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ENDER  作者: 147
7/10

リルは井戸の陰に身を寄せ、息を整えた。

指先が、まだ少女ミラの肌の冷たさを覚えている。

一瞬の接触だった。

しかし、それで十分だった。

呪いは動き始め、少女の輪郭がわずかにぼやけている。

髪の白さが、夕光に透けて、より薄く見える。

ミラは井戸の縁に座り込んだまま、ゆっくりと顔を上げた。

灰色の瞳が、リルの隠れた方向を探る。

視線は弱く、焦点が定まっていない。

それでも、少女は静かに言った。

「…名前を…教えて…」

リルは答えない。

喉が乾き、言葉を飲み込んだ。

答えてはいけない。

名前を知られれば、繋がりが深まる。

繋がりが深まれば、呪いが加速する。

それが、ルールだ。

ミラは、力なく微笑んだ。

それは、痛みを堪えるような、儚い表情だった。

「…あなたが…エンダーだって…わかってる…」

声は途切れ途切れ。

「予言の書に…書いてあった…」

「エンダーを…終わらせる鍵は…病弱な少女…」

リルは目を細めた。

予言。

放浪の途中で見た、古い石碑や、村の噂。

「最後のエンダーを終わらせる鍵」

それは、救済の幻想だ。

殺せば呪いが終わる、という嘘。

実際には、新たな断片を生み、輪廻を強めるだけ。

リルは、それを信じていない。

信じたくない。

ミラの身体が、わずかに震えた。

井戸の縁に寄りかかり、息を切らす。

「…助けてくれて…ありがとう…」

「でも…もう…遅いかも…」

少女の言葉が、リルの胸を刺す。

遅い。

すでに、呪いが始まっている。

ミラの肌から、色が薄く失われ始めている。

記憶が、ぼんやりと溶けていく。

リルは、左手を胸に当てた。

脈動は速いが、熱は引いている。

奇妙な静けさが、そこにある。

神の心臓が、少女の存在に寄り添うように、鼓動を刻んでいる。

リルは、ゆっくりと井戸の陰から姿を現した。

フードを深く被ったまま、距離を保つ。

ミラの視界に入る位置に立ち、静かに言った。

「…水を…飲め」

ミラは、かすかに頷いた。

細い手で井戸の縁を掴み、身体を起こそうとする。

しかし、力が入らない。

リルは、ためらった末に、井戸の水を自分の手で掬った。

冷たい水が、掌に溜まる。

彼女は、それをミラの唇に近づけた。

触れず、ただ、滴らせる。

ミラは、ゆっくりと口を開き、水を飲んだ。

一滴、また一滴。

喉が動く音が、静かな井戸の周りに響く。

飲み終えたミラは、弱く息をついた。

「…冷たい…」

「…生きてる…みたい」

リルは、手を引いた。

掌に残った水滴が、地面に落ちる。

ミラの瞳が、少しだけ澄んだ。

「…あなたは…怖がってる…?」

「私を…終わらせたくない…?」

リルは、視線を逸らした。

答えられない。

答えれば、繋がりが深まる。

しかし、ミラは、静かに続けた。

「…私も…怖い…」

「でも…あなたに…会えて…よかった…」

胸の脈動が、再び速くなる。

今度は、痛みではなく、別の何か。

リルは、唇を噛んだ。

この出会いは、間違いだ。

助けてはいけなかった。

しかし、少女の言葉が、封印していた感情を、わずかに揺らす。

集落の灯りが、遠くで揺れている。

人々の声は聞こえない。

ただ、焚き火の煙が、夜空に昇る。

リルは、ミラを見下ろした。

少女は、井戸の縁に寄りかかり、目を閉じかけている。

息遣いが、弱い。

リルは、決断を迫られた。

このまま去るか。

それとも、少女を連れて行くか。

連れて行けば、呪いが加速する。

去れば、少女はここで終わる。

胸の鼓動が、静かに問いかける。

終わらせろ、と。

神の意志が、そこにある。

リルは、ゆっくりと手を伸ばした。

今度は、触れずに、少女の肩を支えるように。

ミラの身体が、わずかに寄りかかる。

冷たい。

しかし、まだ、温かさが残っている。

リルは、静かに呟いた。

「……リル」

これが初めて自分の名前を明かすという出来事だった。

世界は、静かに、二人の終わりを始めていた。

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