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選択お題小説「指飾り」

作者: 875@

 小さい頃からの夢だった。

 純白のドレスを身に纏い、バージンロードを好きな人と歩く。

 途中に見えるのはお世話になった人の祝福。泣いている父さんの顔。嬉しそうに微笑む母さんの姿。そして、すぐ横にいる最愛の人。

 ブーケを投げるとそれは私の大切な友人の手元に。

 空を見上げれば色とりどりの風船がいくつもいくつも上がってる。そんな幸せな結婚式。

 しかし、現実はそんな順調には行かないのだ。

  

 私のお腹はピークだった。

 朝食を食べなくてはならないとは言われたが、何を根拠に大丈夫だと思ったのか――腹が出ては困ると思ったのもあるが――来る前にコーヒーだけ一気飲みし、現在挙式三十分前にしてグウグウと鳴きだしそうな勢いだった。

「果咲、もうすぐ始まるわね。……どうしたの?」

「なんでもないわ。ちょっと……そう、緊張してるの」

 母さんのこの上なく嬉しそうな顔を見てしまっては、今更お腹がすいたなんて言えない。

 ……じっと我慢するしかない。披露宴まで、何時間あるだろうか。

「姉ちゃん、顔の作成終わったのかよ」

 コンコンとノックする音と共に、弟の咲哉が入ってきた。

 作成ってなんだ。しかもまだ入っていいなんて言ってないのに……。

「こういうとき、なんつうの? 馬子にも衣装だっけ?」

「もっとマシなこと言えないのあんたは?」

 私の弟はこんな時にも憎まれ口を叩く。

 急にしんみりされても困るが、少しくらい……そう、ほんの少し褒めてくれたっていいんじゃないだろうか。

「果咲。打ち合わせ終わったよ……」

 ノックもせずに入って来た玲――私の旦那――は、ドアノブから手を放さずこちらを向いて少しの間硬直していた。

「……玲?」

 何も言ってくれない玲に対し不安になった私は、彼の名前を恐る恐る呼んだ。

「すごい。……綺麗だ」

 真っ直ぐに私の目を見て言った玲は、少し頬を染めて照れたように笑った。

それがすごく愛しくて、くすぐったくて、私もつられて笑ってしまった。

「イチャイチャするのは式でね」

 姉の咲姫は悪態をついていながらも、表情はとても優しかった。

 

 父さんと一緒に、玲の元へゆっくりと歩いていく。白い裾を引きずりながら、今にもこぼれ落ちそうなくらい涙が滲んでいる。

 ……お腹のペットも鳴き出しそうだわ。

 ようやく玲の隣につき、賛美歌を合唱する。ああ、なんか涙が……ダメだ、まだ我慢。

 聖書朗読中、心地よい睡魔に襲われ、少し気を抜けばすぐ寝そうになった。

 牧師の声はまるで高校の時の国語教師に瓜二つだ。

 いい先生だったんだけど……結局寝まくってて仮進級だったんだよなあ……。

 なんて考えてたらいつの間にか玲が「誓います」と言っていた。

 最悪だ私……。女失格。

 牧師がこちらを向いて聞いてくる。決まってるじゃない。

「誓います」

 玲の優しい笑顔が見える。ああ、ダメダメ、また涙が……我慢よ!

 手袋とブーケを預け、純銀の飾りを玲の手で薬指にはめる用意をする。その時、涙が一滴頬を伝った。

 

 グウウウ……

 恐れていた事態が起こった。

 静かだった教会は、私のお腹のペットの鳴き声で更にしんと静まり返った気がした。

 とんでもないことをしでかした。私はあまりの恥ずかしさに、玲の顔が見れなかった。

 私が手を引こうと指を曲げたとき、玲はすっと私の手を取り、薬指に飾りをはめた。

「……緊張してご飯食べて来なかったんだ。すいません、お騒がせして。……果咲、怒った?」

 玲のあまりの状況対応力に、私は感謝を通り越し、感心してしまった。

 そんなことしてる場合じゃない。謝らないと。

「何やってんだ玲! 身内の恥だぞ」

「ごめんって」

 周りがどんどん盛り上がっていく。ああ、違うのに。

 私があんぐりと口を開け、間抜けな顔を晒しているとき、玲は私に向かってにっこり笑った。

 ――そうだ。

 私はずっと玲のこの優しさに護られていた。

 意識しても私が気づかないようにして護る玲に、私はいつまでも甘えてしまう。

「玲……」

 ごめんね。ありがとう。

 いつも思っているのに、いつも言えない言葉。

 私は玲がいなければ、きっと何もできない奴だっただろう。玲がいたって、何もしてあげられないけれど。

 バージンロードを今度は玲と歩き、教会を退場する。

 噛みしめるようにゆっくりと歩いていく。

 私の左薬指には指飾りがキラキラと光っている。

  

 式も無事終わり、私は玲に謝った。

「ごめんね……これからしばらく噂が絶えないね。……きっと食いしん坊って呼ばれちゃうわ」

「できれば勘弁してほしいな」

 私の予想はお気に召さなかったようだけれど、花嫁が噂されるよりは恥ずかしくないだろうね、と玲は笑った。

 どうしてこんなにも、自分を省みないのだろう。

「ごめんね、本当に……ありがとう」

「果咲、さっきからそればっかり。もう済んだことだよ。そんなことよりもっと言いたい言葉があるんだ」

 にこりと笑い、玲は私に向き直り口を開いた。

「ふつつか者ですが……」

 私のセリフだよ! 言おうと思ってたのに!

 似た者同士だからって、結婚生活がうまくいくとは限らないんだけど。

 ケンカだってするし、不安がないなんて言ったら嘘になる。

 それでも。

 不安よりも期待が、私の胸の大多数を占めてるなんて、やっぱり愛なのかなあ?

 

「気持ち悪いって」

 声に出てたらしい。

 

終わり。

H17.07.02.

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