2通目 ちょっとおねえさんなあなたへ 前編
『厳正なる選考の結果、貴殿を採用内定といたしましたので――』
大学4年生の夏の終わり。まだまだ暑い季節にこの知らせを受け取った。目指していた会社からの内定通知。大声で叫んでしまいそうなくらい嬉しかった。
子どもの頃に夢見た仕事。それを実現出来た事はもちろん嬉しい。でも、それ以上に嬉しい事がある。この会社には追いかける人がいるのだ。
その人に一歩近づけた、このことが何より嬉しかった。
内定の知らせを受け一通の手紙を書き始めた。マンションの隣に住む1つ年上のお姉さんへだ。小さい頃から僕はいつも彼女の背中を追いかけていた。追いかける人と言うのもその彼女だ。
お姉さん風を吹かせる事もあったが、僕はそれが嫌いじゃなかった。いつからか一緒にいる時間が自分にとって大切なものだと思うようになった。
これまでの想い、今の想い、それからこの先どうなりたいかを書いて行く。夏の暑さも忘れ1文字1文字、紙にインクを置いていく。
全て書き終えた手紙を封筒に入れ、彼女にいつでも渡せるよう机の一番上の引き出しに大事にしまった。
先に社会人になった彼女に会えるのは、彼女が帰宅し一息つくためにベランダに出てくるほんのひと時。お互いが学生の時は時間なんて気にせず一緒にいたのに今となっては就寝前の数十分くらいになってしまった。
彼女がベランダに出て夕涼みをしているところを話かける機会が何度かあった。その度に書いた手紙を渡そうと思ったが体は動かなかった。
冷蔵庫から父親の缶ビールを勝手に持ち出し彼女に渡すのが精一杯だった。
数日経ったある日、6缶パックの最後の1缶になった冷蔵庫のビールを見て父親が俺に聞こえるように言った。
「最近、ビールの減りが早いんだよ。まあ、息子のためとあれば仕方ない。今夜は我慢すっかなぁ」
「お父さん? 何の話?」
父の大きな独り言を聞いた母が不思議そうに応えている。
「いいや、なんでもないよ」
そう言って冷蔵庫をパタンと閉める父。そのままソファに座る俺の横に肩を寄せるように詰めてくる。
「応援してるぞ、頑張れよ。……けど、早くしてくれると俺のビールが減らなくて助かるわ」
少しおちゃらけているが大きくて温かい父の手が背中を優しく叩いた。
そんな父に俺は少し驚き言葉を出せなかったがゆっくり頷いた。父はちょっと微笑んでるように見えた。
自室に戻り落ち着かない時間を過ごしていると隣のベランダの窓が開く音がカラカラと聞こえた。キッチンの冷蔵庫から今日も1缶拝借する。そそくさと動く俺に気付いているはずの父は何も言わない。
右手にはキンキンに冷えた缶ビール、左手には引き出しから取り出した封筒を持ってベランダに出る。
「お疲れ様。今日も疲れてそうじゃん。うちの冷蔵庫にあったこれあげるよ」
仕事で疲れている様子の彼女に話しかけ右手に持っていた缶をベランダ越しに渡す。
「いつもありがとね。実はこのビールが最近の楽しみなんだよ」
そう言って笑顔でビールを受け取ってくれる。
「あと、これ。読んでくれる?」
すかさずもう片手に持っていた手紙を渡した。
「じゃあ、おやすみ」
月の光を背中に受けてきっと俺の真っ赤な顔は彼女に見えていないだろう。見られる前に挨拶だけして部屋に戻った。
顔に当たるエアコンの風がやけに冷たく感じた。




