表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/42

第四章 フラッシュバック

 ――電車はトンネルを幾つか抜けて、県境の山林の中を走り続けた。

 窓の外には小さな段々畑や山の木々が見えている。

 奉生はしばらくの間、体を動かさずに窓の外の風景を眺めた。

「……んっ?」 

 美姫は小さく息を漏らすと、首を振って周りを見回した。

「あれっ、私、もしかして寝てました?」

「ああ、爆睡だね……と言うか気絶してたな」

「うそっ?」

「いや、ほんと」

 奉生が寝ぼけ顔の美姫を見てニコッと笑う。

(わちゃ、私、この人にもたれ掛かって寝ていたんだわ)

 美姫が慌てて奉生から体を離すと、奉生は視線を戻して窓の外の風景を眺めた。

「君、両親を亡くしたの?」

 奉生が窓の外の風景を眺めながら小さな声で美姫に尋ねると、美姫はしばらく黙っていたが、前を向いて静かに話し始めた。

「私の両親は二年前に亡くなったんです。ある事件に巻き込まれて……」

「ある事件?」

 奉生が振り向いて目を細める。

「立川重工業って言う会社を、知っていますか?」

「立川重工業……そりゃ大企業だからみんな知っているよ」

「私の両親は立川重工業の中央研究所に勤めていたんです」

「両親は研究員だったの?」

「ええ、主任研究員でした」

「へぇー、それは凄いな、一流企業の主幹技師じゃないか、超エリートだね」

「エリートじゃないわよ。まあ、普通の会社員ね」

「それで、どんな事件だったの?」

「二年前の七月二十三日、その日、私は家族旅行の予定があって、自宅の玄関前に停めてあった自動車に乗っていたの。すると、そこへ、研究所の技術者達が急に家に尋ねて来て、私の両親と技術者達は車の前で話し込み始めたの」

「研究所で、何かトラブルがあったんだね」

「ええ、そうみたい。みんなの様子が変だったから、私は車のドアを開けて外に出たの。そうしたら、突然、銃声が聞こえて、技術者の人が倒れて、父が大声で私に『逃げろ』って叫んだわ。そして、その時、車が爆発して……」

 そこまで話すと、美姫は両手で頭を抱え込んだ。

「頭が痛い……ここから先が思い出せない」

 美姫は急によろよろとして、また奉生の体に寄り掛かった。

 彼女の顔は血の気が引いて蒼白になっている。

(この娘は事件のショックで記憶の一部を喪失しているな……)

 今にも倒れそうな美姫を奉生は抱き抱えた。

 電車がカタンカタンと音を立てて、山間の小さなトンネルに入る。トンネルを抜けてしばらくすると、美姫の顔に血の気が戻った。

「すみません、私、事件の事を思い出すと頭が痛くなって……」

「そうみたいだね。大丈夫かい?」

「うん、もう大丈夫、これ、凄いですね」

 美姫がゆっくりと体を起こしてモバイルPCの画面を指差す。

「そうだろう、ホロスコープは人生の羅針盤だからね」

「人生の羅針盤?」

「そう、道に迷った時は、この羅針盤が進むべき方向を示してくれるのさ」

「かっこいいわね」

「俺のこと?」

「ううん、この羅針盤が、かっこいい」

「なんじゃ、そら」

 奉生が肩をガクッと落とすと、美姫はクスッと笑った。

「あなた、悪い人じゃ無さそうね」

「当たり前さ、これでも僕は占い師の看板を背負っているからね、良い人なんだよ」

「そうね、ちょっと怪しいけど、良い人ね」

 奉生がまた肩をガクッと落として美姫の顔を見上げる。

「あはは」

 二人は顔を見合わせて楽しそうに笑った。

「私、真藤美姫です。よろしくね、占い師さん」

「真藤美姫か、いい名前だね」

「あなたもいい名前じゃない。雅奉生って本名なの?」

「ああ、本名さ」

「占い師にぴったりの名前ね」

「そうかな」

「そうよ」

 美姫が奉生の名前を褒めると、彼は少し頭を掻いて照れくさそうに微笑んだ。


 ――電車が山林の中を通り抜けてトンネルの中を走り始めると、窓の外が真っ暗になった。そして、突然、美姫の頭の中に映像が浮かんだ。


 小さな駅のホーム。

 赤いコートを着た女。

 赤ちゃんを抱いて立っている母親。

 電車の接近アナウンス。

 笛を鳴らす駅員。


 その映像は美姫の頭の中でフラッシュバックを繰り返した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ