、ほとんどない。それこそ、妹のパシリとしてコンビニに買い物に行くとか、そんなくらいだろうか。
当然、私服なんてものも、数少ないわけで。
春に相応しいものなると、ジーパンと少しもこもことした上着くらいしかないわけで。
「地味ね」
三碓が言った。
「ほっとけ」
三碓は清楚な感じの服装だ。ゆったりとした膝丈の白のスカートと、ふんわりとした半そでの空色のトップス。
シャツインだった。
「というか、お前こそ、シャツインとか小学生の体操着かよ」
ここぞとばかりに反撃を試みる。
「これ、ファッション雑誌で注目のコーディネートなのだけれど、鬼ノ寺君にはそう見えるのね」
「…………」
試みは自爆に終わってしまった。俺の心に五〇〇のダメージ。
まあ、そんなこんなで。
「そもそも、ストーカーが私のことをつけていなければ、このデートは無意味なわけよね」
三碓は小声で語る。近くにストーカーがいるかもしれないから、その対策だろうか。
それとなく横目で周りを見てみるけれど、どれがストーカーだとか、そういうのはまるで分らない。
「まあ、そうだな」
三碓に釣られて、俺も小声でそう返す。
……ストーカーは三碓を刺した時点で、三碓は死んだという認識を持っているに違いない。ただ、こうし
て三碓は生きているし、元気な三碓を見て、刺したことは夢だと思うかもしれないけれど、他人の空似だと思うかもしれない。
ナルミ先輩に言われて、その上で他にこれといって案が浮かばなかったから、こうしてデートをするわけだけれど、「かも」という言葉が取れない以上、このデートでストーカーをおびき寄せることができるのかと言われれば、可能性は低いように思われる。
だから、デートは適当にぶらついて終わらせる程度でいいだろう。
「でも、一応、完璧なデートをした方がいいと思うわ。それで、あなた、今日のデートプランはどうなっているのかしら」
と、思っていたけれど、そうは問屋が卸さないらしい。
「……デートプラン?」
なにそれ。
「まさか、考えていないの?」
「か、考えなきゃまずかったのか……?」
三碓はやれやれと言った様子で、溜息を吐いた。
「仕方ないわね。とりあえず、適当なお店を見て回りましょうか」
そう言って、三碓はすたすたと歩きだす。
つられて、追いかける形で、俺もその隣をすたすたと。
「な、なんか悪いな……」
「いいのよ。童貞は無能だという教訓が、私の教養として身についたから」
「…………」
辛辣だった。全国の童貞さん、なんかごめんなさい。
「それで、どこかおすすめのお店とかはあるかしら、鬼ノ寺君」
俺がしょんぼりとしていると、三碓が尋ねてくる。
「ん……んー、そうだな……」
おすすめの店と言われても、俺もあまり詳しいわけじゃない。せいぜい、おしゃれ好きの妹に連れられて、ぬいぐるみ販売店だとか、アクセサリーショップだとか、ブランド物の洋服屋さんにいったことがあるくらいだろうか。
……あれ? 結構知ってるな。
「まず、服を身に行かないか? ほらお前、一着、服を台無しにしてただろ」
「え?」
「ほら、血でさ」
「あー、ああ……そういえば、そうだったわね」
三碓は思い出したように頷くと、自らの来ている服へと視線を移す。
一昨日の深夜、俺と三碓が初めて出会った場所。その時の彼女の服は、血で染色されていた。
さすがに、あれはもう着ることはできないだろう。
あれ、そういえば、
「お前、あの時の服どうしたんだ?」
「燃やしたわよ」
「燃やし……いやまあ、仕方ないか……」
実質的には存在していなかった殺人事件。見当たらない傷。
そんな状況で、血まみれの服なんて見つかったら、そりゃあ、大騒ぎだろう。鼻血がでたとか、そういうレベルの出血量でもないわけだし、燃やさざるを得なかったというのも、納得できる話である。
燃やした後、こいつはどうやって服を調達したのかというのは気になるところではあるけれど、まあこいつは頭がよさそうだし、うまくやったのだろう。
洋服店。
内装はとてもきれいだった。なんかもう、これでもかというくらいキラキラしていた。
ファッション好きな妹に教えてもらったお店というだけあって、それなりの品数があり、おしゃれというものをあまり理解していない俺が見ても、やはり、可愛いだとか、綺麗だとか思えるくらいには、デザインは良かった。
「…………」
ただ、それに見合っただけのお値段はするようである。間違っても、うにくろ愛用者たる俺が入っていいお店じゃない。しかし、この時期は春先のものと冬ものの服が安売りされているようで、七割引きだとか、そういう札も見うけられる。
そういったものなら、ぎりぎり、俺でも二着までなら買えるくらいのお値段に見える。
正月のお年玉をすべて使えば、ではあるが。
「意外ね。鬼ノ寺君でも、こういうお店を知っているのなんて」
「まあ、妹に色々と連れまわされてるからな」
それはもう、うんざりするほどに。
「お兄ちゃんっこなのかしら」
「どうだろうな。少なくとも、俺は可愛い妹だと思っているよ」
「シスコン?」
「違う、そうじゃない」
「ロリコン?」
「ちげえよ!」
失礼な奴だ。ただの優しいお兄ちゃんなだけなのに。
「……はあ。俺のことはどうでもいいだろ。いいからちゃちゃっと服を見て来いよ」
正直、俺はこの場に居づらい。
だってここ、女性専門店である。
いくら三碓と一緒とはいえ、周りに女性ものの服ばかりが並んでいたり、下着類が下げられたりしていえる場所に、男がい続けるというのは、どうにも気恥ずかしい。
妹と一緒に来ているときも恥ずかしかったけれど、同級生の、まして、可愛い女の子と一緒にいるという状況もあって、余計羞恥心を覚える。
「あら、そうはいかないわよ」
が、そんな俺の心境を知ってか知らずか、三碓は言う。
「女の子との買い物は長いのよ」
そういや、妹もそうだったな。
三碓は「ほら、選ぶのを手伝いなさい」なんていいながら、店内を歩きだした。とりあえず、俺もその後ろをついていく。
「俺みたいな童貞野郎が、お前みたいな女の子の服選びなんていう高尚な行為のお手伝いなんて、できるとはおもわないんだが」
自分で言っていて、悲しくなる。
「そんなことはないわよ。結構、他人からの意見というのは、貴重だったすりするものよ」
「貴重?」
「ええ。私、友達が少ないどころか、皆無なのよ。買い物だって、いつも一人だったから」
「ん? 身内と一緒に言ったりはしないのか?」
俺みたいに、妹に付き合わされて買い物に行くだとか、そういうことはあるのではないだろうか。兄弟姉妹ではなくても、家族と服を買いに行くくらい、普通だろうに。
「……私、嫌われているから」
「あ」
言われて、思い出した。
――家には会いたくない人たちがいるから。
あれは、家にお客さんが来ているだとか、そういうことではなくて、家族が嫌いだからとか、そういう理由でもなくて。
嫌われているから、会いたくない。
「私の両親、事故で死んでるのよね」
三碓は何でもないかのように、平然とした様子で、突然に言った。
「なんでも、私が赤ん坊だったころ、車があまり通らない山道をドライブしていたら、ブレーキが故障していたらしくて、カーブを曲がり切れずに、そのままガードレールを突き破って崖に落ちたらしいわ」
「…………それはまた、残念だったな」
俺は、死にかけた、というのならまだしも、身近でだれかが死んだ、なんてことを経験したことがない。
だから、こういう時、どういう反応を示せばいいのかが、わからない。
「それで、私、その車に乗っていたらしいのよね」
「それって……」
言うまでもない。
崖から落ちて、無事でいるはずがない。
「まあ、普通なら死んでいるのよね。ただ、そこで本当に死んでいたのなら、私はここにいないわけなのだけれど」
三碓は、やはり何でもないといった様子で、服を選びはじめながら、言った。
「まあ、お前は生きてたってことなんだよな」
「ええ。私は生きていたのよ。私だけが、生きていたの。事故で死なず、事故が発覚するまでの二週間、飲まず食わずのまま、死なず、無傷、無被害で、生きていたらしいわ」
「…………」
不死身であると言われたときに、それは少し、考えた。
不死性があるなら、飲まず食わずで、死なないのかな、と。
生物としてしなくてはいけないことをしなくても、生きていけるのかな、と。
「まあ、そんな状況で拾われたわけで、そんな私を嫌いに思わない、いえ、鬼ノ寺君や杉ヶ町
先輩みたいな人はともかく、一般人で私を不気味に思わない人は、むしろ頭がおかしいと思うし、そんな私を学校に通わせてくれているあの人たちには、とても感謝しているのよ」
「……いい人たちなんだな」
「ええ。だから、私はあの人たちが好きだし、好きだからこそ、私を怖がる見るあの目が嫌い。嫌で嫌で、会いたくなくなるくらいには、嫌いよ」
そう語る三碓の表情は、少しだけ、悲しげに歪む。
好き嫌いの一方通行。交差する好意と嫌悪。それは、どちらにとっても、幸せになれない、不幸せになってしまうような関係だ。どこか、架空の物語を盛り上げそうなその関係は、こうして現実となってしまうと、どうしてこう、怖いものへと変わるのだろうか。
ただ、
「……なんでそれを今、俺に?」
俺は、三碓と知り合って、いや、話すようになって、まだ二日も経っていない。それは、人様に言いづらいこととか、自らの過去を暴露するような関係に至るのに、十分な時間とは言えないだろう。
自慢じゃないけれど、俺自身、そんな人に信用されそうな性格や容姿をしているとは思えないし。
「さぁ、なんでかしらね。私と秘密を共有しあう人が現れて、今までため込んだものを吐き出したくなったのかも」
「……そっか」
幼年期、小学生、中学生、そして高校生。その間ずっと、彼女は共に住む家族に嫌悪されて、気付かれないように他人との接触を避けながら、生き続けてきたのだろう。
ずっと一人で。
「まあ、でもさ、ストーカーを捕まえれば、そういった生活からも――」
それは、重くなった空気を少しずつ軽くしようと、明るい未来についてそれっぽく語ろうとした時のことだった。
「お客様、困ります!」
「どうしてですか? ここは女性の服の専門店なのでしょう? でしたら、問題ないと思うのですが」
「ですから、ここには男性のお客様もいらっしゃいます! ご試着はあちらの試着室で……!!」
なんてやりとりが、耳に入ってきた。
俺と三碓は、反射的に、そちらへと視線をやる。すると、そこには修道女姿――ヴェール?はかぶっていない――をした、外国人らしい金髪碧眼の美少女が、店員さんを困らせているようだった。ぱっと見、その修道女さんは、大学生くらいの年齢に見えるだろうか。少なくとも、常識はわきまえられるような年齢には見えた。
ただまあ、じっと見ていたのが悪かったのだろうか。
「男性って、あの方しかおりませんよ? あの方なら大丈夫です。私の知人ですから」
その修道女さんは、こちらを指さし、言った。
周りには、俺以外の男性客はいない。
「……え?」
つまり、俺を指さしたわけである。
……いや、知らないんですけど。
「あら、あの子、クラスメイトの子じゃないかしら」
三碓が知っていたらしい。
「……ん?」
言われて、よく見てみれば、
「確かに、そうかもしれない」
外国人らしい見た目をしたクラスメイトと言えば、アリアナ=杏さんしかいない。奇妙な格好、修道女姿だったから、気が付かなかった。
彼女は、いや、彼女の父親が、かなりの有名人である。
俺も詳しいことは知らないのだけれど、なんでも、父親が外国人で、どこかのお金持ちらしい……というのが有名たる理由ではない。
彼女の父親は、親馬鹿で有名だった。
二学期に体育祭をやったのだけれど、その時、杏は二人三脚に出ることになっていた。クラスメイトの男子と足を組んで、一緒に走るアレである。
当日当時。彼女とペアを組んでいた男子生徒はなぜか学校に来ず、彼女は、なぜか彼女の父親と一緒に走っていた。正直、意味が分からなかった。
もやもやとした気分のまま体育祭は終わり、その後日。登校してみれば、その男子生徒は、杏を見るたびに、異常と言っていいほど、怯えるようになっていた。
それまでは杏を口説こうと話しかけていた彼――他にも言い寄る男子はいたらしい――が、突然そのような態度をとるようになったことからも、何かがあったのは間違いない。というのも、二人三脚のペアが参加できなくなった場合、担任の先生と組むことになっていたから、父親が代わりに走るというのは、明らかに異常であった。
とまあ、そんなことがあってから、彼女、いや、正確にはその父親を恐れ、女子・男子問わず、そして先生さえも、自分からは誰も彼女に話しかけなくなっていった。
つまり、俺、そして三碓に続くぼっちが、出来上がっていった。
クラス三大ぼっち――命名、俺――の誕生である。
「ですから、別に、ここで脱いで、試着してみても、いいですよね?」
なんてことを思い出している間にも、杏は今にも脱ぎだそうとする。
……いや、それはまずいだろう。
「お、おやめください!」
そう言っている定員さん、困惑しながらもこちらをちらり。
助けを求めている目だった。
瞬間、俺は知らぬ存ぜぬ、視線をそらす。
反らした先には、三碓がいた。
三碓が、こちらを見て、言った。
「鬼ノ寺君は同級生の女子のヌーディングに興奮し、血走った目でソレを見るド腐れ鬼畜外道のクズ野郎だと、始業式の朝、黒板に書いておいておくわね」
「杏、ちょーっとまったあああああぁぁぁぁ!!!!」
鬼畜外道はお前だよ! 俺を社会的に殺す気か!
なんて思いながら俺が叫ぶと同時、杏に向けられていたほかの客の視線が、こちらに向かうのを感じる。
このお店だからなのか、たまたまなのかは分からないけれど、ぱっと見、周りにいる客は全員が女性客・女店員である。
そんな中で男の俺が叫ぶというのは、思ったよりもめちゃくちゃ恥ずかしかった。
ちなみに、件の店員さんは、めちゃくちゃうれしそうにしていた。
俺は心の中で店員さんを恨みながらも、杏の元へとダッシュである。
「あら、鬼ノ寺君、なぜ止めるのですか? ここには、女性と知り合いの男性しかおりませんし、別に問題はないでしょう?」
杏はキョトンと首を傾げる。何この子、普通なら可愛いと思うところが、今はうざ可愛いとしか思えない。
てか、俺の名前、知っていたのか。顔を知っている程度だと思っていたのだけれど。
「知り合いの男だろうが、周りに女しかいなかろうが、普通はこんな場所で着替えねえんだよ! てか、わいせつ罪とか、そんな感じの罪状で逮捕されるぞ!」
多分。
「あら、そうなのですね。私としたことが、可愛らしい服を見かけたので、我慢がならず、焦ってしまいまして」
杏は素っ頓狂な顔を浮かべながら、自らの修道服から手を放す。ひとまず、俺の心の平穏は保たれた。
それにしても、父親の方に目がいっていて気が付かなかったけれど、本人もかなりの変人であったらしい。もしかしたら、いわゆる箱入り娘だとか、常識しらずの天然社長令嬢みたいな属性がついているのかもしれない。
非常に迷惑な話である。
「ほ、本当にお知り合いだったのですね」
店員さんは、ほっと胸をなでおろす。
……開放感に満ち溢れているようだった。
「店員さんも、申し訳ありません。私のためを思って止めてくださいましたのに……」
「い、いえ、ひとまず、落ち着けたようで何よりです。またお困りでしたら、お声かけさせていただきますね。気に入りました商品が見つかりましたら、他のお客様に先を越されないよう、お早めのご購入をお勧めいたします」
訳。問題起こしたらまたくるぞ。でも、さっさと買うもん買ってさっさと帰れよ。
「はい。そうさせていただきますね」
店員さんの裏の声が聞こえないのか、杏は人を和ませるようなのほほんとした笑顔でそう返す。
それを見て、店員さんはそそくさと別のお客さんのところへ向かっていった。多分、真面目な人なのだろう。だからこそ、杏のような常識しらずの客にあたってしまったことに、同情してしまう。というか、他の店員さんも助けてあげればいいのに、見て見ぬふりしていたし、それもあって、余計にかわいそうに思う。
大人って大変なんだな。
「杏さんって、結構変わった人だったのね」
なんて考えながら店員さんの後ろ姿を見ていると、後ろから、三碓の声が聞こえてきた。それを聞いて、俺と杏はそちらへと視線を移す。
「あら、三碓三鈴さん、でしょうか?」
「どうも」
そっけない挨拶だな、おい。
「こんにちは。私は同じクラスの――「アリアナ=杏さんでしょ、知ってるわよ」――です。よろしくお願いしますね」
杏は丁寧にお辞儀をしてから、えへへと笑う。
「本当は自己紹介なんてする必要はないのですが……いえ、正確には、自己紹介は去年の四月に済ませていたはずなので、する必要はないはずなのですが、いかんせん、一度も話しかけたことも、かけられたこともなかったので、こうして話す機会に恵まれたとき、何から話し始めればいいのか、わからなくなってしまって……」
「……そういえば、話したことはなかったわね」
いや、いくらなんでも、一年間クラスをともにしてきて一度も話したことがないってのは……いや、俺とか結構、そういう人いるわ、うん。
「はい……ですから、こうして話せて、嬉しく思います」
「そう。よかったわね」
「…………」
そっけなさすぎやしませんかね、三碓さん……。
なんて、俺が三碓に呆れていると、
「それにしても、お二人はここへ何をしに? いえ、当然、洋服を買いに来られたのでしょうけれど、なんというか、お二人が一緒に買い物に来るような仲ではなかったと記憶しておりましたので……」
「いやぁ、それはだな……」
何と言ったらいいものか。
杏の言う通り、三碓と俺は、お世辞にも仲がいいというような関係でもなく、むしろ、クラスメイトである以外の関係を持っていたのかと言われれば、そういうわけでもない。
今でこそ秘密を知り、知られる関係にあると言えるのかもしれないけれど、言うまでもなく、そんなことを教えられるわけもないわけで……。
なんて、表情に出ないように努めながら困っていると、
「何って、見てわからないの? 私たち、付き合っているのよ。今日はデートよ、デート」
「…………ん?」
三碓がにっこりと笑い、嘘を吐いた。
……いや、なに言ってるの、君?
「あらまあ、まさかとは思っていたのですが、本当にそうだったのですね……! しかし、お二人はいつの間に?」
めちゃくちゃ目を輝かせていた。杏の目の中にダイヤモンドの輝きを幻視するまである。
「ちょ、三碓、お前何言って――「あれはつい先日のことだったわ。困っていた私を気遣って、鬼ノ寺君が心配して声をかけてくれたの。その時、私の胸がきゅんっとなってしまったわ」ちょ、ちょ、ちょっとまて!」
俺は、物理的に杏と三碓の間に立つことで、その発言にストップをかける。
それはそれで、これ以上、言わせるのはまずい。何がまずいって、学校で噂にでもなったら、とってもまずい。
なにせ、三碓には結構なファンがいる。そんなやつらに目でもつけられたら、こっちはたまったものではない。少なくとも、しばらくはそういうやつらの視線が痛いことは必至だ。
……その逆がないあたりが、悲しいところである。
「いやいや、三碓は冗談がうまいなあ。三碓とは、ついさっき、偶々、偶然会ったんだよ。俺が妹への誕生日プレゼントで悩んでいると相談したら、プレゼント選びを手伝うって言ってくれたんだ」
とりあえず、キョトンとしている杏に説明を試みた。
当然、純度一〇〇パーセントの嘘も嘘、大嘘だ。でも、一年もの間、ほとんど接触のなかった俺と三碓が彼氏彼女の関係で、デートをしている、なんていうよりは、まだ、現実味のある話であろう。それに、ストーカーについて言って、巻き込むのもなんだか悪いし。
……なにやら、三碓がいる方向からくすくすと笑い声が聞こえたのは、気のせいだと思いたい。
「そ、そうなのですか?」
「ああ、そうなんだよ……それよりも、杏は杏で、その格好はどうしたんだ?」
さりげなく話題転換。
杏の来ている修道服は、秋葉とかでコスプレイヤーが来ているようなものではなく、どこか本場の雰囲気を感じる、質素なものだ。ただ、金髪碧眼である彼女が来ていると、質素とはいえ、やはり映えるものがある。
正直、見とれそうだ。
「ああ、これはですね、実は私の母はキリシタンでして、つい先日、若いころに着ていたという修道服をいただいたので、来てみたのです」
杏は「似合いますか?」と言って、くるりと回る。
「へえ、そうなのか。いや、本当に似合ってるよ」
「そうね。本当に綺麗だと思うわ」
笑い終えたのか、三碓はいつものように、抑揚のない表情で言った。
こいつ、他人を褒めることもできるんだな。
「ふふ、ありがとうございます……あ」
杏は何かを思いついたように、ぽんっと手を打った。仕草がいちいち可愛いな、おい。
「ん? どうしたんだ?」
「これも何かの縁でしょうし、プレゼント選び、私もお手伝いしますよ。私にも妹がおりまして、色々と助言ができるのではないかと」
……それは、まずくないだろうか。
現状、三碓はストーカーに狙われているかもしれない立場にいるわけで、その可能性がすこしでもあるのなら、そういうのは避けた方がいいように思う。
「あー、悪いけど……」
プレゼント選びはもう終わったんだ。そう続けるつもりが、
「――それはいいわね。私も、鬼ノ寺君のセンスに失望していたところよ。ぜひお願いしたいわ」
……三碓さん?
(おい、お前、どういうつもりだよ)
思わず、三碓へと耳打ちする。
(あら、別にいいじゃないの。私を刺したのは男らしかったけれど、店内にはあなた以外に男性はいないようだし、少なくとも、近くにはいないわ)
(いや、それはそうかもしれないけどさ……でも、危ないだろ)
(……まあ、なんとかなるでしょう)
(なんとかって……)
「? どうかなされましたか?」
見れば、杏が不思議そうな顔で俺と三碓を見つめている。
「いえ、なんでもないわ。さあ、行きましょうか」
「あ、はい、そうですね」
そのまま、三碓は杏の手を握り、俺から逃げるようにそそくさと歩いて行ってしまった。
「危機感、なさすぎじゃないか……?」
あるいは、不死身であるが故の楽観なのだろうか。
三碓に対して少しの苛立ちを覚えながらも、俺は二人の後ろを追いかけるように歩き始めた。
地の分が難しいです。何書けばいいのかわからなくなりますです。