ハジマリの旅人
暖かな陽だまりの差し込む、木陰の下。少年と少女が隣り合って座っている。
「ねえ、もう一回お話して! あのお話」
「またか。……本当に好きだね、あの二人の旅人の話」
「へへ、大好き! 胸がぽかぽかするの」
物語をねだる少女は、ばふっと擬音の付きそうな勢いで、少年の膝に寝転がる。
そんな少女の柔らかな髪の毛を、少年はゆっくりと手ぐしで梳きほぐす。
「それじゃあ、そうだね。あれはまだ、世界の形が今より不安定だった頃のお話」
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鬱蒼と茂る深い森の中、群青色のコートを羽織った青年が静かに疾走する。
枝の上を跳び、跳び、軽やかな身のこなしだ。
見つけたのは、正方形の構造物。木々の切れ間にあり、遠目からでは視認は難しそうだ。
「――見つけた。…ここが、実験場か」
一部屋分の幅しかない構造物には、鉄の扉。
見つめた後、背嚢から革の袋を取り出す。袋の中から出てきたのは手のひらの長さほどの、針。
針を扉の隙間に差し込み、上から下へそっとなぞると、扉が開いた。
扉の先には、石造りの階段。息をひそめ、足音を立てぬように、地下へ向かって慎重に進む。
「人の気配が…、七、八…九人だな」
小さく呟き、更に降りていく。降りた先には、また扉。
薄暗い通路で、松明の明かりが揺らめいていた。
ここは、施設の最奥部。
いくつもの卵状のガラスの中には、半透明のグリーンの液体が満たされている。
中央の卵の中にも、グリーンの液体。そして、液体にたゆたう一人の少女。
瞳を閉じて、ただゆるりと浮いている。
扉が、開いた。部屋に入ってきたのは、群青色のコートを羽織った青年。
部屋を見渡し、中央に在る少女の入った卵に目線を戻す。
「ちっ」
青年の口から洩れる舌打ち。
徐にガラスの卵に近づき、手に握る刀で――一閃。そして、納刀。
ガラスが砕け、液体が床に広がる。
浮遊から解き放たれ崩れ落ちる少女を、青年は抱きとめる。
ぱちくりと、瞼を開け閉めする少女に、群青のコートを羽織らせた。
「……来るか?」
短く問う青年を、碧い瞳で見つめる少女。小さく頷いた。
「そうだな。まずは脱出しようか」
少女を抱え上げ、そのまま振り返らずに卵の部屋を後にする。
通路の道。足元に転がる障害物を飛び越え、一直線に施設の出口へ向かった。
施設を脱出し森の中を疾走する。
そして、森を抜けた先。視界が開け、草原に辿り着く。
草原は明るく、光が満ちていた。
「もう、大丈夫だ」
これまでずっと背負っていた少女を、静かに地面へ降ろす。
少女は変わらず、ただジっと青年を見つめていた。
「さて、あそこから連れ出したわけだが」
青年は、手のひらで数度だけ少女の頭を撫でて口を開く。
「君は、あの場所へ戻りたいか?」
たっぷり数秒の間を置いて、それから首を振る少女。
「……そうか。では、この先なんだが。君には二つの道がある」
指を一本立てて青年は続ける。
「一つ目は、これから近くの安全な村へ向かうが、そこで平穏に暮らすこと。きっと、暖かく迎え入れてくれるだろう。僕がしっかりと送り届けよう」
青年の指先を、ぼんやりと見る少女。青年は、二本目の指を立てる。
「二つ目は、僕の旅に付いてくるか、だ。……旅は、未知との出会いだ。苦労もあるし、良いことばかりじゃない。だが、旅でしか味わえないものも、確かにある。――どちらを選んでも、君の自由だ。」
少女は小さく首を傾げ、青年を見つめたまま。青年と目と指先で、何度か視線が行き来する。
溶けだすように、その言葉は世界に漏れた。
「…旅。――旅がいい」
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ここは、草原の村。草原を通る大河の支流からほど近い、豊かな穀倉の村。
芽吹く草花が風に揺られ、雪解け水が流れ込む河はまだ冷たい。
河に沿って下り、村に辿り着いた二人の男女。
「着いたぞ。ここの村で、旅の支度をしようか」
「……うん」
眼前には、木材で造られた家々。
青年は再び少女を地面に降ろし、村に入る。
「おう! アラタ。戻ってきたのかい? んん?めんこい嬢ちゃんを連れてんな」
「ああ、マーニー。この子は、ここに来るまでに出会ったんだ。僕の同行者だ、よろしくな」
青年、アラタに豪放さを感じさせる声で近寄ってきた男、マーニー。
筋骨隆々な身体を揺らし、少女に目を向ける。
少女は、少しずつアラタの背ににじり寄った。
「そうかそうか! アラタは俺より強ぇ奴だからな! 嬢ちゃんもこいつと一緒にいりゃあ大丈夫だろ」
「買いかぶりだ。君の筋肉で殴られたらたまったものじゃないぞ」
豪快に笑うマーニー。そのまま、村の外へ向かっていった。
残された、二人。
「すまない。怖かったか?…悪いやつじゃないんだ。子どもに怖がられやすいだけで」
「――名前」
「ん?」
アラタへ、ぶつ切りの言葉を投げかける少女。その表情は、動かない。
「名前、アラタ?」
「…すまない。まだ名乗っていなかったな」
「アラタ、わたし、名前、ない」
平坦な言葉の羅列を聞き取り、アラタは僅かに目を細めて、小さく頷いた。
そっと、少女の頭へ向けて手を伸ばす。
「…そうか。そうだな。君の名前は、――アイというのはどうだ?」
「――アイ。……うん。いい名前。言いやすい」
少女、アイを撫でるアラタの手を、少女は動かず受け入れる。
「うん。わたしは、アイ。アラタ、わたし、アイ」
そのまま、アイ、アイと口の中で転がすように呟く少女。その表情は、動かない。
村にある一軒の建屋に立ち寄ったアラタとアイ。木製の扉を開くと、ギイ、ときしむ音がした。
「邪魔するぞ」
「――らっしゃいー。好きに見てってくんな」
足を踏み入れる二人を見ることもなく、気だるげな男が声を飛ばした。
カウンターの裏の椅子に座ったまま、ナイフを眺めている。
「アイ、ここは雑貨屋だ。ここで、旅の支度をするぞ。身の回りのものや、保存食、簡易寝具も必要だな。あとは、そうだな……ん?」
アラタがふと気づいて振り返ると、アイは、棚の前で立ち止まっていた。
ナイフの柄を、しげしげと眺めていた。
「どうした?」
「……これ、刃がない」
向き直り、小首を傾げるアイ。アラタはふっと笑みをこぼす。
「ああ、これはな。不注意でのケガ防止のための仕込みナイフで、ここをこうすると」
柄をいじると、飛び出してくるナイフの刃。
アイの瞼が、わずかに大きく開く。
「――これ、ほしい」
「ナイフか? そうだな。一本あると何かと便利だからな。ただし、刃は触るとケガするから気をつけるんだぞ」
「うん。ありがとう」
大切そうに、懐に抱え込むアイ。
それを視界に入れつつも、アラタが物資を選んでいった。
△▼△▼△▼△▼△
ジリジリと、強い日差しが一団を照らす。炎天の空に、生ぬるい風が吹く。
「ちっ。アイ! いけるか?」
「――いける。…と思う」
一団に囲まれるのはアラタとアイ。扇状に広がる一団に対して、アイを背にして構える。
「ッシ!」
素早く飛びかかってきた男の剣閃を、弾き、いなすアラタ。
背にいるアイは、胸の前で両手を組み瞳を閉じる。
何度か、男たちの剣を防いでいると、アイから発する「――来た」との宣言。
アイを中心として、白い球状の光が広がる。
「ぐおっ」「なんだこれは…体が、重い」
一団を、丸ごと飲み込む大きさまで広がった、光の球。
それに取り込まれた男たちは、目に見えて動きが鈍った。
「いいぞ! よくやった」
瞬間。アラタが飛びかかり、男たちを一刀の元に切り伏せていく。
最後の一人になった時、ふいに、光の球は消えた。
「――ヒッ」
残った一人は、地面を蹴り振り返ることもなく逃げ出していった。
後に残ったアラタとアイ。生ぬるい風が、二人を撫でる。
「…ごめんなさい。まだ持続性に問題あり」
「いいさ。ここまで持つだけでも十分だ。――それより」
アラタは背嚢から水筒を二本取り出し、アイへ渡す。
「水分補給は忘れるなよ。この暑さだと、命取りだぞ」
「ん。ありがとう」
コクコクと喉を鳴らし、水を飲む。
「さて、もうすぐ次の村だ。今日は野宿は避けたいからな」
何度か頷くアイ。普段よりも、少し大き目な首肯だった。
夕暮れが景色を茜色に染める頃。二人の旅人が村に着いた。
森林に囲まれひっそりと築かれた村は、自然と調和している。
「ここは、水源も材木も豊富だからな。風呂にも入れるぞ」
コクリと、首を縦にするアイ。
そのまま二人は宿屋に入り、夜を明かした。
朝。今日も、晴天で日差しが強い。
二人は並び立って、雑貨屋に入る。
「いらっしゃい。あら、凛々しい旦那さんと可愛いお嬢さんだね」
室内に立っていたのは、恰幅の良い中年の女性。棚の拭き掃除をしているところのようだ。
「ああ、邪魔するぞ。初めまして、旅人だ。見てもいいか?」
「…こんにちは」
「ええ、勿論。好きに見てってくれよ」
早速、アイが棚に近寄りいくつかの品物に目を移す。手に取ったのは、何枚かの布と保存食。
「今日の買い物は、これで、いい?」
「うん、問題ないぞ。身についてきたな。あとは、そうだな」
背嚢を背から降ろし、中を漁る。取り出したのはいくつかの、草の束とキノコ。
「これの買取りもお願いしたいのだが、頼めるか?」
「問題ない」
受け取った草の束とキノコを抱え、中年の女性へ歩み寄るアイ。
少しの逡巡の後、それらを差し出す。
「――これ、買い取ってほしい」
「お利口さんだね! 可愛い娘さんに免じて、ここは割高で買い取らせてもらおうかな」
無事に、中年の女性に渡せたアイ。小さく息をつく。
いそいそとカウンターに戻った女性は、草の束を数え始めた。
アイが、静かにそれを見守っていると。
「わあー! 女の子!どこから来たの? この村の子じゃないよね!」
突然に、室内に響いた少女の声。アイの肩が、跳ねる。
アイと同じくらいの背丈の少女が、カウンターの奥から出てきた。
「こら!ユノ! お転婆も収まってきたと思ったら、まったくだったね!」
ユノと呼ばれた少女は、中年の女性に振り返らず「ごめんなさーい」とだけ返事をし、アイに詰め寄る。
「蒼い髪の子! こんにちは!私はユノ。あなたのお名前は?」
ぱちくりと、何度か瞬きをするアイ。そっと、アラタが背中を押す。
一度、唾を飲みこみ、口を開いた。
「……わたしは、アイ。旅人だ、よ?」
「旅人さんなんだ! じゃあ、あそぼ!この村は綺麗な湖があるんだ!」
詰め寄られたアイは、振り向きアラタを見る。
口角を上げて頷くアラタを見て、ユノに向き直る。
「いいよ。いこう」
「やったあ! あそぼ!」
「旅人のお二人、ごめんなさいね。 ユノったら、ほんとにもう」
アイは、ユノに手を引かれ、店の外へ連れ出された。
村からほど近い、広い湖。日差しを乱反射して、水面がいくつもの光の粒を生む。
「アイちゃん! 泳ぐのはこうやるんだよ!」
「こう?…難しい」
シャツと短パンに着替えた少女二人は、湖面の水を散らし、泳ぎ、遊ぶ。
湖畔の木陰に座り、アラタが見守る。
「水、冷たくて気持ちいいねえ! お兄さんも、ほらっ」
ユノが、手のひらで救った水をアラタにかけた。
水が、顔に直撃する。
「ぶっ」
「あははー!」
近寄るアイ。その口角は、わずかに上がっていた。
「大丈夫?――アラタも、遊ばない?」
「まったく。……思いっきりかけてやるぞ!」
強い日差しが、水辺で遊ぶ三人を照らす。
飛沫が跳ね、湖面から一羽の水鳥が飛び立った。
翌朝。
出立するアラタとアイに、ユノが駆け寄る。
とめどない涙を流しながら、アイの手を握るユノ。
「……また、来てね。また遊ぼうね。…ぜったい!」
「うん。楽しかった。ありがとう」
「ぜったいだよ! 私たち、親友だよ」
何度も頷くアイ。
その双眸は揺れ、うるんでいた。
村に背を向け、歩く二人。
アラタが、アイの頭をゆっくりと撫でる。
△▼△▼△▼△▼△
「大丈夫か? アイ」
「うん。…でもちょっと、寒いかも」
白く吹雪く丘陵で、雪道を踏みしめる二人の旅人。
その後ろには、二人分の寄り添う足跡。
「そろそろ着くぞ。――着いたら、温かいものでも食べようか」
「お腹空いたね。…楽しみ」
ここは、雪が降り積もる街。
石造りの住居に入ると、床は一段下がり、暖炉ではパチパチと炎のはぜる音がする。
テーブルに座った旅人二人の前に、シチューの器。
「――おいしい」
「ああ。体が芯から温まるな」
「うん。野菜もたっぷりで――」
アイは、言葉とともにシチューを飲みこんだ。
黙々と、スプーンを動かす二人。
二人のテーブルに、痩せた男が近づいてきた。
「おう、あんちゃん。旅人かい? 珍しい剣を持ってんな」
立てかけていた刀に、真っ直ぐな眼差しを向ける。
「僕の出身国の武器だ。――刀と言って、斬る為の道具だぞ」
「そうだろうよ。その鞘からも、造り手の技量が見える。…少し抜いてみてもらえるかい?」
一度首肯したアラタは、鞘から半身だけ抜き見せた。
「やはりな。これが、俺の造りたかった剣だ。――いや、カタナ、か」
納刀したアラタと、腕を組みしきりに頷く男。
「だが、」と続けて口を開く。
「気づいているか? そのカタナはもう…」
「ああ。役割を果たしつつある」
「――すまんな。分かっているなら、いいんだ。ありがとう。……早速、鉄と向き合ってみるよ」
いそいそと、男はその場を離れていった。
「…刀、大丈夫なの?」
「ああ。まだ、大丈夫だよ」
伺うような視線を向ける、アイの頭を撫でる。
それから、しばらくの間無言が続いた。
テーブルには、空の食器。
「それじゃあ、今日は保存食と…鍋も買わないとだな」
「うん。保存食は私が集める」
「あとは…そうだな。アイ、蔵書院にでも行こうか。…本、好きだろ?」
「行く。好き」
間髪入れずに答えたアイと、微笑むアラタ。
二人は揃って、席を後にした。
しんしんと、雪が降る。山の中腹の大雪原。
そこには、明かりが灯るかまくらがあった。
中では、アラタとアイが鍋を囲む。
「さっきは何を読んでいたんだ?」
「アラタの出身国の本。…カタナのこと、書いてあった」
「そうか――」
鍋が、コトコトと煮えている。
濃厚な肉とキノコの香りが漂っていた。
「今日の連携、良かったぞ。お陰で、ユキオロチも狩れた」
「うん。私の、場の力を泳げるアラタのお陰」
「ああ、上手く噛み合うようになった。オロチの肉、旨いだろ」
「うん」
かまくらの外から鳴る、風の音。
「…そうだな。雪の溶ける頃になったら、僕の出身国にも向かおうか。桜も、綺麗なんだ」
「行く。…約束っ」
目を開き、大きめに頷くアイ。
小指を伸ばして、約束の合図をした。
雪は止み、雲の切れ間からはわずかに陽が差していた。
△▼△▼△▼△▼△
「ハアッ…ハアッ…!」
残雪の残る平地を、駆ける男。
蹴られた地面から跳んだ泥が、芽吹く草花にかかった。
「――アイッ!!」
アラタが、吠える。
眼前には、甲冑を着た数百人の兵士。
刀を、振り上げた。
荒野には、馬車で進む数名の一団。
馬に乗る益荒男が、先頭を征く。
「…来たのか。異国の戦士よ」
あぜ道の中央に、男が一人立っていた。
「ああ。…アイを、助けに来た」
「ふん。既に満身創痍のようだが、どうする気だ」
アラタの身体は、あちこちが傷だらけ。――刀は、根元から折れていた。
しかしアラタは、揺るぎない足取りで一歩、前に進む。
益荒男の前に陣取る、統率の取れた男たち。
「そうだな。武器は折れた。だが、それだけだ。――アイッ!」
叫んだ途端。一団の後方にある馬車から、煌めくものが飛んできた。アラタは、躊躇いなく掴む。
右手に握ったのは、仕込みナイフ。
同時に、場を包む光の球が広がった。
「君たちは、アイを舐めすぎたな」
にやりと笑むアラタ。
戦いは、長くは続かなかった。
荒野に立つアラタとアイ。そして、地面には転がる一団。
益荒男が、口を開く。
「……お前は、その量産品が気に入ったのか? それなら二~三体くらい用意してやる。世界には、ソレが必要だ」
「君は――」
アラタの袖を、アイが引いた。
隣に立ち、微笑んだ。
「私は、アイ。――旅人だよ」
その言葉を聞いた益荒男。目を、口を丸くする。
「だ、そうだ。生憎だが、僕には無二のパートナーが既にいるからな。お断り、だ」
「…だっはっは! そうか。つまんねえな。――だが、おい。どうする? アイと言ったか。分かってんだろ?」
尚も、言葉を止めない益荒男。震える足で、大地に立つ。
「世界は、常にズレ続けている。そいつは、その緩衝材だ。…今日だ。今日、そいつが命を燃やさなければ、世界は滅ぶ」
アラタは、アイを見た。
アイは、頷く。
「うん。…そうみたい。私の場の力は、世界を整えるのに、最適」
「……人を犠牲に、世界は続くのか…?」
「そうだ。ずっと、そうしてきたんだ」
益荒男は言い切って、大地に倒れ伏した。
荒野に立つ、アイとアラタ。
風が、二人を撫ぜる。
「…アイ。僕は、君がどんな――」
「アラタ」
アイはそっと、アラタの手を握った。
揺るぎない瞳で、アラタの瞳を見つめる。
「私は――ユノが、ユナさんが、コラルじいが、レミノさんが、好き。それに、アラタが大好き。……だから私は、みんなが明日も生きる世界を、守る」
アイが、微笑んだ。
二人は、互いに視線を逸らさず、見つめ合う。
握る手は、強く握りしめられた。
「――分かった。…僕も、行こう。君の力は、僕が泳ぐことで方向を変えられる。世界を、安定させられるかもしれない」
「……それは、でも、私は」
「大丈夫だ。二人なら、結果だって変わるかもしれない」
恐る恐ると、アラタを見るアイの瞳が、揺れる。
アラタは、強く頷いた。
――その日。世界を、大きな光の球が覆った。
光に包まれた人々はほんの一瞬、暖かな感覚を覚えた。
□□□□□□□□□
暖かな陽だまりの差し込む、木陰の下。少年の膝に頭を乗せた少女が、静かに涙を流す。
「また、泣いちゃったね」
「むー。でもね、やっぱり好きだな」
少女は目をこすり、にこりと笑った。
少年は、その髪を手ぐしで梳きほぐす。
「ねえ、また今度…今度はゆっくり、この旅のあいだのいろんなお話を、してね…」
そのまま寝入ってしまった少女の、涙をぬぐい薄布を掛ける少年。
木陰の下で、少年は柔らかく微笑んだ。




