夢綴じの手紙
夜、少女は再び書斎にいた。しかし、いつもとは違い本を開くことはしない。机の上に便箋と封蝋を出し、インク壺には昼間に摘んだ白木蓮の枝を一本、夢の芯として差していた。白百合と白薔薇の残した余韻が溶ける空間で、少女はペンを手に取った。
ーー
親愛なる、白い花のお姉様方へ。
あなた方が、夢を読んでくれたこと。
あなた方が、紅茶に香りをくれたこと。
あなた方が、沈黙に名を与えてくれたこと。
それらすべてを、わたしは「時間」と呼びます。
だって、あなた方と過ごしたひとときだけが、わたしが確かに存在した瞬間だから。
ーー
少女はその手紙を、読みかけの夢の一節に寄り添わせようと、香りの図書室から持ち帰った本の間に挟んだ。本の頁が、風もなくゆるやかに閉じる。遠くで時計の針が音を立てた。
* * *
白百合はティーカップを手にしていた。薄く差す朝の光の中で、彼女は紅茶の香りに見覚えのない手紙があるのに気づいた。
ーー香莢蘭と紙の香り。
「あの子ね」
そもつぶやきに、白薔薇が頷いた。
「香りが手紙になることもあるのね」
白百合はティーカップを少し傾けて笑った。
「お返事を書きましょう」
ふたりは静かに紅茶を一杯淹れ直した。香りのインクで書かれた手紙は、頁のない夢の奥底へと、また風もなく音もなく綴じられてゆく。