10-02:加護と祝福
カーテンの開く音に、ふとマリスタは目を開けた。
明るくなっていく室内は、朝の光に包まれている。どうやら寝過ごしては、いないらしい。
ぼんやり女官の姿を見ていると、起きるか、と聞くように掛布に手が置かれた。
「起き、ます」
少しだけ声が掠れる。無口な首席女官は、驚いた顔をして、水差しとコップを持ってきた。
「…………ありがとう」
注がれたのは、とても冷たい水だった。コップを頬に当てると、ヒンヤリとしていて気持ちいい。カランと水差しの氷を鳴らし、無口な女官は微笑んでいる。
「氷が作れるの?」
否定に首が振られた。左右に一度ずつきっちりと。その仕草は、人形劇の生き物のようだ。声が出ないと言うように…………あれっと思う。
「もしかして、あなた、話せない?」
肯定に二度、首が縦に動いた。
「本当に?」
コクコクと、頷かれてしまった。驚き過ぎて声が出ない。いつか話してくれると思った人は、初めから話せなかったのだ。
「…………ご、ごめんなさい、わ、わたし」
話して欲しいという態度を、取ってしまった。ニッコリ笑って、否定に首を振られたりするから、躍起になってさえいたと思う。
だって、声が出ない人なんて、初めてで…………自分に言い訳をして、だからダメなのだと悲しくなった。
起き抜け早々、落ち込み始めたマリスタに、一枚のカードが渡される。
『気にしないで』
「…………で、でも」
首は横に振られた。話せない、聞こえない、見えないという人は、滅多にいない。医者による奇跡の加護で、治ることがあるからだ。
『レイラ・レンダーク』
次のカードがきた。
「これは…………あなたの、名前?」
肯定に二度。やっと名前を教えてくれた。
聞いてはいけないのかと、思った。もうすぐ半月の付き合いになる。表情豊かで仕事熱心。でも、マリスタの女官は嫌だという意思表示――――それで声を出さないのだと。
「わたし、マリスタ…………ほ、本当は、マリスティアって、言うの」
肯定に二度。知っているらしい。
「えっと…………」
こういう時、なんと言えば良いのだろう。謝り足りない気がする。気にしないで、のカードを見つめ、どうしようと困ってしまう。
『寝坊しますか?』
こんなカードまで、あるらしい。起きると伝え、カードを返す。オルヴェールさまは、この話せない女官を筆頭にした。わざわざ探したに、違いなかった。
「レイラさん、あの」
今まで通りの沈黙が、不思議と心地いい。話さぬ口は、ひどい事を言うこともなく、笑みの形をしている。
「わたしの女官で、イヤじゃ、ありませんか?」
『かわいい』
まさか、耳も聞こえないのだろうか。おかしな返事に疑いの目を向けていると『かわいい』のカードを、更に押し出してきた。
「えっと…………」
『お守り致します』
「あ、危ない、ことは…………」
『かわいい』
いよいよ難聴を疑うべきだ。かざされた二枚のカードを見比べて、自己嫌悪に胸を押さえる。
今まで、なんて態度でいたのだろう。
話せない人に、もっと配慮をするべきだった。話しかける、べきじゃなかったのに。ずっと良くしてくれたのに、不快にさせたに違いない。
「ご、ごめんなさい」
振り出しに戻ったマリスタに、見かねた次席女官が近付いてくる。
「姫様、レイラのそれは、本気ですから」
「…………お、おしゃべりが、過ぎました」
「何をおっしゃいますか。声掛けを頂いて、喜ばぬ女官などおりません。レイラ主席は、オルヴェール様にまで、羨まれているのですよ?」
多分、話さないから、話しかけ安かったのだ。
いつか話してくれるのだと、意地悪で何も言わないのだと…………そんな態度だったのに、嬉しいの?
オルヴェール様が、羨む?
「…………」
『かわいい』
よく分からない。カードの文字を、書き間違えてしまったのだろう。やっと叶った意思疎通。しかし何だか、思っていたのと違う気がする。
仕事として、割り切られていると。
きっとそんな態度だと、諦めていたのだ。期待なんて、してはいけない。他人はすぐに怒って、ひどい事をする。イヤなことを言う。手を上げる。
「さぁ姫様。お風呂に行って、お支度致しましょう? 殿下がお待ちですよ」
「そ、それなら、お風呂は」
「いけません。昨日のままの姫様をお見せしたら、私どもが叱られます」
そんな風に言われては、なにも言い返せない。彼女達の気の済むまで洗われて、勧められた服を着る。
髪は首席女官、レイラさんが梳いていた。
油が好きなのか、髪にまで使われているものの、なんだか良い香りがする。普段なら何の油かと聞いて、次席が答える流れだ。
それに少し悲しくなった。
侍女や女官に、意地悪をされた事はない。
でも、体に触られるから、少しだけ怖いし気も使う。髪を梳かす櫛は、突っかかりもせずに、するすると下にいく。自分で梳かした時は、本当に切ろうかと、泣きたくなる程大変だった。
鏡越しに見ていると、目が合う。
いつも通り微笑む茶色い瞳に、少しだけ安堵した。嬉しい。嫌われてはいなかった。ちゃんと笑顔を向けてくれる。
怒って、いないのだろうか?
油はあちこち使われるけど、意地悪されているのでは、なかった。次席が言うには、美容の為になるらしい。
「姫様、御髪はどのように致しましょう?」
「そのままで」
「では、お食事の邪魔にならぬよう、少しお留め致しますね」
「…………はい」
いつも通りの答えを返す。
ディアバーグ本邸の侍女には、聞かれた事もない。毎回同じ返事をするのに、ここでは誰も、嫌な顔すらしなかった。そんな気配もちっともない。一体、どう思っているのだろう…………?
耳から上の髪を束ねて、リボンが掛けられる。黙っていたら、前髪ま梳かれて留められ、おでこがスウスウした。
「あ、あの」
「おでこをしっかり出して、殿下の寵愛を頂きましょう!」
「か、隠して…………」
気を抜くと、次席にはよく分からない事をされる。ヴェシール皇族は、選定した花嫁しか娶らない。これ以上何をしても、彼との関係は変わらないのだ。
結局、片目が少し隠れるくらいで、前髪の位置は折り合いが付いた。
昨日、前髪を留められたまま帰ったせいで、女官の熱意が凄まじい。彼女達が納得しなければ、鏡台の前から逃げられそうに無かった。
やっとオルヴェールの元に向かったマリスタは、早々と額に口づけらて、真っ赤にさせられた。
だから隠したかったのに。
首席の笑顔と、次席のしたり顔に涙目になる。
「ふふ、レイラ達に言い負けたんだね」
妥協理由にそう言われ、少しむくれた。皇子様を待たせて、身支度に時間を掛ける度胸はない。
「マリスタの瞳は綺麗だね…………皆に見せるのが、やっぱり惜しい」
そっぽを向いているのに、彼の言葉が降り注ぐ。褒めなくていいのに。恥ずかしいのに。みんなが見てるのに…………確かに、よく話す人だ。この目を褒められて、嬉しくない、わけでもない。イヤじゃないのに、一緒にとてつもなく、恥ずかしい。
「もっ、もういいですっ」
「何故? マリスタが自主的に、瞳を見せてくれたのに」
女官のする事は、マリスタのしたい事になる。自主的じゃない。でも、そう望んだと思われた。違うのに!
「綺麗だから隠していたの? これ以上、僕の目を釘付けにして、どうするつもり?」
「そ、そう思うのは、オルヴェールさま、だけで」
声まで震えてきた。彼に観察されるのが、たまらなく恥ずかしい。しかも、女官と護衛の騎士にまで、見られている。
あの生温かい目で見ていることは、確実だ。どんどん身体が火照ってきた。お願いだから、見ないで。無理だと知っているけれど、見ないでほしい…………
「その瞳、しばらく独り占めさせてね?」
オルヴェールは部屋から人を追い出して、赤い顔で俯くマリスタを抱きしめた。悔しいマリスタは、両手で精一杯押し返す。もちろん効果は無しだ。その胸に頬がつき、ぬくもりを感じた。
くすくす笑いながら、彼は一向に離さない。
「ねぇマリスタ。どうして騎士達が、君に膝をつくのか、知っている?」
「し、知りません」
「見たいんだよ、マリスタの瞳が」
「え?」
ぎょっとして見上げると、薄紫の瞳がよく見えた。前髪の掛かるところを指で払われ、頬を包まれる。
「氷竜の瞳も綺麗だけれど、その綺麗なところだけを、結晶にしたみたいだ」
「…………わ、わたし、竜とは違います。は、はっきりしなくて、へ、変な色です」
「まだ拗ねてるの? かわいいな」
「オルヴェールさま!」
「ふふ、本当に綺麗なのにね。僕らの紫も混じってる」
「少しだけです。どうせなら、一色が、良かった…………」
銀だと言われる。でもよく見ると、紫と水色の混じる、まだらな色だ。何色とも言えない、どこにも混ざれなかったマリスタのような。
「紫だけだったら、皇族の隠し子になってしまうよ?」
「…………」
「そうだったら僕は、兄になる前に、君を攫いにいかないと」
「…………えっ」
「兄妹婚は、世間の目がね」
「わたし、兄妹が良かったです」
「つれないな。兄は妹のものには、ならない。僕はマリスタを、こんなに独占したいのに」
ぎゅっとされて息が苦しい。爪先立ちで耐えていると、そのまま抱き上げられて、ソファーに運ばれる。
やっと息がつけた。
彼は意外なことに、テーブルではなく、ソファーで取る軽食形式が好きらしい。金緑宮の晩餐室を使ったのは、まだ一度だけだ。
「甘みの強いニンジンを、蒸かしたものだって。食べてみる?」
そして、当たり前のように給仕をする。
食材の産地や、使われている香辛料に調理法。その説明を聞く時間は、幸せだと思える、大切なものだ。
「これは、茹でた芋にミルクを加えて、焼いたもの。卵が多いから、お菓子みたいな食感がする…………これは、春野菜のマリネだね。取り分けやすいようにって、葉っぱに乗せてくれたんだ。この葉はハクサイの仲間で、少し苦いよ。でも名前は可愛い。チコリーって言う」
話している時のオルヴェールさまは、料理の方を向いている。その横顔を見つめて、夜会の夜の、幸福感を思い出す。そのおしゃべりに救われた。
会うためだけに、耐えていた。
何が返せるのだろう。この人の為に、何が出来るのか。貰うばかりは、少し苦しい。
「肉類はどうする? マリスタはあまり食べないから、鶏と豚しか無いけれど。魚もあるよ?」
「…………」
「マリスタ?」
「あ、えっと…………鶏?」
「香草焼きにしようか。奥さまの味とは、違うけれどね」
「はい」
料理の乗った取り皿が、前に置かれる。膝にナプキンを広げていると、グラスを渡された。
「かわいい、マリスタに」
そう言って微笑まれ、何も言えないでいると、彼は中身を飲んでしまう。本当は、返答をするべきなのに、いつも答えが間に合わない。
「…………」
悩んでいると、早く飲むよう言われてしまう。毎回違うことを言う人に、どんな対策をすればいいのか。そもそも乾杯の挨拶なんて、習ったこともない。
「水にリンゴ酢、蜂蜜が入っているよ」
「い、いただき、ます」
どうにかそれを飲んでみて、小皿に、取り分けられた料理を移す。取り皿から食べても良いのだが、食事中は観察される。粗相はしたくない。
「それを食べたら、パンをあげよう。今日は全部、中身入りだよ」
パンはお腹に溜まるので、いつも後回しにされていた。金録宮の料理人は腕が良く、もう要らないと思っていても、何故か不思議と食べられる。
「マリスタは、どんなパンが好き?」
「え…………あ、甘い、パン」
「甘ければ食べるの? 僕も作ってみようかな」
「オルヴェールさま、お料理できるの?」
「野営食なら一応ね」
「すごい」
「すごくないよ。沸かした水に、塩と芋と肉を入れるだけなんだ。パンとは違う」
「お水が沸かせるの?」
「マリスタは、火が起こせないんだっけ?」
街暮らしに言及されて、黙り込む。一体、どこから見ていたのだろう。そんな人は、思い返しても居なかった。
「ひ、火打石が、あんなに難しいなんて」
「マリスタが燃えなくて、良かったよ」
「おばさんにも、言われ、ました」
くすくす笑われる。自分の服に火がつくと、火つけ作業は禁止にされた。
「ヴェシールは、火神の加護者が多いからね。点火に便利な道具は、あまり無いんだ。祝福加工品もあるけれど、そうなると高価どころでは無くなるし」
「火打石、使えるの?」
「マリスタよりは、上手だよ」
「…………オルヴェールさま、皇族なのに。どうして」
「軍で習うんだ。生活も訓練の一環だから」
軍とは、彼の所属する竜騎軍のことだろう。下っ端ですら騎士伯という、この精鋭組織に入るには、陸軍か海軍に入る必要があったはず。
「軍に興味がある?」
「少し…………街の人たちは、みんな、一度は憧れたって」
「それは嬉しいね」
「そうなの?」
「層が厚いのは良いことだ。一生現役でいられないから、人は居るだけ嬉しいよ。でも。マリスタは駄目!」
「え!」
「祝福装飾師には、ならないの?」
「そ、それは…………」
養父である学領主は、孤児院と学校を。その妻は領地を担う。つまり大変に多忙な身であった。より身分の高い皇族は、さらに忙しいに違いない。
「そう言えば、教えていなかったね…………皇族の妻は、基本的に暇なんだ」
「ひま?」
「皇后になると、儀式には行くんだけれど。政務は特に無いからね」
「え、え?」
「貴族で一番忙しい、学領主の妻とは違うんだ」
暇…………暇って、つまり、する事がない。皇族なのに。本当に?
「疑っているね?」
「だ、だって」
「レイラに聞いてごらん?」
「レイラさん、詳しいの?」
「女官は、教育係も兼ねるから。やっと名前を聞けたんでしょう?」
「な、なんで」
話す時間も、伝える隙も無かったはずだ。それなのに、どうして分かったのだろう。見えない目でもあるのだろうか。
「皇族にはね、許しもなく名乗るなんて、出来ないんだよ。だから皆、名乗らなかった」
「そ、そんな」
「でも昨日、ふふっ、名前教えてって、あんなに必死に…………目の色変えてたよ」
笑いを堪えながら言われて、恥ずかしくなる。ちょっと大きな声で言ってしまった。みんなに笑われた事まで思い出す。
「悲願を達成出来るのは、一人だけだと思ってた」
人ばらいで退出していくレイラに、オルヴェールは『やりました』のカードを見せられた。女官と主の信頼関係は、これから先、とても重要になる。
「次席の名前も、早く聞いてあげてね? じゃないと、金録宮でカードが流行る、ふふ、それはそれで、面白いけど」
「そ、そんな…………ほ、他にも、決まりが?」
「不文律みたいなものだね」
この国には、それがたくさん、あるというのに。どうして黙っていたのだろ。こんな意地悪…………するなんて。
「ごめんね。少し試した…………君が歩み寄れない女官なら、必要ない。マリスタは嫌だと、言ってくれないからね?」
「で、でも」
「違わないだろう?」
「ここに、イヤな、人なんて…………」
みんな優しい。怒らないし、冷たい態度も雰囲気もなく、逆に不思議で怖いくらいだ。嬉しかった。嬉しくて、どうしていいのか、分からない。
「いい、ところだなって」
「マリスタは、すぐに我慢する。妥協しないよ?」
「どうして?」
「秘密」
「えっ、な、なんで?」
「マリスタには、元気で、笑っていて欲しいんだ。その為にしている事は、秘密だよ。気づけば分かる事だ。気づかないなら、それは、必要なことだよ」
「必要…………分からない、のに?」
オルヴェールさまは微笑んでいて、それ以上は言いそうにない。笑顔の黙殺に、勝てたことは一度も無かった。その目を見つめて、粘れる自信はもっとない。
「せ、せめて、その、足りないお勉強、だけでも」
「真面目だね」
「オルヴェールさま、わ、わたし、は」
彼の恥に、なりたくはない。ただ、あまり覚えは良くないだろう。それでも、努力するのとしないのでは、ぜんぜん違う。
「まったく、すぐに頑張ろうとする」
「で、でも」
「僕は休暇なんだから、マリスタも休んで?」
「ちゃんと、寝てます」
「どうかな」
睡眠薬から眠り香、落ち着くハーブ。うなされる彼女に、手は尽くしている。一番効果があったのは、オルヴェールの添い寝らしいが、だからと言って、毎晩とはいかない。
「それじゃあ、帝国法は、もう一度おさらいしようか。それから、皇室典範も」
「皇室、てんぱ?」
「てんぱん、ね。皇族は、帝国法の外にいる。それをある程度戒める決まり事だよ」
「法の、外!?」
とんでもない事を聞かされた。帝国法は貴族も縛る強力なもの。小等院で一通り暗記させられる。
「多くはないから、すぐに覚えられるよ」
「…………」
「自信なんて、無くて良いんだよ?」
「で、でも」
「僕はマリスタに、本当に無理なことはさせないよ」
「…………でも」
「いざとなれば、僕の隣に居れば良いから」
「となり?」
「マリスタの辞書くらいには、なれる」
「辞書って、オルヴェールさまが?」
「嫌ならやめてもいいけれど、休暇中の僕の、遊び相手をしてもらおうかな?」
「オルヴェールさま、遊ぶの?」
あまり想像出来なくて、つい聞いてしまった。彼は苦笑しながら、遊ぶと言った。
「仕事ばかりでは、息が詰まる」
それはそうだと思うのだけど、やっぱり、遊ぶ姿が分からない。
「鬼ごっこ? お絵描き?」
「それは、マリスタの好きなやつでしょ」
「…………?」
「さてはマリスタ、君もあまり遊んだ事がないね?」
「お絵描き…………」
「遊びなの?」
「楽しい時も、ありました?」
「うーん、遊んでないね」
「えっ、でも」
「屋台巡りをした事はある?」
「屋台? 街の?」
「居住区や商業区にも市場があって、なかなか面白いよ?」
おばさん達の屋敷の近くに、そんな場所があるらしい。気にはなる。でもと、つい膝を見た。祝福を直せていないのだ。人とぶつかれば気絶する。
「その、市場の方は、人が多くて…………」
「人が怖い?」
「…………その、えっと、わたし、祝福を直さないと、いけなくて」
「僕に相談、してくれるの?」
「だ、だめ?」
「勿論いいよ。何でも聞いて?」
手放しに歓迎されて、少し戸惑う。知られたくない。でも、負荷が増えれば、起きている時間は減ってしまう。迷惑をかけるのは、彼だ。
「あ、あの。オルヴェールさまは…………祝福の気配が、読めますか?」
「読めるけれど、マリスタとは種類が違う。それでもいい?」
「種類?」
「軍人は、祝福の種類や攻撃性、発動の察知とか、そういうものを読むんだよ。祝福装飾師みたいに、本来ある加護のカタチを探るようなものとは、違うかな」
「わ、わたしは、どうですか?」
紫の瞳にジッと見られて、少し固まる。加護が動く気配はしなかった。
「マリスタは全部、内側を向いてるね」
「うちがわ?」
「祝福の気配が、全部本人に作用するようになっている、ということだよ」
「そうなの?」
「もう少し詳しく言うなら、外に溢れないように、無理やり閉じ込めているような、感じかな」
「…………」
「コップいっぱいの、水みたいだよ。だから少しでも加護が動くと、余剰が溢れる」
「あふれてる…………」
「マリスタには、その感覚が無いのだろうね」
「…………あふれてる」
「ふふ、気にしなくていいよ、人に害はない。それよりもマリスタ。僕の加護はどう感じるの?」
「オルヴェールさまの加護? 祝福があるのに?」
「祝福に縛られていても、加護の気配はするんだろう?」
「…………いいの?」
皇族の加護は、決して公開されないものだ。国を守る、とても強いものだと聞いている。彼の足元を見てから、すごいものだと薄々感じてはいた。綺麗で強くて、きっと怖いものだと思う。
「いいよ。マリスタなら、どんな風に読むんだろうって、興味もあるし」
気にした様子もないので、その足元から気配を辿る。細かく緻密な祝福の根源、加護の領域はびっくりするほど広かった。
「…………星に埋め尽くされた、寒い冬の夜空みたいです。星神の綺麗で、広くて…………足元に月と星が?」
変な気がして、もう一度加護の気配を読み解いていく。やっぱり下がある。いや、普通の加護は下にしかない。
「あ、あれ?」
「上手くいかない?」
「え、えっと、その、上があって…………下にもあって」
「うん、合ってるよ。皇族はね、加護が二つあるんだ。二重加護と言って、二つで一つの祝福が作られる。マリスタも本来なら、こうなるんだよ」
二重加護。初めて聞いた。だから公開出来ないんだ――――生まれながらに加護を持つ人は、多少いる。それでも足元に一つしかない。二度も加護を得るなんて、そんな事は神官様だって無理なのだ。
宗教国の聖ヴェシール帝国は、神殿の力も強い。でも一番上は皇帝陛下になっている。
全ての儀式は、皇帝が司るのだ。
誰よりも、神様に愛されている。そういう血筋。だから隠されて…………
「君には、ヴェシールの血が入ってる。必ず二重に戻るだろう。成人頃には、一つの祝福で二つの加護を制御するなんて、出来なくなるよ」
「わ、わたしにも…………本当に? だから、だからいつも、震えてる?」
「そうだよ」
オルヴェールは微笑んだ。マリスタの頭をゆっくり撫でて、髪を一房すくい取る。優しい嘘だった。この髪色が嫌いな少女に、呪だなんて話せない。このまま、白ウサギになってもらう。
「兄上からの課題は、やれそうかい?」
「その、負荷が、高く、なりそうで」
「眠るのは、嫌?」
この時間が奪われる。オルヴェールさまとの時間が、減ってしまう。寝て起きて、それだけの毎日だって、長い方が絶対にいい。加護は必要で大切なもの。でも、自分の一日を捧げるほどに、大切なのか。
神官さまなら、そうだと言う。
――――わたしは、そうだと思わない。人に与えられたものなのだから、人と共にあるべきだ。人生を削るものじゃない。祝福は、それをちゃんと可能にできる。
「寝るのはイヤです…………」
逃避の加護を元に戻せば、駐屯加護は一つ減る。いっその事、制御しなくて良いかもしれない。良い方向への未来視は、無くても知識で補える。
「それじゃあ、体力づくりだね」
「え…………」
「え、じゃないよ。前も言ったけれど、加護を体力にしない事。まずは普通に戻る事だ。次は体力作りだろう?」
「そ、それは」
「祝福で誤魔化すの? 確かに、マリスタには出来るだろうね。でも、それが普通かな?」
「…………で、でも、体力は」
「すぐには増えない、そういうものだ。だから皆、日々を重ねる。分かるね?」
「はい…………」
「しょぼくれないの。ここに来てから、随分良くなった。違うかい?」
「ち、ちがわない、です」
オルヴェールは、やっと空になったマリスタの小皿に、小さなパンを乗せてやる。会食慣れていない彼女は、話していると食が殆ど進まない。食べきるまで水などを飲み、見計らって次を置く。また、みたいな目で見てくるが、食は体力作りの一環だ。
「しっかり食べて。そのパンは麦の種類が違うから、きっと気に入るよ」
小さなパンはちぎられて、小さな口に消えていく。自分とは、何だか別の生き物のようだ。オルヴェールが眺めていると、時々睨むのもたまらない。
「み、みないで…………!」
「パンが羨ましいな」
「?」
オルヴェールさまは最近、おかしなことを言う。ともかく急いでパンを食べ、やっとごちそうさまの許可が出た。
「この後だけどね。兄の宮で、祝福装飾師の仕事を見学してみない?」
「見学…………?」
第一皇子の宮殿、水晶宮には、祝福装飾師なら誰もが目指す場所がある。祝福装飾省の第二部門だ。
四部門に分けられるこの組織は、下から順に庶民の祝福装飾師、内貴族の祝福装飾師、外貴族の祝福装飾師だと言われている。第一部門だけは皇帝の管轄で、ほぼ貴族の指名専門だとの噂があった。
つまり、無名で行っても仕事がない。
だから第二部門を目指すのだ。
「ただの見学だよ。同じ夢や職を目指していても、心根まで同じじゃないことは、よく知っているね? だから仕事とした時、そういった個性がどのように噛み合い、伸ばし合うのか、見た方が良いと思って」
「…………」
「仕事となれば、学生とは違う。夢だけじゃない、生活も誇りもあるんだ。特に兄の、水晶宮直属は庶民を司る最高峰。仕事も膨大だ。それに貴族と違って、謝礼も出ない。どんな人が居ると思う?」
「え、庶民? どんな?」
「分からない?」
「…………はい」
「なら尚更、見学すべきだね。マリスタの知る、祝福装飾師の見習いは、国に席を置く本職の一割にも満たない。そんな霞程度が、ゴミの集まりだったからって、下を向かないでおくれ」
「…………でも」
「一緒に行くよ。兄も居るから、見学に飽きたら帰って来よう」
「はい」




