夢を見ない少女
書斎には、読書灯が一つ。縁に細やかなレースをあしらったランプシェードが光をやわらげ、チッペンデールの机の上を照らしていた。鈴蘭のドライフラワーが挿された薄紫のガラス瓶が、傍で息をひそめている。机の上には赤茶の革装丁の本が一冊開かれていたが、そのページに視線を落とす少女の瞳は文字を追ってはいなかった。
彼女は夢を見ない少女だった。夢を思い出せないのではない。夢が訪れたことが一度もないのだーー幼い頃から。どれだけ静かに眠ろうとも、深くまどろもうとも、朝がくればただ無音とともに目が覚めるだけである。
ーーなぜ私には夢が来ないのかしら。
少女は書斎の大きな柱時計を見上げた。振り子の音だけが彼女の時間を刻む。
ーー寝ているときのことを、忘れているわけじゃないわ。ただただ、そこには何もない。
誰に向かって発されるでもなく、言葉は空気に染みこんでいった。少女は本を閉じ、ベッドへと向かう。ランプの灯りを消すと、部屋には帷が降りた。
***
耳元で紙の擦れる音がした。目を閉じたまぶたの裏で、白いページが一枚開かれる。しかしそこに文字はないーー一方で、香りがあった。
ーー紅茶の香り。とても古い、誰かの記憶と混じり合った、時間の香り。
少女はまどろみのなかで、初めて夢のようなものに触れた。それは物語だった。しかし、語られることのない、ただ存在としてそこにあるだけの幻想だった。
彼女はその夜、夢を読むことを覚えた。
***
翌朝、書斎の机には一枚の便箋が置かれていた。
『夢を見ないあなたへ。あなたは誰かの夢の余白として生まれてきました。ですから、あなたの眠りには静けさがあり、またその静けさの中には誰かが置いた未完の物語があり、あなたはそれを読む者なのです』
少女はその手紙を胸元にしまい、次の夜もまた、ランプの下で本を開き、その後眠りの中で、誰かの夢の続きを読むのである。