こんな夢を観た「オークションを始める」
幹線道路沿いの高級ステーキ・ハウスの前を通りかかると、窓際に桑田孝夫の姿を見つける。ぶ厚いステーキをフォークに刺して、口へ運ぼうとしているところだった。
わたしは窓を叩いて知らせる。
「おーい、桑田ーっ」
桑田は口をあーん、と開けたまま、こちらを振り返った。ソースの滴る肉をフォークごと皿に戻すと、何か言いながら手招きをする。
ガラス越しなのと、行き交うクルマがうるさいのとでまったく聞こえないけれど、店に入ってこい、と言っているらしい。
財布の中身を気にしつつ、わたしは自動ドアの前に立つ。
「よう、むぅにぃ。ま、座れ」ナイフを振り回しながら桑田が言った。
「ここって、ランチでいくらくらい取られるの? もし足りなかったら、少し貸してくれる?」落ち着かない気分で、桑田の前にかける。
「ばか、ステーキぐらい奢ってやるよ。おれはけちじゃねえ」桑田は口をとんがらせた。
「ほんとっ? やった、ごちそうさまっ!」店の中でなければ、バンザイか小躍りでもするところだ。しょっちゅう通るが、その度に「高そうな店だなぁ。一生、入店することなんて、ないに違いない」と思っていたのだった。
「ここんとこ、オークションが順調でな。出す物出す物、飛ぶように売れるんだ」ほくほく顔で言う。
「どんな物を売ってるのさ」わたしは聞いた。
すると、人差し指で、こいこいをする。テーブル越しに顔を寄せ合い、小声で教えてくれた。
「河原で拾った小石なんだがな、きれいに磨いて、うまい文句を添えりゃあ、お前。これが、面白いように入札されるんだぜ」
「えー、ウソだぁ」わたしは言う。落ちている石なんか、誰が買ったりするものか。
「いや、それが本当なんだって。この石は、特別な場所にしかない、とか、世界でたった1つしかない、とか書くんだ。人は、限定品が好きだからな。つい、手に入れたくなっちまうんだよ」
「でも、それってインチキじゃないの? 騙したことにならないかなぁ」何だか心配になった。ある朝、テレビで桑田の顔が大写しになって、「この男が世間を騒がせている詐欺師です」なんて、ニュースになったりしないだろうか。
「あのなあ」桑田は面倒臭そうに言う。「詐欺っていうのは、ウソをついて買わせることだ。おれがいつ、ウソをついた? 世界中に1つしかないってのも本当だ。まったく同じ石ころを探してみろ。それこそ、見つかるもんか」
確かに言う通りだった。それでも、腑に落ちない。もともとタダで拾ったものなのに、お金を取ろうとするなんて。
「いったい、いくらくらいで売れるの? 100円とか?」とわたし。
「100円? ばか言うな。それじゃ、梱包代にもなりゃしねえ。ま、だいたい、3千円前後だな。先週なんて、1万で売れたぜ」
「1万っ?!」わたしはびっくりした。
「お前もやってみりゃあいい。けっこうな小遣い稼ぎができるぞ」
「あ……えーと。やってみようかな――」
「なんだよ、さっきは詐欺呼ばわりしたくせに」桑田は、半ば呆れたように笑う。「ま、いいさ。やり方を教えてやるよ。しっかり、覚えろよな」
ステーキを食べながら、わたしは桑田からノウハウを聞かせてもらった。
翌日、朝早くから近くの河原へと出向き、せっせと小石を探す。
「なるべく、つるんとした丸いのを選べ、って言ってたなぁ」見渡せば、どれも角の取れた石ばかりだ。川上から、長い年月をかけて流されてきたのだろう。そうした中から、手に馴染みそうなものを吟味していく。
とは言え、砂岩や石灰岩など、どれも灰色をしたものばかり。
「さすがに、灰色の石なんて地味すぎるだろうな。桑田はどんな色の石を集めたんだろう」
しばらく歩き回っているうち、川面に近いところで、ほとんど真っ白と言っていい石を見つけた。
拾い上げてみると、形も大きさも、ニワトリのタマゴにそっくり。
「ああ、これ、いいかも」すべすべした質感は、とても自然のものとは思えないほど。「最初だし、まずはこれをオークションに出してみることにしよう」
出品時のコメントには、こう書いた。
「神秘的な白い石です。タマゴのようですが、本当に石です。手のひらで包み込むと、次第にじわーっと暖かくなってきます。幸せな気分にしてくれる、不思議な石です」
読み返して、われながら怪しげな説明書きだなあ、と思う。こうした能書きも、桑田からの伝授だった。少なくとも、ウソはない。持っていれば体温で暖かくなるのは当たり前だし。
「それに、高く売れるかもしれないと思うと、何だか幸せな気分になるもんね」
出品してみると、1人、また1人と入札者が現れた。
100円からの額だったが、人が増え、競り合ううち、あっという間に1万円を超えてしまった。
「うそ……」リアルタイムで音が吊り上がっていく様を、呆然と見守る。
初めのうちこそ、うれしくて胸がドキドキしたが、10万……20万、と異常なほどの高騰に、もう、それどころではなくなった。悪いことでもしている気がしてきて、だんだん恐ろしくなってくる。
最終的に、なんと100万円の値で落札された。
どうしていいかわからず、桑田に電話をしてみる。
「もしもし、桑田?」うわずった声が喉から出る。
「どうした? 石は売れたか?」のんきな声が返ってきた。
「それどころじゃないよ。ひゃ、ひゃ、100万円で落札されちゃった!」
「えっ……」さすがの桑田も二の句が継げないらしい。
「河原で拾った、ただの小石だよっ? たぶん、石灰岩の一種だとおもうんだけど。ね、どうしよう?」すがるように聞く。
「相手は欲しいって言ってんだろ? なら、売りゃあいい。売っちまえよ。お前が別に気にすることじゃねえ」それが桑田の返事だった。
「いいの? 本当に売っちゃうよ」
「売れっ。もしも面倒なことになったら、あとはおれがなんとかする。約束するからよ」
その言葉で安心し、わたしはタマゴ型の石を発送することにした。
数日後、落札者からメールが届いた。
「先日は、けっこうな石を破格の値段でお売り下さって、本当に本当に、ありがとうございました」
礼の手紙だった。
「あんな石のどこに、そんな価値なんて……」わたしは首を傾げる。世の中には変わった趣味の人がいるものだ。
そこへ桑田がやって来た。「ようっ、むぅにぃ」
「あ、桑田。この前の人から、お礼のメールが来たよ」わたしは、パソコンの画面を見せる。メールには、写真が添付されてた。落札者本人と思われる人物が、あの白い石を手に乗せ、満足そうに笑っている。
「これ――」桑田の目が写真に釘付けとなった。
「どうかした?」
「この石を売ったのか? 100万円で?」心なしか、声が震えている。
「そうだけど?」
「ばかだなあっ! お前、ほんとにばかだっ」いきなり、ばか呼ばわりだ。「こいつは、お前。近年、発見された新しい鉱石『ジャポニウム』じゃねえか。ハッタリも誇張もいらねえ、掛け値なしの特別な石だぞ。ひゃ、ひゃ、100億円はくだらねえっ!」




