第四章 フラッシュバック
――電車はトンネルを幾つか抜けて、県境の山林の中を走り続けた。
窓の外には小さな段々畑や山の木々が見えている。
奉生はしばらくの間、体を動かさずに窓の外の風景を眺めた。
「……んっ?」
美姫は小さく息を漏らすと、首を振って周りを見回した。
「あれっ、私、もしかして寝てました?」
「ああ、爆睡だね……と言うか気絶してたな」
「うそっ?」
「いや、ほんと」
奉生が寝ぼけ顔の美姫を見てニコッと笑う。
(わちゃ、私、この人にもたれ掛かって寝ていたんだわ)
美姫が慌てて奉生から体を離すと、奉生は視線を戻して窓の外の風景を眺めた。
「君、両親を亡くしたの?」
奉生が窓の外の風景を眺めながら小さな声で美姫に尋ねると、美姫はしばらく黙っていたが、前を向いて静かに話し始めた。
「私の両親は二年前に亡くなったんです。ある事件に巻き込まれて……」
「ある事件?」
奉生が振り向いて目を細める。
「立川重工業って言う会社を、知っていますか?」
「立川重工業……そりゃ大企業だからみんな知っているよ」
「私の両親は立川重工業の中央研究所に勤めていたんです」
「両親は研究員だったの?」
「ええ、主任研究員でした」
「へぇー、それは凄いな、一流企業の主幹技師じゃないか、超エリートだね」
「エリートじゃないわよ。まあ、普通の会社員ね」
「それで、どんな事件だったの?」
「二年前の七月二十三日、その日、私は家族旅行の予定があって、自宅の玄関前に停めてあった自動車に乗っていたの。すると、そこへ、研究所の技術者達が急に家に尋ねて来て、私の両親と技術者達は車の前で話し込み始めたの」
「研究所で、何かトラブルがあったんだね」
「ええ、そうみたい。みんなの様子が変だったから、私は車のドアを開けて外に出たの。そうしたら、突然、銃声が聞こえて、技術者の人が倒れて、父が大声で私に『逃げろ』って叫んだわ。そして、その時、車が爆発して……」
そこまで話すと、美姫は両手で頭を抱え込んだ。
「頭が痛い……ここから先が思い出せない」
美姫は急によろよろとして、また奉生の体に寄り掛かった。
彼女の顔は血の気が引いて蒼白になっている。
(この娘は事件のショックで記憶の一部を喪失しているな……)
今にも倒れそうな美姫を奉生は抱き抱えた。
電車がカタンカタンと音を立てて、山間の小さなトンネルに入る。トンネルを抜けてしばらくすると、美姫の顔に血の気が戻った。
「すみません、私、事件の事を思い出すと頭が痛くなって……」
「そうみたいだね。大丈夫かい?」
「うん、もう大丈夫、これ、凄いですね」
美姫がゆっくりと体を起こしてモバイルPCの画面を指差す。
「そうだろう、ホロスコープは人生の羅針盤だからね」
「人生の羅針盤?」
「そう、道に迷った時は、この羅針盤が進むべき方向を示してくれるのさ」
「かっこいいわね」
「俺のこと?」
「ううん、この羅針盤が、かっこいい」
「なんじゃ、そら」
奉生が肩をガクッと落とすと、美姫はクスッと笑った。
「あなた、悪い人じゃ無さそうね」
「当たり前さ、これでも僕は占い師の看板を背負っているからね、良い人なんだよ」
「そうね、ちょっと怪しいけど、良い人ね」
奉生がまた肩をガクッと落として美姫の顔を見上げる。
「あはは」
二人は顔を見合わせて楽しそうに笑った。
「私、真藤美姫です。よろしくね、占い師さん」
「真藤美姫か、いい名前だね」
「あなたもいい名前じゃない。雅奉生って本名なの?」
「ああ、本名さ」
「占い師にぴったりの名前ね」
「そうかな」
「そうよ」
美姫が奉生の名前を褒めると、彼は少し頭を掻いて照れくさそうに微笑んだ。
――電車が山林の中を通り抜けてトンネルの中を走り始めると、窓の外が真っ暗になった。そして、突然、美姫の頭の中に映像が浮かんだ。
小さな駅のホーム。
赤いコートを着た女。
赤ちゃんを抱いて立っている母親。
電車の接近アナウンス。
笛を鳴らす駅員。
その映像は美姫の頭の中でフラッシュバックを繰り返した。