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10-02:加護と祝福

 



 カーテンの開く音に、ふとマリスタは目を開けた。


 明るくなっていく室内は、朝の光に包まれている。どうやら寝過ごしては、いないらしい。


 ぼんやり女官の姿を見ていると、起きるか、と聞くように掛布に手が置かれた。


「起き、ます」


 少しだけ声が掠れる。無口な首席女官は、驚いた顔をして、水差しとコップを持ってきた。


「…………ありがとう」


 注がれたのは、とても冷たい水だった。コップを頬に当てると、ヒンヤリとしていて気持ちいい。カランと水差しの氷を鳴らし、無口な女官は微笑んでいる。


「氷が作れるの?」


 否定に首が振られた。左右に一度ずつきっちりと。その仕草は、人形劇の生き物のようだ。声が出ないと言うように…………あれっと思う。


「もしかして、あなた、話せない?」


 肯定に二度、首が縦に動いた。


「本当に?」


 コクコクと、頷かれてしまった。驚き過ぎて声が出ない。いつか話してくれると思った人は、初めから話せなかったのだ。


「…………ご、ごめんなさい、わ、わたし」


 話して欲しいという態度を、取ってしまった。ニッコリ笑って、否定に首を振られたりするから、躍起になってさえいたと思う。


 だって、声が出ない人なんて、初めてで…………自分に言い訳をして、だからダメなのだと悲しくなった。


 起き抜け早々、落ち込み始めたマリスタに、一枚のカードが渡される。


『気にしないで』

「…………で、でも」


 首は横に振られた。話せない、聞こえない、見えないという人は、滅多にいない。医者による奇跡の加護で、治ることがあるからだ。


『レイラ・レンダーク』


 次のカードがきた。


「これは…………あなたの、名前?」


 肯定に二度。やっと名前を教えてくれた。


 聞いてはいけないのかと、思った。もうすぐ半月の付き合いになる。表情豊かで仕事熱心。でも、マリスタの女官は嫌だという意思表示――――それで声を出さないのだと。


「わたし、マリスタ…………ほ、本当は、マリスティアって、言うの」


 肯定に二度。知っているらしい。


「えっと…………」


 こういう時、なんと言えば良いのだろう。謝り足りない気がする。気にしないで、のカードを見つめ、どうしようと困ってしまう。


『寝坊しますか?』


 こんなカードまで、あるらしい。起きると伝え、カードを返す。オルヴェールさまは、この話せない女官を筆頭にした。わざわざ探したに、違いなかった。


「レイラさん、あの」


 今まで通りの沈黙が、不思議と心地いい。話さぬ口は、ひどい事を言うこともなく、笑みの形をしている。


「わたしの女官で、イヤじゃ、ありませんか?」

『かわいい』


 まさか、耳も聞こえないのだろうか。おかしな返事に疑いの目を向けていると『かわいい』のカードを、更に押し出してきた。


「えっと…………」

『お守り致します』

「あ、危ない、ことは…………」

『かわいい』


 いよいよ難聴を疑うべきだ。かざされた二枚のカードを見比べて、自己嫌悪に胸を押さえる。


 今まで、なんて態度でいたのだろう。


 話せない人に、もっと配慮をするべきだった。話しかける、べきじゃなかったのに。ずっと良くしてくれたのに、不快にさせたに違いない。


「ご、ごめんなさい」


 振り出しに戻ったマリスタに、見かねた次席女官が近付いてくる。


「姫様、レイラのそれは、本気ですから」

「…………お、おしゃべりが、過ぎました」

「何をおっしゃいますか。声掛けを頂いて、喜ばぬ女官などおりません。レイラ主席は、オルヴェール様にまで、羨まれているのですよ?」


 多分、話さないから、話しかけ安かったのだ。


 いつか話してくれるのだと、意地悪で何も言わないのだと…………そんな態度だったのに、嬉しいの?


 オルヴェール様が、羨む?


「…………」

『かわいい』


 よく分からない。カードの文字を、書き間違えてしまったのだろう。やっと叶った意思疎通。しかし何だか、思っていたのと違う気がする。


 仕事として、割り切られていると。


 きっとそんな態度だと、諦めていたのだ。期待なんて、してはいけない。他人はすぐに怒って、ひどい事をする。イヤなことを言う。手を上げる。


「さぁ姫様。お風呂に行って、お支度致しましょう? 殿下がお待ちですよ」

「そ、それなら、お風呂は」

「いけません。昨日のままの姫様をお見せしたら、私どもが叱られます」


 そんな風に言われては、なにも言い返せない。彼女達の気の済むまで洗われて、勧められた服を着る。


 髪は首席女官、レイラさんが梳いていた。


 油が好きなのか、髪にまで使われているものの、なんだか良い香りがする。普段なら何の油かと聞いて、次席が答える流れだ。


 それに少し悲しくなった。


 侍女や女官に、意地悪をされた事はない。


 でも、体に触られるから、少しだけ怖いし気も使う。髪を梳かす櫛は、突っかかりもせずに、するすると下にいく。自分で梳かした時は、本当に切ろうかと、泣きたくなる程大変だった。


 鏡越しに見ていると、目が合う。


 いつも通り微笑む茶色い瞳に、少しだけ安堵した。嬉しい。嫌われてはいなかった。ちゃんと笑顔を向けてくれる。


 怒って、いないのだろうか?


 油はあちこち使われるけど、意地悪されているのでは、なかった。次席が言うには、美容の為になるらしい。


「姫様、御髪はどのように致しましょう?」

「そのままで」

「では、お食事の邪魔にならぬよう、少しお留め致しますね」

「…………はい」


 いつも通りの答えを返す。


 ディアバーグ本邸の侍女には、聞かれた事もない。毎回同じ返事をするのに、ここでは誰も、嫌な顔すらしなかった。そんな気配もちっともない。一体、どう思っているのだろう…………?


 耳から上の髪を束ねて、リボンが掛けられる。黙っていたら、前髪ま梳かれて留められ、おでこがスウスウした。


「あ、あの」

「おでこをしっかり出して、殿下の寵愛を頂きましょう!」

「か、隠して…………」


 気を抜くと、次席にはよく分からない事をされる。ヴェシール皇族は、選定した花嫁しか娶らない。これ以上何をしても、彼との関係は変わらないのだ。


 結局、片目が少し隠れるくらいで、前髪の位置は折り合いが付いた。


 昨日、前髪を留められたまま帰ったせいで、女官の熱意が凄まじい。彼女達が納得しなければ、鏡台の前から逃げられそうに無かった。


 やっとオルヴェールの元に向かったマリスタは、早々と額に口づけらて、真っ赤にさせられた。


 だから隠したかったのに。


 首席の笑顔と、次席のしたり顔に涙目になる。


「ふふ、レイラ達に言い負けたんだね」


 妥協理由にそう言われ、少しむくれた。皇子様を待たせて、身支度に時間を掛ける度胸はない。


「マリスタの瞳は綺麗だね…………皆に見せるのが、やっぱり惜しい」


 そっぽを向いているのに、彼の言葉が降り注ぐ。褒めなくていいのに。恥ずかしいのに。みんなが見てるのに…………確かに、よく話す人だ。この目を褒められて、嬉しくない、わけでもない。イヤじゃないのに、一緒にとてつもなく、恥ずかしい。


「もっ、もういいですっ」

「何故? マリスタが自主的に、瞳を見せてくれたのに」


 女官のする事は、マリスタのしたい事になる。自主的じゃない。でも、そう望んだと思われた。違うのに!


「綺麗だから隠していたの? これ以上、僕の目を釘付けにして、どうするつもり?」

「そ、そう思うのは、オルヴェールさま、だけで」


 声まで震えてきた。彼に観察されるのが、たまらなく恥ずかしい。しかも、女官と護衛の騎士にまで、見られている。


 あの生温かい目で見ていることは、確実だ。どんどん身体が火照ってきた。お願いだから、見ないで。無理だと知っているけれど、見ないでほしい…………


「その瞳、しばらく独り占めさせてね?」


 オルヴェールは部屋から人を追い出して、赤い顔で俯くマリスタを抱きしめた。悔しいマリスタは、両手で精一杯押し返す。もちろん効果は無しだ。その胸に頬がつき、ぬくもりを感じた。


 くすくす笑いながら、彼は一向に離さない。


「ねぇマリスタ。どうして騎士達が、君に膝をつくのか、知っている?」

「し、知りません」

「見たいんだよ、マリスタの瞳が」

「え?」


 ぎょっとして見上げると、薄紫の瞳がよく見えた。前髪の掛かるところを指で払われ、頬を包まれる。


「氷竜の瞳も綺麗だけれど、その綺麗なところだけを、結晶にしたみたいだ」

「…………わ、わたし、竜とは違います。は、はっきりしなくて、へ、変な色です」

「まだ拗ねてるの? かわいいな」

「オルヴェールさま!」

「ふふ、本当に綺麗なのにね。僕らの紫も混じってる」

「少しだけです。どうせなら、一色が、良かった…………」


 銀だと言われる。でもよく見ると、紫と水色の混じる、まだらな色だ。何色とも言えない、どこにも混ざれなかったマリスタのような。


「紫だけだったら、皇族の隠し子になってしまうよ?」

「…………」

「そうだったら僕は、兄になる前に、君を攫いにいかないと」

「…………えっ」

「兄妹婚は、世間の目がね」

「わたし、兄妹が良かったです」

「つれないな。兄は妹のものには、ならない。僕はマリスタを、こんなに独占したいのに」


 ぎゅっとされて息が苦しい。爪先立ちで耐えていると、そのまま抱き上げられて、ソファーに運ばれる。


 やっと息がつけた。


 彼は意外なことに、テーブルではなく、ソファーで取る軽食形式が好きらしい。金緑宮の晩餐室を使ったのは、まだ一度だけだ。


「甘みの強いニンジンを、蒸かしたものだって。食べてみる?」


 そして、当たり前のように給仕をする。


 食材の産地や、使われている香辛料に調理法。その説明を聞く時間は、幸せだと思える、大切なものだ。


「これは、茹でた芋にミルクを加えて、焼いたもの。卵が多いから、お菓子みたいな食感がする…………これは、春野菜のマリネだね。取り分けやすいようにって、葉っぱに乗せてくれたんだ。この葉はハクサイの仲間で、少し苦いよ。でも名前は可愛い。チコリーって言う」


 話している時のオルヴェールさまは、料理の方を向いている。その横顔を見つめて、夜会の夜の、幸福感を思い出す。そのおしゃべりに救われた。


 会うためだけに、耐えていた。


 何が返せるのだろう。この人の為に、何が出来るのか。貰うばかりは、少し苦しい。


「肉類はどうする? マリスタはあまり食べないから、鶏と豚しか無いけれど。魚もあるよ?」

「…………」

「マリスタ?」

「あ、えっと…………鶏?」

「香草焼きにしようか。奥さまの味とは、違うけれどね」

「はい」


 料理の乗った取り皿が、前に置かれる。膝にナプキンを広げていると、グラスを渡された。


「かわいい、マリスタに」


 そう言って微笑まれ、何も言えないでいると、彼は中身を飲んでしまう。本当は、返答をするべきなのに、いつも答えが間に合わない。


「…………」


 悩んでいると、早く飲むよう言われてしまう。毎回違うことを言う人に、どんな対策をすればいいのか。そもそも乾杯の挨拶なんて、習ったこともない。


「水にリンゴ酢、蜂蜜が入っているよ」

「い、いただき、ます」


 どうにかそれを飲んでみて、小皿に、取り分けられた料理を移す。取り皿から食べても良いのだが、食事中は観察される。粗相はしたくない。


「それを食べたら、パンをあげよう。今日は全部、中身入りだよ」


 パンはお腹に溜まるので、いつも後回しにされていた。金録宮の料理人は腕が良く、もう要らないと思っていても、何故か不思議と食べられる。


「マリスタは、どんなパンが好き?」

「え…………あ、甘い、パン」

「甘ければ食べるの? 僕も作ってみようかな」

「オルヴェールさま、お料理できるの?」

「野営食なら一応ね」

「すごい」

「すごくないよ。沸かした水に、塩と芋と肉を入れるだけなんだ。パンとは違う」

「お水が沸かせるの?」

「マリスタは、火が起こせないんだっけ?」


 街暮らしに言及されて、黙り込む。一体、どこから見ていたのだろう。そんな人は、思い返しても居なかった。


「ひ、火打石が、あんなに難しいなんて」

「マリスタが燃えなくて、良かったよ」

「おばさんにも、言われ、ました」


 くすくす笑われる。自分の服に火がつくと、火つけ作業は禁止にされた。


「ヴェシールは、火神の加護者が多いからね。点火に便利な道具は、あまり無いんだ。祝福加工品もあるけれど、そうなると高価どころでは無くなるし」

「火打石、使えるの?」

「マリスタよりは、上手だよ」

「…………オルヴェールさま、皇族なのに。どうして」

「軍で習うんだ。生活も訓練の一環だから」


 軍とは、彼の所属する竜騎軍のことだろう。下っ端ですら騎士伯という、この精鋭組織に入るには、陸軍か海軍に入る必要があったはず。


「軍に興味がある?」

「少し…………街の人たちは、みんな、一度は憧れたって」

「それは嬉しいね」

「そうなの?」

「層が厚いのは良いことだ。一生現役でいられないから、人は居るだけ嬉しいよ。でも。マリスタは駄目!」

「え!」

「祝福装飾師には、ならないの?」

「そ、それは…………」


 養父である学領主は、孤児院と学校を。その妻は領地を担う。つまり大変に多忙な身であった。より身分の高い皇族は、さらに忙しいに違いない。


「そう言えば、教えていなかったね…………皇族の妻は、基本的に暇なんだ」

「ひま?」

「皇后になると、儀式には行くんだけれど。政務は特に無いからね」

「え、え?」

「貴族で一番忙しい、学領主の妻とは違うんだ」


 暇…………暇って、つまり、する事がない。皇族なのに。本当に?


「疑っているね?」

「だ、だって」

「レイラに聞いてごらん?」

「レイラさん、詳しいの?」

「女官は、教育係も兼ねるから。やっと名前を聞けたんでしょう?」

「な、なんで」


 話す時間も、伝える隙も無かったはずだ。それなのに、どうして分かったのだろう。見えない目でもあるのだろうか。


「皇族にはね、許しもなく名乗るなんて、出来ないんだよ。だから皆、名乗らなかった」

「そ、そんな」

「でも昨日、ふふっ、名前教えてって、あんなに必死に…………目の色変えてたよ」


 笑いを堪えながら言われて、恥ずかしくなる。ちょっと大きな声で言ってしまった。みんなに笑われた事まで思い出す。


「悲願を達成出来るのは、一人だけだと思ってた」


 人ばらいで退出していくレイラに、オルヴェールは『やりました』のカードを見せられた。女官と主の信頼関係は、これから先、とても重要になる。


「次席の名前も、早く聞いてあげてね? じゃないと、金録宮でカードが流行る、ふふ、それはそれで、面白いけど」

「そ、そんな…………ほ、他にも、決まりが?」

「不文律みたいなものだね」


 この国には、それがたくさん、あるというのに。どうして黙っていたのだろ。こんな意地悪…………するなんて。


「ごめんね。少し試した…………君が歩み寄れない女官なら、必要ない。マリスタは嫌だと、言ってくれないからね?」

「で、でも」

「違わないだろう?」

「ここに、イヤな、人なんて…………」


 みんな優しい。怒らないし、冷たい態度も雰囲気もなく、逆に不思議で怖いくらいだ。嬉しかった。嬉しくて、どうしていいのか、分からない。


「いい、ところだなって」

「マリスタは、すぐに我慢する。妥協しないよ?」

「どうして?」

「秘密」

「えっ、な、なんで?」

「マリスタには、元気で、笑っていて欲しいんだ。その為にしている事は、秘密だよ。気づけば分かる事だ。気づかないなら、それは、必要なことだよ」

「必要…………分からない、のに?」


 オルヴェールさまは微笑んでいて、それ以上は言いそうにない。笑顔の黙殺に、勝てたことは一度も無かった。その目を見つめて、粘れる自信はもっとない。


「せ、せめて、その、足りないお勉強、だけでも」

「真面目だね」

「オルヴェールさま、わ、わたし、は」


 彼の恥に、なりたくはない。ただ、あまり覚えは良くないだろう。それでも、努力するのとしないのでは、ぜんぜん違う。


「まったく、すぐに頑張ろうとする」

「で、でも」

「僕は休暇なんだから、マリスタも休んで?」

「ちゃんと、寝てます」

「どうかな」


 睡眠薬から眠り香、落ち着くハーブ。うなされる彼女に、手は尽くしている。一番効果があったのは、オルヴェールの添い寝らしいが、だからと言って、毎晩とはいかない。


「それじゃあ、帝国法は、もう一度おさらいしようか。それから、皇室典範も」

「皇室、てんぱ?」

「てんぱん、ね。皇族は、帝国法の外にいる。それをある程度戒める決まり事だよ」

「法の、外!?」


 とんでもない事を聞かされた。帝国法は貴族も縛る強力なもの。小等院で一通り暗記させられる。


「多くはないから、すぐに覚えられるよ」

「…………」

「自信なんて、無くて良いんだよ?」

「で、でも」

「僕はマリスタに、本当に無理なことはさせないよ」

「…………でも」

「いざとなれば、僕の隣に居れば良いから」

「となり?」

「マリスタの辞書くらいには、なれる」

「辞書って、オルヴェールさまが?」

「嫌ならやめてもいいけれど、休暇中の僕の、遊び相手をしてもらおうかな?」

「オルヴェールさま、遊ぶの?」


 あまり想像出来なくて、つい聞いてしまった。彼は苦笑しながら、遊ぶと言った。


「仕事ばかりでは、息が詰まる」


 それはそうだと思うのだけど、やっぱり、遊ぶ姿が分からない。


「鬼ごっこ? お絵描き?」

「それは、マリスタの好きなやつでしょ」

「…………?」

「さてはマリスタ、君もあまり遊んだ事がないね?」

「お絵描き…………」

「遊びなの?」

「楽しい時も、ありました?」

「うーん、遊んでないね」

「えっ、でも」

「屋台巡りをした事はある?」

「屋台? 街の?」

「居住区や商業区にも市場があって、なかなか面白いよ?」


 おばさん達の屋敷の近くに、そんな場所があるらしい。気にはなる。でもと、つい膝を見た。祝福を直せていないのだ。人とぶつかれば気絶する。


「その、市場の方は、人が多くて…………」

「人が怖い?」

「…………その、えっと、わたし、祝福を直さないと、いけなくて」

「僕に相談、してくれるの?」

「だ、だめ?」

「勿論いいよ。何でも聞いて?」


 手放しに歓迎されて、少し戸惑う。知られたくない。でも、負荷が増えれば、起きている時間は減ってしまう。迷惑をかけるのは、彼だ。


「あ、あの。オルヴェールさまは…………祝福の気配が、読めますか?」

「読めるけれど、マリスタとは種類が違う。それでもいい?」

「種類?」

「軍人は、祝福の種類や攻撃性、発動の察知とか、そういうものを読むんだよ。祝福装飾師みたいに、本来ある加護のカタチを探るようなものとは、違うかな」

「わ、わたしは、どうですか?」


 紫の瞳にジッと見られて、少し固まる。加護が動く気配はしなかった。


「マリスタは全部、内側を向いてるね」

「うちがわ?」

「祝福の気配が、全部本人に作用するようになっている、ということだよ」

「そうなの?」

「もう少し詳しく言うなら、外に溢れないように、無理やり閉じ込めているような、感じかな」

「…………」

「コップいっぱいの、水みたいだよ。だから少しでも加護が動くと、余剰が溢れる」

「あふれてる…………」

「マリスタには、その感覚が無いのだろうね」

「…………あふれてる」

「ふふ、気にしなくていいよ、人に害はない。それよりもマリスタ。僕の加護はどう感じるの?」

「オルヴェールさまの加護? 祝福があるのに?」

「祝福に縛られていても、加護の気配はするんだろう?」

「…………いいの?」


 皇族の加護は、決して公開されないものだ。国を守る、とても強いものだと聞いている。彼の足元を見てから、すごいものだと薄々感じてはいた。綺麗で強くて、きっと怖いものだと思う。


「いいよ。マリスタなら、どんな風に読むんだろうって、興味もあるし」


 気にした様子もないので、その足元から気配を辿る。細かく緻密な祝福の根源、加護の領域はびっくりするほど広かった。


「…………星に埋め尽くされた、寒い冬の夜空みたいです。星神の綺麗で、広くて…………足元に月と星が?」


 変な気がして、もう一度加護の気配を読み解いていく。やっぱり下がある。いや、普通の加護は下にしかない。


「あ、あれ?」

「上手くいかない?」

「え、えっと、その、上があって…………下にもあって」

「うん、合ってるよ。皇族はね、加護が二つあるんだ。二重加護と言って、二つで一つの祝福が作られる。マリスタも本来なら、こうなるんだよ」


 二重加護。初めて聞いた。だから公開出来ないんだ――――生まれながらに加護を持つ人は、多少いる。それでも足元に一つしかない。二度も加護を得るなんて、そんな事は神官様だって無理なのだ。


 宗教国の聖ヴェシール帝国は、神殿の力も強い。でも一番上は皇帝陛下になっている。


 全ての儀式は、皇帝が司るのだ。


 誰よりも、神様に愛されている。そういう血筋。だから隠されて…………


「君には、ヴェシールの血が入ってる。必ず二重に戻るだろう。成人頃には、一つの祝福で二つの加護を制御するなんて、出来なくなるよ」

「わ、わたしにも…………本当に? だから、だからいつも、震えてる?」

「そうだよ」


 オルヴェールは微笑んだ。マリスタの頭をゆっくり撫でて、髪を一房すくい取る。優しい嘘だった。この髪色が嫌いな少女に、呪だなんて話せない。このまま、白ウサギになってもらう。


「兄上からの課題は、やれそうかい?」

「その、負荷が、高く、なりそうで」

「眠るのは、嫌?」


 この時間が奪われる。オルヴェールさまとの時間が、減ってしまう。寝て起きて、それだけの毎日だって、長い方が絶対にいい。加護は必要で大切なもの。でも、自分の一日を捧げるほどに、大切なのか。


 神官さまなら、そうだと言う。


 ――――わたしは、そうだと思わない。人に与えられたものなのだから、人と共にあるべきだ。人生を削るものじゃない。祝福は、それをちゃんと可能にできる。


「寝るのはイヤです…………」


 逃避の加護を元に戻せば、駐屯加護は一つ減る。いっその事、制御しなくて良いかもしれない。良い方向への未来視は、無くても知識で補える。


「それじゃあ、体力づくりだね」

「え…………」

「え、じゃないよ。前も言ったけれど、加護を体力にしない事。まずは普通に戻る事だ。次は体力作りだろう?」

「そ、それは」

「祝福で誤魔化すの? 確かに、マリスタには出来るだろうね。でも、それが普通かな?」

「…………で、でも、体力は」

「すぐには増えない、そういうものだ。だから皆、日々を重ねる。分かるね?」

「はい…………」

「しょぼくれないの。ここに来てから、随分良くなった。違うかい?」

「ち、ちがわない、です」


 オルヴェールは、やっと空になったマリスタの小皿に、小さなパンを乗せてやる。会食慣れていない彼女は、話していると食が殆ど進まない。食べきるまで水などを飲み、見計らって次を置く。また、みたいな目で見てくるが、食は体力作りの一環だ。


「しっかり食べて。そのパンは麦の種類が違うから、きっと気に入るよ」


 小さなパンはちぎられて、小さな口に消えていく。自分とは、何だか別の生き物のようだ。オルヴェールが眺めていると、時々睨むのもたまらない。


「み、みないで…………!」

「パンが羨ましいな」

「?」


 オルヴェールさまは最近、おかしなことを言う。ともかく急いでパンを食べ、やっとごちそうさまの許可が出た。


「この後だけどね。兄の宮で、祝福装飾師の仕事を見学してみない?」

「見学…………?」


 第一皇子の宮殿、水晶宮には、祝福装飾師なら誰もが目指す場所がある。祝福装飾省の第二部門だ。


 四部門に分けられるこの組織は、下から順に庶民の祝福装飾師、内貴族の祝福装飾師、外貴族の祝福装飾師だと言われている。第一部門だけは皇帝の管轄で、ほぼ貴族の指名専門だとの噂があった。


 つまり、無名で行っても仕事がない。


 だから第二部門を目指すのだ。


「ただの見学だよ。同じ夢や職を目指していても、心根まで同じじゃないことは、よく知っているね? だから仕事とした時、そういった個性がどのように噛み合い、伸ばし合うのか、見た方が良いと思って」

「…………」

「仕事となれば、学生とは違う。夢だけじゃない、生活も誇りもあるんだ。特に兄の、水晶宮直属は庶民を司る最高峰。仕事も膨大だ。それに貴族と違って、謝礼も出ない。どんな人が居ると思う?」

「え、庶民? どんな?」

「分からない?」

「…………はい」

「なら尚更、見学すべきだね。マリスタの知る、祝福装飾師の見習いは、国に席を置く本職の一割にも満たない。そんな霞程度が、ゴミの集まりだったからって、下を向かないでおくれ」

「…………でも」

「一緒に行くよ。兄も居るから、見学に飽きたら帰って来よう」

「はい」




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