嘘つき
私は平気で嘘をつきます。嘘つきです。嘘を付くことによって自分が救われるとか、誰かが報われるとか、嘘には色々な効能があるけど、嘘なんてばれたらそれまでです。だから私は絶対にばれない嘘をつきます。私は正直な嘘をつきます。私は十七年間完璧な嘘をつき続けてきました。
私は平気で嘘をつきます。
「宵ちゃん、今日学校終わったら一緒に買い物行かない?」
クラスメイト数人が私を取り囲んで、ショッピングのお誘いをしてくれました。すみません、今日は歯医者さんに行かなければならないので。
「そっかぁ、残念。また誘うから、今度は一緒に行こうね!」
嘘です。わざわざ電車を乗り継いで繁華街に出向くのが面倒なだけです。歯医者さんに行く予定なんてありません。私の口内には虫歯一つ無い健康的な歯が立ち並んでいます。にー。
その放課後、帰宅した私は母親から健康保険証を受け取り、地元の歯医者さんへ行きました。
健康的な私の歯は非の打ち所が無いようで、歯科医の先生は終始眉間にしわを寄せていました。
私の嘘は絶対にばれないのです。
私は平気で嘘をつきます。朝のホームルームで担任の先生が出席の確認をしています。
「五十嵐宵」
はい。
「宇佐美早苗、ん、宇佐美は休みか」
早苗ちゃんの名前が呼ばれました。宇佐美早苗ちゃん。賢くて気が利いて優しくて、クラスメイトの誰からも好かれる、幼稚園からの私の親友です。今日はお休みです。
「お家の方からは連絡が無いみたいだな・・・。誰か欠席の理由知ってるやついるかー?」
はい、先生。早苗ちゃん今日熱があるから休むってさっきメールが来ました。
「あ、私のところにも来たよーメール」「わたしもわたしもー」「私も!大丈夫ー?って送ってあげよー」
私が早苗ちゃんからのメールを先生に見せると、同じメールを貰ったクラスメイト数人が口々に言い出しました。
「こらこら、教師の前で堂々とメールをするんじゃない!そうだったのか。じゃあ五十嵐、今日渡すプリント宇佐美の家まで届けてくれるか?確か家近状だったよな」
わかりました。
先生から受け取ったプリントをしまうためにバックを開くと、早苗ちゃんの携帯電話がクラスメイトからのメールを受信していました。
私は平気で嘘をつきます。放課後、お父さんと二人暮らしで住んでいる早苗ちゃんのアパートに向かいました。
バックから早苗ちゃんの家の鍵を取り出し、鍵穴に差込みドアを開けると、頭から血を流した早苗ちゃんのお父さんが玄関に転がっていました。それをひょいと跨いで、リビングに向かいました。リビングのソファーに目をやると、早苗ちゃんが寝ていました。早苗ちゃんの腕や足、整った顔には痛々しい痣がありました。早苗ちゃんのお父さんがやったものです。
一昨日の土曜日、私は早苗ちゃんと早苗ちゃんの家で映画を見る約束をしていました。家のドアをノックすると、出てきたのは早苗ちゃんではなく早苗ちゃんのお父さんでした。
「宵ちゃん悪いね、早苗具合が悪いみたいなんだ。今日は帰ってくれないかな」
真っ青な顔をした早苗ちゃんのお父さんは、やっと搾り出したような声でそう言いました。私は心配になって家の奥を覗き込もうと首を竦めました。
「心配ないよ。だから今日は」
リビングの奥に、ぐったりと横たわっている早苗ちゃんが見えました。
「ま、待て!入るんじゃない!」
私はお父さんの制止を振り切り、靴のままリビングまで上がり込みました。リビングに全身痣だらけで横たわっていた早苗ちゃんは、もう息をしていませんでした。頬には涙が伝った後がありました。私は早苗ちゃんから時々されていた相談を思い出しました。
「たまにね、お父さんが怖い時もあるけど、お母さんが死んじゃってからは一人で私を育てるために頑張ってるから、だからあたしも頑張るよ」
玄関に目をやると、頭を抱え蹲る早苗ちゃんのお父さんが見えました。それからは、あまり記憶がありません。
私は平気で嘘をつきます。今日も早苗ちゃんはクラスの人気者です。もう一週間休んではいるけど、クラスのみんなに心配させないように、まめにメールしているみたいです。
私は早苗ちゃんが学校に来なくてちょっと寂しいけど、早苗ちゃんはわたしにも毎日メールをくれます。携帯電話を開くと、今日も早苗ちゃんからのメールが届いていました。
[宵ごめんね。あと少しで元気になるから、あのDVD二人で見ようね!]
私は優しい早苗ちゃんが大好きです。嘘つきな私の、たった一つの本当です。