12-01:見習いのマリスタ
今日からいよいよ、第二部門に行くとこになる。
季節は火月の一番目。最も暑い三ヶ月の始まりだ。
祝福装飾省の制服は、ヴェシール帝国らしく軍服を基調としながらも、絵を描くとこを重視していて、ケープも上着も省略出来るように作られている。ただ本日は初日なので、もちろん省略はしていない。
マリスタは入口まで、政務服姿のオルヴェールに見送られ、水晶宮に足を踏み入れた。
幸い、人は多くない。
三人の護衛騎士と女官まで連れているから、ここだけ人が多く見えそうだ。
第二部門に着いてからは、専用の机を貰い、一人に二枚という選別の為の組分けに入れてもらって、ひたすら絵を描くことになった。
本職の仕事は、流石に早い。
マリスタが二枚目を終える頃には、一枚差を付けられている。描き込みすぎと、第一皇子殿下に指摘され、昨日見たばかりの簡略化を試してみた。
足元の祝福は、昨夜描き変えたばかりのものだ。
線を減らしただけの、単純な作業だったのに、心に足を伸ばせる隙間が出来たような、不思議な気分になった。
制御よりもゆとり。その良さを、初めて実感できたと思う。
「描きすぎちゃ、ダメ」
言い聞かせながら、ペンを動かす。幾重にも重ねて描きたい丘陵を、大小二つで大胆に。曲線は止めずに伸ばし、外円の縁までしっかりと。
花もデザイン化して簡略する。美しさと華やかさを損なわせずに、なるべく線を減らすのだ。
「もう簡略が出来るのか…………」
「き、きのう、冊子を頂いて」
恐縮しながらそう言うと、机を覗き込んでいた第一皇子殿下は、ウチに来てくれてありがとな、と肩を叩いて隣の机を覗きに行った。
正直、竜の居る職場は、遠慮したい。第二に呼んでくれたお礼を、しなくてはいけなかった。
「マリスタちゃん、次!」
「は、はい!」
ただ、余計なことを言う暇もなく、誓願書や添付物から加護の気配を辿り、ひたすら祝福絵画を描くしかない。
第二部門にまで上る誓願書は、第四と第三では手に負えないと判断されたものだ。複雑な加護の他に、弱くてどうにも出来ないものもある。
次と渡された誓願書は、そういった部類のものだった。
「…………」
街で見たことがある、きっとあれが相応しい。
古書店の店主、カーラと街を歩いていた時に、珍しい祝福の影を見た。抽象的とはいえ、人物が描かれる特殊なものだ。
それは、守りの二重円に三日月と女神とおぼしき女性の姿。強い加護では無いからこそ、本人の望みだけを込めたであろう祝福だ。
女性のモチーフは、昼神の系譜に稀に用いられるものであり、神ではなく人を表す。良い妻や母になる素質、慈愛と忍耐の象徴とも聞いたが、これは貴族だと当てはまらない。
貴族は土地や民を、守り導かねばならない存在だ。
故に強い加護が求められるし、そもそも子育ては母と言うより父の仕事である。孤児の世話をするのは当主、大半が男性なのだ。女性当主もいない訳ではないが、当主は軍属でもあるので、軍規や戦闘訓練等を収める必要があった。
それに、夜会でもドレスは着られない。
守る側という意思表示として、当主のドレスコードは軍服に準ずると決まっているからだ。
この誓願書の主は、小さな町に住む少女である。加護の気配は、あまりに弱い。でも小さな火が見えた。
暗闇を照らす光である。
二重の円で強化して、花の装飾を付けたランプを描き、それを横向きの女性に持たせてみる。豊かな胸と広がる髪、隙間に花を描き込んで、聖句を混ぜ込んでみた。華やかな一枚が出来上がる。
「ロンディーより上手い!」
「ひぇえぇぇぇっ!」
顔を上げると、マリスタを担当してくれている、二人の装飾師が机を覗き込んでいた。
「私のはこれだよ」
見せてきたのは、レベリッカと名乗った金髪の女性だ。制服を着ていても分かる、ふくふくとした体は、空気で膨らませたかのようにも見える。まだ五十じゃない、と言うので、見た目よりも歳をとっているのだろう。
彼女の祝福絵画は、やはり二重円から始まるものの、円と円の隙間に聖句がぐるりと配置される奇抜なものだ。両手を差し出した女性の手のひらで、明るく小さな火が燃える。飾り気のない女性は、穏やかに火を見つめ、精霊のような瑞々しい生気に満ちていた。
「すごい…………」
ランプに閉じ込めて守ろうとせず、前面に差し出せば良かった。勇気や強さ。加護の弱さで挫けないでと、背中を押すような出来栄えだ。
「ロンディーやり直し!」
「で、殿下~っ!」
やり玉にされているロンディーさんは、メガネの男性で、パパだと自己紹介された人だ。レベリッカさんには、疲れたらイジるといい、なんて言われたが…………少し不憫にみえる程、あれこれ言われている。
「マリスタちゃん、見てやって、これ!」
描きかけの祝福絵画は、花畑で起こった火災現場だ。
「ロンディー。お前は業務後、女性のモチーフ二十種類、課題だからな」
「僕の女神は妻だけです!」
「公私混同するな。女なんて、二十人くらいサラッと描いて見せろ」
「シルキリーク様に、女を語られるなんて、世も末だ」
「うるさい!」
呆然としているマリスタに、次の誓願書が渡される。ここでは悩む暇もない。だから、昼食で食堂に連れ出されて気が抜けたのだ。まさかそんなところにも、試練があるとは思わなかった。
マリスタの初仕事は、半日で幕を閉じた。
兄のところへ出仕させたマリスタが、宮殿に戻ったとオルヴェールに知らせがあった。
ふと、窓の外に視線を向ける。頑張り過ぎたらしく、昼食後に動けなくなったらしい。
「ナンシスは何と?」
「食堂疲れと」
副筆頭からオルヴェールの筆頭護衛騎士となった、シーク・レンド・リンダークは、そう苦笑した。
医者という貴重な加護を持ちながら、軍部に来た変わり者。年齢的には、オルヴェールとナンシスの中間あたりになる。
薬で毛先が緑に染まった茶色い長髪に、明るい黄緑の瞳。その明るさと対象に、やや気難しい印象を受ける顔なのだが、中身はナンシスと変わらない変態だ。
マリスタはきっと、兄に色々食べさせられるのが嫌で、食堂に行ってしまったのだろう。人の多い昼時では、好奇の目に晒されたに違いない。
「可哀想に…………」
「それでも半分程は、お食事されたそうですよ。野菜の煮込み」
「あぁ、カーラの手料理が恋しいんだね」
「水晶宮の煮込み料理は、庶民の味ではありませんけど」
「がっかり、はしていないと思うよ。多分ね」
「煮込みなら何でもいいと?」
「そうじゃないよ。マリスタは、嫌だったら半分すら食べないから」
三年間、菓子以外の当たりを見つけるのに、どれ程苦労した事か。皿に乗せてしまえば、渋々という感じで食べてはくれる。だがもう要らない、と拗ねられて、他の新しい物は食べてくれなくなるのだ。
警戒心が強いのだろうと思ったのだが、肉も魚も珍しい野菜さえ、基本的に口に運びもしなかった。ただの偏食である。
ディアバーグの本邸では、一人で部屋食していたらしく、嫌いなものは出されなかったのだろう。
好き嫌いと向き合う時が、無かった。それはそれで、幸せでもあるかもしれないが、それだけ人が居なかった、という事でもある。
街での暮らしで、少し改善されたようだが…………何故カーラが、野菜の煮込みばかり作っていたかを、きっと知らないのだ。
香草焼きを気にするので、マリスタの言う奥さんに聞いてみたところ…………あの子が食べるのは胸肉よと言われ、吹き出すかと思った。
まぁ、鶏皮を食べる姿は浮かばない。早めに帰った方が良いだろう。オルヴェールは、予定を一つ入れてから、書類仕事を再開させた。
そんなマリスタは、仮眠から目覚めた後、すぐカーラに手紙を書いていた。
煮込みの衝撃が忘れられない。見た目も味も違うだなんて。煮込みとは一体、何なのか。そもそも料理の名前なんて興味がない…………まさか煮込みとは、盛り付け方の名前だったり?
「うぅ、おばさんに、笑われる」
分かっているのに、他に聞ける相手もいない。女官は基本的に貴族だ。料理なんてしないだろう。
「これを、新ソフィリア大臣に」
手紙を侍女に渡して、やっと息をつく。第二部門の人達は、今のところ良い人達だ。悪化させないように、空気のようにしなくては。
「…………」
目下の問題は、食堂である。街にある料理屋のようなもの、と聞いたのに、ぜんぜん違った。まず広いし、人も大変多い。
トレーを持って、自分で料理を運ぶだなんて、初めてだった。
昼食は何時も、そこだと聞いている。
慣れるだろうか。料理は意外に重くて、歩くとスープは揺れるし、中身が零れそうになる。
「は、運べるもの、頼まなきゃ」
しかもメニューは数種類の日替わりで、何が出てくるのかすら分からない。料理名は、意味の分からない名詞の羅列だったのだ。もはや魔境である。でも食べないときっと、オルヴェールさまに、叱られる。
「…………うぅ、どうしよう」
しばらく悩んだマリスタは、オルヴェールさまが配膳に抵抗がない理由は、食堂を使った事があるからだろう、という結論に至った。
「聞いてみよう…………!」
そんなマリスタに、夕食の席で質問されたオルヴェールは、耐え切れず、吹き出してしまった。
「っく、ふふっ!」
「ど、どうして笑うんですかっ!」
「だって、マリスタ…………メニューの内容が、ふふ、分からないって」
「聞く機会なんて、なかった、から」
むすっと横を向いて拗ねていると、そうだよね、と全然そんな風にすら思っていない声がする。
「マリスタ、料理に興味、ないもんね?」
「煮物くらい知ってます」
「そうだよね。これは?」
夕食もズラリと料理の並んだ、取り分け形式を取っている。オルヴェールの指が差したのは、生野菜にソースを掛けたものだ。
「サラダ」
「これは?」
「煮物?」
「これは?」
「…………煮物?」
「確かに煮てるんだけれどね。ふふっ、それは調理法であって、料理名ではないんだよ」
「えっ!?」
赤いソースに浸かる、豆と肉を煮たらしいもの。白いソースが掛かる、野菜の葉で何かを包んでいるようなもの。後者はもしや、サラダなの?
「この赤い煮込みは、カスレと言ってね。もっと南の国で食べられている郷土料理だ。豆が無くて魚介が多くなると、また別の国の料理になって、名前も変わる」
「えっ…………」
「でもこっちは簡単だ。キャベツの包み。中身はジャガイモと聞いたから、それを付け加えてもいいし…………マリスタ?」
名前を呼ばれたけれど、絶望しかない。顔を塞いで俯いた。そんな訳の分からない異国の料理名を、覚えないといけないなんて。
食堂は、無知の行くべき場所じゃない。
知っている食堂と全然違う。そもそも、野菜の名前もあまり知らない。
キュウリとそっくりなキュウリでも、カボチャの仲間だと言われたし、ダイコンも長さ細さで味が違うと市場で知った。トマトも呆れる程に種類が多く、葉野菜の紛らわしい事…………
「オルヴェールさま、あの、キャベツとレタスとハクサイは、どうやって見分けるんですか?」
「えっ、くっ、ふふっ、ちょ、ちょっとマリスタ、面白すぎるっ」
「オルヴェールさま!」
「そうだよね、果物とお菓子しか、食べないもんね」
「ち、ちがいますっ!」
果物とお菓子ばかり食べさせる人に、言われたくない。確かに好きだけれど、そういうのは良くないと、街の人達に言われたのだ。色々食べていたら、確かに前より元気になった、ような気もする。
「料理の名前、覚えたい?」
興味は欠片も無いのだが、何が出てくるか分からないのも、やっぱり怖い。
「食堂…………行かない方が、いいのかな」
「仲間と食べた方が、早く仲良くなれるよ。お弁当でも良いけれど」
「…………」
「誰かと同じメニューしたらどう?」
「同じ?」
「あの人と同じにしてって、言えばいい」
「でも」
「食堂の職員は、人の名前を全員覚えている訳じゃない。特に水晶宮は、官僚も使うからね。使用人数が多いから、忙しいはずだ。悩まれる方が、困ると思うよ?」
「うぅ…………」
「食堂に行きたいの?」
「い、いきたく、ないです…………でも、一人だけ、違うことをしたら、目立ちます。誘いを断るのも、怖いです」
「第二の職員は、みんな食堂へ行くのかい?」
そう言われて考える。お弁当の人もいた。でも、レベリッカさんに誘われて、断るなんて出来そうもない。マリスタの面倒を見てくれる、優秀な祝福装飾師だ。
「断れない人が、居るんだね?」
「わ、悪い方ではなくて! でも、食堂は、こわい、です」
「そうか。じゃあ兄上に、何とかしてもらおう」
「え」
「マリスタの、お兄様になるのだし。もう少し、僕が我儘を言っても、喜んで動いてくれる」
「でも」
「マリスタは一先ず、食べられる野菜を増やそうか?」
どうして、野菜の種類は多いのだろう。渋々、小さなトマトを食べてみる。少し苦みのあるような香りに、ドロりとした食感が口に広がる…………原型が無ければ食べられるのに。中身はなんとも気持ちが悪い。
「ふふ、不味そうな顔」
苦手な物を、どうして食べなきゃ、いけないか。理由はもちろん、分かっている。健康とか成長に必要だって。それに、オルヴェールさまに、子どもだと思われたくないのだ。
「味が嫌かい?」
「噛むと、中から、出てきて」
「トマトは加熱して貰おうね」
「でも」
「結果として、食べれば良いんだよ。工夫して、それが美味しくなったら、なお良いだろう?」
そうだったら、いいのに。栄養は目には見えない。食べても本当に役に立っているかも、分からない。それでも、色々食べた方がいいというのは、本当だった。
「そこ、悩む所じゃないんだけれど?」
「で、でも…………ズルをしたら、ダメかも、しれなくて」
「工夫は狡くないだろう?」
「そうなの?」
「少なくとも、料理の工夫は狡くないかな。美味しいと言われるものは、工夫を重ねて、今の味になったんだよ。不味かったら誰も、食べようなんて思わない」
ふと、どろりとした紫色のキノコが、頭をよぎる。そんなに、食べてみたかったのだろうか。毒だというのに。紫なのに。
「マリスタが、絵にとても興味があるように、食に興味のある人も居るんだよ。彼等は、どんな見た目でも、どんなに臭くても、何とかならないかって、思うらしい」
「どうして?」
「未知の食品に、興味があるんだろうね?」
「…………」
「ふふ、分からないって顔だ。世の中には、色んな人が居るんだよ。それを知るのも、きっとマリスタの創作を深めてくれる」
「変な人だから、学びになるの?」
皇子様は、それはもう散々笑ってから、マリスタにご褒美のパンを一つ取り分けてくれた。
「マリスタの言う変な人は、ふふ、幸せ者だな」
「幸せ? よく分からないのに?」
「だから君は、知ろうとするのだろう?」
何が幸せなのか。考えても分からない。変だと思われたら、本当に幸せなのだろうか。マリスタはあまり、嬉しいとは思えない。普通と言われたいのだ。誰かと同じだと。
本当に?
初めて自分に問いかける。誰かと同じだったら、オルヴェールさまは、どうするだろう。同じその人にも、優しくするのだろうか。
「ほらマリスタ、頭じゃなくて口を動かして?」
言われてパンをもぐもぐと噛む。コーンの入った、甘さと塩気が絶妙だ。美味しいものは、やっぱり好きで、食事なんてと思った事を、少し思い返させる。
これを考えた人がいて、これを作る人も居る。思ったよりも、食事とは奥深いものなのかもしれない。
そんな事、考えたことも無かった。
「さぁ、食べたらすぐに休もうね?」
「え、でも」
「きっと疲れているよ。祝福の線も減らしただろう?」
「す、少しです。わたし、その、制御を覚えたくて」
「そうなの? 前向きでいてくれて、嬉しいよ…………でも何故? 今まで、加護の制御に苦労していた?」
そんな事はない。ちゃんと押し込められていた。動き過ぎないように、迷惑にならないように。必要な所でしか動かない、そうやって調整していたのだ。
でも確かめたら、本当に少し漏れていた。
オルヴェールさまの言うように、まだ加護が増えるとしたら…………今のマリスタでは、いずれ、どうにも出来なくなる。
「加護は普通、十歳頃には決まってて…………もう増えないって。減ったとすら、思っていました」
人に嫌われ、人を嫌って、壊れたのだと思っていた。
「でも本当に、私の加護は壊れていなかった…………嬉しかったです。とても嬉しくて、ずっと加護の領域を、気にしてました」
それは多分、祝福装飾師なら、誰でも出来ることだと思う。自分の加護さえ読めずに、人のものなど分かるはずが無いからだ。
ただ数年、気配はあるのに動かない加護があったから、読む自信が無くなっていた。
おばさん達を手伝って、ここに来て仕事に触れて、無くした自信は顔を上げてくれたのだ。
だから分かった。自分の加護に、隙間がある事を。
それは、加護の定まらない、子竜のような底無しの闇だ。
「もし攻撃性のある加護が付いたらと、怖くなって」
「怖い?」
「…………だって、もう十四歳です。なのにどうして増えるの? わたし、へ、変?」
「変じゃないよ。功績を上げて、祝福を描き変える人が居るだろう? 加護は広がる事がある」
「違うんです、そうじゃなくて」
マリスタは、優秀な祝福装飾師の卵だ。オルヴェールは、内心苦笑した。この話を誤魔化すには、正攻法だと不利になる。
「僕のせいだよ」
ぽかんとオルヴェールを見るマリスタに、花嫁だから、と優しい嘘を教え込む。選定されて、加護が増えた例はある。家族に手を回しておけば、早々バレはしないだろう。
呪だなんて、絶対に教えたくはないのだ。
「花嫁は、加護が、増えるの?」
「そうだよ。この広い帝国内で、マリスタは僕の、ただ一人の花嫁なんだ。氷竜の血を引く皇族に嫁ぐなんて、大変だと思っただろう?」
「そ、そうだけど」
「きっとご褒美が貰えたんだよ」
そんな事があるのだろうか。確かに、皇族の情報はとても少ない。第一部門の本棚を探したら、そんな話が出てくることがあるのかも?
「オルヴェールさまは、変だと、思わない?」
「思わない。神様にも褒められているんだ。誇らしいくらいだね?」
加護って、後から増えるんだ…………震える祝福の奥で、少し広がった何も無い場所。どうして今なのだろう。望んだ時でも、信仰すら捨てそうになった時でもなく。
加護は確かに、もっと強いものに繋がっている。
神様は、人の美しさを愛でるのだと。その美しさとは、心の在り方なのだと聞いた。わたしの心は、あまり変わっていないのに。それとも、良くなると分かっているのだろうか。
「どうして、オルヴェールさまじゃ、ないの?」
「僕?」
「神様が褒めるなら、わたしじゃなくて」
「ふふ、褒められるのは、マリスタだろう? 僕は確かに、たった一人を見つけるという、試練を課せられはしたけれど。先祖が積み重ねた、地位と権力、竜までいるんだ。これ以上は、神様だってくれないよ」
「でも」
「マリスタは、とても頑張って、この場所に居るんだ。君が一番、分かっているだろう?」
「ち、違います」
「そうかな?」
「違います。わたし、ここが、好きで…………!」
好きなものなんて、欲しくなかった。あっても取られて、壊される。どうせ無くなるなら、欲しくなかった。
それなのに。
オルヴェールさまの傍に居たいと、思ってしまった。彼のいる場所は、マリスタにまで優しくて…………手放したくない。そう思ってしまったのだ。
「ここを気に入ってくれて、嬉しいよ」
そう微笑む皇子様は、マリスタの皿にアスパラのソテーを乗せてきた。こんな妙な見た目の野菜が、本当に身体に必要なのか…………ごそりとした食感に、草っぽいような味がする。でもバターは香りが良くて、口にほわりと広がった。
「ふふ、微妙な顔してる。食わず嫌いはいけないよ?」
そんな彼から、取り分け皿を遠ざけた。フォークに刺したまま、育ち始めた雑草のような野菜をかじる皇子様は、苦笑している。
「どこが嫌なの?」
「み、みため?」
どうして笑うのだろう。そもそも、どうしてこれを、食べようとしたのだろうか。野菜を開拓した、先人達が恨めしい。
「見た目じゃないだろう? マリスタがそう言う時は、食感が嫌な時だ」
「え…………?」
「もっとよく、自分のことを探ってごらん? 自分を一番知っているのは、自分だなんて思わない方がいい。人は日々、変わっていくものだよ。きっとすぐに、この野菜も好きになる」
「な、ならないと、思います」
「どうして?」
確かに、自分の気持ちですら、自分でどうにも出来ないものだ。出来ることなら、寝ている時の図太さを、心底改善したい。
「ごそってします」
「アスパラの先が嫌なんだ?」
そうだろか。いや、全体的に好きじゃない…………ような気がする。どうしよう。自分の事なのに、分からない。アスパラのどこが嫌いかなんて、興味もないのに。
「よく考えてごらん? マリスタは自分の事に無頓着すぎる」
「…………」
言い返せない。自分は自分で、それ以上でも以下でもないのに、どちらかと言えば、嫌いな存在だ。でも、もしもアスパラみたいに、嫌いなところが、一部だったら?
そんな事が、あるのだろうか?
でも、あったら良いのにと、少し思った。嫌いな自分でいたくない。全部なんて直せないから、どこかで諦めてしまった。
「魚のキッシュはいかが?」
「た、たべます」
魚もあまり、好きじゃなかった。見た目が怖かったのだ。それなのに、いつの間にか食べられるようになって、食べたいと、そう思うようになっている。
美味しいと、思うようになっていた。
「オルヴェールさま、あの、わたしが変わってしまったら、イヤですか?」
「もっと可愛く、なってくれるの?」
「そ、そうじゃなくて」
「そういう事だよ、マリスタ? 君が変わるとしたら、誰のせい? それとも、誰の為かな?」
「…………そ、そうじゃ、なくて」
顔が熱くなってきた。オルヴェールさまはきっと、その答えを知っている。指摘されて、初めて考えたマリスタとは違うのだ。
「ふふ、答え合わせは、してくれないの?」
「しません!」
六歳だけ年上というのは、もう反則のような気がしてきた。




