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ENDER  作者: 147
6/10

リルの足は、動かなかった。

少女の声は、風に混じって消えかかっていた。

かすれた、弱い響き。

「…誰か…いるの…?」

それは、問いかけというより、ただの吐息のように聞こえた。

リルは灌木の陰から身を引こうとしたが、胸の鼓動がそれを許さない。

熱が皮膚を焼き、指先まで伝わってくる。

神の心臓は、少女の存在に強く反応している。

少女は井戸の縁に寄りかかったまま、ゆっくりと顔を上げた。

白く抜け落ちた髪が、夕暮れの薄光に透けて見える。

肌は青白く、輪郭がぼやけている。

病のせいか、それとも──すでに呪いの兆候か。

リルは目を細め、少女の瞳を捉えた。

淡く濁った灰色の瞳。

それは、どこか自分の瞳に似ていた。

リルは息を詰め、選択を迫られた。

このまま去れば、少女は井戸のそばで倒れるかもしれない。

誰も助けに来ない。

集落の灯りは遠く、人の気配は薄い。

だが、近づけば、呪いが動き出す。

触れれば、終わらせる。

近づけば、少女の記憶を、存在を、霧のように溶かしてしまう。

胸の脈動が、痛みに変わる。

リルは唇を強く噛んだ。

血の味が口に広がる。

終わらせたくない。

終わらせたくない。

その言葉が、頭の中で繰り返される。

少女が、再び呟いた。

「…助けて…」

声は弱く、しかしはっきりとした。

それは、絶望の底から絞り出されたものだった。

少女の身体が、井戸の縁から滑り落ちそうになる。

細い手が石を掴み、指が白くなる。

リルは、動いた。

灌木を抜け、集落の外縁へ一歩踏み出した。

足音を殺し、影のように近づく。

少女の視界に入らないよう、井戸の反対側へ回り込む。

水の気配が、冷たく鼻を突く。

リルは井戸の縁に手をかけた。

少女は気づいていない。

ただ、息を切らして、井戸の底を見つめている。

リルは、ゆっくりと手を伸ばした。

少女の肩に触れようとした瞬間、胸の熱が爆発的に増した。

指先が震え、再生の力が暴走しそうになる。

彼女は手を引き戻し、歯を食いしばった。

触れてはいけない。

触れれば、すぐに始まる。

少女が、ふと顔を上げた。

今度は、視線がリルに絡まる。

灰色の瞳が、ぼんやりと彼女を捉える。

少女の唇が、わずかに動いた。

「…あなた…エンダー…?」

その言葉に、リルは凍りついた。

少女は、知っている。

呪いの継承者だと。

どうして。

なぜ。

少女は、弱く微笑んだ。

それは、痛みを堪えるような、儚い表情だった。

「…予言に…あった…」

声は途切れ途切れ。

「エンダーを…終わらせる…鍵…」

リルは息を止めた。

予言。

古い石碑や、放浪中に聞いた噂。

「最後のエンダーを終わらせる鍵」

それは、救済の幻想だ。

殺せば呪いが終わる、という嘘。

実際には、新たな断片を生み、連鎖を強めるだけ。

少女の身体が、再び傾く。

リルは、反射的に手を伸ばした。

指先が、少女の腕に触れる。

一瞬の接触。

少女の肌は、冷たく、透けそうに薄い。

その瞬間、胸の鼓動が止まったように感じた。

熱が引く。

代わりに、奇妙な静けさが訪れる。

少女の瞳が、少しだけ澄んだ。

彼女は、リルの顔を見上げた。

「…ありがとう…」

リルは手を引き、すぐに後退した。

少女の腕に、わずかな霧が残る。

色が、薄く失われ始めている。

呪いが、動き出した。

リルは井戸の陰に身を隠し、息を荒げた。

触れてしまった。

助けてしまった。

終わらせてしまった。

少女は、井戸の縁に座り込んだ。

力なく、しかし穏やかに。

「…名前は…ミラ…」

かすれた声で、少女は言った。

「あなたは…?」

リルは、答えなかった。

ただ、胸の脈動が、再びゆっくりと動き始めた。

今度は、少女の存在に寄り添うように。

神の心臓が、終わらせるためのリズムを刻み続ける。

リルは、静かに立ち上がった。

この出会いは、間違いだった。

だが、もう、引き返せない。

世界は、静かに、次の終わりを始めていた。

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