香りの返書
白百合はそっとリボンを解いた。静けさの封筒の中には、夢を綴じた手紙の残り香ーーバニラと白木蓮、そしてほんのかすかな遠い紅茶の記憶。白薔薇は手紙に鼻先を寄せ、瞳を伏せた。
「これはあの子の、初めての夢」
「そしてあの子の、初めての『誰かのための言葉』」
白百合はもう一杯紅茶を淹れた。花の蜜に似た柔らかな香りが、朝の机の上に湯気を描く。どちらともなく話すこともなく、便箋ではなく香りで 返事を書くことになっていた。白百合はティースプーンの背で乾いたミントの葉を一枚潰し、白薔薇はティーカップの縁に残った紅のあとをそっと拭った。香りでしか綴れない手紙ーー読まれるためでなく「感じられるため」に生まれたものだった。
白百合と白薔薇は、夢を読む少女の本のあいだに一滴の香りを落とした。ミントと薔薇、そして静かな朝露の香りだった。それは手紙というよりもむしろ“夢の栞”と名付けるのが正確であろう。その香りを受け取った者だけが、再び夢のページをめくることができる。夢は香りで返され、記憶は香りで封をされる。
ーーわたしたちも、いつかあなたの夢の頁の片隅に座っていられますように。
朝が満ち、カップが空になる。物語の続きは、また誰かの香りに託される。