プロローグ
銃声。叫び声。強烈な爆発音。
車のドアが吹っ飛び、窓ガラスが弾け飛ぶ。
燃え上がる炎、ガソリンの臭い。
「逃げろ! 美姫!」
「お父さん! お母さん!」
締め付けられる様な胸の痛み。
記憶の断片。もうろうとする意識。混沌。
優しい声。雑踏の中――誰かが呼んでいる。
「いつか、あの時計台の下で会おうよ、待っているからね……」
ああっと声を上げて、美姫は目覚めた。
「また、あの夢か……」
美姫は額の汗を右手の甲で払って、ふうっと小さく息を吐いた。
最近、美姫は同じ夢を繰り返し何回も見ている。それは、数年前に両親を亡くした時の夢だ。両親の記憶は一部が欠落していて、無理に思い出そうとすると頭が割れる様に痛んだ。
――田舎の小さな無人駅。
待合室のガラス窓から柔らかな陽光が射し込んでいる。
美姫は腕時計で時間を確認すると、椅子から立ち上がって駅舎のドアを開いた。すると、清明の爽やかな春風がドアの隙間から勢いよく流れ込んだ。
(まだ、胸が痛い……)
美姫が右手で胸を押さえながら駅前の風景を眺める。
視界の前方には高い山がある。もう四月の中頃だというのに山には雪が積もっていて山頂は真っ白だ。
ふと視線を下げると、駅前の駐車スペースに白いライトバンが停車していた。
車のドアにXX市と書いてある。市役所の車の様だ。
市の職員らしき人達が、車の前で大きな紙の設計図を広げて地面を指差している。
(駅前の再開発でもやるのかしら?)
美姫が彼等の作業を見ていると、一人の青年がこちらに向かって歩いて来た。
年齢は二十歳位だろうか、彫りの深い顔立ちで、鼻が高く、胸部は厚みがあって頑丈そうな体格をしている。
「こんにちは」
彼は美姫に軽く頭を下げると、駅に設置された自動販売機に小銭を入れた。
「駅前に何か作るんですか?」
「時計台を作るんですよ」
「時計台?」
「ええ、小さな時計台ですけどね」
美姫が彼に尋ねると、彼は自動販売機のボタンを押しながら美姫に答えた。
彼の話によると、駅に隣接する新幹線に新駅が出来るので、周辺を舗装整備して歩道と公園を作り、駅前に小さな時計台を設置する様だ。無人駅は改装されて、この鉄道路線は第三セクターとして生まれ変わる。
「へぇー、新幹線の駅ですか……」
美姫は振り向いて、近くを走る新幹線の高架橋を眺めた。
「新幹線の新駅が出来るのは、まだ一年先ですけどね」
彼は自動販売機から缶コーヒーを五本取り出して、一本を美姫に差し出した。
「これどうぞ」
「えっ」
「お姉さん、綺麗だから大サービス」
「あっ、ありがとう御座います」
美姫が恐縮して缶コーヒーを受け取ると、彼は微笑みながら右手を軽く上げて作業現場へ戻って行った。
無人駅を通り抜けてホームに入ると、遠くから踏切の警報音が聞こえた。
正午を過ぎた昼間のホームに人影は無く、電車の乗客は美姫だけだ。
ポーンと効果音が鳴って、駅の構内スピーカーから電車の運行アナウンスが入る。
『普通列車XX行きが、XX駅を発車致しました。しばらくお待ち下さい』
しばらくして、二両編成の普通電車が駅に到着した。
美姫は電車のドアを手で開けて客室に入ると、四人掛けのクロスシートに手荷物を置いて窓側の席に座った。そして、電車がプァーンと警笛を鳴らして静かに走り始めると、振り向いて缶コーヒーをくれた職員の姿を窓から眺めた。