第一章 Ⅰ
唐突だが、俺――宮野悠希が所属するクラスには“浮いた”女子が一人いる。……誰だ、空中に浮いているとか全く笑えないギャグを発言したのは。
俺が言いたいのはそんな物理的なことではなく。クラスの雰囲気から外れている、ということだ。
彼女の名前は十六夜冬華。
光を受けてなお漆黒に染まるセミロングの髪に、氷を彷彿とさせる蒼い瞳。スタイルは高校生らしからぬモノを持っており、男子からは絶賛、女子からは嫉妬という有様だったりする。
ただ、それはやはり陰の評価であり、誰も彼女に話しかけようとも、むしろ近寄ろうともしない。
理由としてはやはり彼女から放たれる“威圧感”がそれを許さないのだろうと俺は推測している。
「――あら。貴女には言われたくないわよ」
「おおぅっ!?」
いつの間にか件の彼女が目の前の席に座っていた。こちらの机に肘をついて。……つか。
「会話を初めて交わす前に心を読まれた……ッ!」
「……声に出てたわよ。私が人を寄せ付けない“威圧感”を放っているとかどうか、って」
「え、マジで」
なんたる失態……! 折角今日に“例の計画”を実行しようとしていたのに……!
まぁ、失敗したものは仕方ない。それは諦めて大人しく美少女に話しかけられたという、このシチュエーションを楽しむことにしよう。
「威圧感っていうなら貴方の方こそそうじゃないの」
俺のどこがおかしいと言うんだ、と尋ねる前に彼女が続きを話す。
「髪を金に染めて、似合いもしないイヤリングをして、授業中も教師の話を聞かない。制服のボタンは止めないし、校外では喧嘩も良くする……。女を見つければニヤニヤしながら追い回すし、男を見つけても追い回す。……どこをどう見ても『不良』よ、貴方」
「うっせー。……つか悪口多いなっ! しかも『女』から後ろ嘘だしよッ!!」
コイツ、さりげなく悪口を言ってくる上に勝手な尾ひれを付けていきやがる……!
「……で、お前が俺に話しかけてきた理由はなんだ? 誰とも話そうとも関わろうともしないアンタが、なんで俺なんかと話そうと思ったんだ」
「あら、私だって話そうと思った人には話しかけるわよ? “話す価値のある人”にはね」
話す価値のある人……? 細かいことはよくしらんが、どうやら彼女にとって俺は話す価値のある人物らしい。……認められたと取って喜ぶべきか、遠まわしに馬鹿にされていると勘ぐって怒るべきか。ま、どっちでもいいや。
「で、さっさと本題へ移れ本題へ。“不良”である俺に話しかけるなんて、なんかあるんだろ」
「さっき言ったことに拗ねてるの? ……ハゲるわよ」
「うっせぇな! 余計なお世話だ!」
ねぇ何!? なんなのこの人!? 俺を馬鹿にしてんだろ絶対!
フーフーと苛立つ俺の心の内を読んだのかどうだか知らないが、彼女はようやく本題へ入り始めた。
「ねぇ……放課後、時間ある?」
来ましたこのフレーズ。中高生の男子諸君が憧れるこのフレーズ。……つか本題じゃなかった。
流れから言えば、完全に告白の前フリだ。この言葉を女子から言われた男子諸君、君たちは勝ち組だ。たまーに『掃除よろしくねー』とか言う奴もいるから気をつけろ。
しかし、俺のベクトルはそっち方向には働いていない。……誰だ、今『え、じゃあ男に興味アリ……?』とか言いやがった奴。いくら払えばその誤解といてくれる?
そういう意味ではなく、なんの面識もなしに今初めて会話を交わした美少女に突然『放課後、時間がある?』と言われて、告白と取るほど馬鹿ではないという意味だ。
これは決して告白なんかではない。そう、これは――。
「ある。超ある。めちゃくちゃ暇だったんだ丁度」
「あ、あらそう……? じ、じゃあ放課後屋上に来てくれるかしら……?」
何故か彼女が突然引いた態度を見せるが、今の俺にそんな些細なことを気にしている暇はなかった。
「屋上……確かにそれも捨てがたい。だがしかし、ここはオリジナリティを出すために……」
ふむ、と一拍考えてから、
「部室にしよう、部室! 丁度俺の所属する部の部屋が空いててさ! そこの方が絶対にいいぜ!」
「え……な、なんで部室……? なんか身の危険を感じるから私的には屋上の方が――」
「よし、決定な! 部室集合! 来いよ、絶対に来いよ! 来なかったら泣くからな! あ、そうだ場所はな――」
“例の計画”は失敗したが、これは思わぬ転機だった……!
強引に彼女と放課後の約束を取り付け、その休み時間は終了した。……席に戻る生徒たちが『見ろ、宮野が十六夜のキャラを壊してるぞ』とか言っていた気がするが、なんの事やら。