夜
リルはミラを背負い、集落の灯りを背に歩き続けた。
夜の闇が濃く、足元は枯れた草とひび割れた土だけ。
ミラの体重は軽く、骨の感触が背中に直接伝わってくる。
少女の息遣いは浅く、時折途切れる。
リルは歩幅を抑え、揺れを最小限に留めた。
「…重くない?」
ミラの声が、耳元でかすかに響く。
リルは答えず、ただ前を見据えた。
言葉を交わすほど、呪いが加速する。
それを知りながら、少女は静かに続けた。
「…ありがとう…リルさん」
胸の脈動は、速さを保ったまま安定している。
熱は引いているが、少女の存在に寄り添うように鼓動を刻む。
神の心臓は、終わらせるためのリズムを、静かに続けている。
荒野は広大で、丘が緩やかに連なる。
月は雲に隠れ、星すらぼんやりとしか見えない。
風が冷たく、ぼろ布の隙間から入り込む。
リルはミラの身体を布で覆い直し、歩みを進めた。
足音は土に吸い込まれ、すぐに消える。
背後の集落の灯りは、すでに遠く、小さな点にしか見えない。
一時間ほど歩いた頃、ミラの息が乱れた。
「…休んで…いい?」
弱い声。
リルは立ち止まり、近くの岩陰を探した。
低い岩が風を遮る場所を見つけ、ミラをそっと下ろす。
少女は岩に寄りかかり、息を整えた。
肌の色が、さらに薄くなっている。
髪の白さが、夜の闇に溶け込みそうだった。
リルは腰の袋から残りの干し果実を取り出し、一つをミラに渡した。
少女は受け取り、ゆっくりと噛む。
咀嚼の音が、静かな荒野に響く。
リルも一つを口に含み、視線を周囲に巡らせた。
追手の気配はない。
しかし、胸の脈動は、完全に止まらない。
断片同士の共鳴が、遠くで続いている。
ミラが、静かに言った。
「…予言の書に…書いてあった…」
「エンダーと鍵が…出会うと…世界が変わるって」
リルは視線を逸らした。
予言は嘘だ。
出会いは、終わりを加速させるだけ。
しかし、ミラは穏やかに続けた。
「…でも…私、変わった気がする」
「リルさんに…会えてから…少し、温かい」
リルは胸に手を当てた。
脈動が、わずかに乱れる。
それは、痛みではない。
別の何か。
感情の残滓が、封印を揺らす。
彼女は唇を噛み、言葉を飲み込んだ。
温かい。
それは、呪いの毒だ。
近づけば、少女の存在を溶かす。
夜が深まる。
リルはミラを再び背負い、歩き出した。
足取りは変わらず、ゆっくりだった。
荒野の風が、二人の影を長く伸ばす。
背後から、かすかな煙の匂いが漂ってくる。
集落の焚き火か、それとも追手の松明か。
リルは振り返らず、前だけを見た。
胸の鼓動が、旅路の伴奏のように響く。
神の意志が、静かに二人の終わりを導いている。
だが、今は、まだ。
夜の荒野は、二人を優しく、残酷に包み込んでいた。




