第6話 余韻と誓い
花火大会の興奮が冷めやらぬまま、仁と光は河川敷に赴いた。
翌朝の河川敷は静けさに包まれていた。真夏の朝特有の湿った空気と、昨夜の燃え殻が焦げ付いた、火薬の匂いが混じり合う。仁と光は、黙々と燃え殻を拾い集めていた。いくつもの火薬玉が夜空に散った後、地上に残るのは、この小さな燃え殻だけだ。
「これが、俺たちの跡だな」
仁は、そう呟くと、黒く焦げ付いた紙の塊を拾い上げた。
それは、昨夜の歓声と感動の、唯一の証だった。
光は何も言わず、ただ頷いた。言葉は必要なかった。二人の間には、昨日の一発が、確かな信頼を築き上げていた。
しばらくして、光が口を開いた。
「…社長、聞いてくれますか?」
仁は、手を止めて光の方を見た。
光の顔は、昨夜の誇らしげな表情とは違い、どこか寂しげだった。
「…俺が、派手な花火にこだわったのは、母が好きだったからなんです。母は、身体が弱くて、もう何年も花火を見に行けてない。だから、音楽と一緒に、空に響かせたかった。母の好きな曲を、どうしても、母に聞かせたかったんです」
光は、そう言うと、涙をこぼした。
「でも、俺の考えは甘かった。派手さだけじゃ、人の心は動かせない。社長が教えてくれた『魂』が、なければ…」
光の告白に、仁は静かに耳を傾けていた。
光が花火に込めた想いが、こんなにも純粋で、そして深いものだったと、仁は今、改めて知った。
「いい玉だった」
仁は、そう短く答えた。その言葉の中には、光の想いへの共感と、花火師としての光の成長を認める、静かな誇りが込められていた。
光は、仁の言葉に、嬉しそうに、そして少し照れくさそうに笑った。
---
作業を終え、工房に戻ると、泰三が火鉢のそばに座って、二人を待っていた。泰三は、病み上がりの体で、わざわざここまで来てくれたのだ。
泰三は、仁の顔を見ると、何も言わずに静かに頷いた。そして、一言だけ、短く告げた。
「あれでいい」
その言葉に、仁の心は、長年のわだかまりから解放された。父に認められた。
父の言葉は、仁にとって、何よりも最高の褒め言葉だった。
仁は、その場で、父に深々と頭を下げた。
「ありがとう、親父」
仁の言葉に、泰三は、嬉しそうに、そして少し寂しそうに笑った。
---
その日の夜、仁は、自分の部屋で、ノートを開いた。
そこには、父の世代から受け継がれてきた、花火の設計図や、火薬の配合、そして花火師としての心得が、びっしりと書き込まれていた。
仁は、新しいページを開き、鉛筆を走らせ始めた。
『二重の昇り牡丹』
仁は、新作花火の名前を書き込むと、その下に、来年の花火の構想を書き始めた。光のアイデアを取り入れた、新しい花火。
それは、伝統と革新が融合した、仁だけの花火だった。
「また、来年もやるぞ」
仁は、そう呟き、ペンを走らせ続けた。夜空には、満月が輝いていた。
まるで、仁の花火師としての、新しい旅立ちを祝福しているかのようだった。




