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プロローグ

『人は何を忘れたのかさえ、忘れる生き物だ』

イヤフォンが歌ったそんなフレーズを、俺は何となく呟いてみる。うな垂れた人達の群れを遠目から眺め、通学がやたらと億劫になる月曜日の国道を原付に跨りながら。


 音楽はいい。

忙しく耳を劈く生活音や雑音を遮断してくれるし、何より心が震える。高揚が欲しい時はパンクロック、哀感が欲しい時はバラード、そして眠る時はクラッシック。日常に無くても別段不便ではないけれど、無いと寂しいものなのだ。


 高校には行く気がなかったから、卒業したら今度こそ死のうと思う。

俺には今の社会が生きにくい。非常に生きにくい。

だってそうだろ、親父が犯罪者なんだぜ?

しかも殺人、今も檻の中でノンビリやってることだろう。


 それが原因で結構惨いいじめにもあった。「人殺しの息子」って事で否応なしに殴られたり蹴られたり、便器に顔面押し込まれた事も背中をライターで炙られた事もあった。

だってあいつ等、俺が半殺しにしてやったら倍の人数連れて報復してきやがる。

おかげで何かと退屈しない十五年間を過ごせた。


 親父が殺したのは俺の幼馴染の親父だったから皮肉話だ。

向かいが幼馴染の家、理由は知らないが子供同士は仲が良かったのに、昔から親父達は犬猿だった。ゴミの投棄方法や騒音なんかを巡って、家の前で口論を繰り返していた。やがてそれが悪化して掴み合いにまで発展し、到頭俺の親父が手を出した。近隣住民が俺の親父が馬乗りになって、相手方の親父の顔面を動かなくなるまで殴り続け、挙句の果てには傍にあったブロックを投げつけたと警察に告げた。そして、一部始終を窓の隙間から俺の幼馴染が見ていたそうだ。事件後、中学校に上がる前に彼女の家族は引っ越した。後々、彼女はそのショックで精神的に狂ってしまったと聞かされた。


 子供の責任が親に向けられるように、親の責任も子に向けられてしまう。

事実、俺も何度か転校を繰り返した。

「君は無関係だ」と言った大人は、口先だけで俺を助けてはくれなかった。

人生に対する絶望感と彼女に対する罪悪感に押し潰され、中学で死のうと思った。


 「お前の親父が殺した奴の娘が、この街に戻って来てる」

中学三年の夏、冷やかすように同級生がそう言ってきた。最近の学生は情報伝達能力に長けているようで、親切に彼女の志望校まで教えてくれた。そんなに偏差値の高い学校ではなかった。その時、俺にある思いが過った。どうせ死ぬのなら、せめて彼女に誤りたい、と。

許してくれるなんて思っていないけど、兎に角、謝罪したかったのだ。

俺が進学したいと言うと母親は泣いて喜んでくれた。

それから半年、いじめと受験勉強を耐え抜いて、俺は彼女と同じ高校に入学した。


学籍番号 1-3 の14番 蒼井 遥


 入学式の時に配られる生徒在籍表、確かに彼女の名前があった。

積り積もった彼女への懺悔の思い。

いざ会いに行こうにも、まるで拒否反応を起こしているかのように体が動かない。

どんな面下げていればいいのか、何と言えばいいのか、

結局、俺は彼女に会う事のないまま二ヶ月が過ぎていた。


 だから今日も高校の近くのコンビニに原付を停めて、正門を抜けて下足ホールに向い、スリッパに履き替えてから階段の一段目に足を掛けようとした時


「・・・・?」


 上の階からエレキギターの歪み音が聞こえて、やがてその音が曲を奏でだした。

誰もが知っているギター小僧の憧れ、Eric・Claptonの「愛しのレイラ」のイントロだった。


「・・朝っぱらからよくやるぜ」


 俺が二階に上がり、音のする方を見ると多目的室から音が漏れていた。どうやら軽音部の早朝練習のようだ。


「それにしても、高校生ってこんなレベル高いのか」


 演奏に関しては素人でも、聞く事に関しては耳が肥えてる方だと自負している。この教室から聞こえる音は、相当な技量でないと出せない音だ。無意識に足が多目的室の方へ歩み出す。見えない力に吸い寄せられるように初めてその部屋に入った。雛壇のように机が連なり、前には大きなスクリーン。まるで小規模の映画館のようだった。そして、そのスクリーンに一番近い机の上で胡坐をかいて、黒いエレキギターを持った女子生徒を発見した。学校指定のスカートを短く織って、ブレザーの上からダボダボのカーディガンを羽織り、たぶん寝癖で跳ね散らかした黒長髪を揺らし、目の下には隈があった。あと派手な色のパンツが見えていた。


「・・・・んん?」


 こっちに気付いた彼女と目が合った時、背中から寒気が全身に行き渡るのを感じ、そして身震いをした。目線を逸らそうとしたが、思わず凝視してしまう。あれから随分月日が経ったのに、はっきり面影が残っているので俺は確信した。否、初見でもう気付いていたのかもしれない。


「・・遥?」


彼女に俺は問う。暫く彼女は真顔だったが、急に満面の笑みを浮かべて頷いた。


「やぁ、あっくん。中々会いに来てくれないから寂しかったよ♪」


 窓から差し込む朝日が蒼井遥と一片愛久郎を照らした。

『人は何を忘れたかさえ、忘れる生き物だ』

何故か脳裏に流れるあのフレーズ。

劇的とは言い難いが、これが俺と彼女との再会だった。


評価してくれた方、誠に感謝しております。

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