第一話 「借金と公安」
俺は高校の学費を両親が倒れたことをきっかけに払えず中退した後、日々日雇いや土木工事などに明け暮れ、自分のやりたいことを見つけられず、今年ついに二十歳を迎えた。
夏の夕立が去ったあとの空気は、まるで誰かの吐息みたいに重く湿っていた。全身にまとわりつくようなその粘っこい空気に辟易して、俺はふらりとコンビニに入った。
冷凍ケースの前で立ち尽くし、手に取ったのは128円のチョコアイス。贅沢だと思いながらも、今日はもう我慢の限界だった。
今日は一段と気持ちが悪い。親が倒れた後、親の会社も倒産。俺に残された借金は——
通帳の残高を見て、俺はさっきのアイスをかじるたびに胃が痛くなった。親が倒れたあと、会社も巻き込まれて崩壊。残されたのは3億4000万の借金。——たった128円のアイスが、今の俺には地獄の甘味だった。
今日も俺は派遣先のお偉いさんに怒られて、めちゃくちゃイライラしていた。
すると、そこへ——
「ご同行願います」
いきなり俺の前に現れた、細身で黒ネクタイのスーツの男がそう言った。
「誰だよお前」
俺はただでさえ、今日一日の肉体労働で疲れていたから早く帰りたかった。
「私は国家公安委員会の者です」
公安? おいおい、俺なんかしたか? 確かに違法サイトでAV見てるけど、それは仕方ないだろ。金がないんだ。
「公安って一体何の用なんですか!」
俺はもう日が暮れた住宅街の路地で出すには大きすぎる声で怒鳴った。
「詳しくは後で話す。とりあえず来てください」
「後で話すって……もう俺行くんで、どいてください。てかこれって任意ですよね」
俺はその男の横を通り過ぎようとした。
「お前の人生、変わるかもしれないぞ」
俺は頭にきた。親が倒れて以来、一日も休まず働いてきたんだ。この苦しみ、警察なんて安定した職に就いてる奴に分かるわけがない。
「てめぇに俺の何が分かるんだよ!」
俺は振り向いてそいつを睨んだ。
「いつも三食、値段も気にせず食えるようなやつに、何が分かるって言うんだよ!」
「お前の借金が……3億4000万だな」
男は鞄から書類を取り出して言った。
(おい、なんでこいつ知ってんだよ)
俺は借金額を知られていることよりも、検索履歴を見られていないか心配になった。
「お前、なんで知ってんd——」
「もし返したかったらついて来い。このままの人生がいいんだったら、そのまま行け」
俺は考えた。公務員の給料で三億も返せんのかよ……でも、このままだったら一生この生活だよな。
俺はこの時、数年ぶりに頭をフル回転させた。そして俺が出した答えは——
「……わかった、行くよ」
こう返事する以外なかった。
「よし、じゃあ決まりだな。このまま行くぞ」
ーーこうして俺のどん底人生の歯車が少しずつ動き出した。