眠りの中の製本室
白百合は、見る夢ではない夢を見た。彼女は夢のなかで「綴っていた」。手にはシルクの白手袋、足元にはふかふかとした音のない絨毯ーーどこか遠くの、全く知らない、しかし懐かしい製本室であった。
天井の高い部屋には本棚が何層にも積まれ、綴じられずに零れ落ちた名もない頁と、本になりきれなかった夢の断章が、香りと余白だけをまとって静かに揺れ、収まっていた。
「ここではね、夢が本になるの」
あの少女の声がした。白百合が振り返ると、少女は本の表紙を一つ一つ手で撫でていた。製本ーー否、記憶を包むための祈りの作業だった。
「夢って、読まれることで形になるの」
白百合が問いを投げると、少女はうなずいた。
「でもね、読まれるだけじゃだめなの。誰かに渡されなければ、本にはなれない」
そこに白薔薇が、銀のトレイに小さなティーカップを二脚乗せて現れた。一つはアッサムにローズを一滴垂らしたもの、もう一つはカモミールとオレンジピールのブレンドだった。香りが言葉よりも先に、夢の繊維に染みこんでいく。
「これが『手渡す』ということでいいのかしら」
白薔薇の言葉に少女が笑った。
「香りは、手紙にも本にも橋にもなるの。だから、お姉様方がいれば、夢は本になれる」
机の上には、開きかけの夢が一冊。白百合がその頁に指を添えれば、文字が浮かび上がった。
ーー
ようこそ、夢の図書室へ。
ここでは、未完の物語が紅茶の香りで綴じられます。
読む者がいて、注ぐ者がいて、気づく者がいれば、どんな夢も物語に成れます。
ーー
少女が本の背にリボンをかけると、ページが一冊に綴じられていき、その装丁にタイトルが浮かび上がる。
《Hand to Hand》――香りと静けさで綴られた夢の手製本。
白百合と白薔薇は目を細めた。これは一輪だけの物語ではない。三人で淹れたひとつの時間の本。そして、次の夢の製本が始まる。