2-01:氷竜の背中
この国に棲息するのは、飛竜の中でも氷竜という種類だ。
普段は大人しいと聞くものの、攻撃力はすさまじく、飛行速度は風竜に継ぐ二番手らしい。体長は中型というのに、馬車よりも大きいからびっくだ。
獰猛さを感じさせる銀の瞳に、白い鱗に覆われた体。犬のようにお座りしているものの、足の爪は人の腕よりも太かった。
もっと、優雅な生き物だと思っていた。
マリスタは、安易に竜へ興味を示した事を、早くも後悔している。絵画や図案化された竜達は、鋭さの中にある繊細さが美しく、決して迫力を感じる事など無いものだった。
「マリスタ?」
彼に名を呼ばれてしまえば、行くしかないのが世の常だ。そろりと広場に出て行くと、三頭の竜が揃って顔を向けてくる。身がすくみそうだ。飛びかかってきたら、どうしよう。
「おいで」
「オ、オルヴェールさまっ!」
慌てて走り寄り、隠れたくてマントを掴む。からかうように笑われても、怖さのあまりに言い返せない。ただ、何かの気配に顔を上げると、竜の頭はすぐそだった。こらえ損ねた悲鳴がもれる。
「大丈夫、怖くないよ」
彼はその鼻面を撫でながら、無情にも逆の手でマリスタの背中を前に押し出した。牙の並んだ竜の口は目の前にある。
「か、かじる?」
「まさか」
また小さく笑われる。竜にも不満そうに喉を鳴らされ、こわごわ顔を上げてみた。猫よりも鋭い銀の瞳は「誰?」とでも言いたげだ。
「その牙はね、雪や氷を食べるから、鋭いんだよ。言葉はあまり話さないけど、こちらの言語はよく理解している。挨拶してごらん?」
そう言う彼の薄い笑顔は、選択肢は無いよ、とでも言いたげだ。そうなるとマリスタは、早々に白旗を上げざるを得ない。
大人から窘められる、以前はそう感じたこの態度。しかし今となっては、皇族が要求を押し付ける、絶対的な何かのようにも思えてしまう。マリスタは意地で声を張り上げた。
「こっ、こんにちはっ!」
突如、挨拶という見えない圧がぶつかってきた。百人くらいが一斉に「こんにちは」と叫んだような衝撃だ。ふらつく体を、オルヴェールが抱き止める。
「氷竜は耳がいいんだよ。普通に話して?」
囁く声と支える腕に、権威に塗り替えたはずの認識は、あっという間に逃げ出していく。優しいから、頼ってしまう。嫌いになりたい。もっと意地悪な人ならいいのに。そう思う機会すら、滅多に訪れないとは、どういうことか。
「オルヴェールさま…………」
背後を見上げて非難込める。命令はしない。何時だって、彼の言葉と態度に音を上げて、先に折れるのはマリスタだ。
だからといって、何でも言うことを聞くとは、思わないで欲しい。今日こそは毅然と、嫌な女になったって構わない。
そう思って、自分を奮い立たせる。
こんな怖い思いをさせられたのだ。たまにはガツンと…………そんな意気込みも、目尻に唇を寄せられては続かなかった。
「ごめんね」
今日に限って、彼の態度が何時もと違う。あまりの所業に、頭の中は真っ白だ。
「先に講義をした方がいい? 部屋に戻ろうか」
部屋に戻ったら、まずいのでは。動かない頭で考える。だって、白昼堂々、口づけられてしまった。
唇ではないと言っても、彼がそれを人目に晒した意味は大きい。
このまま寝室に連れ込まれても、誰も助けに来ないだろう。しかも秘密とはいえ、正式な婚約済みの加護紙まである。大義名分すら成立済みでは、抗議もできない。
まさか。
記憶の中を巻き戻す。あの時、彼の身分を知った夜。
嫌だとマリスタは、確かに言った。皇子である彼が、跪いてまでした求婚の返事を、だ。
その時は残念だとの一言で、あっさりとして軽かったから、本気にしなくて良かったと思ったほどで。それにもちろん、傷付いて…………
一度断わったその婚約は、市井を三月彷徨って、後ろ暗い仕事に手を染めたせいで、とうとう本契約になってしまったのだ。
そこまでは、しないはず。
きっと何かの都合があるのだ。だって皇族の婚姻は、一生に一度の特別なもの。相手がマリスタだなんて、不幸すぎる。でももし実力行使に出られたら、釣り合わない身分や教養さえ有耶無耶にされそうだ。
残念と、彼はそう言った。分かったでもなく、諦めるでもなく。不敬と責める事もなく。
「マリスタ?」
紫の瞳に見つめられ、憂いはどんどん危惧になる。もはや、あんなに怖かった氷竜ですら、救いに見えるほどだ。
彼が公の場でマリスタを望めば、今度こそ拒否権など存在しない。皇室に嫁ぐなんて、絶対に無理なのに。どうして、分かってくれないのだろう。
「殿下! わ、わたし、竜に乗ります! 乗りたいです!」
目の前の逃げ道。空の旅。お部屋行きはどうにもマズイ、そんな気がする。氷竜は味方。何としても仲良くなって、乗せて貰わないといけない。
えいやと、思い切って手を伸ばすと、生暖かい鼻面が擦り寄った。ぶるりとマリスタは総毛立つ。一族揃って氷面などと言われていても、普段動かない顔の皮膚が大きく引きつったのが分かった。
しかし竜にしてみれば、人に手を伸ばされたというのは、触れてもいい合図だ。
手を押し返されたと思った時には、その大きな顔が、マリスタの腹に擦り寄っていた。匂いを嗅がれた事に気付き、ふっと意識が遠くなる。故郷の灰色がかった空が脳裏をかすめて、ハッとした。倒れている場合ではない。
曇りがちなディアバーグに比べたら、快晴の空ではないか。しかも眼の前には、伏して首を伸ばすおかしな竜が…………どうして犬みたいに、匂いを確認されるのだろう。
まさか、変な油を塗られているせい?
それで美味そうだ、と思われているのかもしれない。マリスタの怒りは再燃した。自分は焼く前の香草焼きではないのだ。何故入浴後に、油を塗られなければならない。
しかもこちらにも、拒否権がないときた…………いやがらせなの?
あり得る。人に好かれない事に関しては、誰よりも自信があった。竜の顔を押し返し、マリスタは剣呑な空気をまとわせた。
「わたしは美味しくありません。だから油を塗られているわけで、それさえなければ、美味しい気配すらいたしません。いいですか、あなたが感じているのは、一時的な何かです!」
「マ、マリスタ?」
珍しく戸惑う声が聞こえてきても、ここには譲れないものがある。
「あなたは誇り高き帝国の騎竜! 庶民に手を出してはなりません! 食べるなど以ての外!」
一気に言って荒く息をすると、何故か周りから拍手があがった。何故と辺りを見回すと、爆笑している騎士もいる。人垣の中から手を叩き、一人の男が近付いてきた。マリスタを捕まえた騎士、バダンディール准陸尉だ。
「大佐殿? 白昼堂々、無理強いは宜しくありませんよ」
「なんのことかな? どうせなら君に、軍規の学び直しを強要したいね」
「おやおや、何か命令などありましたかな?」
「高等院に編入させてもいいんだよ?」
優雅に笑うオルヴェールに対し、くだんの騎士は役者のような大振りで礼を取ってみせた。
「これは失礼しました!」
「いいのかい、もっと上を目指せるよ? 君は、命令される側には向かないようだ。推薦してあげよう」
「い、今の官位で十分です。そんなに怒ることねぇのに!」
堂々と溜息つく彼を、他の騎士達がやいやと囃し立てる。皇子と知らないのだろうか、とマリスタは青くなった。その時、軽薄な騎士と目が合う。逃げろ、と口が動いて見えた。
准陸尉は、虫でも払うような仕草で手を振って、ふざけた顔が人の悪い笑みになる。それも、オルヴェールが前に立つと見えなくなった。辺りがどんどん騒がしくなる。
まるで砦中の人達が、ここに集まってきたようだ。
「マリスタ、行こう」
背中を押され、人だかりから広場の端に移動する。すっかりあの騎士は苦手になっていた。でも彼は、もしかしたら身を張ってでも、この皇子様の気を、逸らしてくれたのかもしれない。だから、良い人なのかも?
でも、そんなに危ない事を、してくれるだろうか。
自身に問えば、答えは否だ。人はいつか裏切って、機嫌が悪いと殴ったりする。
思い出しては嫌われやすさに落ち込んで、好かれる尊さを羨んだ。誰かに見られる事すら、苦痛に感じるようなのに。
――――誰か、オルヴェールさまを。
微笑みかけて、手を引いて。どうしてこの人は、嫌いになってくれないのだろうか。嬉しいのに、泣きたいくらいに、それが辛い。マリスタでは役不足だ。
「どこか悪いの?」
問われて首を横に振る。返事をしなかったせいなのか、彼は膝をついて、顔色を下から窺ってきた。
「どうしたの?」
「ひ、人が、多くて」
「苦手なのは知ってるよ」
紫の瞳に見上げられれば、それは何時かの再現みたいだ。息は喉に詰まって吐けなくなった。
「そんな顔をしないで。少し外野を締め出してくる」
オルヴェールは、何事も無かったように立ち上がり、人だかりの方へと戻って行った。すっと、マリスタは後ろ足を引いく。それから背中を向けて、壁の隅まで走って逃げた。
きっと憐れまれたのだ。
そうでなければ、あんなに素敵な人に望まれるはずがない。だから早く嘘だと言って。もう用は無いのだと。そうすれば、もっと遠くに逃げていける。
市井の賑やかで裏表もない人々に混じって、埋もれて生きていけるのに。
壁際で落ち込んでいたマリスタは、氷竜が二人乗りと聞かされて、固まっていた。
巨大な白竜を前にして、驚きのあまりに声も出ない。馬車より大きいくせに、定員が半分とはあんまりだ。これでは結局、部屋の中と変わらない。
竜達に騎乗装備が進められていくのを、どんよりと見つめるしかない。
持ち手の付いた鞍と鐙は、首の付け根に敷かれた毛布の上に乗せられている。何故に、あんな位置なのだろう。座ったとたん、後ろに転げ落ちそうだ。
「お待たせしました、姫様」
壁の一部に徹していると、騎士の一人が呼びに来た。茶色味のある短い金髪に、灰色の瞳が優しげな笑顔を向けてくる。彼は、面識のある人物だった。夜会で時々、オルヴェールさまに付き添っていた、侍従の一人。
名前は確か、ナンシス・レンダーク卿。マリスタと同じ、学領主の養子を意味する姓を持つ、穏やかな壮年の人物だ。しかし近くに来られると、体の大きさに少しだけ怖さが勝る。
「殿下より、先にお乗せするよう言付かっております。こちらへ」
爽やかな笑顔と共に手を差し出され、それを数秒だけ渋り…………仕方なく指先を、端に少しだけ引っ掛けた。
街暮らしをして知ったのだが、騎士から片手を貸される行為、エスコートは見られただけでも、黄色い悲鳴があがるような代物らしい。一応それなりの教育を受けているマリスタは、こんな手の乗せ方では失礼だと、もちろん分かっている。
でも他人は、何時豹変して殴ってくるか分からない。例え騎士でも、優しそうでも。
「ご不安ですか?」
問われて視線を上げると、殿下ならすぐお戻りになりますよ、とニコニコした顔で言われた。嫌味も不快感もない、いっそ慈愛と言った方がいいような眼差しだ。
言葉に詰まるマリスタを余所に、竜の名前や着なければならない防寒具、落下防止の固定具の説明など、淀みなく話しが進められていく。この人は多分、独り言でも楽しそうに話すのだろう。そんな勢いだ。
ともかく相づちだけは返していると、あっという間に防寒具を着せられてしまった。その上からベルトや金具の付いた、固定具も被せられる。
「登ってみますか?」
「…………の、のぼる?」
動転しているマリスタは、無防備に騎士を見上げた。前髪の影に隠れていた、銀に僅かな紫と水色を持つ、まだらな瞳が露わになる。騎士は嬉しそうに破顔した。
「自分が担いでお乗せしても良いのですが、リーリスは賢くて大人しいですよ。せっかくですので、どうでしょう? 楽しいですよ、竜登り」
どうとは、どういう事なのか。言われた事を整理して、なんと言おうか考えて、困って彼を見上げてみる。笑顔で先を促され、眩しくてつい下を向いてしまった。
「わ、わたし、竜に登った事など、ありません」
「お教えします」
自信満々の声が降ってくる。それだけでマリスタは、挫けそうになった。
「で、でも」
乗せてもらうか、自分で登る。半日くらい悩みたい。そもそも乗りたくもない竜だ。地面の近くがいいに決まっている。せめて、言い出しっぺが来るまでは、と内心ごねて…………ふと、オルヴェールさまが来たら、と考えた。
まず間違いなく、衆人観衆の中、担がれるの一択だ。
マリスタは戦慄した。皇子様に乗せてもらうとは、一体全体何事か。どう考えても不利な目に遭う。
「わ、わたし、登ります!」
「その意気ですよ。さあ、お手をどうぞ」
力強い手に引かれ、尻尾の方から竜の背中によじ登る。呼吸に動く白い背中を踏んでしまって、何だか悪い事をしているような気分になった。
「痛くないかな?」
「痛かったら、文句の一つは言ってきますよ」
すぐに応えを返されて、マリスタは目を丸くした。
「氷竜は文句だけなら、よく言いますよ。良かったら、話しかけてみて下さい」
こくんと一つ頷いて、早くなった胸を片手でぎゅっと掴んだ。独り言など学院で零せば、何が飛んでくるか分からない。そういうものだ。なのに。
「あの、レンダーク卿」
マリスタを鞍前に座らせてから、地面に降りた広い背中に呼びかける。
「ありがとう、ございました」
良い人なのだろうと、そう思う。独り言を、普通の会話みたい受け取って、なんの嫌味もなく答えてくれる。そういう人は、滅多にいない。
「お役に立てましたのなら、何よりです」
綺麗な騎士の礼をして、彼は隣の竜に軽々と飛び乗った。位置は後方だ。それを少し意外に思う。竜には、馬のような手綱は無くて、前は操竜、後ろは指示や攻撃などをする位置らしい。
マリスタは前方席で、もちろん竜など操れない。後方に行くのはもっと無理だ。
近くにはまだ他の騎士もいるので、目が合わないようにと、下を向く。
白い鱗はきめ細やかで、呼吸に上下しては光って見えた。昔から戦争の主役となってきた竜達は、今でもその座にあり続けている生き物だ。
とはいえ、帝国はもはや一強の国。
大きな争いは二代前の陛下の御代に終結し、後の人口増加に伴う警邏の騎士不足を補うべく、さっさと帝国騎士団は解体された。その英断により、今の騎士は軍人という側面を持っている。
当時は反発があったものの、指揮系統はより強固となり、平時は警邏や消防、医療に搬送や土木作業など、多岐に渡って従事させる事ができ、才能があれば騎士に成り上がれる仕組みは、民に広く受け入れられた。
その結果、帝国民はたいてい、軍人を見ても騎士だと思う。
学歴が無くても尊敬されて、憧れを集める為、男子が一度は望む職業となったのだ。
それは市井で過ごしたマリスタにも実感できたし、大体、制服が騎士っぽいのも、憎らしいほどだ。何度追手と間違えただろう。
この政策は雇用先の確保と共に、軍規の厳しさや礼儀を教え、時間のかかる騎士育成すら兼ねるという、大変優れたものだった。
その中でも竜騎軍は、全員が騎士であり軍人という選ばれた人員のみで構成される。彼らの平時業務は、要人警護だ。
夜会に竜騎士が、従僕のような姿でオルヴェールと共に居たのは警護の為であり、それを友人と間違えたのはなんとも痛い失点だった。それに気付けてさえいれば、好きになどなれなかったのに。
竜騎の騎士が仕えるのは、国の要人だけである。注目が集まる場所になど、マリスタは絶対に近づきたくない。
「ご気分が優れませんか?」
俯いていたせいか、竜の機嫌を取っていた騎士に声を掛けられた。青紫色の真っすぐな髪をした彼にも、見覚えがある。答えに悩んでいると、首をかしげてきたので、首を横に振っておく。
「竜とは、お話しになりましたか?」
これにも首を横に振る。その騎士は、水色の瞳を細めて微笑んだ。それで少し考える。せっかく話しかけてくれたのだから、無言は失礼かもしれない。
ただ、話題が何もないのだ。少し辺りを見回して、駄目もとで懸念事項を聞いてみる。
「あの、私の後ろは…………」
にっこりとした笑顔が返答だった。それ以外無いと分かっていても、今は少しだけ離れたい。
ずっと友人で、同胞の距離感にいた彼は、一線をつい今さっき越えてきた。妻にする気は無いのだろうと落胆したのに、本気を匂わされれば逃げたくもなる。その悩みだけで、一生かかりそうだ。
「ご心配なさらなくとも、殿下は操竜術に優れておいでですよ」
それは一応知っている。皇族と知ってちゃんと調べた。問題は、空の上で二人っきりにされる方である。
本気なのか違うのか、友すらまともにおらず、両親も居なかったマリスタには見当もつかない。市井で知った大人の男女の付き合いを、皇族の彼がするとは思えないけれど…………もしも求められたら、鼻血を吹いて気絶するだろう。
そんな姿は、流石に見られたくないのだ。
「で、でも、わたし」
「どうしたの?」
聞こえた声に、マリスタは慌てて口を閉じた。
「デガルを丸め込んで、脱走しようとか、思ってる?」
「思ってません」
名前を呼ばれた騎士は、心外だとでも言うように、左胸に手を置いた。
「僭越ながら、姫様は竜が初めてかと。一人で鞍に乗せられ、固定具を付けられれば、ご不安にもなられましょう」
「そうだね、僕が悪かったよ、一人にしてごめんね」
「い、いえ…………」
そうじゃない、とはもちろん言えない。言えない事だけは、山ほどある。
「怖いなら、やめてもいいんだよ?」
後ろの鞍に座った皇子様は、悪魔のように囁いた。高いところは、多分怖くない。ただ…………向けてくる優しさに、友情以外のものが混ざりだした彼が、今はどうにも怖いのだ。
もしかすると両思いかもしれない。けれど、それを喜べない理由がマリスタにはある。彼が皇子である以上、それは絶対に覆らない。
「オルヴェールさまは、どうして、わたしに構うんですか?」
「その理由、今言っても困らない?」
「…………こ、困ります」
「分かっているなら、いいよ」
口にしたら絶対になる。それを分かっていて、彼は公の場では直接的な事を言ってこない。確信犯なのだ。いや、優しさで言わない、ともいう。
「ねぇマリスタ。その迷いと不安しか、君には寄る辺が無いんだよ? 嫌ならもっと、しっかり。ね?」
あんまりな言い様である。優しいのか意地悪なのか、どんどん分からなくなっていく。それなのに、嫌いにはなれない。嫌いになってももらえない。どうしたら良いのだろう。
「ほら、掴まって」
片手を鞍の持ち手に導かれ、握った上から、彼の手に包まれた。逆の手はマリスタを挟んで竜の首に伸ばされる。
「空へ行こう」
声を合図に、三頭の竜は浮き上がる。浮遊感と風圧に耐えられず、マリスタはぎゅっと目を閉じた。後ろから抱え込まれる体勢は、過去最高の密着度だ。どれを取っても落ち着く事は出来ず、逃げる事も叶わなかった。