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ハジマリの旅人

作者: 逢生 藍
掲載日:2026/04/16

 暖かな陽だまりの差し込む、木陰の下。少年と少女が隣り合って座っている。


「ねえ、もう一回お話して! あのお話」

「またか。……本当に好きだね、あの二人の旅人の話」

「へへ、大好き! 胸がぽかぽかするの」


 物語をねだる少女は、ばふっと擬音の付きそうな勢いで、少年の膝に寝転がる。

 そんな少女の柔らかな髪の毛を、少年はゆっくりと手ぐしで梳きほぐす。


「それじゃあ、そうだね。あれはまだ、世界の形が今より不安定だった頃のお話」


□□□□□□□□□


 鬱蒼と茂る深い森の中、群青色のコートを羽織った青年が静かに疾走する。

 枝の上を跳び、跳び、軽やかな身のこなしだ。


 見つけたのは、正方形の構造物。木々の切れ間にあり、遠目からでは視認は難しそうだ。


「――見つけた。…ここが、実験場か」


 一部屋分の幅しかない構造物には、鉄の扉。

 見つめた後、背嚢(はいのう)から革の袋を取り出す。袋の中から出てきたのは手のひらの長さほどの、針。

 針を扉の隙間に差し込み、上から下へそっとなぞると、扉が開いた。


 扉の先には、石造りの階段。息をひそめ、足音を立てぬように、地下へ向かって慎重に進む。


「人の気配が…、七、八…九人だな」


 小さく呟き、更に降りていく。降りた先には、また扉。

 薄暗い通路で、松明の明かりが揺らめいていた。



 ここは、施設の最奥部。

 いくつもの卵状のガラスの中には、半透明のグリーンの液体が満たされている。

 中央の卵の中にも、グリーンの液体。そして、液体にたゆたう一人の少女。

 瞳を閉じて、ただゆるりと浮いている。


 扉が、開いた。部屋に入ってきたのは、群青色のコートを羽織った青年。

 部屋を見渡し、中央に在る少女の入った卵に目線を戻す。


「ちっ」


 青年の口から洩れる舌打ち。

 徐にガラスの卵に近づき、手に握る刀で――一閃。そして、納刀。

 ガラスが砕け、液体が床に広がる。


 浮遊から解き放たれ崩れ落ちる少女を、青年は抱きとめる。

 ぱちくりと、瞼を開け閉めする少女に、群青のコートを羽織らせた。


「……来るか?」 


 短く問う青年を、碧い瞳で見つめる少女。小さく頷いた。


「そうだな。まずは脱出しようか」


 少女を抱え上げ、そのまま振り返らずに卵の部屋を後にする。

 通路の道。足元に転がる障害物を飛び越え、一直線に施設の出口へ向かった。



 施設を脱出し森の中を疾走する。

 そして、森を抜けた先。視界が開け、草原に辿り着く。

 草原は明るく、光が満ちていた。


「もう、大丈夫だ」


 これまでずっと背負っていた少女を、静かに地面へ降ろす。

 少女は変わらず、ただジっと青年を見つめていた。


「さて、あそこから連れ出したわけだが」


 青年は、手のひらで数度だけ少女の頭を撫でて口を開く。


「君は、あの場所へ戻りたいか?」


 たっぷり数秒の間を置いて、それから首を振る少女。


「……そうか。では、この先なんだが。君には二つの道がある」


 指を一本立てて青年は続ける。


「一つ目は、これから近くの安全な村へ向かうが、そこで平穏に暮らすこと。きっと、暖かく迎え入れてくれるだろう。僕がしっかりと送り届けよう」


 青年の指先を、ぼんやりと見る少女。青年は、二本目の指を立てる。


「二つ目は、僕の旅に付いてくるか、だ。……旅は、未知との出会いだ。苦労もあるし、良いことばかりじゃない。だが、旅でしか味わえないものも、確かにある。――どちらを選んでも、君の自由だ。」


 少女は小さく首を傾げ、青年を見つめたまま。青年と目と指先で、何度か視線が行き来する。


 溶けだすように、その言葉は世界に漏れた。


「…旅。――旅がいい」


△▼△▼△▼△▼△


 ここは、草原の村。草原を通る大河の支流からほど近い、豊かな穀倉(こくそう)の村。

 芽吹く草花が風に揺られ、雪解け水が流れ込む河はまだ冷たい。

 河に沿って下り、村に辿り着いた二人の男女。


「着いたぞ。ここの村で、旅の支度をしようか」

「……うん」


 眼前には、木材で造られた家々。

 青年は再び少女を地面に降ろし、村に入る。


「おう! アラタ。戻ってきたのかい? んん?めんこい嬢ちゃんを連れてんな」

「ああ、マーニー。この子は、ここに来るまでに出会ったんだ。僕の同行者だ、よろしくな」


 青年、アラタに豪放(ごうほう)さを感じさせる声で近寄ってきた男、マーニー。

 筋骨隆々な身体を揺らし、少女に目を向ける。

 少女は、少しずつアラタの背ににじり寄った。


「そうかそうか! アラタは俺より(つえ)ぇ奴だからな! 嬢ちゃんもこいつと一緒にいりゃあ大丈夫だろ」

「買いかぶりだ。君の筋肉で殴られたらたまったものじゃないぞ」


 豪快に笑うマーニー。そのまま、村の外へ向かっていった。

 残された、二人。


「すまない。怖かったか?…悪いやつじゃないんだ。子どもに怖がられやすいだけで」

「――名前」

「ん?」


 アラタへ、ぶつ切りの言葉を投げかける少女。その表情は、動かない。


「名前、アラタ?」

「…すまない。まだ名乗っていなかったな」

「アラタ、わたし、名前、ない」


 平坦な言葉の羅列を聞き取り、アラタは僅かに目を細めて、小さく頷いた。

 そっと、少女の頭へ向けて手を伸ばす。


「…そうか。そうだな。君の名前は、――アイというのはどうだ?」

「――アイ。……うん。いい名前。言いやすい」


 少女、アイを撫でるアラタの手を、少女は動かず受け入れる。


「うん。わたしは、アイ。アラタ、わたし、アイ」


 そのまま、アイ、アイと口の中で転がすように呟く少女。その表情は、動かない。



 村にある一軒の建屋に立ち寄ったアラタとアイ。木製の扉を開くと、ギイ、ときしむ音がした。


「邪魔するぞ」

「――らっしゃいー。好きに見てってくんな」


 足を踏み入れる二人を見ることもなく、気だるげな男が声を飛ばした。

 カウンターの裏の椅子に座ったまま、ナイフを眺めている。


「アイ、ここは雑貨屋だ。ここで、旅の支度をするぞ。身の回りのものや、保存食、簡易寝具も必要だな。あとは、そうだな……ん?」


 アラタがふと気づいて振り返ると、アイは、棚の前で立ち止まっていた。

 ナイフの柄を、しげしげと眺めていた。


「どうした?」

「……これ、刃がない」


 向き直り、小首を傾げるアイ。アラタはふっと笑みをこぼす。


「ああ、これはな。不注意でのケガ防止のための仕込みナイフで、ここをこうすると」


 柄をいじると、飛び出してくるナイフの刃。

 アイの瞼が、わずかに大きく開く。


「――これ、ほしい」

「ナイフか? そうだな。一本あると何かと便利だからな。ただし、刃は触るとケガするから気をつけるんだぞ」

「うん。ありがとう」


 大切そうに、懐に抱え込むアイ。

 それを視界に入れつつも、アラタが物資を選んでいった。


△▼△▼△▼△▼△


 ジリジリと、強い日差しが一団を照らす。炎天の空に、生ぬるい風が吹く。


「ちっ。アイ! いけるか?」

「――いける。…と思う」


 一団に囲まれるのはアラタとアイ。扇状に広がる一団に対して、アイを背にして構える。


「ッシ!」


 素早く飛びかかってきた男の剣閃を、弾き、いなすアラタ。

 背にいるアイは、胸の前で両手を組み瞳を閉じる。


 何度か、男たちの剣を防いでいると、アイから発する「――来た」との宣言。

 アイを中心として、白い球状の光が広がる。


「ぐおっ」「なんだこれは…体が、重い」


 一団を、丸ごと飲み込む大きさまで広がった、光の球。

 それに取り込まれた男たちは、目に見えて動きが鈍った。


「いいぞ! よくやった」


 瞬間。アラタが飛びかかり、男たちを一刀の元に切り伏せていく。

 最後の一人になった時、ふいに、光の球は消えた。


「――ヒッ」


 残った一人は、地面を蹴り振り返ることもなく逃げ出していった。

 後に残ったアラタとアイ。生ぬるい風が、二人を撫でる。


「…ごめんなさい。まだ持続性に問題あり」

「いいさ。ここまで持つだけでも十分だ。――それより」


 アラタは背嚢から水筒を二本取り出し、アイへ渡す。


「水分補給は忘れるなよ。この暑さだと、命取りだぞ」

「ん。ありがとう」


 コクコクと喉を鳴らし、水を飲む。


「さて、もうすぐ次の村だ。今日は野宿は避けたいからな」


 何度か頷くアイ。普段よりも、少し大き目な首肯だった。



 夕暮れが景色を茜色に染める頃。二人の旅人が村に着いた。

 森林に囲まれひっそりと築かれた村は、自然と調和している。


「ここは、水源も材木も豊富だからな。風呂にも入れるぞ」


 コクリと、首を縦にするアイ。

 そのまま二人は宿屋に入り、夜を明かした。


 朝。今日も、晴天で日差しが強い。

 二人は並び立って、雑貨屋に入る。


「いらっしゃい。あら、凛々しい旦那さんと可愛いお嬢さんだね」


 室内に立っていたのは、恰幅の良い中年の女性。棚の拭き掃除をしているところのようだ。


「ああ、邪魔するぞ。初めまして、旅人だ。見てもいいか?」

「…こんにちは」

「ええ、勿論。好きに見てってくれよ」


 早速、アイが棚に近寄りいくつかの品物に目を移す。手に取ったのは、何枚かの布と保存食。


「今日の買い物は、これで、いい?」

「うん、問題ないぞ。身についてきたな。あとは、そうだな」


 背嚢を背から降ろし、中を漁る。取り出したのはいくつかの、草の束とキノコ。


「これの買取りもお願いしたいのだが、頼めるか?」

「問題ない」


 受け取った草の束とキノコを抱え、中年の女性へ歩み寄るアイ。

 少しの逡巡の後、それらを差し出す。


「――これ、買い取ってほしい」

「お利口さんだね! 可愛い娘さんに免じて、ここは割高で買い取らせてもらおうかな」


 無事に、中年の女性に渡せたアイ。小さく息をつく。

 いそいそとカウンターに戻った女性は、草の束を数え始めた。


 アイが、静かにそれを見守っていると。


「わあー! 女の子!どこから来たの? この村の子じゃないよね!」


 突然に、室内に響いた少女の声。アイの肩が、跳ねる。

 アイと同じくらいの背丈の少女が、カウンターの奥から出てきた。


「こら!ユノ! お転婆(てんば)も収まってきたと思ったら、まったくだったね!」


 ユノと呼ばれた少女は、中年の女性に振り返らず「ごめんなさーい」とだけ返事をし、アイに詰め寄る。


「蒼い髪の子! こんにちは!私はユノ。あなたのお名前は?」


 ぱちくりと、何度か瞬きをするアイ。そっと、アラタが背中を押す。

 一度、唾を飲みこみ、口を開いた。


「……わたしは、アイ。旅人だ、よ?」

「旅人さんなんだ! じゃあ、あそぼ!この村は綺麗な湖があるんだ!」


 詰め寄られたアイは、振り向きアラタを見る。

 口角を上げて頷くアラタを見て、ユノに向き直る。


「いいよ。いこう」

「やったあ! あそぼ!」

「旅人のお二人、ごめんなさいね。 ユノったら、ほんとにもう」


 アイは、ユノに手を引かれ、店の外へ連れ出された。



 村からほど近い、広い湖。日差しを乱反射して、水面がいくつもの光の粒を生む。


「アイちゃん! 泳ぐのはこうやるんだよ!」

「こう?…難しい」


 シャツと短パンに着替えた少女二人は、湖面の水を散らし、泳ぎ、遊ぶ。

 湖畔の木陰に座り、アラタが見守る。


「水、冷たくて気持ちいいねえ! お兄さんも、ほらっ」


 ユノが、手のひらで救った水をアラタにかけた。

 水が、顔に直撃する。


「ぶっ」

「あははー!」


 近寄るアイ。その口角は、わずかに上がっていた。


「大丈夫?――アラタも、遊ばない?」

「まったく。……思いっきりかけてやるぞ!」


 強い日差しが、水辺で遊ぶ三人を照らす。

 飛沫(しぶき)が跳ね、湖面から一羽の水鳥が飛び立った。



 翌朝。

 出立するアラタとアイに、ユノが駆け寄る。

 とめどない涙を流しながら、アイの手を握るユノ。


「……また、来てね。また遊ぼうね。…ぜったい!」

「うん。楽しかった。ありがとう」

「ぜったいだよ! 私たち、親友だよ」


 何度も頷くアイ。

 その双眸は揺れ、うるんでいた。


 村に背を向け、歩く二人。

 アラタが、アイの頭をゆっくりと撫でる。


△▼△▼△▼△▼△


「大丈夫か? アイ」

「うん。…でもちょっと、寒いかも」


 白く吹雪く丘陵で、雪道を踏みしめる二人の旅人。

 その後ろには、二人分の寄り添う足跡。


「そろそろ着くぞ。――着いたら、温かいものでも食べようか」

「お腹空いたね。…楽しみ」



 ここは、雪が降り積もる街。

 石造りの住居に入ると、床は一段下がり、暖炉ではパチパチと炎のはぜる音がする。


 テーブルに座った旅人二人の前に、シチューの器。


「――おいしい」

「ああ。体が芯から温まるな」

「うん。野菜もたっぷりで――」


 アイは、言葉とともにシチューを飲みこんだ。

 黙々と、スプーンを動かす二人。


 二人のテーブルに、痩せた男が近づいてきた。


「おう、あんちゃん。旅人かい? 珍しい剣を持ってんな」


 立てかけていた刀に、真っ直ぐな眼差しを向ける。


「僕の出身国の武器だ。――刀と言って、斬る為の道具だぞ」

「そうだろうよ。その鞘からも、造り手の技量が見える。…少し抜いてみてもらえるかい?」


 一度首肯したアラタは、鞘から半身だけ抜き見せた。


「やはりな。これが、俺の造りたかった剣だ。――いや、カタナ、か」


 納刀したアラタと、腕を組みしきりに頷く男。

 「だが、」と続けて口を開く。


「気づいているか? そのカタナはもう…」

「ああ。役割を果たしつつある」

「――すまんな。分かっているなら、いいんだ。ありがとう。……早速、鉄と向き合ってみるよ」


 いそいそと、男はその場を離れていった。


「…刀、大丈夫なの?」

「ああ。まだ、大丈夫だよ」


 伺うような視線を向ける、アイの頭を撫でる。

 それから、しばらくの間無言が続いた。

 テーブルには、空の食器。


「それじゃあ、今日は保存食と…鍋も買わないとだな」

「うん。保存食は私が集める」

「あとは…そうだな。アイ、蔵書院にでも行こうか。…本、好きだろ?」

「行く。好き」


 間髪入れずに答えたアイと、微笑むアラタ。

 二人は揃って、席を後にした。



 しんしんと、雪が降る。山の中腹の大雪原。

 そこには、明かりが灯るかまくらがあった。

 中では、アラタとアイが鍋を囲む。


「さっきは何を読んでいたんだ?」

「アラタの出身国の本。…カタナのこと、書いてあった」

「そうか――」


 鍋が、コトコトと煮えている。

 濃厚な肉とキノコの香りが漂っていた。


「今日の連携、良かったぞ。お陰で、ユキオロチも狩れた」

「うん。私の、場の力を泳げるアラタのお陰」

「ああ、上手く噛み合うようになった。オロチの肉、旨いだろ」

「うん」


 かまくらの外から鳴る、風の音。


「…そうだな。雪の溶ける頃になったら、僕の出身国にも向かおうか。桜も、綺麗なんだ」

「行く。…約束っ」


 目を開き、大きめに頷くアイ。

 小指を伸ばして、約束の合図をした。


 雪は止み、雲の切れ間からはわずかに陽が差していた。



△▼△▼△▼△▼△



「ハアッ…ハアッ…!」


 残雪の残る平地を、駆ける男。

 蹴られた地面から跳んだ泥が、芽吹く草花にかかった。


「――アイッ!!」


 アラタが、吠える。

 眼前には、甲冑を着た数百人の兵士。

 刀を、振り上げた。



 荒野には、馬車で進む数名の一団。

 馬に乗る益荒男(ますらお)が、先頭を征く。


「…来たのか。異国の戦士よ」


 あぜ道の中央に、男が一人立っていた。


「ああ。…アイを、助けに来た」

「ふん。既に満身創痍のようだが、どうする気だ」


 アラタの身体は、あちこちが傷だらけ。――刀は、根元から折れていた。

 しかしアラタは、揺るぎない足取りで一歩、前に進む。

 益荒男の前に陣取る、統率の取れた男たち。


「そうだな。武器は折れた。だが、それだけだ。――アイッ!」


 叫んだ途端。一団の後方にある馬車から、煌めくものが飛んできた。アラタは、躊躇いなく掴む。

 右手に握ったのは、仕込みナイフ。

 同時に、場を包む光の球が広がった。


「君たちは、アイを舐めすぎたな」


 にやりと笑むアラタ。

 戦いは、長くは続かなかった。



 荒野に立つアラタとアイ。そして、地面には転がる一団。

 益荒男が、口を開く。


「……お前は、その量産品が気に入ったのか? それなら二~三体くらい用意してやる。世界には、ソレが必要だ」

「君は――」


 アラタの袖を、アイが引いた。

 隣に立ち、微笑んだ。


「私は、アイ。――旅人だよ」


 その言葉を聞いた益荒男。目を、口を丸くする。


「だ、そうだ。生憎だが、僕には無二のパートナーが既にいるからな。お断り、だ」

「…だっはっは! そうか。つまんねえな。――だが、おい。どうする? アイと言ったか。分かってんだろ?」


 尚も、言葉を止めない益荒男。震える足で、大地に立つ。


「世界は、常にズレ続けている。そいつは、その緩衝材だ。…今日だ。今日、そいつが命を燃やさなければ、世界は滅ぶ」


 アラタは、アイを見た。

 アイは、頷く。


「うん。…そうみたい。私の場の力は、世界を整えるのに、最適」

「……人を犠牲に、世界は続くのか…?」

「そうだ。ずっと、そうしてきたんだ」


 益荒男は言い切って、大地に倒れ伏した。

 荒野に立つ、アイとアラタ。

 風が、二人を撫ぜる。


「…アイ。僕は、君がどんな――」

「アラタ」


 アイはそっと、アラタの手を握った。

 揺るぎない瞳で、アラタの瞳を見つめる。


「私は――ユノが、ユナさんが、コラルじいが、レミノさんが、好き。それに、アラタが大好き。……だから私は、みんなが明日も生きる世界を、守る」


 アイが、微笑んだ。

 二人は、互いに視線を逸らさず、見つめ合う。

 握る手は、強く握りしめられた。


「――分かった。…僕も、行こう。君の力は、僕が泳ぐことで方向を変えられる。世界を、安定させられるかもしれない」

「……それは、でも、私は」

「大丈夫だ。二人なら、結果だって変わるかもしれない」


 恐る恐ると、アラタを見るアイの瞳が、揺れる。

 アラタは、強く頷いた。



 ――その日。世界を、大きな光の球が覆った。

 光に包まれた人々はほんの一瞬、暖かな感覚を覚えた。



□□□□□□□□□


 暖かな陽だまりの差し込む、木陰の下。少年の膝に頭を乗せた少女が、静かに涙を流す。


「また、泣いちゃったね」

「むー。でもね、やっぱり好きだな」


 少女は目をこすり、にこりと笑った。

 少年は、その髪を手ぐしで梳きほぐす。

 

「ねえ、また今度…今度はゆっくり、この旅のあいだのいろんなお話を、してね…」


 そのまま寝入ってしまった少女の、涙をぬぐい薄布を掛ける少年。


 木陰の下で、少年は柔らかく微笑んだ。

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