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第一章 旅立ち

 ――京都駅〇番ホーム。午前八時四十五分。

《特急サンダーバード七号 九時九分発 富山行き 〇番ホーム》

 美姫は京都駅の中央改札口を通り抜けると、振り返って構内の電光掲示板を見上げた。そして、腕時計で時間を確認してから、〇番ホームの乗車口に並んだ。

 三月の初旬、京都の朝は底冷えしてまだ肌寒い。それでも、時折、雲の合間から柔らかな陽光がホームに差し込むと、春の訪れが感じられた。

「美姫ちゃん、指定席にすれば良かったのに」

「いいですよ、裕美子おばさん」

 叔母の三島裕美子が美姫に声を掛けると、美姫は右手を小さく振って裕美子に答えた。

「裕美子、窓口で指定席券を買って来いよ、千円位だろ」

「いいですって、浩史おじさん。勿体無いですから」

 叔父の浩史が駅の窓口の方を向いて裕美子に催促をすると、美姫は浩史にも右手を小さく振った。

「もしかしたら混んでいるかもしれないよ」

「混んでいても敦賀か福井で座れますから」

「そうかい」

「大丈夫よ、浩史おじさん」

 少し心配そうな顔をしている浩史に、美姫は笑顔で答えた。


 叔父夫婦は、とても親切だ。二年前に両親を亡くしてから、美姫は京都の叔父夫婦と一緒に暮らしている。美姫の両親が亡くなった時、叔父夫婦には三歳の長男と〇歳の長女がいて、育児で大変な時期だった。叔父の浩史は京都の中小企業に務めるサラリーマンで、三島家は決して裕福な家庭では無かったが、叔父夫婦は喜んで美姫を迎えてくれた。そして、それから二年の歳月が流れた。

「あっ、貨物電車や!」

 甥っ子の健太が一番線を指差すと、貨物列車が駅の〇番ホームと二番ホームの間を駆け抜けた。

 ※京都駅には一番ホームが無い。一番線は貨物列車の通過用線路。

「カンガルー! カンガルー! お姉ちゃん、カンガルー!」

 姪っ子の結衣は、コンテナに塗装されたカンガルーの絵を見つけて、美姫のスカートを引っ張った。

「ほんと、赤いカンガルーさんね」

 美姫がしゃがみ込んで結衣を抱っこする。

「あっ、ペリカン! お姉ちゃん、次はペリカンさん!」

 別のコンテナに塗装されたペリカンの絵を見つけると、結衣は小さな指を立てて、首を傾げながら嬉しそうにニコッと微笑んだ。

 貨物列車がカタンカタンと音を立てて一番線を通過する。

「お姉ちゃん、いつ帰って来るん?」

「五月の連休に帰って来るわよ、健ちゃん」

「ふーん、五月か、はよ帰って来てな、テレビゲームひとりでやったら、つまらへんし」

「はいはい」

 健太が美姫の顔を下から覗き込むと、美姫は結衣を抱っこしながら、健太の頭をポンポンと優しく叩いた。


 しばらくすると、ホームのスピーカーから列車の接近アナウンスが入った。

『お待たせ致しました。〇番乗り場に九時九分発、特急サンダーバード七号、金沢、富山行きが九両でまいります。危険ですから黄色い点字ブロックまでお下がり下さい。〇番乗り場に列車がまいります』

 列車の接近アナウンスが終わると、キンコンカンコンと四連チャイムが鳴って、特急電車サンダーバード号が駅のホームに到着した。

「それじゃあ、みんな、行って来ますね」

「お姉ちゃん、バイバイ」

 健太が右手を上げて小さく手を振ると、美姫は屈み込んで結衣をホームに降ろした。そして、両手で二人の頭を撫でてから立ち上がった。

「美姫ちゃん、体に気を付けてね」

「美姫ちゃん、新潟の裕二おじさんに宜しく言うといて、それから、寂しくなったらいつでも帰っておいでや、我慢せんでもええからな」

「はい」

 美姫は浩史と裕美子に深く頭を下げて電車に乗り込んだ。


 客室の中に入ると、自由席は大阪からの乗客でほぼ満席状態だったが、通路側の席は何席か空いていた。

「ここ、いいですか?」

「ええ、いいですよ」

 美姫は窓側の席に座っている青年に声を掛けると、荷物を棚の上に置いて通路側の席に座った。

 窓の外で、みんなが美姫に手を振っている。

(浩史おじさん、裕美子おばさん、お世話になりました。健太君、結衣ちゃん、ありがとう)

 美姫は手を振り返して、心の中で三島家のみんなに何度もお礼を言った。

 駅員がピリピリと警笛を鳴らして発車の合図を出す。

『〇番乗り場から、特急サンダーバード七号富山行きが発車します。ドアが締まります。ご注意下さい』

 構内アナウンスが入ると、電車のドアがプシューと音を立てて締まった。そして、特急サンダーバード七号は〇番線から静かに走り始めた。

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