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秘密 ―いつか、あなた達に言わないといけないこと―


公煌と美咲の母、栄美子と父、幸一は親同士が決めた許嫁というものだった。


物心ついた頃から家族ぐるみで将来を約束された2人。年頃になり、することなすこと認められていたが、唯一許されなかった――夫婦の営み。


成人するまでは清い関係でいること。


しかし、愛し合う2人は無知故に具体的なことを言われていなかったので、興味関心が尽きず禁じられたことをしてしまい、栄美子は妊娠した。

「おいおいおいおい、嘘だろう? 嘘だっ!」

処置室で頭を抱えたのは、救急車で運ばれてきた栄美子を診た幸一の父(公煌の祖父)、公明こうめいだった。

診察室でうろうろと、絵に描いたようなうろたえ様。担当医としてバトンタッチされた産婦人科は院長の突然のご乱心に言葉を詰まらせた。

栄美子は、いつも優しいおじ様が、怒っているように見えて、涙目だった。

「何週だ!?」

「五週目というところですね。心拍確認できます」

「先月の誕生日、確かに外泊許可したが。ダメでしょう、約束したよね?」

栄美子は頷いた。

「ごめんなさい。赤ちゃんができるなんて、思ってなくて」

「避妊したの?」

「したけど、その……ごめんなさい」

2人だけの秘密を、相手の父親に責められることになるとは思わず、下を向いた。産婦人科医は院長のデリカシーのない発言に咳払いをした。

「落ち着いてください。息子さんも呼びますか?」

院長は宙を睨み、声を荒げる。

「来週中絶する! 六週目にすぐだ。手続きを急いでくれ」

「いや!」

栄美子はお腹を抱える。

「ダメです、なんで? だって」

いきなり赤ちゃんの存在を伝えられて、いきなり中絶という単語を聞いて、栄美子は動揺した。愛する人との愛の結晶を手放すことは出来ない。

「院長。酷いですよ」

「最低です」

「あなたのお孫さんですよ?」

その場にいた大人全員が公明に冷たい視線を向ける。

「だが、現実問題だな。息子の幸一も、栄美子ちゃんも、まだ15歳なんだぞ」

受験シーズン真っ只中。誕生日くらいは息抜きに恋人と過ごすことを許可したが、こんなことになるとは思わなかった。年頃の愛し合う男女を2人きりにしてしまったことを後悔した。この前まで、子供だったと油断していたのだ。立派な女性に成長した栄美子は涙を流した。

「どうして、そんな酷いこというんですか?」

「成人してからのことは2人の計画ですが、今は我々の扶養下にあります」

大事な娘さんを傷つけてしまったという負い目もある。


すぐにでもなかったことにしたい。


酷いことを言っているのは百も承知だったが、後で恨まれても仕方ないと公明は覚悟を決める。

「きっと、栄美子ちゃんのお母さんもお父さんも私と同じことを言います」

「え、ママもパパも赤ちゃんを?」

目に涙を貯めて、栄美子は驚いた顔をする。

「そんな……」

祝福されたことしかなかった女の子は酷く落ち込んだ。

「大事な話ですから、あとはご家族でやりましょう。院長、よろしいですか? 今夜は入院です。貧血状態なので」

産婦人科医から、適切な説明を受けたが、栄美子は上の空だった。


ただショックで、信じられなかった。


産んではいけないと言われる命なんて、あって良いわけがない。否定されたことに、涙が止まらない。祝福されるべきことなのに、どうしてそんな酷い選択を自分ではない人たちが決めるのか。

納得がいかない。しかし、抗える手段がなかった。


栄美子は言われるがままにしてきた。誰かが望めば全てを与えてきた。それが親だろうが、教師だろうが、見知らぬ人だろうが。望まれたことを叶えるのが悪いことなんて知らなかった。利用されるという発想はなく、どこまでも真っ白の世界で生きていた。


若すぎる母は、病室で一人顔を覆い泣いていた。

「栄美子」

「幸一、わたし」

ベッドの上、真っ青な顔で涙を流す恋人の手を幸一はそっと握りしめた。

「具合、悪そう」

「すごく気持ち悪いけど、それ以上に辛いよ、悔しいよ。悲しいよ、いやだよ」

妊娠の事実を告げられてから、栄美子の目から涙が止まることがなかった。


子供を諦めろというのは、大人たちの総意だった。


反対するのは、栄美子と幸一だけ。どれだけ子供2人が嫌だと駄々をこねても、こればかりは許されないと首を横に振る。2人ともこんなことは生まれて初めてだった。今までどんなわがままも大人たちは叶えてくれる存在だったからだ。

「逃げよう」

「でも、2人だけでどうしたらいいか。私たちまだ子供だよ?」

お金もない。家に居れば将来は約束されている。しかし、お腹の子供は死刑台の上にいる。生きた心地はしない。

「俺は、ずっと栄美子の味方だ。父さんが変なこと言ってごめんね」

栄美子は首を横に振る。

「ご、ごめんなさい」

「2人の責任だよ、それに俺、嬉しいんだ。栄美子と夫婦になれる、ずっと一生一緒だ」

何百万回も聞いている言葉だか、今は心強い。たった数日間でも、3人だけの時間を過ごしているこの瞬間が、とてもとても大事で、栄美子はまた涙を流した。


***


治臣は、目の前で母親から聞いた話をしながら、何かの課題をこなす男をガン見した。公煌が顔を上げると、目を見開いた幼馴染に苦い顔をした。

「言いたいことは分かる」

「たった数ミリの頃からお前、修羅場だったんだな」

「君の母上様がいなかったら、俺は生まれていないからな」

治臣は頷く。

ここからは、治臣の母の話。


***


20年ほど前、治臣の母、翠は再婚し、娘の公美くみを連れてこの土地にやってきた。

公美は栄美子と同級生で、転校生だったがすぐに打ち解けた。水泳部に所属し、公美は栄美子と並ぶ有力選手になった。2人は部活だけの付き合いだったが、仲良くしていた。


栄美子を救ってくれたのは公美だった。


ある日の水泳部の部活中に、公美がいつもよりタイムが遅く動きがおかしい栄美子に疑問を持った。水の反射のせいだと思っていたが、栄美子の顔は青白かった。いつもよりも明らかに体調が悪いのだ。

志水しみずさん、あなた」

「え?」

調子悪いなとは自覚あるが、明らかに軽んじている。

「早退した方が、よろしいと思います」

「佳山さん、わたし大丈夫最後まで泳げるわ」

心配してくれてありがとうと、綺麗な笑顔を向けられるが、こんな状態の栄美子と泳ぐのは無理だった。公美はコーチに啖呵を切った。

「わたしが志水さんの分まで泳ぎます、彼女は帰ります」

「そんな」

全く意味のないことを、コーチは言われるが、公美の決意は固い。体調の悪そうな選手に無理をさせるのも得策ではない。大人たちは公美の言い分を受け入れて、栄美子はプールサイドから更衣室へ締め出された。

仕方なく帰宅の支度をしていると、どんどん視界がぼやけてくる。誰か助けを呼ぼうとしたところまでは覚えていたが、目覚めときには病院のベッドの上だった。


翌日、栄美子は水泳部を退部した。

様々な噂話の真偽は公美と翠にはわからない。妊婦だった翠が病院で聞いた話。かの名門学園に通うお嬢様の妊娠は、暇を持て余すセレブ夫人たちの格好の餌食ゴシップだった。

「公美ちゃんと同じ部活の子だったわね」

「うん」

翠から見て公美はショックを受けているように感じた。毎日一緒に泳いでいた仲間がいきなり倒れて、病院に運ばれてそのまま退部したのだから、別れのあいさつもなかったのだろう。しかも、同級生の妊娠だ。センシティブな問題だろうと、年頃の娘を気遣った。

「体調が戻ればまた学校に来られると思うわ」

「そう」

公美の口数は少ない。

「ママ、わたし泳いでくるね」

「部活でも泳いだのでしょ?」

「何かしていたいの」

ストレスを感じているのかもしれない。翠は公美を見送った。その後、なかなか帰ってこない公美を心配して、プールに迎えに行った。


そこで翠が見たのは、プールにうつ伏せで浮かんでいる愛娘だった。


***


今度は、公煌が顔をしかめる。

「翠さんがプールに飛び込んで助けたのか?」

「そりゃ、そうだろう。俺がお腹の中にいたけど」

「お互い、胎児の時から修羅場だな」

長い付き合いだが、こんな繋がりがあったとは驚きだった。

「公美さん、俺の姉さんが生きていたら、お前のお母さんと同じ年だ」

「なんだかなぁ」

想像も出来ない。


「で、その姉さんが浮かんでいたのが、ここ」


美咲が必死に泳ぐ水面を指さした。

「佳山家、所有のプールだもんな」

ここで人が死んでいたなんて、初めて知った。

「俺も昨日知った」

公煌と治臣は生まれた頃から一緒に遊んでいる。同級生だし、生まれた病院も、その後辿った、保育園、小学校、中学校、高校、大学まで同じ。きっと就職先も、公煌の家が経営する病院だろう。公煌の家はこの地域で一番優秀な医師一家、仁稲家の家系だ。

佳山家も由緒正しい地元の名手。家柄が良いので、親たちは教育もこだわり、栄美子が卒業した名門学園で一貫教育を受けてきた。母、栄美子の家、志水家も佳山家と同等の名家だ。維新前からの何かとは聞いている。世が世ながら、お城に住んでいるとか。そんな母の家のことだ。きっと、手段は多いだろう。

「卒業できたのか?」

「母さんの家も太いからな」

志水家と仁稲家は由緒正しいお家柄とやつだった。それに公煌の祖母たちは同級生で親友だ。だから、父と母は同時期に誕生したこともあり、生まれたときから許嫁という何時代かわからないような約束事に巻き込まれていた。相性が良く、そのまま2人は結ばれ公煌が誕生しているのだから、運命とは怖いものだ。

「在宅学習とかで、卒業と進学の基準を満たしていたのだろう」

「すごいバイタリティーだな」

「俺を産んだあと、看護師にもなったからな」

育児に勉強に仕事に、働かなくても経済的には困らないのに、母は医療従事者としてあり続けている。仁稲家に嫁いだのだから、病院の戦力で居たいのだと、良い笑顔で良く言っている。

「尊敬する」

「そうだな」

若い夫婦は、公煌と美咲ではまだ想像も出来ない苦労の連続だっただろう。

「ここからが、胸クソなんだが」

翠の話の続きだ。


「公美さんのお腹の中にも――」


公煌も母から聞いていた。翠と栄美子の話を組み合わせてみれば、腹立たしい話だった。


***


翠はすぐに救急車を呼んだ。プールに到着した救急隊が見たのは、ずぶ濡れの取り乱す妊婦と、溺死している水着姿と女子中学生。事件性を疑い、救急隊は警察を呼んだ。公美の遺体は司法解剖され、死因の特定と公美の最後の声が拾われた。


公美も妊娠していた。


体内から発見されたのは、鼓動の止まった小さな命の証拠。怒り狂った翠はDNA鑑定を依頼した。その結果は佳山家のトップシークレットとなっている。治臣は知らない。


悲しみのあまり、憔悴し、怒りのあまり、発狂する翠の体調はどんどん悪くなっていった。翠が入院している病院に、栄美子も入院していた。もうすぐ六週目、栄美子は望まない堕胎手術を待っている。公美の死に涙する翠と、今から失う命に涙する栄美子。聞いてもいないのに、誰かが栄美子の可哀想な話を翠に話してしまった。


翠は、決意する。


堕胎手術の直前、これから全身麻酔をすると連れてこられた手術室。泣きすぎて、目元が赤く腫れていた。見るからに可哀想な女の子が大人に囲まれて、また涙を流す。心が壊れてしまうのではないかと、処置しなければいけない医師たちは罪悪感しかない。


バンバンバン!


けたたましい音。静止する声に負けない金切り声。


「許さない!」


栄美子は不思議と恐怖はなかった。


「認めない!」


どんどん近づいてくる女性の声、喧騒。


「おろすなんて、絶対に許さない! 娘の命が! その子の命が!」


栄美子は混乱した。みんな、みんな自分勝手だ。命を諦めてとか、許さないとか。


許せないのは、誰だって同じ。

きっと、後悔する。

一生、許せない。

だから。

お願い。

お願いします。

どうか。


手術室のドアを無理やりこじ開けて、入ってきたのは知らない女性だった。


お腹が出ているようにも感じる。妊婦なのだろう。でも、どうしてここに? 唖然とする関係者をよそに、真っ赤な顔をした女性は、栄美子に向かってくる。

「産みなさい! 絶対に貴方は、子供を産むの。公美の命が無駄になる!」

「え?」

転校生の同じ水泳部の佳山公美。栄美子が具合が悪くなった時助けてくれた女の子。出会って日の浅い2人だったが、一緒に並んで泳いでいた仲間だ。栄美子は混乱していた。

「佳山さんが?」

「公美は亡くなったの! 一昨日、プールで。だから、お願いだから公美のためにも、無駄にしないで、あの子のあの子の想いを」

そういうと、その場で座り込んで泣き崩れた。

「お腹に、赤ちゃんがいたの、だから、あなたは、公美の分も、お願い。お願いだから、おろすなんてダメよぉ!」

麻酔を打たれる直前のこと、動く体を栄美子は起こした。もう、誰がなんと言っても、決めた。


「わたし、産みますっ!」


施術台から降りた若き母は、床で泣き崩れた翠の手を取った。

「佳山さんは、佳山公美さんはわたしの大事なお友達です。聞かせてください。私のこと助けてくれたんです」

「うっう」

誰も、2人を止めることはできなかった。担当医は、心身の安静のため、2人を病室へ送り届けることに尽力した。


その後、病院は混乱した。

親族は堕胎を強行させろと言い続け、母、栄美子と父、幸一は産む決断をする。赤ちゃんの親である2人の意見を尊重するのが第一だ。病院は子供たちの意思を尊重することが世間一般の常識だとして、親戚たちを説得し、仁稲家と志水家を納得させた。最終的に公煌と栄美子の両親は味方になってくれ、無事に公煌誕生となったのだ。


あのタイミングで、翠が来なかったら公煌はこの世にいなかった。栄美子は話ながら当時の様子を話すと翠への感謝を繰り返した。


***


バシャバシャバシャ


一定の水音が変化する。今まで美咲一人が泳いでいた音が、まるで複数人で泳いでいるような水音に変わった。公煌と治臣はプールを見る。美咲は泳ぎ続けている、それを追うように、水のしぶきが上がっている。

今日も、あいつがきたのだと治臣と公煌はプールに飛び込んだ。

「美咲! 出ろ! 昨日のやつだ!」

声を上げるが、聞こえていないみたいだ。

2人は美咲に向かって泳ぎ出す。しかし、水中で足をつかまれるような感覚。きっと、美咲も水中でこれを感じて逃げているのだろう。

「くそっ」

「公煌!」

治臣も同じ目にあっているのか、浮いたり沈んだりとを繰り返す。昨日の美咲と同じ、溺れているような仕草の後、沈んだ。沈められたのだ。そう、それは。

「はるっ、あ」

もちろん、公煌にも襲いかかった。

沈む、沈む、沈む、水の底、音が消えて、何もかも滲む世界に見えたのは。


***


これは、誰の記憶か真っ先に検討はついた。


「やめてください」


か細い、女の子の声、気持ち悪い男性の声。

「拒否権はないんだ、公美ちゃん。これから一緒に暮らす家族だよ。お父さんの言うこと聞いて。お母さんもそう望んでいる。なかよくしよう」

「いや、お願いです、怖い」

それは、恐怖と嫌悪。暗く滲む少女の拒絶を、乱暴にねじ伏せる存在を感じた。


次に、プールサイドで聞こえるような少し響く声たち

「栄美子ちゃん、水泳部辞めたんだって」

「彼氏と結婚するらしいよ」

「赤ちゃんできたって」

「ええ!? やばい、お嬢様だとそういうのも早いの?」

「ちょっと、やめなさい。2人って生まれた時から決まった仲なんだよ」

「すごいね」

「好きな人とならいいんじゃない?」

「学校辞めるのかな」

「お腹大きくなって登校とか、授業とか出来る?」

「幸せになれたらいいね」

バシャン! 飛び込む音。


『いいな、いいな、志水さんは、いいな。好きな人と? わたしなんて、あんなおじさんに! わたしは違う。わたしは違う。絶対に違う。妊娠なんてしてないんだっ! まだ泳げる。ずっと、ずっと、泳げるから。気のせいだ、嘘だ、わたしは、絶対に』


妊娠なんて――


水底に沈められた3人が見たのは、公美の記憶かもしれない。


一瞬のことだったはずだ。呼吸が急に出来ないことに気付いて、水中で足掻く。気づけばプールの中ではなく、水柱が上がっていた。水流が上へ上がり、3人の体を押し上げている。


水中で見た記憶はどんなにつらかったか、どんなに怖かったかを一瞬で知ることになった。


『いいな、いいな、ねぇ、わたしも幸せになりたい』


公煌は美咲だけでも水から出せないかと手を伸ばす。しかし、水の壁のような水流に阻まれる。何かが美咲を確実に捕らえていた。


「  『いいな、ねぇ、代わって?』  」


美咲が何かに奪われる。危機感が公煌と治臣を必死にさせた。嫌だ、奪うな。必死に足掻く。


バン!


水中にも伝わる衝撃の後、女性の声がプールに響いた。


「公美ちゃん!? 公美ちゃんなの!? ママよ! おいで!」


バザンッ!


3人を捕えていた水柱が水面に落ちる。本能で3人は水面に顔を出して、必死に呼吸をした。一気に空気が肺に送り込まれ、咽まくる。呼吸を整えながら、美咲の腕をつかんだ。会話はまだ出来ないが、プールサイドになんとか、上がる。

「っ、はぁはぁはぁ、かあさん、あ、ありがと」

治臣が女性に向かって言う。しかし、女性は放心状態だった。涙が流れている。水柱があったあたりをじっと見ていた。

「っ、あ」

公煌は、治臣の母、翠を見て気がついた。


自分を見ていた気配が、翠に向いていることを。


公煌が生まれつき感じていた気配は、もう自分への関心を失くしていた。20年間悩まされていた視線から解放された瞬間だった。

「さき」

次に心配したのは、荒く呼吸は繰り返す妹のこと。長い間3人とも水中に捕らわれていたので、呼吸が整うのに時間がかかった。幸運にも、3人とも水泳を長くしていたので、大事には至らなかった。病院へ行くことも進められたが、少し休めばまた泳げると思える。


「治臣、わたし」


翠がやっと息子を見る。放心状態から現実の世界に返ってきたような表情だ。瞬きを繰り返すが、涙は止まらない。


「久しぶりに、娘に会えたの」


声は震えていた。嗚咽混じりに必死に伝える母に、治臣は全部理解して、母を抱きしめた。

「うん、うん、そうだよ。会えたね。そうだね」

治臣の声は怒りと悲しみに満ちていると、長い付き合いで感じ取った。水中で見せられた記憶が真実なら、公美のお腹の子はきっと。誰も、言葉にすることはなかった。


それ以来、プールでの怪異は一切、起こらなくなった。






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