第六章 サイコキネシス
――電車が長いトンネルの中を走り続ける。
(ねぇ、お母さんと赤ちゃんはどうなるの?)
(それは……)
(亡くなるのね……お母さんと赤ちゃん……止められないの?)
(無理だ。止められない。僕の予知は外れたことが無いんだ)
(胸が痛い……何て深い悲しみなの……)
奉生の心の中には強い虚無感が漂っていて、彼の心の奥底を覗いた美姫は息苦しくなって、思わず自分の胸に手を当てた。
――電車がトンネルを抜けると、右の窓からまた陽光が差して車内が急に明るくなった。しばらくして、行き違いの電車が唸りをあげて通過すると、特急電車の客室が左右に大きく揺れた。山間を通り抜けた特急電車は、カタンカタンと音を立てながら、ピィーと警笛を鳴らして通過駅に近づいた。特急電車が二度目の警笛を鳴らすと、ドーンと鋭い衝撃音が発生し、続いてギィーと鈍い金属音が客室に鳴り響いて、特急電車に強力なブレーキが掛かった。そして、美姫の頭の中にリアルな映像が再び浮かんだ。
笛を鳴らす駅員。
電車のブレーキ音。
母親の目前に迫る電車の車輪。
車輪から飛び散る強烈な火花。
赤ちゃんを抱きしめて線路で目を瞑る母親。
悲鳴を上げるホームの乗客達。
駅を通り過ぎて急停車する特急電車。
「誰か電車を止めて!」
美姫が拳を握り締めて大声で叫ぶ。
電車が車輪から強烈な火花を散らして駅に急速接近すると、母親は赤ちゃんをぎゅっと強く抱きしめて目を瞑った。
「ああ、もうダメだわ」
美姫が両手で顔を覆うと、頭の中でフラッシュバックを繰り返していた映像が突然途切れた。そして、特急電車はギギギィーと悲鳴を上げながら、小さな駅のホームを通り越して急停車した。
電車が停車すると直ぐに、車掌の車内アナウンスが入った。
『ただいま、人身事故が発生しました。お客様救護の為、停車致します』
車内アナウンスが終わると、客室の乗客達がざわざわと騒ぎ出して、窓座席の乗客達は一斉に客室の窓を覗き込んだ。
「おい、女が倒れとるで!」
「えっ、何処に?」
「ほら、あそこや!」
「あっ、ほんまや!」
「大丈夫や、生きてるぞ!」
関西人の乗客達が窓の外を指差すと、奉生は窓の張に両手を突いて身を乗り出した。
(まさか……嘘だろう……有り得ない。僕の予知が外れるなんて……生まれて初めてだ)
奉生の混乱した思考が美姫の頭の中に流れ込む。
「えっ?」
美姫は奉生の思考を読み取ると、両手を顔から離して周りを見回した。
乗客達が全員立ち上がって窓の外を眺めているので、美姫も中腰で立ち上がって恐る恐る窓の外を眺めた。すると美姫の視界の中に赤ちゃんを抱いた母親の姿が映った。
「あっ、お母さんと赤ちゃんは、生きているわ!」
美姫が思わず声を上げる。
赤ちゃんを抱いた母親は、線路脇の雑草の茂みから、ふらふらと力無く上半身を起こして、目前に停車している特急電車の車体を見上げた。
「おーい、こっちや!」
電車の運転手が両手を上げて大声で駅員達を呼ぶと、駅員達は担架を担ぎながら線路脇を走って現場に駆けつけた。母親はしばらく呆然としていたが、駅員達の手で赤ちゃんを抱いたまま担架に乗せられた。幸いにも母子共に大した怪我はしていない様だ。
「ああ、よかった!」
美姫は、ふうっと深く息を吐いて座席にへたり込んだ。
――突然、美姫の頭の中に映像が浮かんだ。
笛を鳴らす駅員。
電車のブレーキ音。
母親の目前に迫る電車の車輪。
車輪から飛び散る強烈な火花。
赤ちゃんを抱きしめて線路で目を瞑る母親。
泣き叫ぶ赤ちゃん。
悲鳴を上げるホームの乗客達。
突然、宙に浮いて、線路脇の雑草の茂みに投げ飛ばされる母親。
駅を通り過ぎて、急停車する特急電車。
担架を運ぶ駅員。
駅の階段で乗客と駅員に取り押さえられている赤いコートの女。
美姫の頭の中に浮かんだ映像が奉生の頭の中に次々と流れ込む。
「この映像は、さっきと、ちょっと違うわね」
「これは僕の予知夢じゃない」
「えっ、どう言う事?」
「これは過去の映像なんだ」
「過去の映像?」
「僕は予知夢しか見られないんだよ」
「意味が分からないわ」
「もう事故は起こったんだ。だから、これは過去の映像なんだよ」
「そうか、これは事故が起こってから誰かが回想している映像なのね」
「そう言う事だ」
「じゃあ、誰の映像なのかしら?」
「当然、僕達以外の誰かだ」
美姫と奉生は目を合わせて頷くと、立ち上がって周りの座席を見回した。
奉生が客室の前方に目を向けると、二人の乗客が立ち上がってこちらを向いている姿が見えた。二十歳前後の若い男女だが、座席は離れているので連れではない様だ。
「そう言えば、あの二人は先程もこちらを向いていたな……」
奉生が腕を組んで前方座席の男女に視線を向ける。
二人は奉生の視線を感じると、横を向いて窓の外に視線を向けた。
「美姫ちゃん、ちょっとごめん」
奉生はモバイルPCを抱えながら美姫の前を横切って通路に出ると、振り向いて左手で美姫の肩を軽く叩いた。
「えっ、何よ?」
「あの二人に話がある。ついて来て」
奉生は美姫に声を掛けると、前方座席に向かって歩き出した。